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③全部誤解です。
しおりを挟むナタリアの従姉妹であるアリアナは小柄ながら巨乳というアンバランスさが危うい印象の美少女であった。
デビューしたてで不安なのか小動物のように小さく震えていて思わず守ってあげたくなる。大きな垂れ目の上目遣いで「アリアナと申します…ミレーヌ様、クラウド様、仲良くしてくださると嬉しいです…」ともじもじしながら恥ずかしそうに言われた時、ミレーヌはあまりの可愛さに胸がキュンとした。
「まあ!まあ!なんて可愛いのかしら!」
「姉さん落ち着いて」
「これがどうして落ち着いていられるの?!」
「えー」
クラウドはどこか楽しそうに笑みを浮かべたまま耳元に唇を寄せた。そしてミレーヌだけに聞こえる声音で「姉さんの方が可愛いからだよ」と囁いてくる。
ひいっ!と吐息が触れた耳朶を押さえて距離を取った。反射的に顔が赤くなっているのがわかる。
(クラウドったら…っ、アリアナ様の前でやめなさいっ!誤解されたらどうするの!)
慌てて弁解しようと視線を向けると、ナタリアは感情の抜けおちた能面顔をしており、アリアナは初めて目にするシスコンにポカンとしていたようだ。
「あ、アリアナ様、申し訳ありません!こうやって弟は私をからかって遊ぶのですよ!ほんとに甘えたで困った子です。あっ、あの、でも根は良い子なんです!伯爵位の後継ですし、騎士団でも鍛えていますし、なにより女性には優しくするように言い聞かせて育てましたから安心してくださいませね!」
クラウドはこれからこの無垢なお嬢さんをエスコートするのだ。怖がらせないように決して悪い奴じゃないですよ~とアピールすると、アリアナは「うふふ」と可愛らしく笑ってくれた。
「はい、ありがとうございます。お姉さまとの仲睦まじい様子でクラウド様がとてもお優しい方なのがわかります。安心しました」
「まあ」
ああ、なんて可愛い。
シスコンキモいって思われなくて安心したのはミレーヌの方だ。
これならクラウドのちょっと行き過ぎた姉ラブさえも受け止めて、あわよくばお嫁さんに来てくれるんじゃない?いいんじゃない?
小姑ミレーヌはアリアナをロックオンした。
「さぁアリアナ、そろそろダンスの輪に入ってみたらどうかしら?クラウド様は騎士団で鍛えているそうだからきっと足を踏んでも何も感じないわ」
「さすがに足の甲は鍛えてませんけどね。でもアリアナ嬢なら羽のように軽いでしょうから問題ありませんよ。安心してください」
『あとは若い二人で!』と、首尾良くダンスへ促すナタリアの言葉を受けて、クラウドもアリアナへ優しく手を差し伸べた。
その王子様然とした振る舞いにアリアナは頬を染めながらもおずおずと手を重ねる。
重ねられた手はまだ遠慮がちに指先同士で触れている程度なのに、なぜかその光景を見てミレーヌは胸に少しだけ痛みを覚えた。
「クラウド、ちゃんとアリアナ様をリードしてね」
「わかってる。姉さん、直ぐ戻るからここで待っていて。遠くへは行かないように」
「いいの、私の事は気にせずアリアナ様と楽しんで。私はナッちゃんとこれから侯爵家特製のケーキを食べるのだから邪魔しないでね?」
心配症な義弟に戯けたようにそう返せば「ケーキ……そうか、そうだね。そうして」と三段活用で食へ走ることを勧められた。
(どうせ私はモテないから暇を持て余すとでも思われたのかしら。でもいいの、私は私で美味しいものを食べてナッちゃんとお喋りするのが楽しみなんだから!)
