上 下
3 / 37
第1章 学園編

第1話 電車に乗って

しおりを挟む
 ゴオォォと、電車がトンネルを通過する音で、目を覚ます。いつの間にか、眠ってしまっていたみたいだ。
 電車に乗ると、どうもあの心地のよい揺れ、ガタンゴトンと規則正しい音で眠りの世界へと落とされてしまう。
 ……もう少し、眠ったままの方がよかったのかもしれない。
 まだ、降りるべき駅を過ぎてしまっていないことへの安堵と、現実へと引き戻されたことへの憂鬱とで、複雑な心境だ。
 憂鬱……そう、憂鬱なのだ。
 僕は窓から見える景色を、頬杖をつきながら眺めた。
 もの凄い勢いで遠ざかっていく風景。今流れているこの時間も、同じように早く過ぎ去ってしまえばいいのに。
 ポケットから、一枚の紙切れを取り出す。それがなくなっていないことを確認して、もう一度丁寧にポケットへ入れ直した。
 車掌の、アナウンスが次の駅名を言う。
 降りなければ。いつまでも、夢の中にはいられない。
 席を立ち、人の流れに沿って電車を降りる。そのまま逆らわず、立ち止まらず、改札を抜け街へと出る。
 人の、後を歩いていくのは楽だ。なにも考えずに、ただついて歩くだけで目的地へと着くのだから。
 そうやって、生きてきた。そしてそれは、これからも変わらないのだろう。
 そう、思っていた。なのに……。
 思わず、足を止めてしまう。あまりにも異様な光景に、目が離せなくなってしまった。
 年端もいかない女の子が一人、ボロボロの紙を精一杯持ち上げて主張している。
 黒を基調としたドレスに、白い肌が特徴的な端正な顔立ち。その青い瞳は、真夏の海をそのまま切り取ってきたかのようだ。  
 きっと、どこか裕福な貴族の子なのだろう。
 そんな子が一人で、なぜこんなことをやっているのだろうか。
 こんな……だなんて書かれた紙を、掲げているだなんて。
「…………」
 声をかけるような人は誰もいない。みな、足早に通り過ぎるばかりである。
 それもそうか。こんな、目に見えて面倒くさそうな地雷、誰が好き好んで踏みに行くのかという話だ。
 僕だって、そうだ。こんなことに時間を割いている暇はない。行かないと。だけど――。
「……ねぇ、君。迷子かな? お父さんかお母さんは?」
 こんな小さな子を放って置いて行ったのであれば、きっとこの先ずっとどうなったのか、気になってモヤモヤしたまま日々を過ごすことになる。
 そんな生活は嫌だったし、何よりもやっぱり、こんな幼子を一人のまま放置するだなんて、出来なかった。
 ここで声をかけたことによって、この後の人生が大きく変わることになることを、この時の僕はまだ知らない。
しおりを挟む

処理中です...