上 下
18 / 21

瀬戸際の泥棒と窓際の彼女

しおりを挟む
 目を開けると世界が霞んでいた。甲田は最初室内に煙が充満しているだとか埃が舞っているのだと思い手で払おうとしたが、そのとき後ろ手で縛られていることに気がつく。
 髪の毛に水が滴り落ちていく。全身が濡れていた。ようやくはっきりしてきた視界と思考の中、辺りを見渡すと目の前には屈強な男がバケツを持ち見下ろしている。その後ろには佐田がいた。
 水をかけられて覚醒させられたのか、と気づいたのは一瞬だったが、佐田との会話に気を取られ背後から殴られたことを思い出すのには時間が掛かった。鈍い痛みが頭の後ろ側にある。
「こいつはな」と佐田がバケツを持った男を顎で指す。「重度の薬物中毒なんだよ。それと並行して重度の睡眠障害でもある。幻覚と幻聴で普通に眠れないらしい。だからいつも強い睡眠薬を飲んで半ば意識を失うようにしないとダメなんだ」
 この男を薬物漬けにしたのは佐田だろうと甲田は予想する。ヤクザとの取引で簡単に手に入るのだろう。改めて男を見ると体が小刻みに震え、肩で息をしている。目は何もない虚空を見つめているのだがその男は確かに何かを見ている。薬物中毒者特有の症状だ。
「人間っての慣れるんだよな。あれくらいじゃこいつはすぐ起きちまう」残念だな、と佐田は言う。
 いつの間にかアロマキャンドルでガードマン達を寝かせたことも佐田にはバレていた。一体頭を殴られてからどれほど時間が経っているのだろうか。数時間経っているような気もするし数分しか経ってないような気もする。
「あいつはお前の仲間なのか?」と佐田が言うから、神田美咲が見つかってしまったのかと甲田は焦る。なぜ、見えるのだ、と。だが辺りを見渡しても神田美咲の姿はない。
「俺の部下の一人が今日は全員で見張りをさせてくれって言ってきてな。なにかあると思ったが面白そうだったから言う通りにしたんだが、まさかお前が来るとは思ってなかった。よく俺の部下を自分の下につけたな。どんな手を使った?」
 部下を下につける? 仲間? 甲田に思い当たる節はなかった。どうゆうことだ? 俺以外にも、佐田のことを狙っている人物がいたのか?
「まぁ、いい。あいつに後で聞けばいいだけだ」佐田はそう言い、何かを男に指示した。男は依然と虚ろな目をしたまま体を自分の意思で動いているとは思えないほどぎこちなく動く。男の向かう先にはさまざまな工具が置いてあった。その中からペンチを手に取った。
「昔は暴力を奮って、痛めつけて殺せば満足だったんだが、さっきも言ったように人間ってのは慣れるんだ。それだけじゃつまらなくなった」男からペンチを受け取った佐田は甲田の背後に回る。ペンチの先が爪に触れたのが甲田はわかった。
「最近は拷問だ。少しづつ数日間痛めつける。そうするとそいつは段々恐怖と痛みで壊れていくんだよ。人間は慣れる生き物だけどな、痛みと恐怖には慣れない。脳が信号を発する限りはそれだけは常に新鮮なんだ」
「吐き出させる情報や服従させる意図のない暴力を拷問と言って良いのか?」と甲田は言う。
「良いんだよ。痛めつける側が一方的で愉しんでればそれはもう拷問だ。何をしても助からないのに、拷問される気分ってのはどうだ? 絶望だろ?」
「さすが風雷神の佐田だな」そう甲田が零すと、爪に食い込んだペンチから伝わる力がふっと弱くなったのが分かった。
「面白い。今、俺はそう呼ばれてるのか」と言いながら佐田は甲田の前に移動する。
「今? 昔からそう呼ばれてたんじゃないのか?」
「雷神とは呼ばれてたけどな、風雷神か、くっく」佐田の後ろに立っている男の荒い息がやけに大きく聞こえる。
 ふいに神田美咲が言っていたことを思い出した。風のように早く盗めるのに、雷のような暴力を振るうのはおかしい、見つからずに盗めるのにわざわざ暴力を振るうのは矛盾している、と。甲田の頭の中にパズルのピースがハマるような感覚がある。まさか、もしかして。
「拷問する前に本当のことを教えてやるよ」
 甲田の鼓動が速くなる。それと呼応するように男の息も荒くなっていく。
「俺は昔、コンビで泥棒をしてたんだ。風神が相棒で雷神が俺だ」そして、と甲田は続ける。「お前の両親を殺してたあの夜、あいつはお前を逃した」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

有終

オゾン層
大衆娯楽
その二人は、全く違う人だった 劇場舞台で絶大な人気を誇る役者「葯天楽雅(やくてんがく みやび)」は、絶世の美丈夫としてその名を馳せていたが、その裏は美に執着する傲慢な人間だった。 画家として生活する「東屋大夢(あずまや ひろむ)」は、雅に負けず整った顔立ちをしており、また、天性の画力も相俟って一躍有名になったが、それ以上に彼の穏やかで優しい心に惹かれる者が多かった。 そんな二人には全くもって接点など無い筈なのだが、その縁は可笑しくも二人を繋ぐこととなる。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...