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瀬戸際の泥棒と窓際の彼女

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 立ち向かう、と言ったのは神田美咲だった。
「私も、一緒に」と神田美咲は言う。その手は未だ甲田の手の上にあった。感触はない。甲田の震えももう止まっていた。
「一緒に、って?」と甲田は顔を上げようやく神田美咲の顔を見る。涙の跡のようなものが月明かりに照らされて見えた気がしたが、影かもしれない。
「私も佐田に立ち向かう」神田美咲は復讐とは言わなかった。
「だって、甲田さんの存在がバレちゃったのなら、どの道佐田とは決着をつけなきゃいけなくなっちゃったでしょう?」
 決着、と甲田はつぶやく。一体、決着とはなんなのだろうか。佐田を殺せば決着が付くのだろうか。無意識のうちに胸の銃を触る。
「でも、一緒に立ち向かうって言ったって、君はなにをするんだ」
「敵のアジトの中を見てくる、とか」
「そんな危険なこと、させられるわけがない」と甲田は声を大きくするが、あっ、と気付いた。
 神田美咲はおいで、とクロを呼ぶと、クロは伏せの体制で話を聞いていたが急いで立ち上がり駆け寄っていく。神田美咲の体目掛けて飛びかかる、が、体は神田美咲をすり抜ける。
「危険? なんのこと?」無邪気な笑顔で神田美咲は言った。

 それから3日が経った。甲田はクロの散歩をしていた。クロはキョロキョロと辺りを満遍なく見渡し、たまに地面に鼻を擦り付け、たまにこちらを振り向き、付いてきてるな、と安心する。そして前を向く。いつもの光景だ。だが、いつもと違うのは時間が夜だということと、甲田の隣に神田美咲がいることだった。心なしかクロもこちらを振り向いた時に、あれ、なんでいるの? という顔をするが、見慣れぬ夜の世界への好奇心の方が強いのかすぐに前を向く。
「甲田さん、私思ったんだけど」と神田美咲は言った。
 あの日から、佐田の仲間が近づいてくることはなかった。甲田はいつあの家にまた佐田達がやってくるのか心配だったがそれは杞憂に終わった。もしかすると、佐田も取引中にいざこざを起こすのは得策ではないと判断した上で、牽制の意味を含めて俺に近づき、わざと気づかせたのかもしれない。そもそも、佐田が気づいたのは俺が泥棒専門の泥棒だ、ということだけで、自分の命を狙っているとまでは思っていないのだろう。取引中になにかを盗む算段がある、という風に思っているはずだ。だからこそ俺は気づいているぞという意味を含めワザと俺を見張っているのをバラした、バレていると分かれば手を出さないと踏んだのだろう。そう甲田は思っていた。
「あの、クロが吠えた時さ、クロ、尻尾振ってたんだよね」
「尻尾?」と甲田は前を行くクロの尻尾を見る。左右に振られている。
「そう。なんか、嬉しそうに」
「まぁ、クロは人懐っこいから、遊んでくれる人が来たと思ったんだろう」
「そうかなぁ」と神田美咲は納得が言っていないような声を出したが、特に深く考えることでもないと判断したのかそれ以上はなにも言わなかった。
「じゃあ、もう一つ思ったことがある」とまた神田美咲が言ったのは佐田達が取引を行っている倉庫に近づいた時だ。取引はもう始まっている。甲田が予定していた襲撃は明日だが、明日は取引終了日、一番警戒が薄く敵も取引相手のやくざやギャングも少なくなっている時というだけで、取引自体は3日前から行われていた。
「風のように速く物を盗み雷のような激しい暴力、って矛盾してない?」と神田美咲は言う。
「矛盾?」
「そう、誰に見つかることなく盗めるのに、わざわざ人を傷つけるってさ」
「佐田が異常なんだ」
「そうかもしれないけど、なんか気になる」
 そう言っている間に、倉庫に着いた。倉庫はかなり大きく、小学校の体育館ほどの大きさはあった。昔はここら辺にあった何かの工場の資材置き場として使われていたらしい。ところどころ古く、鉄筋は腐食しているところもあったがガッチリとした印象があり、鉄壁、という言葉が頭に浮かぶ。倉庫の正面には大きいシャッターが無機質に降ろされていた。その横にポツンと人が入るためのドアがあった。もちろん鍵は掛かっているだろう。
 だが、そんなことは神田美咲には関係がない。
 明日の決行を前に、中の様子がどのようになっているのか、調べるのだ。
「じゃあ、行ってくるね」と神田美咲は軽く言い、甲田が何か言う前に倉庫を簡単にすり抜け入っていく。この数日間で、甲田とクロ以外には神田美咲の姿が見えないのは確認済みだった。
 甲田は少し離れたところから倉庫の周りを一周し窓の有無や通気口の位置を確認する。窓はかなり上にあり、中は覗けなかったが倉庫内に明かりがついていないことは分かった。甲田はその暗い倉庫内に何人もの人が蠢く気配を感じていた。
 倉庫の床あたりの部分に格子状に作られた通気口があった。これも人が入れる隙間ではなかった。
 5分ほど経ち、倉庫のシャッターからすっと白い腕が出てきたと思うと神田美咲だった。音もなくすり抜けてくる。それに気づいたクロがそわそわと動き出す。クロを連れてきたのは、散歩中の通行人を演じるためだったが、夜中に犬の散歩をするのは逆に目立ってしまった。
「見てきたわ」
「よし」
 決行は明日、と甲田は呟いた。
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