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生まれる疑念
大湾勉②
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「俺があんたくらいの年のころは、そりゃすごかったよ。」
三島は鼻の穴を広げ、興奮気味に言った。
内緒だけどね、と前置きをして、
「あんたの娘くらいの年の子といろいろと、ねぇ」
ギラギラと目を輝かせる三島に一歩たじろいてしまいそうになる。背中も曲がり、目も窪んでいるようなか弱い老人の思わぬ欲を見てしまったような気がして少しゾッとした。
そういえば、見た目で言えば三島はガンジーのようだな、と考えたりもした。
「そういえばあんた、結婚はしているのかい?」
三島が言う。この男は人のプライベートに土足でづかづかと入ってくるのだな、と思った。
「いえ」
「そうかいあんたも独り身かい」
三島は一瞬笑顔になったがすぐに表情を戻して、咳払いをした。大方、仲間がいた、というようにでも思ったのだろう。
確かに俺はこの年まで結婚はもちろん、恋愛もしてこなかった。若いころは人並みに恋もしたが、あることをきっかけに周りの女性を好きにはなれなくなってしまったのだ。
そんな俺の心を見透かした訳でもないだろうが、三島がこの話題を続けることはなかった。
延々と続く三島の話をどのように切り抜ければ良いのか考えていたが、なかなか良い案も思いつかず、結局いつもの様に切り抜けることにした。
「そういえば、三島さん」
俺から話題を出したことに、三島は一瞬驚いたようにみえた。
「もう、数十年前になりますかね。ここら辺であった事件、知ってますか?」
「事件?」
「えぇ、ほら、あの女子高生が殺された事件ですよ。僕もそのころ高校生でしたが、いろいろと話題になりました」
俺が言っている事件、とはこの南足柄に住む人であれば誰でも知っている。隣の小田原市の高校に通っていた螢田美玖という女子高生が殺された事件のことだった。
「もう、20年以上は前になると思いますが」
三島の顔を見る。特に表情に変わりは見られなかった。おかしいな、と俺は思う。いつもであれば、大体の人はこの話題を持ちかけると顔が歪み、なんて話題を出してくるのだと言った様な面持ちで話を終わそうとする。三島の顔にそう言った変化がないことに、俺は驚いた。
「ないだい?そりゃ」三島は眉を少し上げ、気の抜けるような声で言った。
「知らないんですか?」
「あぁ、知らん」
「三島さんって昔からこの町に住んでるわけじゃなかったんですね」
「いや、ずっとこの町だよ。ただ、あんまり俗世に興味がないからね。そういうの、わからないんだよ」
一筋縄にはいかないな、と俺は三島にバレないようにため息を吐いた。
結局、三島との会話は30分は続いただろうか。ようやく三島は満足したのか、自分の部屋へと戻っていった。
俺は仕事を始める。この仕事にはノルマがあるが、そこまできつくない。俺が受け持っている清掃エリアは南足柄市内にあるアパートであり、場所によって月に一度、もしくは二度のところがあるため、だいたい週に15~20軒回ればよかった。一軒一軒がそこまで広くないので清掃も一人でも苦ではない。
三島が住んでいるこのメゾンハイツというアパートもそこまで広くはなかった。アパートの部屋数は4部屋で、ちょうどアパートの真ん中に階段があり、一階の東と西に一部屋づつあり、それぞれの部屋の上に二階があるといった具合だ。敷地内の駐車場を含めて、上から見るとちょうど長方形のような形になりそうだった。
俺は腰から除草剤入りのペットボトルを取り出しながら三島の軽トラックへ近づく。屈みこんでから、車止めブロックとアスファルトの間から生えている名前も知らない雑草へ手を伸ばしむしり取った。ぎゅっと軽くペットボトルを押しつぶし雑草が生えていた箇所へ噴射する。濡れて黒くなったアスファルトが急激に乾いていき、黒い部分が徐々に面積を少なくしていく。
腰を上げると背中に鈍痛が走った。どうにか楽な姿勢を探し、背中に負担がかからない姿勢のままほかの場所でも雑草を毟り、除草剤をかけていった。10分ほどその作業を繰り返しただけで体中から汗が吹き出す。タオルで汗を拭い深呼吸なのかため息なのかわからない呼吸をしてから作業に戻る。先ほどまで三島と話していた時は気にしていなかったが、四方からセミの鳴き声がしていて煩かった。
さすがに喉の渇きが限界なのを感じたと同時に三島からもらった缶コーヒーの存在を思い出す。プルタブをあけ、一息で飲み干した。驚くほどぬるくなっていた缶コーヒーの苦みが喉に張り付いた。潤ったのか潤っていないのかよくわからない。空っぽになった缶コーヒーをリュックに戻し、俺は掃除を再開する。