アリアナの華奢な手を引いてダンスの輪に入っていくクラウドの背中から視線を外す。少しだけ姉離れを寂しく感じてしまったことに、恋人やお嫁さんができたらこんなのは当たり前になるのだから!とミレーヌは心の中で自分を叱った。
「さあミッちゃん!シスコン野郎が居ない今からが勝負よ!」
「え?ええ、ケーキね。楽しみだわ…?」
(シ、シスコン野郎……、ナッちゃん、やっぱりクラウドの事をそんな風に……)
邪魔者を排除した解放感からか思わぬ本音がポロリしたナタリアに軽いショックを受けつつ顔を向けると、ナタリアは何かを企むように笑みを深めた。
「今日用意したデザートはケーキよりも甘くて特別なものよ。あそこにレオがいるのは見える?あの後ろにそのデザートがあるの。時間がないわ、早速取りにいきましょう?」
視線の先ではナタリアの婚約者であるレオナルドがいて、こちらに気付いて軽く手を挙げた。
ミレーヌはナタリアに腕を絡められ、引っ張られるようにしてデザートのビュッフェ台まで辿り着く。
「こんばんは、ミレーヌ嬢」
「こんばんは、ダイナミン伯爵」
「今まで通りレオナルドでいいよ。僕たちは同じ学園の級友だし、貴方は僕の大切な婚約者の親友でもあるのだからね」
「ありがとうございます、レオナルド様」
ナタリアの婚約者、レオナルドは学園を卒業すると若くしてダイナミン伯爵の当主となりすでに領地を治めている。学生時代を同級生としてミレーヌとナタリア、レオナルドは共に過ごしたけれど、在学中からナタリアとレオナルドは婚約していてふたりは恋愛結婚と言っていいほど仲が良い。本来なら卒業と同時に結婚する予定がダイナミン伯爵の急逝により急遽伯爵位を継ぐことになり、領地経営が落ち着くまではと延期となってしまっていた。
「ナタリアから聞いてると思うけど、今年やっとナタリアと結婚できることになったんだ」
「おめでとうございます。お式が楽しみですね」
「そうなんだ。ナタリアのウエディングドレス姿が今から待ち遠しいよ」
「ちょっとレオ、恥ずかしいからやめて!」
頬を染めたナタリアが照れ隠しでレオナルドの右脇腹にグーパンチをめり込ませるとレオナルドは「うぐっ」と呻きながらもどこか嬉しそうだ。ミレーヌも親友の幸せを心から喜んだ。
「私たちのことはいいの!それよりレオ…」
「ああ、任せて。ミレーヌ嬢、ちょっといいかな?」
「はい?」
レオナルドに促されるように彼の流した視線を追うと、そこにはひとりの背の高い青年が仁王立ちでビュッフェ台の前に陣取り、真剣に色とりどりのケーキと向き合っていた。
「ルーカス!」
名前を呼ばれた青年はこちらに顔を向けてミレーヌに目を留めると、瞳孔が開いているんじゃないかという強い目力のままズカズカと大股で近づいて来た。
目の前にくるととても背が高い。
クラウドも長身だが、それよりも大きく見えるのは服の上からもわかる筋肉質な身体のせいだろうか。
思わぬ圧に背を反らせると「ルーカス様、近いですわ」とナタリアが間に入り距離をとらせてくれた。
「す、すまない。失礼を…っ」
「いいえ、お気になさらず」
焦ったように謝罪の言葉を述べたルーカスに社交的な笑みで返せば、彼の精悍な顔は一瞬にして真っ赤に染まった。
「ミッちゃん、こちらルーカス・バルマー様。覚えているかしら?」
「え?」
ルーカス・バルマー…その名前なら記憶にある。
確か学園に同名の同級生がいたけれど、彼は今目の前にいる男性とは容姿が違う。
ミレーヌの知るルーカスは長めの前髪で顔を隠し、背は高いけれどヒョロリとした細身で猫背の男だったはずだ。
目の前のルーカスは短めの黒髪を後ろにきっちりと撫で付けて形のよい額が顕になることで精悍で凛々しい顔立ちがハッキリとわかる。なにより男性らしく逞しい体と伸びた背筋がとても堂々として見えた。
「あの、そのお名前でしたら、同級生でバルマー侯爵様の御子息の彼なら…」
「!!」
