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俺は街で怪しい人物を見なかったかと聞き込みをし、父上を頼り、ロベルトをも頼って、呪いをかけたらしい人物を発見することができた。
俺は一体何に突き動かされているのか。その正体も分からないまま、ただ必死で糸口を探していた。
俺は怪しい人物と共に街外れの廃屋にいた。向こうは商売上、顔を見せたくないらしい。黒く長いローブを身に纏い、ずっと顔を伏せている。
「呪いを解く方法を言え」
「そっ、そんなものありませんよぉ……」
「依頼人は誰だ」
「言えません……言っては商売が成り立ちませんから……」
俺は金を取り出して男の手に握らせた。
「言え。ただ知りたいだけだ」
「あ、あー……ええと、どこかの家のお嬢さんです。ええ、姉の存在を消したいと……」
やはりか。呪いをかけさせたのは妹だ。アリゼはあれほど妹を気にしていたというのに。姉妹間でも、言葉を交わしていても腹の内では何を考えているか分からないものなのか。
ローブの男は声を上ずらせて喋っている。
「しかし妙でしたね、本当は気味の悪い生物に変えるつもりでしたが、あの方、呪いだのに耐性があるらしく……上手くいきませんでした。ですが完全に失敗はしていないので、問題はないはずで」
「どうすれば呪いが解ける」
俺は男に一歩近付いた。男は怯えた様子で三歩下がる。
「さ、さあ~? 普通、呪いは解けないものなんですよぉ。しっ、しかしあの方であれば、元に戻りたいという強い意思でもあれば解けるかもしれませんがねえ……?」
強い意思か。アリゼは人に戻りたいと、今も思っているだろうか。
やっと呪いをかけた相手を見つけたというのに、肝心なことが何も解決していない。もしアリゼがずっとこのままだったら。得体の知れない暗い気持ちに押しつぶされそうになった。
**
家に戻り、すぐアリゼに声をかけた。名前を呼び、お前は人だと言い聞かせた。だが駄目だった。ごろごろと転がって、呑気に欠伸をするだけ。
夜、11時50分を過ぎた。黒い猫がベッドの上でぼんやりしている。
「駄目か……。アリゼ、お前は人だ、忘れたのか」
「なぁーお」
後ろ足で頭を掻いている。もう駄目なのか。俺は床に膝をついて、ベッドの上の猫を見上げた。
「アリゼ、俺は猫が好きだ。確かに猫が好きでたまらない……だが、人としてのお前が必要だ。分かるか?」
猫は俺の頭を前足で叩く。可愛い仕草だ。たまらなく可愛い。その身を掴んで顔を見つめた。きょとんとしている。
「いいのか、アリゼ。お前は俺の婚約者だっただろう。全部忘れたのか、俺のことも」
猫は大人しく掴まれている。俺のことをどう思っているのか、何とも思っていないのか。
ベッドに下ろしてやると、しなやかな体を丸めた。どう見ても猫だ。猫で良かったはずだ、俺は。
「何故……。俺は、もっと、早く気付いて伝えておけばよかった。アリゼ、お前は俺のせいで猫になってしまった。俺がそう望んだから」
「……………………」
猫は何も言わない。当然だ。不満があれば引っかいたり噛みついたりするだろうが、言葉を喋ったりはしない。何故喋らないのかと思う。それは、俺もきっと同じだった。
「甘えだ。俺は、喋らない方が楽だった。周囲は勝手に俺の像を作り上げ、理解したつもりになって納得する。それでよかった。俺の感情も人間性も必要のないものだ。勝手に好きに作り上げればいい、俺はそれでよかったんだ。楽だった」
「……………………」
「だがお前は、俺の唯一の感情を受け入れて、望みをも理解してくれた。猫に触れたい、可愛がりたい、お前が本物の猫であれば良かったのにと……」
アリゼは最初から、こんな俺を受け入れてくれていた。ろくに喋りもしない、不愛想な俺を。猫が好きでたまらない俺も受け入れてくれた。そして、完全な猫になって欲しいという望みも受け入れた。
「だが今の俺の望みは違う。俺は……アリゼ、お前がいなくて寂しい」
