上 下
23 / 37
第1章 学園編

第21話 クラス分け

しおりを挟む
 ルイナが来てから、時間の流れが急に早くなったように感じる。
 朝起きたと思ったら、もう夕方だ。一日だなんてもう、瞬きの間に過ぎ去ってしまう。
「――残り時間、あと十分です」
「……っ」
 それなのに、この十分は、気が遠くなる程に長い時間に感じられた。
 なにかしないと……それなのに、どうしたらいいか分からなくて、ただつっ立っているだけの時間。
 どうして、こんなことになったんだっけ。
 僕はもう一度、今日のことを最初から振り返ってみることにした。
 そうだ、今日の朝、いつも通りにルイナが来て……――。
「おはよーレイズくん、メアちゃん! 今日はいよいよ、クラス分けが始まるね!」
「うん……明日は入学式もあるし、この寮もほぼ全部屋埋まっちゃってるし、そろそろ僕の部屋に来るのはやめた方がいいんじゃない?」
 ルイナと友人として過ごす日は、僕にとっても楽しい時間ではあったが……周囲の人たちがそれをどう受け取るか、考えずとも、分かることだった。
 あらぬ噂を立てられては、ルイナだってきっといい気はしない。それどころか、噂を気にして、もうこんな風に接してくれなくなるかもしれない。
 それは……すごく、悲しいことだ。
 そうならないためにも、部屋にまで来ることは、出来るだけ減らした方がいい。そう、思っているのだが……。
「……? なんでダメなの? 別に校則違反じゃないのに。それより、早く行こうよ!」
 ルイナには、そんな僕の意図などなに一つ伝わっていないようだった。
「主、クラス分けってなんだ? もう入学は決まっているだろうに、なにを決めるのだ?」
「メア……えっと、クラス分けっていうのはね――」
 少し目を離した隙にまた、風で飛ばされたユキちゃんを網を持ち追いかける……もはや、見慣れた風景になりつつあるルイナの後を追いながら、僕はメアに説明する。
「簡単に言ってしまえば、この学園は完全に実力主義なんだよ。クラス分けだって、強い者とそうでない者とで選別するのを、そう言い換えているだけで」
「ふむ……なら、私たちは一番上位のクラスになる訳か……」
 その、ある意味羨ましい程の自信はどこから出てきているのだろう。
 いやドラゴンなんだから、当然と言えばそうか。ましてやメアは、災厄のドラゴンと異名を持つほどに、強い。敗北だなんて、今まで一回もしてこなかったのだろう。
 勝つことが、上に立つことが当たり前になっているのだ。
「うん、そう……そうだよね。きっと、そうなるよ」
 僕は自分に言い聞かせるようにして、そう呟いた。
 心臓を圧迫する程の緊張も、不安も、全てはメアがいればなんとかなると思いこむことで、一時的に忘れることが出来た。
「あーん! ユキちゃん待ってー! 今日だけはまずいから! 遅刻出来ないからー!」
 ……とりあえず、いまだにユキちゃんを確保出来ないでいるルイナの手助けでも、しておこうか。
「――えー、みなさん。まずは、入学おめでとうございます。我が校の筆記試験を合格してきたみなさんは、さぞ優秀な方たちなのでしょう」
 ……とりあえず、なんとかクラス分けに間に合うことが出来た。僕たちが、一番最後だった訳だが。
 荒い息を整えるべく、最後尾で説明を聞く。
 ……前の人たちがチラチラとこちらに視線を送ってくるのが、辛い。もう、明らかに僕たちのことを見ているからだ。
「……しかし、です。いかに知識があろうとも、それを活かせなければ意味がありません。強さの根底には、膨大な量の知識、そして圧倒的な実践の経験が必要です。今日は、みなさんがいかにそれを理解しているか、確かめさせてもらいます」
 試験管の言葉を合図に、サーッと目の前にはなにやら書かれた巨大なボード、そしてグラウンドには、これまた巨大な機械が何台も設置されていく。
 一体、あんなに沢山の機械、なにに使うのだろう。
 入学するのに必要だったのが筆記試験なら、クラス分けで求められるのは、きっと実技……。
 そう、僕の不安の根っこには、この実技のことがずっと引っかかっていた。
 メアと僕がパートナーになってからすぐに、この学園に来て、そして今日に至る訳だ。
 つまり、実戦経験ゼロ。メアは、それこそ腐るほど経験あるだろうが、少なくとも僕にはない。
 こんな状態で、まともに試験に参加出来るのか……?
 ……いや、ここまできたらもう、後戻りなんて出来ないのだから、いっそのことポジティブに考えよう。
 大丈夫、メアは最強であるドラゴンだし、僕だって戦闘の知識は本で勉強してある程度は持っているつもりだ。
 落ち着いて挑めば、メアが言っていた通り、上位のクラスにだって食いこむことが可能なんだ。
 目の前のボードに書かれてあることが、事務的に読み上げられていく。それほど重要ではなく、かつ上から説明するよう強要されているであろうことが、伝わってくる読み方だった。
「では、まずはクラスについて軽く説明を。一番上から、S、Aと始まっていき、最後がEクラスとなります。そして、どうやってクラス分けしていくかですが、グラウンドを見てください」
 グラウンド……あれだけ広かったというのに、機械が置かれている今は、その広さが半分くらいにまで狭まってしまっている。
「この機械からは、こちらで用意した擬似モンスターが排出されます。みなさんは、それをただ倒していくだけです。何体倒したかにより、クラスが決まります。制限時間は二十分。ああ、フィールドにはバリアが張られるので、モンスターの技がこちらに及ぶことはありません。気にせず、戦闘に集中してください」
