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 馬車は雑木林の入り口で止まった。ここが目的地らしい。私はここでしばらくミケと二人暮らし……といっても家らしきものは見当たらない。疑問符を浮かべる私に「この先だ。少し歩くぞ」とミケが言った。
 木の陰に隠すように馬車を置いて林の中へ入る。緩衝地帯は荒野のイメージだったので木が茂っている光景は新鮮だ。少し上り坂になっているのを苦戦しながら歩いた。
「こういう場所もあるんだね」
「まあな。木が多いところは魔物が潜んでるから人は寄り付かねえんだよ。木の実も不味いしさあ」
 へえーと話を聞きつつ林を抜けた。まず二階建ての白い大きな家が目に入った。そして、
「見晴らしが良い……」
 私たちは丘の上にいるらしい。遠くに海があって、太陽が沈み始めたのも見える。ほんの少し潮の匂いがした。綺麗な景色に見惚れていると、ミケが「あー」と自信が無さそうな声を出した。
「不便な場所で悪いな。出来るだけ人の来ないところを……」
「良い! すごく良い! 家も赤い屋根と白い壁で可愛いし、景色も綺麗で別荘みたい!」
「屋根が赤いのはシルフィくんが空から来た時に分かりやすく……」
「私、こういうところに住むのが夢だったんだよー! 嬉しい! ミケすごいよ、ありがとう!」
 興奮を抑えきれずまくし立ててしまった。驚いた顔をしていたミケはゆっくりと目をそらす。
「あー、そう……ならいいけど」
「何照れてるんですか」
「うるせぇな! ラウロは従者らしくさっさと城に帰れ! いつまでいる気だよ、シッシッ!!」
 ミケはラウロを威嚇しながら追い払う仕草をした。犬猿の仲……? ラウロは涼しい顔をして言った。
「では、無事送り届けましたから私は帰りますね。またすぐに来ます」
「分かった。ありがとうラウロ。気を付けてね」
 小さく手を振る。ラウロは動かない。姿勢良く立ったままだ。私は手を振り続けていたが疲れて止めた。
「……まだ何かある?」
「何も無いんですか?」
「え? どういうこと?」
 首を傾げると、ラウロは眉をひそめた。
「もう少し別れを惜しむ気は無いんですか」
「まあ、確かに寂しいけど。また来てくれるんでしょ?」
「それはそうですが……」
 ラウロが何を言いたいのか分からない。私に気を遣ってくれているのだろうか。安心させる為に笑顔で言った。
「仕事も忙しいんだろうし無理しなくていいよ。落ち着いたらまた会いに来てね」
「……はい……」
「おーねてる拗ねてる」
 ミケが茶々を入れた。今度はラウロがミケを睨む。この二人、仲が良いのか悪いのか。どちらにせよ微笑ましい。ラウロは睨んだままで言った。
「ミケ、いいですか、分かってますね?」
「分かってる分かってる。別に何もしねえよ。信用しろって」
「一番信用出来ないんですよ」
「ひでぇ。まー、あんまり誰も来なかったらどうなってるか分かんねえけどな! ハハハ……ハハ……冗談だって。魔法使おうとすんなって」
 ミケは三歩くらい後退った。信用出来るか出来ないかで言ったらミケもラウロも変わらないような。二人とも私を利用しようとしていた前科があるわけで、引き分けです。もちろん今は二人とも信用しています。
 ラウロは渋い顔で大きく溜め息を吐いた。
「エコ様。とにかく、魔物やミケには気を付けてくださいね」
「魔物と同類かよオレ」
「あははは、分かった。……ラウロ、髪にゴミついてるよ。私が取ってあげよう」
 近付いて手を伸ばすと、ラウロは少し頭を下げた。私は背伸びをして唇にそっとキスをする。感触を覚えるように二秒ほど。離れてすぐに声を上げた。
「な、なんちゃって。嘘でしたー!! ゴミなんてついてません! 引っかかったー……ああああ恥ずかしい! 死ぬ!」
 最後まで耐えられず背を向けた。恥ずかしすぎる。無理すぎる。背中越しに手を振った。
「また来てね! じゃあね! 日が暮れるから早く帰った方がいいよ!」
「す……すぐに来ます。明日来ます。いえ、むしろ今日は泊まっていきます」
「無理せずお帰りください!」
 それから少々、ラウロVS私&ミケで押し問答をした後でラウロは帰っていった。ミケが「あいつは大変だぞ~」と苦笑しながら私の顔を見た。大変とは。

 新しい生活の兆しを感じながら、家の扉を開く。ここが私の家だ。帰って来られる場所。帰りたい場所。

「―――ただいま」
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