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21 十二歳の王子と「災厄を招く?」守護精霊

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 葉擦れの音とともに、揺れる葉の隙間からこぼれてくる夏の陽射しが、赤みがさしたルイの顔を、ふっとなでた。とられたハムが、ミレーヌの口の中に消えていくのを見ながら、ルイは耳の裏をカリカリッと指でかいた。

「同じことを精霊様にも言われたけど、そんなつもりは――」

「セシリアとフローラとカティアとシモーヌもそう言ってたわよ。あと――」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って! 誰それ!?」

 大慌てで身を乗り出したルイを、渋い顔で見返しながら、ミレーヌはハムの油まで味わいつくそうと、ぺろりと指をなめた。

「ほら、覚えてすらいないのよ。セシリアは去年、ルイの誕生日に手作りクッキーを渡そうとして断られた子で、フローラは休みの日に街で偶然出会って声をかけたんだけど、無表情で首をかしげられた子で、カティアは精霊祭の時に――」

「あー、もう、いい。いいよ、もう、トゲトゲで。そんな気は全然なかったんだけど、ぼくが冷たかったって話なんだろう? はいはい、これからは気をつけるよ。ニコニコ愛想を振り撒けばいいんだろう?」

「そうそう、そういうことよ。うわさによるとシャルル殿下は、下々の者にも、それはそれは、おやさしいそうよ。ルイも王子様なんだから、いつまでもトゲトゲじゃあ、まずいわよ」

 最近のルイは、ずいぶんとトゲが抜けた。相手にもよるけど、そっけない返事をすることも少なくなった。ただ、シャルル王子とくらべられると、穏やかではいられないのだろう。首をかしげて、冷たい笑みを浮かべた。

「王子様って、いつも上品な笑みを顔に張り付かせて、みんなに気を配って、おやさしい言葉をかけないといけないみたいだね。おまけに、命を狙ってもらえるらしいね。いったい誰がなりたがるの、それ?」

「ねえ、ルイ。まさか、ならずにすませられると思ってるわけ?」

 眉間にしわを寄せたミレーヌが、弟をたしなめる姉のように、あごをキュッと上げた。

「うん、思ってるよ。精霊様だって、ぼくの思いどおりにすればいいって言ってくれてるし、このまま辺境伯領で守護精霊持ちの仕事を続けようと思ってるんだ。給金も上がったからね。父さんや母さんにも、もっと楽をさせてあげられるよ」

「ふーん、そうなんだ。おじさんとおばさんが聞いたら、泣いて喜んでくれるだろうね。うんうん、いいと思うわよ。うんうん、そうなればいいわね」

 どこか遠くを見るような目をして、苦笑いを浮かべたミレーヌに、ルイが困惑した声を返した。

「なんていうか、ミレーヌ……疲れたような顔をしてるけど、どうしたの?」

「ああ、顔に出てた? でも、ひょっとしたら、そういうこともできるのかもね。なにせ、ルイには守護精霊様がついてるからね。ルイを守って村まで飛んできて、それからも、ずーっとルイを守り続けて……って、ねえ、精霊様。王都から村まで、どのくらいで飛んできたの?」

 何かを思いついたように、ミレーヌがぐるんと顔をこちらに向けた。

《どのくらいって、時間? 陽が昇る頃に村に着いたから、えーっと……どのくらいだろうね?》

「えっ? 王都を出たのはいつなの?」

《夜だったことは覚えてるよ。月に向かって飛んだからね。急がなきゃって、高いところの風を捕まえたから、そんなに時間はかかってないと思うけど。うーん、ずいぶん前のことだから、忘れちゃったな》

「夜に王都をたって、朝には村にって……王都と辺境領って、馬車で三週間はかかるって聞いたことがあるわよ。速いわね。ということは、精霊様。今でも、ルイを抱えて王都まで一日で飛べるってこと?」

《今の風で?》

 わたしは枝葉の隙間の向こうに広がる空に、すーっと感覚を広げてみた。できるだけ高いところまでまで意識を飛ばし、風の流れを追った。

《風向きがちがうから、無理じゃないかな。わたしだけならともかく、ルイには休憩が必要だろうし、一晩どこかで泊まる必要があると思うよ》

「じゃあ、二日で王都までルイを連れていけるってこと? すごいわね。さすがは、ルイの守護精霊様だわね」

 目を輝かせたミレーヌと、キョトンとしているわたしに、ルイがキョロキョロと視線を走らせた。

「えっ? ミレーヌ、それがいったい、どういう――」

「たんなる可能性よ。もし、ルイが国王陛下に会いたいのならば、だけどね。二日で王都まで行けるのよ。あっという間じゃない?」

「えっ!? 行ったところで陛下になんて会えるわけがないよ。それに、会いたいとも思っていないし、会ったところで、ね」

「ご病気なんでしょ? 会っておいてもいいんじゃないかと思うわよ。もちろん、ルイが決めることだけどね」

 ルイがブルブルと頭を振りながら、信じられないといった目で、ミレーヌを見た。

「いやいや、シャルル殿下だって、命からがら逃げてきたんだよ。会わせてくれるわけが――」

「ラビアの災厄は、もちろん知ってるわよね、ルイ」

 ミレーヌが、ルイの言葉を聞く耳持たずとばかりに、さえぎった。

 ラビアというのは、ノルドフォール王国の隣国である、アレンダート王国にあったとされる、ある侯爵家の領都の名前だ。その街は、ある日、忽然と姿を消した。侯爵家の後継者争いの中で命を落とした守護主の仇を取るために、土の守護精霊が領都すべてを土の中に飲み込んだせいだ、と語り継がれている。

 守護精霊は守護主の死と同時に消えるわけではない。土の精霊ならば、地脈からも力を手に入れることができる。守護主の死後、守護精霊は丸一日ほどこの世に留まり、その死を悲しむことになるらしい。

 下位の守護精霊ならば、人の魔法で抑えこむこともできただろう。だけど、守護主を殺された中位の守護精霊の怒りを鎮めることなど、容易なことではない。守護精霊だけの力かどうかはともかく、大きな街がひとつ消えたことは事実らしい。

 ルイに手を出すということは、わたしの怒り、つまり高位の風の精霊の怒りと向き合うことになる。ミレーヌが言っているのは、そういうことだろう。

 命がつながったヒョロ男も、同じようなことを言っていた。もし、ルイが守護精霊持ちだとわかっていたなら、決して命を奪おうなどと考えなかった、と。高位の守護精霊ともなると、なおさらだ、と。

 今、ルイが高位の守護精霊持ちであると公表されているのは、王妃派と公爵派に対する牽制らしい。害をなせば、どうなるかわからないぞ、ということだそうだ。

 それなのに、ルイが王子様であることは曖昧にされている。思えば、不思議な話だ。派閥がどうのこうのとか、人の考えることは、本当に面倒くさい。

「中位の土の守護精霊が、街をひとつ壊滅させたのよ。高位の風の精霊様を守護精霊として持っているルイに、誰が手出しできるっていうの? それ以前に、ルイの守護精霊様が、ルイに傷ひとつ負わせるわけがないじゃないの」

 ミレーヌがジトッと目を細めた。すこし斜め下からのぞき込むような視線が、ルイの肩をピクンと震わせた。 

「なにも、王都に行けって言ってるわけじゃないわよ。もし、ルイが望むのであれば、精霊様はルイの願いを叶えてくれるんじゃないのかって言ってるだけよ」
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