猫がいればいいと思っていた。確かに満たされていた。しかしアリゼと言葉を交わし、その温もりを知った俺は、アリゼのいない生活に苦しんでいる。
「寂しいんだ。なあアリゼ、俺のこの感情は無価値か? 無意味か? 教えてくれ……俺には何も分からない……」
悔やんでも時は戻らない。俺はなんてことをしたのかと、自分で自分を殴りたくなる。アリゼはずっと前から俺に助けを求めていたのに、俺は自分勝手に無視をした。相手に受け入れられないことがどれほど辛いか、俺は知っていたのに。
**
カイラス様がベッドに顔を埋め、拳を握りしめている。どうして悲しんでいるのだろう。私がまた人に戻れたのは、この方がそう望んだからだろうか。
「カイラス様」
声をかけると、ばっと顔を上げた。驚いた表情がすぐ歪んで、近付いてきて、見えなくなった。カイラス様は私を強く抱きしめている。
「アリゼ……! 戻ったのか、いや、まだ尻尾があるな。だが良かった……」
「あまり悲しまないでください。見ている私が辛いです。私はもう猫なんですよ?」
「違う。お前は人だ。人のまま、俺のそばにいて欲しい」
まっすぐな言葉に、つい気持ちが零れそうになる。振り払うように首を横に振った。
「駄目です。カイラス様にはきちんと婚約者が……」
「お前を呪ったのは妹だ」
「え?」
耳を疑った。カイラス様は私の肩を掴み、言い聞かせるように目を見つめた。その真剣な表情で、冗談や嘘でないと分かる。
「気付いていたか?」
「い、いえ……ですが、妹はそんなことをする子じゃありません! いくらカイラス様でも……!」
「本人に直接聞きに行こう」
肩を掴む手が熱い。私は何も言えずに目を伏せた。
「怖いのか」
「あ、当たり前です……。それに、聞く意味がありません。聞いたところでどうでもいいこと、妹が私を必要としていないのならそうなんです。妹が正しいんです」
「俺がお前を必要としていてもか」
カイラス様は温かい手で私の頬を撫でた。怖くなって体が下がる。口から出たのは皮肉のような言葉だった。
「貴方に懐く猫だからでしょう?」
これ以上触れられたくない。私に触れないで欲しい。この人が本当に望んでいるのは、私じゃない。可愛くて大人しい猫だ。
カイラス様の腕を取って下ろす。下ろされた手を、強く握りしめているのが見えた。
「人のお前には触れさせてもくれないのか」
「私はもう、人としての私は捨てたんです」
「ほんの少しでも俺に気持ちはないのか、アリゼ。同情でもいい」
ない、とは言えない。猫の私はカイラス様に毎日可愛がってもらった。愛してもらった。少し体が痛むだけで医者を呼んでもらった。
人の私は……。泣いていた時に抱きしめてもらえた、暗い森の前で寄り添ってくれた。今も、たくさん言葉をくれた。
「わ、わたしは……」
声が震える。可愛くない五本の指を見下ろしていた。
「私は猫として、貴方に愛してもらえることが何より嬉しかったんです。でも私が無価値なアリゼに戻れば、今は良くてもいずれ貴方は興味を失う。猫の方が良かったって、悔やむに決まっています……!」
猫のままならたくさん可愛がってもらえる、たくさん褒めてもらえる。本当は私が私に自信がないだけだ。私はただ眠っているだけで誰かを癒せるような存在じゃない。
「だって、私にはふわふわの毛もないし、可愛い声も、動く耳も、長い尻尾も全部ありません! 他の人が持っているようなものも何も持っていない……つまらない人間なんですよ」
「つまらない人間なんかじゃない。よく聞け、俺はお前の妹との婚約を破棄した。このままでは困る」
思わず顔を上げていた。カイラス様の考えが読めない。
「どうしてそんなことを! 妹は貴方を」
「俺はお前と結婚するつもりだ。つまり、お前に振られると後がない」
「はっ……えっ……? 猫と結婚はできませんよ?」
カイラス様はふうと溜め息を吐いた。
「俺が猫と契りを交わすような人間に見えるか」
「見えます」
