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第一章

始まりの刻①

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部屋の中で電子音が断続的に鳴っていた。

 四方が金属の壁で囲まれた味気ない部屋は、脱ぎ捨てられてくしゃくしゃになった衣服や、封が開けられていたり、中身が空っぽになっている食品の袋で散乱していた。

 床が見えない、というほどではなかったが、それでも見た人に不快感を与えることは間違いない。

 ただ、部屋に配置されている家具やインテリアは少ない。

 備え付けのベッド、金属製の簡単なデスクと椅子、簡易なキッチンと冷蔵庫という元から部屋に備え付けられていたようなものばかりだ。そこですら衣服が置かれてはいるが。

 そして、その音に反応したのはブランケットに包まるようにして寝ていた、ベットの上でまどろんでいた青年、サキトだ。

 ピピピッと鳴る音に一瞬顔をしかめ、眠気の残る目を無理やり開いて音源に顔だけを向ける。目線の先には壁掛けの通信機があった。

 そのあとゆっくりした動作で、私物でぐちゃぐちゃになったデスクの上に置かれた電子時計を見る。

「朝の4時……知るか」

 熟睡を邪魔されたサキトは不機嫌さが滲み出る声でそれだけ言って、もう一度枕に顔をうずめた。しかし、いつになっても呼び出し音は途切れない。

「……」

 サキトはもう一度顔を上げた。

 もう一度だけ通信機を見る。相変わらずどこかの誰かが自分を呼び出している。

 今度は枕に顔をうずめ、更に余った部分を両手で押し上げて耳も塞ぐようにした。


 ピピピッピピピッ

「……」


 ピピピッピピピッ

「……」


 ピピピッピピピッ

「はい」

 限界だった。

「サキト・シヅカゼ三尉。こちら、第十三基地隊第七中隊本部です。中隊長リツカ三佐より伝えたいことがあると基地まで出頭せよとのことです」

 通信の主は中隊本部基地に勤務する女性オペレーターからだった。

 今は早朝。一般的に任務明けの数時間は緊急時の呼集を除いて呼び出されることはほとんどない。おまけに呼び出し主が彼・女・だ。大したことではあるまい。

「それは至急ということでしょうか。自分は先程紹介任務を終えたばかりで体調が優れていないのですが」

 とりあえず、それとなく断るニュアンスを込めて質問で返す。

「一介の通信士に過ぎない私には判断できかねます。しかし、リツカ三佐は待たれるのが少し苦手な方であることはサキト三尉が一番ご理解していらっしゃるかと」

 帰ってきたのは、機械的ながらも無言の圧力のこもった返答だった。

 来なくても構いませんが、知りませんよという言葉になっていない言葉が聞こえた気がした。

「……了解しました。すぐ向かいます」

 快眠を邪魔されたサキトの内心は荒れ狂っていたが、オペレーターにあたるわけにもいかず、決まった定型文を返した。 

 このまま朝になるまでバックレて寝てやろうか、そんな考えが一瞬頭をよぎったが、そのあとがあまりに怖すぎると一瞬で却下。

 快眠を諦めて、サキトはベッドから起き上がる。そこで下着姿の自分に気が付いた。

 任務から戻ってくるまでの記憶は一切ない。

 どうやら全部脱いでそのまま眠ってしまったようだ。

 とりあえずしわだらけの制服の中から一番まともな状態だった物を引きずり出して、着こみながら部屋を出た。


 ここは軍の兵舎だった。

 この区画は軍の中でも機甲士だけが生活するところで、処遇はほかの部隊に比べてよく二、三人部屋が多い宿舎の中で、任務時間がバラバラで休息時間もまちまちな機甲士は基本全員が一人部屋を分配されている。

 サキトの目指す中隊本部はここから三キロほど離れていて、歩くにはやや遠い。

 そのため、サキトはまずリニアレール発着場を目指した。

 各施設に高速でたどり着けるよう地下に張り巡らされるように通っているリニアレール、その中でも軍関係者のみが使用を許されている軍務車両は圧倒的に早く、例え目的地までの距離が十キロであったとしても、うとうとしている間に着いているといったほどだ。

