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1 私と婚約者と妹

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 本日も愉快なお茶会です。
 目の前にいらっしゃるのはハウフィールド家の長子であるカイラス様。お父君譲りの美しい金髪に宝石のようなグリーンアイ。目鼻立ちもそのお姿も、この世の全ての美を集めたかのように完璧。まるで作った彫像のよう。そう、この方、彫像なんです。

「……………………」
「……………………」

 訂正します。もちろんカイラス様は血の通った人間です。かれこれ一時間は一言も喋っていませんが。ずっと無言。ずぅ~っと無言なんです。

 そしてこの方、実は私の婚約者です。人柄は全く分かりません。なにせ、婚約してから二言くらいしか話したことがないので。
 カイラス様は美しいが喋らない、生きた彫像として有名なのです。さる彫刻家の方が魂を込めて作り上げた作品かしら? 或いは美の女神の生まれ変わりかしら? だなんて噂も絶えないほどで……。

 そんな彼が私と婚約をしたのは、彼のお父君がそう計らったせいだと聞いています。要は本人の意志とはあまり関係が無いとのこと。
 私としては結婚だのに特に関心も無いので、相手が誰だろうと構わないのですが。

「……………………」
「……………………」

 全く喋りません。私も喋らずにお茶を一口飲みます。相手が喋りたくないのなら、喋らなくていいかな~と思い私も無言のままでいます。
 ところでこれはただの都市伝説ですが、カイラス様に声をかけられたら幸せになれるそうです。その声はまるで祝福をもたらす天使の如く、などと大袈裟な言われようです。
 ちなみに私が僅かに耳に入れたお声は、至って普通の、落ち着いた男性の声でした。そもそも天使の声は聞いたこともないので比べようがありません。

「……………………」
「……………………」

 終了。
 本日のお茶会も無事に無言のまま終了し、カイラス様は“ハァ~ア今日も義理で婚約者のところまで来て疲れたぜハア~”という顔をして帰って行きました。ちなみに今のは全て私の妄想であり、実際のカイラス様の表情や態度とは一切関係がありません。

 私も疲れた。ハァ~ア。無駄に緊張した。今から既に結婚生活が思いやられるなあ。

「お姉さま。あの方、今日もいらしてたのね」

 可愛い妹がそわそわしながら現れた。妹のエミィは私と違って器量し。さらさらの金の髪をなびかせて、全体的にキラキラしている。私の地味な黒髪とは違う。目の色は同じアンバーだけど、姉妹にしても私と妹は違うなあとよく思う。
 妹は何でも器用にこなして成績はトップレベル。一方私は何をやっても平均的。超平凡な人間だ。こんな優れた妹がそばにいると、どうしても姉は将来も悲観的になるってものです。

「カイラス様、素敵な方よね……」

 エミィはカイラス様が好きな様子。うっとりと、既に無い彼の姿を虚空に見つめている。私ではなくエミィと婚約すれば良かったのに。向こうだってその方が嬉しいに決まっている。私は言った。

「私よりも、エミィがカイラス様と結婚した方が良いと思う。ねえ、私からお父様に頼んでみようか」

 どうせなら好きな人と結婚するのが一番いい。そう思ったのに、エミィは何故か不機嫌そうに表情を歪ませた。

「お姉さまっていつも偉そうですよね」
「そんなつもりは……」
「他にも素敵な殿方はいますから。私はカイラス様よりも優れた方と結婚しますし? 別に羨ましくありません。上から物を言うのをやめてください」

 全くそんなつもりはなかったのに。エミィには不愉快だったようだ。
 でもエミィなら私が心配するまでもなく、とても素敵な人と結婚するのだろう。こんなド平凡な私でさえあんなに綺麗な方と結婚出来るのだから。



**



 どーゆーことなんですかっ! 私は感情を抑えきれなくなって叫んだ。

「おっ、お父様! 話が違います! お姉さまより素敵な婚約者を見つけるって話だったのに……!」

 信じられません! ああっ、お父様は一体何をしていたのかしら!?
 お父様は渋い顔をして私をなだめるように手を動かしている。その手は何!? 私の怒りは簡単には収まりません!

「何でピエール様なんですか!」
「素敵な人だろう」
「嫌です! ピエール様は顔が田舎臭くて好きじゃありませんっ! ロベルト様はどうなったんですか!」

 鼻息荒く言うと、お父様は半笑いで首を振った。

「ロベルト? あの家に我が家から縁談など無理に決まっているだろう。既に婚約しているようだし……ピエールも良い男だと思うぞ。何が駄目なんだ」
「じゃあお姉さまの婚約者の方と交換してください!」

 私にはもうカイラス様しかいません。お姉さまは別に誰だっていいんだから、適当にピエール様でも庶民でも執事でも犬でもカエルでも好きに結婚すればいいっ!
 お父様が言うことは、

「出来るわけがないだろう。婚約とはそういうものではないぞエミィ」
「何でお姉さまなんですか!」
「あれは何のパーティの時だったか、父親のダニエル様に“家に娘はいるか”と聞かれてな。二人とも独身だと伝えたら上の娘をと言われたんだ」
「……カイラス様の意志ではない、ということですか?」

 お父様には心底呆れました。この家、私以外は全員ダメダメじゃないですか? お父様は疲れた様子で頷いた。

「本人の希望は無いそうだ。アリゼも乗り気なようだし、ここは変えられんよ。家柄的にも申し分ない。エミィはピエールとよく話をするといい。誰だって良いところはあるものだ」

 何よ何よ何よっ! お父様のあほっ! と言いたい気持ちを堪えて、私は丁寧にお辞儀をして下がった。

 部屋を出て真っ先に頭に浮かんだのはお姉さまのぼんやりした顔だ。あのぼんや~りしてな~んにも考えていない顔。私のことを大事な妹~とか言って。バカみたい。私はお姉さまが大ッッッ嫌いなのに。ああ、またムッカムカしてきた。

 全部全部そう。昔から全部お姉さまのせい。私の人生においてあのお姉さまだけが最悪の傷。お姉さまさえいなければ……。そうだ!

「お姉さまがいなくなればいいんだわ……!」

 どうして今まで気付かなかったんだろう。ううん、本当は気付いていたけど実行しなかっただけ。私は心が広いから、お姉さまの存在を許してあげていた。でももう我慢も限界。


 ―――ごめんなさいね、お姉さま。私のために消えてください。

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