「いや、まあ、そうだな……とにかく。お前には人に戻ってもらわなければ困る」
「ですが」
カイラス様は私の髪に触れた。その優しい手つきに驚いて体が固まる。
「お前が自身を無価値だと感じたのは俺のせいだ。俺がお前を否定したのが悪い。故に、俺が今からアリゼの価値を説いてやる」
どういうことかと目を白黒させていると、カイラス様は私の髪をすくって口付けた。
「お前の髪は良い。猫の毛とは違うが、艶があって美しい。飽きずに見ていられる」
「な、なにをするんですか、いきなり……」
「この手も」
次は手の甲に柔らかい感触。どんどん顔が熱くなってくる。
「小さな手だ。肉球はないが、触っているだけで満たされた気持ちになる」
「あ、あの……」
「顔が真っ赤だな」
カイラス様の手が頬に触れる。微笑んだ、優しい眼差しに頭がくらくらしてくる。
「……嫌なら引っかいてくれていい。噛みつかれるなら本望だな」
綺麗な顔が近付いて、唇の端にそっと触れて離れた。心臓の音がうるさくて息ができない。カイラス様は私の顔を覗き込んでくる。
「その顔、可愛いな。恥ずかしいのか。猫は堂々としたものだが、お前も見習った方がいいんじゃないか」
「む、むりです……!」
どうしていいか分からない。全身が熱っぽくて、頑なだった心も全部溶け落ちたみたいになっている。頭が真っ白で何も考えられない。
カイラス様の腕が私の腰を抱き寄せた。体が密着して、恥ずかしくて震えてしまう。必死で声を絞り出した。
「カイラス様! 私、恥ずかしくて、そのっ、また猫に戻った時にでも……!」
「それは無理な相談だ」
頭を撫でていた手が耳元に降りてくる。そこでやっと気付いた。自分で頭に触る。腰にも。猫耳も尻尾も消えている。つまりは、
「私、呪いが解けてる?」
「さて。どうする」
呪いが解けたなら。綺麗なグリーンの目にじっと見つめられて、思わずぎゅっと目を閉じた。
「その声で何度でも俺の名を呼んで欲しい。毎日でも長話をしよう。眠るのが惜しくなるくらいに」
甘い声と共に唇に触れる。時間が止まったかのように長く。
俺は一体何に突き動かされているのか。その正体も分からないまま、ただ必死で糸口を探していた。
俺は怪しい人物と共に街外れの廃屋にいた。向こうは商売上、顔を見せたくないらしい。黒く長いローブを身に纏い、ずっと顔を伏せている。
「呪いを解く方法を言え」
「そっ、そんなものありませんよぉ……」
「依頼人は誰だ」
「言えません……言っては商売が成り立ちませんから……」
俺は金を取り出して男の手に握らせた。
「言え。ただ知りたいだけだ」
「あ、あー……ええと、どこかの家のお嬢さんです。ええ、姉の存在を消したいと……」
やはりか。呪いをかけさせたのは妹だ。アリゼはあれほど妹を気にしていたというのに。姉妹間でも、言葉を交わしていても腹の内では何を考えているか分からないものなのか。
ローブの男は声を上ずらせて喋っている。
「しかし妙でしたね、本当は気味の悪い生物に変えるつもりでしたが、あの方、呪いだのに耐性があるらしく……上手くいきませんでした。ですが完全に失敗はしていないので、問題はないはずで」
「どうすれば呪いが解ける」
俺は男に一歩近付いた。男は怯えた様子で三歩下がる。
「さ、さあ~? 普通、呪いは解けないものなんですよぉ。しっ、しかしあの方であれば、元に戻りたいという強い意思でもあれば解けるかもしれませんがねえ……?」
強い意思か。アリゼは人に戻りたいと、今も思っているだろうか。
やっと呪いをかけた相手を見つけたというのに、肝心なことが何も解決していない。もしアリゼがずっとこのままだったら。得体の知れない暗い気持ちに押しつぶされそうになった。
**
家に戻り、すぐアリゼに声をかけた。名前を呼び、お前は人だと言い聞かせた。だが駄目だった。ごろごろと転がって、呑気に欠伸をするだけ。
夜、11時50分を過ぎた。黒い猫がベッドの上でぼんやりしている。
