死に行く前に

yasi84

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第2章 退屈

カタカケフウチョウ

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「もっとこうドキドキしたいんすよねぇ」名古屋さんが言った。
「ドキドキ?」と私が返すのと同時に
「生きてるだけでドキドキしてるだろう」と秋山さんが言う。
「それはドクンドクンじゃないっすか」
 翌日にさっそく名古屋さんはお店にやってきた。おはようございます、と当たり前のようにやって来るものだから私はてっきり名古屋さんもこのお店の従業員になったのかと思ったほどだ。
「土曜日くらい家でゆっくりしてればいいじゃないですか」
「そうしていたらあっという間に休日が終わるんすよ。恐ろしいですよ、土日の早さは」そう言いながら名古屋さんは店内にある本棚を物色している。
「動物の本ばっかりっすね。恋愛小説とかないんですか?」
「恋愛小説が読みたいんですか?」
「ドキドキしたいんすよ! 秋山さんにガツンと説教されて1日考えたんですよね。俺のこの退屈がどうやったら賄えるかを。答えは恋ですよ、恋。恋人なら尚良い」恋は人生の充実に繋がります。と名古屋さんは力説し、本棚の物色に戻った。残念ながら、本棚に恋愛小説はない。あるとしたら動物の求愛行動が載っている本だ。
 しかし、恋は退屈な人生への充実になるという言葉は正しいような気がした。恋が実るか実らないかでその後の充実の度合いは変わるかもしれないが、少なくとも恋をしている最中はきっと退屈ではないのかもしれない。
「カタカケフウチョウを知ってるか?」と秋山さんが静かに言った。
「カタカケ……なんですか?」
「カタカケフウチョウだ。ニューギニアに生息するフウチョウの仲間だ」
「鳥なんですか?」
「そうだ。フウチョウ科は極楽鳥とも呼ばれていて、多くの種族が鮮やかで美しい色彩の体をしてるんだ。外敵がいない平和な環境だからこその美しさだ。その中にカタカケフウチョウという鳥がいる」
「言い辛い名前っすね」
「その鳥の雄は、美しい飾り羽を胸と背中と頭部に持っていて求愛行動の時にその羽を広げる。その姿が面白い。スカートのように羽を広げると模様が顔のようになる。それがおよそ鳥とは思えない姿なんだ。そして雌の周りで踊る。それを見ると、人間の恋の駆け引きがいかにつまらないことかわかるぞ」
「秋山さん、折角名古屋さんが前向きになってるのに水を差すようなこと言わないでくださいよ」
「人間にはこれと言った外敵がいないのになぜフウチョウのように美しい方向に進化していかなかったのか、謎だ」と秋山さんは1人で嘆いていた。
 秋山さんは美しい方向に進化してるじゃないっすかと名古屋さんが嫌味ともつかない嘆きを披露したのと同時にインターホンの甲高い音が店内に響いた。
 名古屋さんがいる状態でお客さんを店内に入れて良いのかどうか判断がつかなかったので、秋山さんに目で合図を促したのだが秋山さんはいつの間にか取り出した鳥類図鑑を広げて名古屋さんに見せていたので私の視線には気づいていない様子だった。おそらくカタカケフウチョウを見せているのだろう。お化けみたいな模様っすね、と名古屋さんが言うので私も覗いて見ようとしたのだがもう一度インターホンが鳴ったので急いで入り口に向かった。
「いらっしゃいませ。お待たせしてすいません」
 そこに立っていたのは女性だった。くりっとした二重の目にふっくらとした涙袋が目立ち、丸い輪郭には幼さが見えた。
「あの、ここに犬がたくさんやって来るって聞いたんですけど」
「え?」
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