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番外編 ~本編後おまけ話~

風邪を引いた話④

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 私の手元には大きな鍋があった。緑色のどろどろした液体が中を満たしている。困惑しながらラウロの顔を見ると、“それを全部飲まなければ死にます”と言われた。う、うそだ……。しかしやるしかない。鍋を持ち上げ傾ける。大量のどろどろが顔にかかって息が、
「うわー!?」
 叫んで起きると手元には何もなかった。自分の顔をぺたぺた触る。何もついていない。
「なんっ、なん……溺れる!?」
「エコ、溺れたの?」
 シルフィの黒々した目と目が合う。髪が少し伸びて、凛々しくなったその顔を見て私は青ざめた。口の中が苦くなってくる。
「薬を飲まないと……!?」
「何の話?」
「エコ」
 呼ばれて顔を上げると、ユリスが澄んだ目で私を見つめていた。威厳のある顔つき。長い髪は相変わらず綺麗で、と思考が明後日に飛んだ。静かな声が響く。
「どうした。落ち着いて話せ」
「み、緑色が……緑が……」
 意味もなく手を握ったり開いたりした。頭の中がごちゃごちゃして、何を言えばいいか分からない。
 そこへハインツが、木製のカップを手に部屋へ入ってきた。カップを差し出しながら言う。
「これ薬。ごめん、俺すっかり忘れてたんだけど、そのままだと苦くて飲めないんだ。作り方を思い出すのに必死で……」
 本来は果物や砂糖を煮詰めたものを混ぜてから飲むのだという。私は渡されるままにカップを受け取り口を付けた。温かくて甘い。
「おいしい」
 ほっとして笑顔になった。指先まで温かくなって気持ちが落ち着く。ハインツも安堵したように表情を緩めた。私のために急いで薬を持ってきてくれたのだろう。
「ありがとう。本当にごめん……」
 ハインツの笑顔もカップも温かい。私は何を慌てていたのかと恥ずかしくなってしまった。
 みんなに礼と謝罪をして変な夢を見たのだと説明する。夢の内容を聞いたミケは声を上げて笑った。ラウロは複雑な表情をしている。
「薬を飲まないと死ぬってラウロが……」
「私がそんなことを言うわけがないでしょう」
「言いそうだよなぁ! あっはっはっは!」
「ミケ笑いすぎ……」
 と言いつつ私も釣られてしまった。場が和んだところで私は疑問に思ったことを聞く。
「ところで、何でみんないるの? お見舞い?」
 我ながら能天気な発言に対してラウロは深刻そうに答えた。私の体が普通とは違うので心配になり、体調が急変した時に備えて知識のある人(ユリスとシルフィ)に声をかけたという。すると二人ともすぐに駆けつけてくれた。そうして気付けば全員勢揃い。
「そうなんだ……二人ともありがとう。ハインツもずっといてくれてありがとうね」
「大袈裟な気もするけどなぁ」
 というミケの言葉に、重々しく返したのはユリスだ。
「だがエコの体はこの世界に一つきりだ。慎重過ぎることもあるまい」
「大丈夫ですよ~。ねえ?」
 同意を求めてラウロを見るも、「そういうところが心配なんです」と言われてしまった。私、信頼がない? しかし前例が色々あるだけに黙るしかなかった。
 シルフィが私の顔をまっすぐ見ながら言う。
「僕が見た感じだとただの風邪だと思うよ。エコの体だと魔力に異常が出ないから分かりにくいけど、子供の症例と比べるとほぼ当てはまってると思う。エコの体はこの世界の子供に近いのかもね。今度からその辺りもよく調べるようにするよ」
「シルフィすごい」
 お医者さんみたい。嬉しいけど無理はしないでね、と伝えるとシルフィは笑みを浮かべて言った。
「エコのためだから無理でも何でもないよ」
「か……かっこいい……」
 まだ十代だろうにこのかっこよさで将来どうなってしまうんだろう。恐ろしい。未来が明るいどころか眩しい。拝むような気持ちでいると、ラウロが間に入って私の手から空のカップを取り上げ布団を整え、と世話をし始めた。
「私たちのことは気にせずエコ様は寝ていてください」
「でも……」
 せっかくみんないるのに寝るのは勿体ない。あくまで寝かしつけようとするラウロと、くつろいでいるシルフィたちを交互に見た。
「ねえシルフィ、お城の仕事はどう?」
「寝てください」
「ちょっとくらい良いじゃん!」
「寝ないと治りませんよ」
 ミケにも負けずなかなかのお母さんっぷりである。私は不満を露わにウーと唸った。ラウロは呆れている。
「威嚇しないでください。獣ですか貴方は」
「しょーがねえなぁ。エコが一人で寝れないならオレも一緒に寝てやるか」
 ミケはわざとらしく大きな声を出すと床に寝転がった。ミケは床に寝そべることに躊躇いが無さすぎる。
「俺も!」
 ハインツも寝転がった。こうなるとシルフィも続くのは当然のことで。あとはユリスとラウロだがユリスが床に寝るのは、と既に床に腰を下ろしていた。私はぎょっとする。
「わあ! ユリスさんは駄目ですって!」
「今更何を言っている」
「じゃ、じゃあ私も床で寝ます!」
「エコ様は駄目です」
「駄目って言われても降りるから!」
 ほとんど落ちるようにしてベッドから降りた。シルフィたちがいる方へ這って移動する。ミケが床に肘をついて面白そうに笑っていた。
「いいのかよ、ラウロ怒ってるぞ」
「ラウロも一緒に寝ようよ」
「……先に布団を持ってきます」
 観念したのかラウロは部屋を出ていく。窓の外はもう暗かった。お泊り会みたいだ。ちょっと嬉しい。シルフィが隣で私の手を握った。私も握り返す。
「こうしてると旅してた頃みたいだね」
「エコに師匠の話いっぱいしたよね。懐かしい」
 横を向くとミケがいて、ユリスがいて、ハインツがいて。くすぐったい気持ちになった。
 戻ってきたラウロは掛布団を全員に配布して、ミケと私の間に無理矢理入ってきた。
「お、大人げねぇ……」
「当然でしょう」
「あはは、じゃあラウロも手繋ごう。あーあ、手がもっといっぱいあればよかったのにー」
 嬉しくて楽しくて笑っているうちに、眠りに落ちていた。夢も見ないほど深く長く眠った。
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