「駄目か……。アリゼ、お前は人だ、忘れたのか」
「なぁーお」
後ろ足で頭を掻いている。もう駄目なのか。俺は床に膝をついて、ベッドの上の猫を見上げた。
「アリゼ、俺は猫が好きだ。確かに猫が好きでたまらない……だが、人としてのお前が必要だ。分かるか?」
猫は俺の頭を前足で叩く。可愛い仕草だ。たまらなく可愛い。その身を掴んで顔を見つめた。きょとんとしている。
「いいのか、アリゼ。お前は俺の婚約者だっただろう。全部忘れたのか、俺のことも」
猫は大人しく掴まれている。俺のことをどう思っているのか、何とも思っていないのか。
ベッドに下ろしてやると、しなやかな体を丸めた。どう見ても猫だ。猫で良かったはずだ、俺は。
「何故……。俺は、もっと、早く気付いて伝えておけばよかった。アリゼ、お前は俺のせいで猫になってしまった。俺がそう望んだから」
「……………………」
猫は何も言わない。当然だ。不満があれば引っかいたり噛みついたりするだろうが、言葉を喋ったりはしない。何故喋らないのかと思う。それは、俺もきっと同じだった。
「甘えだ。俺は、喋らない方が楽だった。周囲は勝手に俺の像を作り上げ、理解したつもりになって納得する。それでよかった。俺の感情も人間性も必要のないものだ。勝手に好きに作り上げればいい、俺はそれでよかったんだ。楽だった」
「……………………」
「だがお前は、俺の唯一の感情を受け入れて、望みをも理解してくれた。猫に触れたい、可愛がりたい、お前が本物の猫であれば良かったのにと……」
アリゼは最初から、こんな俺を受け入れてくれていた。ろくに喋りもしない、不愛想な俺を。猫が好きでたまらない俺も受け入れてくれた。そして、完全な猫になって欲しいという望みも受け入れた。
「だが今の俺の望みは違う。俺は……アリゼ、お前がいなくて寂しい」
猫がいればいいと思っていた。確かに満たされていた。しかしアリゼと言葉を交わし、その温もりを知った俺は、アリゼのいない生活に苦しんでいる。
「寂しいんだ。なあアリゼ、俺のこの感情は無価値か? 無意味か? 教えてくれ……俺には何も分からない……」
悔やんでも時は戻らない。俺はなんてことをしたのかと、自分で自分を殴りたくなる。アリゼはずっと前から俺に助けを求めていたのに、俺は自分勝手に無視をした。相手に受け入れられないことがどれほど辛いか、俺は知っていたのに。
**
カイラス様がベッドに顔を埋め、拳を握りしめている。どうして悲しんでいるのだろう。私がまた人に戻れたのは、この方がそう望んだからだろうか。
「カイラス様」
声をかけると、ばっと顔を上げた。驚いた表情がすぐ歪んで、近付いてきて、見えなくなった。カイラス様は私を強く抱きしめている。
「アリゼ……! 戻ったのか、いや、まだ尻尾があるな。だが良かった……」
「あまり悲しまないでください。見ている私が辛いです。私はもう猫なんですよ?」
「違う。お前は人だ。人のまま、俺のそばにいて欲しい」
まっすぐな言葉に、つい気持ちが零れそうになる。振り払うように首を横に振った。
「駄目です。カイラス様にはきちんと婚約者が……」
「お前を呪ったのは妹だ」
「え?」
耳を疑った。カイラス様は私の肩を掴み、言い聞かせるように目を見つめた。その真剣な表情で、冗談や嘘でないと分かる。
「気付いていたか?」
「い、いえ……ですが、妹はそんなことをする子じゃありません! いくらカイラス様でも……!」
「本人に直接聞きに行こう」
肩を掴む手が熱い。私は何も言えずに目を伏せた。
「怖いのか」
「あ、当たり前です……。それに、聞く意味がありません。聞いたところでどうでもいいこと、妹が私を必要としていないのならそうなんです。妹が正しいんです」
「俺がお前を必要としていてもか」
カイラス様は温かい手で私の頬を撫でた。怖くなって体が下がる。口から出たのは皮肉のような言葉だった。
「貴方に懐く猫だからでしょう?」
