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9 六歳の王子と「脅迫する」守護精霊
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街道の脇で丸く輪になって停められた荷馬車の隊列。その端っこのほうで、大きな車輪にもたれかかったルイとミレーヌが、ふたり仲良く青白い顔でぐったりしている。
無理もない。馬を換えるために、何度か街道沿いの村に立ち寄ったとはいえ、ずっと荷馬車に揺られてきたのだ。
体じゅうがミシミシいっているにちがいない。風であるわたしにはわからないけど、こたえたのだろう。
しかも、今晩だけではなく、領都に着くまでこれからずっと野宿らしい。気分もへこむというものだ。
山の稜線の向こうに消えていこうとする陽の光が、辺り一面を赤く染めている。明日も、朝早くに出発するらしい。魔石運びの護衛って大変だなと、わたしはふわふわ漂いながら、ぽふっと息を吐き出した。
キアラがふたりに教えてくれたところによると、魔石は魔獣の大好物だそうだ。精霊のなわばりにいるときはましだけど、ちょっとはずれると、魔石に吸い寄せられるように、魔獣が襲ってくる。
狼のように走ってくる魔獣は、剣や弓を持った護衛の人たちでもなんとかなるのだけど、空から急降下してくる大きな鳥のような魔獣は、なかなか簡単にはいかない。
火の魔術師であるキアラを中心に迎撃することになるのだけど、魔法もなかなか狙ったところに当たるものではないようだ。敵も飛んでるくらいだから、ものすごく速いのだ。
少々のケガなら、光の魔術師が治療してくれるけど、けっこうな数の負傷者が出ている。
魔石を運んでいるせいで、街や村に泊まることもできない。精霊のなわばりに長居すると、精霊が怒るかもしれないし、なわばりでないところだと、魔獣を呼び寄せることになる。
迷惑極まりない荷物だ。村には魔石を使った道具なんてなかったのだから、使わなければいいじゃないかと思うのだけど、一度手に入れた便利な道具はなかなか手放せないらしい。
自然がいちばんなのにね、と風に揺られながらふわふわしていると、キアラがふらっとルイとミレーヌの前にやってきた。
「ルイ、これを持ってみてくれないかな?」
キアラは手のひらに乗せていたものを、ひょいとルイに向けて突き出した。ランタンにしては、かわった形だ。傘の上に大きな持ち手がついていて、ガラスに囲まれた空洞に、奇妙な模様が描かれている。ロウ芯がないということは、ランタンではないのかもしれない。
ルイはよろめきながらも立ち上がって、「はい」と大きく返事をした。持ち手を握って、キアラの赤い目をのぞきこみ、次の言葉を待った。
「やはりそうか。じゃあ、それをミレーヌに渡してみてくれないかな?」
キアラは興味深そうに、ふむふむ、とうなずきながら、ミレーヌを指差した。すでに立ち上がっていたミレーヌが、ルイに近寄って、ランタンのようなものを受け取った。
とたんに、ガラスからまばゆい光があふれだした。
ああ、魔法の道具なんだ。ということは、これが魔石を塗り込めた――と、そこまで思って、ハッとした。ミレーヌが持っただけで光ったということは、つまり……。
「ルイ、今までに身の回りで不思議なことが起こったことはないかい? 例えば、崖から落ちたのにケガひとつしなかったとか……それとも、人が見えないものが見えたりとか」
ルイはビクンとして、わたしのほうをチラッと見た。わたしが大慌てで首を横にぶんぶん振ると、からだを小刻みにふるわせながら、視線を足もとに落とした。
「ふーん、見えるのか。それはたいしたものだな。守護精霊持ちは、魔術師などよりはるかに数が少ないんだよ。その中でも精霊が見えるものは、さらに少ない。辺境伯領ではわずかにひとりだ。光の守護精霊持ちなのだが、その者は握りこぶしほどの精霊が見えるそうだ」
またしても、ルイがビクンと肩を跳ねあげた。すくめた頭をギギギギっと持ちあげて、視線だけこちらに漂わせた。その目が「にぎりこぶし?」と言っている。
「ルイにはどう見えるんだ? 風の守護精霊など耳にしたことがないが――」
「あのっ! ごめんなさい。内緒にするようにって、その……言われてるんです」