 入場ゲートに軍の身分証をかざすと、厚さ一センチほどある金属の隔壁が開いていき、プラットフォームが見えた。

 まだ早朝の四時。いつも利用するときは軍人で賑わっているここも流石に誰もおらず、静かな発着場でリニアレールの到着を待った。

 手持無沙汰な時間が訪れたが、暇を潰すものもなくただ立っているだけだった。

 呆けているうちにリニアレールは到着し、誰もいない車両の端の方の席に座る。

 凄まじい急加速に一瞬で耳が詰まる感覚がやってきて、空気抜きをしていると景色が開ける区画に到達していて、先程まで地下の壁しか見えていなかった窓から外の景色が覗く。

 サキトは反射的に窓の外を見た。


 ちょうど日の出を迎えたところだった。

 窓いっぱいに隆起する雲海が広がっていて、僅かに顔を出した朝日が雲の表面を照らしている。

 夜の闇と朝の光が入り混じって、奥へ行くほど日光で明るく、手前に来るほど暗く自然のコントラストが出来上がっていた。

「こんなときに“島”じゃなくて、機体で飛べたらいいんだけどな」

 ため息交じりに言った。


 人類の敗北の歴史はおよそ二百年前から始まった。

 かつての多くの大国に襲い掛かった敵性自立兵器[カーヴェイン]は、最初のうちは抵抗する人類に苦戦を強いていたようだが、圧倒的な物力と集団となったときに瞬時に脅威と化す程度の戦闘力を持ち合わせていた彼らは、あっという間に人類の居住領域を蝕んでいき、殺戮を繰り返していた。

 その際に人類の救いとなったのが、”島”と揶揄される現在の人類の居住区であり最後の砦である旧[航空機動要塞]、今の[最終防衛線:航空機動都市]だ。

 AFVと同様、高度一万メートルを保って航行するここ[第十三航空機動都市]、通称[メトロポリス13番島]もその最後の砦の一つだった。

 当時、制空権を競って奪い合っていた大国は各国各々に武装した空中防衛の拠点の要塞を多く保有していた。[カーヴェイン]との戦いが始まると、制地権を失いかけていた人類は、多くの戦闘に参加していたのにもかかわらずほぼ無傷で現存していたその要塞に生活圏を移すことを決断した。

 制空権を追い求め、制地権を失ったという皮肉のような結末だった。

 この都市は、動力部や各兵器、AFV発進機構が搭載されている半球状の区画の上に、数多くの建築物が立ち並ぶ居住ブロックがある、そんな構造になっている。

 生物が生存するにはあまりにも厳しい場所であるこの超高度の環境から、また、突如来襲した[カーヴェイン]の攻撃から建造物を守るため、住居ブロックはドーム状の透過性のある特殊金属の障壁に守られ、その内部は気温、湿度、酸素濃度等の完全な調整がなされている。

 下部には同一円周上に合計24基の巨大な推進機が配置されていて、それらが常に稼働することで高度を維持、航行を可能としている。


 空中に逃げると判断した人類の決断は正しかった。

 飛行を主な移動手段としていた[カーヴェイン]だったが、高度一万メートルを超えて長時間航行するのは難しいらしく、侵攻のスピードが格段に落ちたのだった。

 その後余裕がある程度生まれたことによって、バラバラだった人類が一斉に協調を目指し、残った僅か300万人によって統一国家[連合]が結成、僅かながら着実に彼らへの対抗手段を模索していった結果、AFVとそれに関する技術が生まれていった、ということだ。

 このサキトの暮らす、[メトロポリス13番島]が作られたのは二百年以上前だったが、増改築が行われていき、今では二十万人を抱える大都市と変化している。

 今ではかつての要塞群も多様化し、主な居住拠点[メトロポリス]から、AFV等の機体、物質を生産する工業都市[インダストリアル]、カーヴェイン撃破に特化した戦闘要塞[フォートレス]、そして[連合]の本拠地として全ての“島”を管轄する首都[キャピタル]などが生まれていた。


 そして、今に至っている訳だ。

 今ではカーヴェインが駆逐された空域も存在し、徐々に侵された領域を取り戻しつつある。

 いつかは戦いに終止符が打たれるのかもしれない。

 サキトはそんなことを思いながらつかの間、瞼を閉じた。

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