これ以上触れられたくない。私に触れないで欲しい。この人が本当に望んでいるのは、私じゃない。可愛くて大人しい猫だ。
カイラス様の腕を取って下ろす。下ろされた手を、強く握りしめているのが見えた。
「人のお前には触れさせてもくれないのか」
「私はもう、人としての私は捨てたんです」
「ほんの少しでも俺に気持ちはないのか、アリゼ。同情でもいい」
ない、とは言えない。猫の私はカイラス様に毎日可愛がってもらった。愛してもらった。少し体が痛むだけで医者を呼んでもらった。
人の私は……。泣いていた時に抱きしめてもらえた、暗い森の前で寄り添ってくれた。今も、たくさん言葉をくれた。
「わ、わたしは……」
声が震える。可愛くない五本の指を見下ろしていた。
「私は猫として、貴方に愛してもらえることが何より嬉しかったんです。でも私が無価値なアリゼに戻れば、今は良くてもいずれ貴方は興味を失う。猫の方が良かったって、悔やむに決まっています……!」
猫のままならたくさん可愛がってもらえる、たくさん褒めてもらえる。本当は私が私に自信がないだけだ。私はただ眠っているだけで誰かを癒せるような存在じゃない。
「だって、私にはふわふわの毛もないし、可愛い声も、動く耳も、長い尻尾も全部ありません! 他の人が持っているようなものも何も持っていない……つまらない人間なんですよ」
「つまらない人間なんかじゃない。よく聞け、俺はお前の妹との婚約を破棄した。このままでは困る」
思わず顔を上げていた。カイラス様の考えが読めない。
「どうしてそんなことを! 妹は貴方を」
「俺はお前と結婚するつもりだ。つまり、お前に振られると後がない」
「はっ……えっ……? 猫と結婚はできませんよ?」
カイラス様はふうと溜め息を吐いた。
「俺が猫と契りを交わすような人間に見えるか」
「見えます」
「いや、まあ、そうだな……とにかく。お前には人に戻ってもらわなければ困る」
「ですが」
カイラス様は私の髪に触れた。その優しい手つきに驚いて体が固まる。
「お前が自身を無価値だと感じたのは俺のせいだ。俺がお前を否定したのが悪い。故に、俺が今からアリゼの価値を説いてやる」
どういうことかと目を白黒させていると、カイラス様は私の髪をすくって口付けた。
「お前の髪は良い。猫の毛とは違うが、艶があって美しい。飽きずに見ていられる」
「な、なにをするんですか、いきなり……」
「この手も」
次は手の甲に柔らかい感触。どんどん顔が熱くなってくる。
「小さな手だ。肉球はないが、触っているだけで満たされた気持ちになる」
「あ、あの……」
「顔が真っ赤だな」
カイラス様の手が頬に触れる。微笑んだ、優しい眼差しに頭がくらくらしてくる。
「……嫌なら引っかいてくれていい。噛みつかれるなら本望だな」
綺麗な顔が近付いて、唇の端にそっと触れて離れた。心臓の音がうるさくて息ができない。カイラス様は私の顔を覗き込んでくる。
「その顔、可愛いな。恥ずかしいのか。猫は堂々としたものだが、お前も見習った方がいいんじゃないか」
「む、むりです……!」
どうしていいか分からない。全身が熱っぽくて、頑なだった心も全部溶け落ちたみたいになっている。頭が真っ白で何も考えられない。
カイラス様の腕が私の腰を抱き寄せた。体が密着して、恥ずかしくて震えてしまう。必死で声を絞り出した。
「カイラス様! 私、恥ずかしくて、そのっ、また猫に戻った時にでも……!」
「それは無理な相談だ」
頭を撫でていた手が耳元に降りてくる。そこでやっと気付いた。自分で頭に触る。腰にも。猫耳も尻尾も消えている。つまりは、
「私、呪いが解けてる?」
「さて。どうする」
呪いが解けたなら。綺麗なグリーンの目にじっと見つめられて、思わずぎゅっと目を閉じた。
「その声で何度でも俺の名を呼んで欲しい。毎日でも長話をしよう。眠るのが惜しくなるくらいに」
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