ジジジッ、と頭上でセミが一匹飛んだ音がした。それでも四方から聞こえてくるセミの鳴き声は鎮まることはなく、逆に俺の頭の中を何度も何度もこだまし音量を上げていった。
三島は鼻の穴を広げ、興奮気味に言った。
内緒だけどね、と前置きをして、
「あんたの娘くらいの年の子といろいろと、ねぇ」
ギラギラと目を輝かせる三島に一歩たじろいてしまいそうになる。背中も曲がり、目も窪んでいるようなか弱い老人の思わぬ欲を見てしまったような気がして少しゾッとした。
そういえば、見た目で言えば三島はガンジーのようだな、と考えたりもした。
「そういえばあんた、結婚はしているのかい?」
三島が言う。この男は人のプライベートに土足でづかづかと入ってくるのだな、と思った。
「いえ」
「そうかいあんたも独り身かい」
三島は一瞬笑顔になったがすぐに表情を戻して、咳払いをした。大方、仲間がいた、というようにでも思ったのだろう。
確かに俺はこの年まで結婚はもちろん、恋愛もしてこなかった。若いころは人並みに恋もしたが、あることをきっかけに周りの女性を好きにはなれなくなってしまったのだ。
そんな俺の心を見透かした訳でもないだろうが、三島がこの話題を続けることはなかった。
延々と続く三島の話をどのように切り抜ければ良いのか考えていたが、なかなか良い案も思いつかず、結局いつもの様に切り抜けることにした。
「そういえば、三島さん」
俺から話題を出したことに、三島は一瞬驚いたようにみえた。
「もう、数十年前になりますかね。ここら辺であった事件、知ってますか?」
「事件?」
「えぇ、ほら、あの女子高生が殺された事件ですよ。僕もそのころ高校生でしたが、いろいろと話題になりました」
俺が言っている事件、とはこの南足柄に住む人であれば誰でも知っている。隣の小田原市の高校に通っていた螢田美玖という女子高生が殺された事件のことだった。
「もう、20年以上は前になると思いますが」
三島の顔を見る。特に表情に変わりは見られなかった。おかしいな、と俺は思う。いつもであれば、大体の人はこの話題を持ちかけると顔が歪み、なんて話題を出してくるのだと言った様な面持ちで話を終わそうとする。三島の顔にそう言った変化がないことに、俺は驚いた。
「ないだい?そりゃ」三島は眉を少し上げ、気の抜けるような声で言った。
「知らないんですか?」
「あぁ、知らん」
「三島さんって昔からこの町に住んでるわけじゃなかったんですね」
「いや、ずっとこの町だよ。ただ、あんまり俗世に興味がないからね。そういうの、わからないんだよ」
一筋縄にはいかないな、と俺は三島にバレないようにため息を吐いた。
結局、三島との会話は30分は続いただろうか。ようやく三島は満足したのか、自分の部屋へと戻っていった。
俺は仕事を始める。この仕事にはノルマがあるが、そこまできつくない。俺が受け持っている清掃エリアは南足柄市内にあるアパートであり、場所によって月に一度、もしくは二度のところがあるため、だいたい週に15~20軒回ればよかった。一軒一軒がそこまで広くないので清掃も一人でも苦ではない。
三島が住んでいるこのメゾンハイツというアパートもそこまで広くはなかった。アパートの部屋数は4部屋で、ちょうどアパートの真ん中に階段があり、一階の東と西に一部屋づつあり、それぞれの部屋の上に二階があるといった具合だ。敷地内の駐車場を含めて、上から見るとちょうど長方形のような形になりそうだった。
俺は腰から除草剤入りのペットボトルを取り出しながら三島の軽トラックへ近づく。屈みこんでから、車止めブロックとアスファルトの間から生えている名前も知らない雑草へ手を伸ばしむしり取った。ぎゅっと軽くペットボトルを押しつぶし雑草が生えていた箇所へ噴射する。濡れて黒くなったアスファルトが急激に乾いていき、黒い部分が徐々に面積を少なくしていく。
腰を上げると背中に鈍痛が走った。どうにか楽な姿勢を探し、背中に負担がかからない姿勢のままほかの場所でも雑草を毟り、除草剤をかけていった。10分ほどその作業を繰り返しただけで体中から汗が吹き出す。タオルで汗を拭い深呼吸なのかため息なのかわからない呼吸をしてから作業に戻る。先ほどまで三島と話していた時は気にしていなかったが、四方からセミの鳴き声がしていて煩かった。
さすがに喉の渇きが限界なのを感じたと同時に三島からもらった缶コーヒーの存在を思い出す。プルタブをあけ、一息で飲み干した。驚くほどぬるくなっていた缶コーヒーの苦みが喉に張り付いた。潤ったのか潤っていないのかよくわからない。空っぽになった缶コーヒーをリュックに戻し、俺は掃除を再開する。
ジジジッ、と頭上でセミが一匹飛んだ音がした。それでも四方から聞こえてくるセミの鳴き声は鎮まることはなく、逆に俺の頭の中を何度も何度もこだまし音量を上げていった。
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