ミレーヌの戸惑いを多分に含んだ声にルーカスはびくりと身体を強張らせると、レオナルドがルーカスの力の籠もった肩を解すように叩いて話の続きを引き受けた。
「それそれ、そのバルマー家のルーカスで合っているよ。見た目がかなり変わったから驚いただろうね。ルーカスは今、ミレーヌの弟君と隊は違うけど同じ騎士団に所属しているんだ」
「まあ、そうなんですか?」
チラリとルーカスに視線を向ければ、彼は真っ赤な顔のまま力強く頷いた。
「俺は、次男だから家は継がない。将来的にはどこかの婿になるか養子に出るかだが、自分の力で身を立てようと思った」
ルーカスは硬い表情と硬い声ではあるが、考えながらゆっくりと丁寧に言葉を紡ぐ人だ。それは彼の誠実な人柄を表しているかのようだった。
「ルーカスの家は侯爵家だし、本人も真面目で勤勉な性格だ。ぜひ婿に入って欲しいと申し出る家もあったんだけどね」
レオナルドの言葉に納得したようにミレーヌもナタリアも頷く。侯爵家と縁付きになりたい者からしたら引く手数多だった事は容易に想像できたからだ。
「ミレーヌ嬢」
レオナルドに名前を呼ばれ、ミレーヌは「はい?」首を傾げた。
「ルーカスは初恋を忘れられなくて騎士になったんだってさ」
「まあ」
「その彼女は学園の同級生だったんだ」
「あら」
「自分に自信のなかったルーカスにも親切に接してくれて、分け隔てなく優しく笑いかけてくれた女神なんだそうだ」
「あらまあ!」
(なんて素敵なのかしら!彼女のために爵位を得るチャンスを捨てて騎士の道を選び結婚しなかったのね!胸熱だわ!同級生ということは私の知っている方かしら?お力になれるといいのだけれど、私は友達が少ないから…)
ミレーヌは人様の恋愛話が大好物だった。
クラウドにそのチャンスを悉く潰されているとは知らないが、自分では得られないトキメキを流行りの恋物語や友人の恋話で補給しているので嬉々として話に喰いついた。
キラキラと瞳を輝かせて見上げてくるミレーヌの少女のような無邪気さにルーカスはなんとも言えない不埒な衝動がこみ上げそうになるのを騎士として歯を食いしばり必死で堪えていた。
「だからミレーヌ嬢、ルーカスを」
「レオナルド待ってくれ」
レオナルドの話の腰を折るようにルーカスが言葉を被せた。レオナルドが不満そうに眉を顰める。
「ルーカス、時間がないんだぞ」
「わかっている」
ルーカスは手を前に突き出してレオナルドを止める仕草をすると、ミレーヌに向かい合うように立っていた姿から片膝を床に突いて顔を上げた。
「ミレーヌ嬢、突然で驚かれたと思う。けれど俺にとってこんなチャンスは二度とないだろう。早すぎると一蹴せずにどうか、聞いて欲しい」
その真剣な眼差しにミレーヌの胸がドキリとした。
周囲では突然片膝を突いた男がこれから何をするのか興味深そうに眺めている者もいる。
ルーカスは次男とはいえ侯爵家の人間だ。格下である伯爵家の人間に簡単に膝を突くのは良くないのではないかとミレーヌは焦った。
「あの、ルーカス様。膝を…っ、お話は伺いますから!」
「ミレーヌ嬢、俺は学生時代に貴女の優しさに救われてから貴女を想うことで騎士の辛い訓練にも耐えてきた。身を立てたら必ず会いに行こうと決めていたが、現実は話す事は愚か会うことすら叶わず、もう諦めなくてはならないのかと、思っていたんだ」
ルーカスは硬い表情に痛みを乗せて、祈るような視線を真っ直ぐに向けてくる。
これはさすがに鈍いミレーヌでも気付く。
(これは、まさか、求愛行動では?
でも、ほんとに?こんなロマンス小説の様なことが、私の身に?)
自分が物語の主人公になった様な感覚に、頭がフワフワしてくる。目の前の出来事がとても信じられない。
「ミレーヌ嬢、俺と…」
「姉さん」
ルーカスが発した言葉が、凛とした声に上書きされた。
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