ルイがわたわたしながら、キアラの言葉をさえぎった。わたしが天を仰いで『はぁー』と溜め息をこぼしている傍らで、キアラがいぶかしげに首をかしげた。
「親御さんにかい? ミロム……ってことはないよな? いったい誰がそんなことを?」
とめる暇もなく、またしても、ルイがわたしのほうに視線を逃がした。『もぉーうー!』とわたしがジト目で見返していると、キアラが驚いた顔でこちらに視線を走らせた。
「まさか、しゃべれるのか!? それほどの高位の精霊が!? ありえる、の、か? いや、それは……」
ミレーヌもほうけた顔で、ルイとわたしがいるほうに、キョロキョロと視線を行ったり来たりさせた。
『もうー、しょうがないなー、ルイったら』
いい考えが思い浮かばなかったわたしは、一気に強硬手段に出た。
三人をまとめて風で包み、浮いているように見えないぐらいの高さで、すーっと動かして密着させた。口を軽く押さえ、声が出ないようにする。傍から見たら内緒話をしているように見えるはずだ。
《ダメじゃない、ルイ! しゃべらないって約束したよね!》
三人にだけ聞こえるよう、風をふるわせた。こうすれば、ルイ以外にもわたしの声が聞こえる。
《ここからは、ささやき声で話してね》と注意して、押さえていた口を解き放った。
「ご、ごめん……でも――」
モゴモゴとあやまるルイを放っておいて、キアラの耳もとで風をふるわせる。
《ルイは魔術師になりたいの。わたしのことは黙っておいてくれる?》
キアラはこそばゆそうに頭を逃がしながらも、「そうなさりたいのであれば、そういたしますが」と緊張気味に声を返した。
「しかしながら、高位の守護精霊様がついていらっしゃるのであれば、魔術師などにこだわらずともよいのではありませんか? それだけのお力をお持ちであれば、わたくしの伯父であるブルンフョル辺境伯も――」
《ダーメ! 黙っておいて!》
少し声が大きかっただろうか? ルイとミレーヌもピキッと顔をひきつらせた。
「そうですか。でしたら、わたくしの胸の内に留めさせていただきます」
《うんうん、そうしてね。ああ、それとね》
できるだけやさしく風をふるわせてから、そっとルイとミレーヌの目と耳を押さえた。わたしの決意が伝わるように、キアラの目の前でヒュンッと風の刃を走らせる。
《これも覚えておいて。ルイとミレーヌを傷つける奴には、容赦しないからね》
無理もない。馬を換えるために、何度か街道沿いの村に立ち寄ったとはいえ、ずっと荷馬車に揺られてきたのだ。
体じゅうがミシミシいっているにちがいない。風であるわたしにはわからないけど、こたえたのだろう。
しかも、今晩だけではなく、領都に着くまでこれからずっと野宿らしい。気分もへこむというものだ。
山の稜線の向こうに消えていこうとする陽の光が、辺り一面を赤く染めている。明日も、朝早くに出発するらしい。魔石運びの護衛って大変だなと、わたしはふわふわ漂いながら、ぽふっと息を吐き出した。
キアラがふたりに教えてくれたところによると、魔石は魔獣の大好物だそうだ。精霊のなわばりにいるときはましだけど、ちょっとはずれると、魔石に吸い寄せられるように、魔獣が襲ってくる。
狼のように走ってくる魔獣は、剣や弓を持った護衛の人たちでもなんとかなるのだけど、空から急降下してくる大きな鳥のような魔獣は、なかなか簡単にはいかない。
火の魔術師であるキアラを中心に迎撃することになるのだけど、魔法もなかなか狙ったところに当たるものではないようだ。敵も飛んでるくらいだから、ものすごく速いのだ。
少々のケガなら、光の魔術師が治療してくれるけど、けっこうな数の負傷者が出ている。
魔石を運んでいるせいで、街や村に泊まることもできない。精霊のなわばりに長居すると、精霊が怒るかもしれないし、なわばりでないところだと、魔獣を呼び寄せることになる。
迷惑極まりない荷物だ。村には魔石を使った道具なんてなかったのだから、使わなければいいじゃないかと思うのだけど、一度手に入れた便利な道具はなかなか手放せないらしい。
自然がいちばんなのにね、と風に揺られながらふわふわしていると、キアラがふらっとルイとミレーヌの前にやってきた。
「ルイ、これを持ってみてくれないかな?」
