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最終話 笑顔のふたり

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 呪いが解けた私は自分の家に帰ることにした。
 妹に、エミィに会うのが怖い。カイラス様が一緒にと言ってくれたけれど断った。大事な妹だから、一対一で向き合いたかったのだ。

 両親は私の帰りをとても喜んでくれた。エミィは私を見るなり、

「何で帰って来たのよ! 話が違うじゃない!」

 にらんで怒鳴った。エミィが呪いを依頼したというのは本当だったようだ。鬼気迫る表情で、恨みもたくさんありそうに見えた。私は胸元で手を握りしめ、妹の言葉を聞いていた。

「最低っ! 最悪の姉です! 妹の幸せも願えないなんて……お姉さまのせいで私の人生はめちゃくちゃです! いなくなったままで良かったのに……!」
「……………………」
「どうせ私のことを嘲笑ってるんでしょう!? いつもそう! お姉さまは私のことを見下して馬鹿にしてるんだわ! もう二度と顔を見せないで!」

 怒りが収まらないのか、興奮で顔が真っ赤になっている。ここがエミィの部屋で良かった。もしメイドや両親が今のエミィを見たらきっと驚くだろう。

 でも私にとって、妹が可愛いのは変わらない。私はエミィの顔をまっすぐ見つめて、息を吸った。不思議と怖くはなかった。自分の中にはない勇気が、どこかから湧いてくるみたいだった。

「エミィがどう思っていても、私はエミィのことを大事な妹だと思ってるよ。馬鹿にしたことなんてない。だってエミィは私よりずっと賢くて可愛くて、キラキラしてるんだから。すごく羨ましかった、昔から。今もそう。情けない姉だけど、自慢の妹だと思ってる」
「……………………」

 エミィはぷいっと背を向けてしまった。輝く金髪が震えている。

「お姉さまのそういうところが嫌いです。いっそ私を嫌ってののしってくれればすっきりするのに……私ばっかり意識して、みじめな気持ちになる」

 でもエミィを罵るなんてできない。嫌いにもなれない。どんなに酷いことを言われても、その顔を見るだけで全部全部どうでもよくなってしまう。だってエミィは本当に綺麗で可愛い、私の自慢の妹なんだから。

「……さっさと消えてください。あの喋らないつまらない彫像と添い遂げるのが愚かなお姉さまにはお似合いですわ」

 私はそれを、素直じゃない妹なりの祝福として受け止めた。


**


 色々と揉めたお陰で変な噂がたくさん流れてしまいました。私が駆け落ちをしたとか、カイラス様が夜な夜な女の人を部屋に連れ込んでいるとか……諸々。

 お互いの家の名誉のためにもと一旦結婚はお預けにして、また婚約状態から再出発です。

 妹は私と会話をしてくれなくなったけれど、以前より素直になったのだと思って少しずつでも関係を修復していきたいと思っています―――。




 今日はカイラス様の家でお茶会です。天気も良く暖かいので庭に出ています。美しい金髪と宝石のようなグリーンアイ。まるで至高の彫像のような方が私を見て言います。

「アリゼ。ああ、今日も可愛いな。日の下で見ると天使かと思う」
「かっ、カイラス様。私は大丈夫ですから……」

 カイラス様は私と会う度に“可愛い”と言います。私が猫に戻っては困る、とは言いますが、呪いは解けているのに。

「私はもう猫ではありませんので!」
「黙っていた方がいいか? しかし伝えるべきことは伝えるべきだろう」
「それは良いことだと思いますが……カイラス様も、相変わらずお美しいです」
「そうか?」

 と私に微笑みを向ける。これは褒められ慣れている人の反応! 私は一言可愛いと言われるだけで動揺してしまう。そっと気持ちを落ち着かせて話題を変えた。

「ところでカイラス様。懐く猫は見つかりましたか?」
「いや。なかなか難しいな。どんなに人懐こい猫でも皆逃げてしまう。どうしたらいいものか」

 動物に好かれないのは変わらないらしい。しかし猫に関してはそれ以前の問題のような気もする。私はこの際なので伝えることにした。

「猫に接する時は大声を出してはいけません。無理矢理抱き上げるのもダメです。興味がなさそうにして、近付いて来るのを待つんですよ」
「興味があってもか?」
「動物ですから、警戒心がとても強いんです。カイラス様は少し、いえ大分、感情を抑えた方が上手くいくかと。難しいとは思いますが」

 恐ろしいまでの猫撫で声と満面の笑みを思い出す。あれは本当に怖かった。何より勢いが。同じ人間でさえ硬直してしまうのだから、猫であれば警戒して近付きもしないだろう。

 カイラス様はテーブルに視線を落として「うーん」とうなった。それから私を見て言う。

「アリゼに似た猫を見つけられればいいんだが」
「…………にゃあ」

 手を上げて猫っぽいポーズも取ってみる。段々恥ずかしくなって頭が下がった。

「そうか、猫だったか。可愛いな本当に」

 カイラス様の手が私の頭を撫でる。恥ずかしい、でも嬉しくて頬が緩む。カイラス様は続けて身を乗り出そうとして、ティーカップに手が当たったので下がっていった。

「テーブルが邪魔だな。次からは無しにする」
「私はこれくらいの距離がちょうどいいです」

 近すぎると緊張して仕方ない。間にテーブルが入っているくらいでないと、五分も耐える自信がない。
 カイラス様は立ち上がり、私に近付くと手を差し出した。

「庭を歩こう。少しは花も咲いているはずだ」
「で、ですが……」
「俺はお前に触れていたい。いわば愛情表現だな。お前は猫ではないが」

 猫でも人でも接し方は同じなんですか!?
 私はおずおずと手を取って歩き出した。日差しが明るく庭を照らしている。ぽかぽかの陽気に少し欠伸が出そうになった。

 カイラス様が私の顔を覗き込んできた。何か聞く間もなくキスをされる。意地悪そうに細められた目を見て、私を驚かせようとしたのだと分かった。

「い、いきなりはやめてください……!」
「すぐ赤くなる。そういうところが可愛いんだ」

 私、猫の時から可愛いと言われ過ぎではありませんか。何度言われても照れてしまう。

 柔らかい風が吹いて、甘い花の匂いがした。好きな人の、大好きな匂いも。
 長く猫でいたせいか、人の姿で歩くのはまだ少し覚束おぼつかない。カイラス様が支えるように背に手を添えてくれた。

「アリゼ。今なら俺にも分かる。これが愛だ。俺はお前を愛している。ずっとそばにいて欲しい」

 笑顔が見える。私の答えも同じだ。握った手をより強く握った。

「はい! 私もカイラス様を愛しています。ずっとおそばにいます」

 にゃあん、と猫の鳴き声が聞こえた。私もカイラス様も足を止める。

「猫の声がしたな」
「聞こえましたね。あっ、あそこです、日なたで寝転がっていますよ」
「かっ……可愛いなあ~~! すっかりくつろいでいる! 俺の家で! どうする、アリゼ、どうすればいい!?」

 真っ白い猫は驚いたのか、体をぱっと起こして走り去ってしまった。


 (完)

※おまけ話があります※
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