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 出来上がった靴を履いて店を出た。ピカピカの革靴は履き心地も最高だった。足元がとても快適。安物のスニーカーとは比べるべくもない。
「すごく良い靴。ありがとうね。じゃあ帰ろうか」
「……先に、少し時間をいただけますか」
「いいよ。何か話とか?」
 毛布に包まっているので寒さも少しなら平気だ。足は寒い。具体的に言うと太腿から足首までの間が寒い。薄いドレスの下から寒気が滑り込んでくる。ラウロは何か思い悩んだ風で言った。
「そうですね、話を。もう少しだけでいいので、貴方を独り占めさせてください」
 息が止まる。ラウロの顔を見られずに地面を見た。よくこんな台詞を言えるものだ。寒がるふりをして自分の顔をさすった。
 広場のベンチに座る。雪が積もっているのを手で払ったので手が冷たくなってしまった。指先を息で温める。
 他に人はいない。見るもの全てが雪で白く染められて、何もないみたいだった。
「すみません。こんなに寒い場所で、貴方も疲れているのに」
 ラウロの声も雪に埋もれそうだった。私はお腹に力を入れて声を張る。
「大丈夫、気にしないで。それよりラウロは寒くない? 毛布に入る?」
「いえ。私は防寒着がありますから」
 お互いの声以外は吹雪の音しか聞こえない。街ってこんなに静かなものなのか。まるで夢の中のよう。ラウロが少し身動ぎした。
「エコ様。私はもう約束を果たしましたね」
「約束って、元の世界に帰すっていう」
「はい。知るのは私だけではなくなりました。もし帰りたくなった時は、貴方が心から信用出来る方にお願いしてください」
 話ってそれか。私は少し考えてから言った。
「ラウロじゃ駄目なの?」
「…………私がそこまで信用されていたとは知りませんでしたよ」
 答えるまで大分間があった。空気が冷たくて肺が痛い。ラウロは続けた。
「ですが貴方は城に来る気があるのですか? ユリス様とご結婚を……すみません。私が聞くことではありませんでした」
 まだそれを言うんだ。私は少し意地悪な気持ちになって言った。
「私はユリスと結婚した方が良いと思う?」
 白い息を吐き出した。隣に座るラウロの顔を見上げる。反応が気になった。遠くを見たままで何も言わない。
「ラウロはどう思う?」
 また無視? 答えられないのか、どうでもいいのか。ラウロはやっと口を開いた。
「決めるのは私でなく貴方です。ユリス様に少しでも気持ちがあるのなら、その方が私の仕事も楽になります。ユリス様の伴侶を探すのは本当に骨が折れることですからね」
 それなら私は、ラウロの為にもユリスと結婚をした方がいいんだろう。私は幸せになれるはずだ。私の為にもみんなの為にも一番良い選択。ちゃんと自分でも分かっているのに、選べない。
 鼻も耳も冷たくて痛い。手で温めた。私には気になることがある。今聞きたいことが。
「ねえ、ラウロの過去の話は本当の話? 前に嘘だって言ってたけど」
「あれは……本当の話です。嘘だというのが嘘です」
「私を利用するつもりで、ってのは?」
「本当です」
「私のこと何とも思ってないって言ってたのは?」
 急に黙った。これだけは答えてくれない。体が寒さで震えるのを隠すように、毛布を握りしめた。帰ろうと言われたら困る。まだ帰りたくない。
 ラウロは大きく息を吸って吐き出した。
「聞いて何になるんです。分かりきったことを聞いたところで何の足しにもならない……ああ、理解しました。そういうことですか」
 ラウロは納得した様子で一人頷いた。私の方をまっすぐ向いて座り直す。そうして私の顔を見ながら、はっきり言った。
「私は貴方に何の感情も抱いていません」
 がつんと殴られた気分だった。以前も聞いた言葉だ。一人で膝を抱えて泣いたことも思い出してしまう。ラウロは苦笑して続けた。
「なんて。今更言ったところで無意味ですね。ユリス様と結婚するのに、厄介な感情を抱いた私が近くにいると気にかかるのでしょう?」
 私が言いたいのはそんなことじゃないのに、否定する元気も出ない。寒さで体力と気力が奪われて目の前が暗くなってくる。私はぎゅっと唇を噛み締めて黙っていた。
「エコ様が心配する気持ちも分かります。ですが私は横やりを入れるような真似はしませんから、と信じられませんよね。私は従者の家柄を守る気もありませんし、ユリス様の邪魔をしようだとかももう考えていませんから、近いうちにひっそりと消えます。安心してください」
 ラウロは私を安心させるように微笑んでいる。胸の中に詰まっていた感情が全部壊されてしまった。ラウロの望みはこれなんだ。確かに、前からユリスと離れたがっていた。良い機会を得たとか思っているんだろう。
 以前はユリスと離れる為に私を利用しようとしていた。でも今はそんな必要もなくなったのだ。私からもユリスからも離れて、一人で幸せに生きていくつもりなのかもしれない。
 私は。私が伸ばした手をラウロが握ってくれたことは一度も無かったから、選んでくれなかったから、もしかしてを期待した。ラウロの方から手を伸ばして欲しいと思ってしまった。その手を取って一緒に歩きたかった。今なら、今だから迷わなかった。
 私は息を吸って立ち上がった。寒すぎて、足が震える。私が言うことは決まっている。雪の地面を見た。全部全部白くなればいい。
「ラウロなんて、嫌い。大嫌い、一番嫌い! 言ってたでしょ、嫌って欲しいって。だから、嫌い。もう顔も見たくない」
 私は毛布を丸めてラウロに投げた。
「それ持って帰って。私は後で帰る」
 死にそうなくらい寒い。でもちょうどいい。私は背を向けて当てもなく歩き始めた。ラウロがついて来ながら言う。
「風邪を引きますから、毛布は持っていてください」
「いらない。帰って」
「ですが」
「ついて来ないで。本当に嫌いだから」
 ちょっとは傷付くとかしろよ。何で普通に喋ってるんだよ。むかつく。嫌いって言ってるのに何も感じてない風だ。
 私はずんずんと歩いた。ラウロはまだついて来る。
「来ないでよ! 私が風邪引いたって何したってラウロには関係ないでしょ! 一人にしてよ、空気読め、ばか、あほ、大ッ嫌い!」
 背を向けたままで思いつく限りの悪口を言った。体が熱くなる。語彙力がまるで小学生だ。
 私は根気強く足を動かし続けた。余計な足音が消えたのでそっと振り返る。雪しかない。やっと息を吐いた。
 一人になったところで何をするわけでもないのに。めちゃくちゃ寒いし。早く戻らないと凍死するかもしれない。馬鹿なのは私だ。
 恋愛してる暇は無いとか考えられないとかずっと思ってた癖に、私はラウロのことが好きになっていたのだ。なんでだろうなあ。好きな人は優しい人のはずなのに、ラウロは全然優しくないし。優しい時もあるけど。結局振られてるし。ずっと振られてる。
 冷たい雪風を全身に浴びる。このまま雪に埋もれて春まで寝ていたい。冬眠したい。何も考えたくない。
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