キアラは手のひらに乗せていたものを、ひょいとルイに向けて突き出した。ランタンにしては、かわった形だ。傘の上に大きな持ち手がついていて、ガラスに囲まれた空洞に、奇妙な模様が描かれている。ロウ芯がないということは、ランタンではないのかもしれない。
ルイはよろめきながらも立ち上がって、「はい」と大きく返事をした。持ち手を握って、キアラの赤い目をのぞきこみ、次の言葉を待った。
「やはりそうか。じゃあ、それをミレーヌに渡してみてくれないかな?」
キアラは興味深そうに、ふむふむ、とうなずきながら、ミレーヌを指差した。すでに立ち上がっていたミレーヌが、ルイに近寄って、ランタンのようなものを受け取った。
とたんに、ガラスからまばゆい光があふれだした。
ああ、魔法の道具なんだ。ということは、これが魔石を塗り込めた――と、そこまで思って、ハッとした。ミレーヌが持っただけで光ったということは、つまり……。
「ルイ、今までに身の回りで不思議なことが起こったことはないかい? 例えば、崖から落ちたのにケガひとつしなかったとか……それとも、人が見えないものが見えたりとか」
ルイはビクンとして、わたしのほうをチラッと見た。わたしが大慌てで首を横にぶんぶん振ると、からだを小刻みにふるわせながら、視線を足もとに落とした。
「ふーん、見えるのか。それはたいしたものだな。守護精霊持ちは、魔術師などよりはるかに数が少ないんだよ。その中でも精霊が見えるものは、さらに少ない。辺境伯領ではわずかにひとりだ。光の守護精霊持ちなのだが、その者は握りこぶしほどの精霊が見えるそうだ」
またしても、ルイがビクンと肩を跳ねあげた。すくめた頭をギギギギっと持ちあげて、視線だけこちらに漂わせた。その目が「にぎりこぶし?」と言っている。
「ルイにはどう見えるんだ? 風の守護精霊など耳にしたことがないが――」
「あのっ! ごめんなさい。内緒にするようにって、その……言われてるんです」
ルイがわたわたしながら、キアラの言葉をさえぎった。わたしが天を仰いで『はぁー』と溜め息をこぼしている傍らで、キアラがいぶかしげに首をかしげた。
「親御さんにかい? ミロム……ってことはないよな? いったい誰がそんなことを?」
とめる暇もなく、またしても、ルイがわたしのほうに視線を逃がした。『もぉーうー!』とわたしがジト目で見返していると、キアラが驚いた顔でこちらに視線を走らせた。
「まさか、しゃべれるのか!? それほどの高位の精霊が!? ありえる、の、か? いや、それは……」
ミレーヌもほうけた顔で、ルイとわたしがいるほうに、キョロキョロと視線を行ったり来たりさせた。
『もうー、しょうがないなー、ルイったら』
いい考えが思い浮かばなかったわたしは、一気に強硬手段に出た。
三人をまとめて風で包み、浮いているように見えないぐらいの高さで、すーっと動かして密着させた。口を軽く押さえ、声が出ないようにする。傍から見たら内緒話をしているように見えるはずだ。
《ダメじゃない、ルイ! しゃべらないって約束したよね!》
三人にだけ聞こえるよう、風をふるわせた。こうすれば、ルイ以外にもわたしの声が聞こえる。
《ここからは、ささやき声で話してね》と注意して、押さえていた口を解き放った。
「ご、ごめん……でも――」
モゴモゴとあやまるルイを放っておいて、キアラの耳もとで風をふるわせる。
《ルイは魔術師になりたいの。わたしのことは黙っておいてくれる?》
キアラはこそばゆそうに頭を逃がしながらも、「そうなさりたいのであれば、そういたしますが」と緊張気味に声を返した。
「しかしながら、高位の守護精霊様がついていらっしゃるのであれば、魔術師などにこだわらずともよいのではありませんか? それだけのお力をお持ちであれば、わたくしの伯父であるブルンフョル辺境伯も――」
《ダーメ! 黙っておいて!》
少し声が大きかっただろうか? ルイとミレーヌもピキッと顔をひきつらせた。
「そうですか。でしたら、わたくしの胸の内に留めさせていただきます」
《うんうん、そうしてね。ああ、それとね》
できるだけやさしく風をふるわせてから、そっとルイとミレーヌの目と耳を押さえた。わたしの決意が伝わるように、キアラの目の前でヒュンッと風の刃を走らせる。
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