 擬似モンスターか……ロボットのようなものだろうか?
 普通のモンスターとは違い、飛行型かそれともスピード型か……あるいは、遠距離攻撃を仕掛けてくるのか。一瞬の判断が重要になりそうだ。
 そんな高度なことを、まだ試験の段階で要求してくるのか? それとも、僕が知らないだけで、これは他の人たちからすれば出来て当たり前のことなのだろうか。
 分からない、なにもかも。
「では、筆記試験の順位で始めていきましょうか」
 ここでは誰も、待ってはくれない。心の準備だって、自分でするしかない。
 今、試験が始まろうとしていた。
「……あの機械。色々なモンスターを模したロボットたちが、次々に出てくる。あの数を、短時間で捌くのはかなり難しそうだ……」
 実際、今挑戦している生徒も苦戦していた。
 地上からの攻撃を避けたと思ったら、今度は空からの追撃だ。避けきれず、被弾してしまう。
「次は主の番か。すごいな。二百人中、五番目ではないか」
「うう……なんでよりによって上位から始めるんだろう……」
 欲を言えばもっと、他の人の様子を見ていたかったが仕方がない。
「二十分で、討伐数は十未満か……君はEクラスだな」
 十より下は、数えてすらもらえないのか。
 知ってはいたつもりだが、本当に実力主義という言葉がぴったりである。
「次は……君たちですね。レイズくんと、メア……そちらは、なんのモンスターですか? 人に擬態しているようですが、試験ではモンスターの姿で戦うように」
 もう、本当に目眩かなにかで倒れるかと思った。
 そうだった……そりゃあ、この姿のまま戦える訳がなかった……。でも、ドラゴンの姿になるのはダメだ。主に、僕がダメだ。戦闘どころではなくなってしまう。
「……? どうしました? なんのモンスターか、聞いているのですが」
「ふむ、いちいち言わなければ分からないか。私は、ドラゴン……災厄のドラゴンだ」
 僕が言う前より先に、メアが先陣を切って言ってしまう。メアの言葉に、周囲の人たちはザワザワとどよめいた。
「今……災厄のドラゴンって言った?」
「まさか、なんでこんなところにいるんだよ。人間の下なんかに従く訳ないだろう?」
 ああ、説明しなければならないことが増えていく……。
「災厄のドラゴン……ふっ。それでは、是非ともその姿を見せてもらいましょうか」
 試験管も、笑ってしまっている。おそらくだが、全く信じていない。
「いいぞ、見せてやろう。人間如きが、生きて私の姿を拝めること、感謝するがいい」
 そう言ってメアは、ドラゴンへと姿を変える。いや、この場合は戻ると言った方が正しいか。
 僕のための、ミニサイズのドラゴンへと。
「……これは、確かに……いやでも、なんでこんなに小さいんですか」
「僕がドラゴン恐怖症だからです」
 小さくともその威厳が伝わってくる程の迫力を放つメアだったが、なぜ小さいのか聞かれれば、そう答える他なかった。
「恐怖症って……そもそもなぜ災厄のドラゴンが……いや、まずは試験です。それで、その姿であなたは戦えるのですか?」
「いや、流石にこの小ささでは、主がやりにくいだろう。だから、人の姿のまま戦う。どの姿でも、ドラゴンとしての力は変わらない。ま、オモチャ相手には丁度いいハンデだ」
 周りのどよめきが、一層と強くなる。
 いまだ、誰一人としてDクラスより上にいけていないというのに、それをオモチャ呼ばわりにハンデときたものだ。
「おいおい、あんなに大見得切って、大丈夫か?」
「馬鹿、災厄のドラゴンだぞ? なんであんな奴のパートナーとしているのかは分からないが、擬似モンスターどころかこの学園ごと消し去ってもおかしくないぐらい強いだろうよ」
 ……なんだか、とんでもなく大事になってしまった。
「……分かりました。特別に、許可しましょう。それでは、始めます」
 フィールドの中に入り、大きく深呼吸する。
 大丈夫、冷静にやればきっと出来る。
 きっと――。
「残り時間、五分です」
 そんな無機質な声に、ハッと我に返る。
 今日のことを思い返してもまだ、五分しか経っていないという事実。
 僕は、なにか指示を出すこともせずに、ただ立っていた。もはや、いてもいなくてもいい存在。
 メア……メアは、本当ならこんな機械たち、全てをなぎ倒すことなんて造作もないことのはずなのに、律儀にも僕の指示を待ち、攻撃を受け続けている。
 なにか、言わなければ。せめて、避けろくらいは。
 だが、その後どうすればいい? どう攻撃に繋げる? 分からない。
 本には、なんて書いてあった? 分からない。頭の中真っ白だ。
「試験終了です」
 その言葉と共に、機械たちの攻撃もピッタリと止む。
 どよめきは、いつしかざわめきとなり、その言葉の内容もメアのことから、なにもしない僕のことを言うものへと変わっていた。
「――レイズくん。君のクラスは……」
 クラス……分かっている。一体も倒せなかったんだ。Eクラス。今の僕には、お似合いの場所だった。
「君のクラスは、Sクラスです」
 だが予想に反して、クラスは一番上。一体、どれほどの機械を倒せばたどり着けるのか、未知の領域である。
「え、あの……」
「災厄のドラゴンには、それぐらい価値があります。君がなんと言おうと、これはもう決定事項です。これで試験は終わりです、下がりなさい」
 Sクラス……自分の力で勝ち取っていないこの地位の、なんと軽いことか。
 そしてなんと言っても、討伐数ゼロでこのクラス。
 僕ではなく、メアの存在だけが必要とされているのだと、そう告げられたようなものである。
 僕は……。
しおりを挟む

処理中です...