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白の裏は

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 コツコツと静かな足音と共に、長髪の人が部屋に入って来た。王子は警戒して彼を見上げる。ニー……じゃなくてユリスだ。ユリスは私をちらと見てから言った。
「エコは連れて行く」
「はあ? お前が決めるな。エコはこれからもぼくと一緒に暮らすんだよ!」
 王子は噛みつくようにユリスを睨む。ユリスは全くお構いなしで、
「帰るぞ。エコを抱えろ」
「だからさあ! エコがいないとディキタニアは滅ぶんだよ! エコはそれでいいの? 良くないよね?」
「やかましい。聞け、メセイルから支援をすることに決まった。主に食料についてだ」
「な……なんだよそれ」
「王には既に了承を得ている。文句があるなら王を通せ」
 ユリスはすぱっと言い切った。イゼク王子はたじろいで、しかしまだ何か言おうとしたのをユリスの声が封じる。
「近々この国で希望者を募り、メセイルでの土地開拓及び農業に従事してもらう。土地を一部貸し出すということだ。むろん我々も協力は惜しまない。ある程度の生産が見込めるまでは不足しない程度に食料を送らせる。見返りは技術提供だ。ディキタニアの技術は目を見張るものがあるからな」
 理路整然とした言葉、堂々とした立ち振る舞い。その風采はまさしく王家の人間だった。説得力がある。この人、本当にユリス? 私はぽかんとするしかなかった。
 小さな王子は負けじとユリスを睨み上げる。
「はっ……そんなもの、ぼくが拒否すれば簡単に」
「何? 自国の民を見捨てるのか?」
 ユリスの指摘にイゼク王子は悔しそうに口を噤んだ。ユリスはとどめとばかりに続ける。
「エコはメセイルの保護下にある。どうしても引き止めたいのなら国を通せ。エコのことは王にも話したがまるで知らなかった。揉めたくないから速やかに連れて帰れ、だそうだ」
「……くそっ……」
 イゼク王子はその場で膝を折った。よく見るとあちこち薄汚れている。疲労が濃いらしく、俯いてぜえぜえしていた。心配になってしまう。
「行くぞ」
 ユリスの声にラウロが頷いた。私を振り返って手を差し出す。
「エコ様、立てますか?」
「私よりハインツを」
「えっ!? エコさん、今俺の名前呼んだ!?」
 ハインツはがばっと体を起こした。髪はぼさぼさで顔も傷だらけで、でも普通に元気そうだ。よく分からないけど、ハインツも頑張ってくれたんだなあ。
「大丈夫っぽいね……。ラウロ、先に足枷を取ってくれる?」
「ああ、すみません。逃げられると困るのでそのままにしていました」
 ラウロが足枷に触れると、割れて外れた。自由だ。私は自由になった! 開放感。
「跡が付いていますね」
 枷をしていた部分が赤くなっているのをラウロが撫でた。何だか気恥ずかしい。
「ありがとう。大丈夫、すぐに治るって」
 私は足を引っ込めた。そういえば私のジャージはどこに行ったんだろう。この薄い白いドレスで帰るしかないのか。
「エコさんっ!! 良かった!! 怪我は無い!?」
 ハインツがいつの間にか近くにいた。いつも以上に大きな声に気圧される。
「あ、ありがとう。何ともないよ」
「ハインツ様、他の方は?」
 他? ユリス、ハインツ、ラウロの他ってことは、
「もしかしてミケとシルフィも来てるの? どこに?」
「部屋の外……エコ様! 裸足で歩き回ってはいけません!」
 二人が心配だ。ベッドを降りて駆けようとした足を掴まれた。まるで枷のように。
「エコにはここにいてもらわないと困るんだよ!」
 イゼク王子だ。私が知る彼の姿と全然違う。私は戸惑いながら聞いた。
「どうして困るの?」
「エコはぼくのものにするって決めたんだ! やっと欲しい物を見つけて……手に入りそうだったのに……全部っ、全部、こいつらの所為だ……!」
「エコ、蹴り飛ばせ。魔力を得るつもりだ」
 ユリスは相変わらず酷いことを言う。私はしゃがんで王子と視線を合わせた。綺麗な金色の目が滲んでいる。
「イゼク王子、ごめん。私は行くよ」
「駄目だよ。ぼくを置いて行かないで、独りぼっちにしないで!」
 王子は私の腕にしがみついた。とても小さな手だった。子供の手だ。
「誰もぼくのことなんか見てくれない……母様も父様も……国の人もみんな、ぼくを鬱陶しがってる。もう嫌だ! 独りぼっちで、こんな何も無いところでどうやって生きてけって言うんだよ!」
 王子は叫びながら泣いていた。涙を拭いもしないで私に必死で縋りついている。人目も憚らず泣きわめく子を、そっと抱きしめた。
「大変だったんだね、ずっと」
「ううーっ……うう……」
 私にはとても想像もつかない寂しさなんだろう。酷い吹雪に覆われ、ろくな楽しみもなく生きるだけで精いっぱいの国に彼は生きてきた。自分を見てくれる誰かと出会い、穏やかに日々を過ごすことが唯一の希望だったのだろう。
「エコ、一緒にいて……おねがい……」
 こんなささやかな願いを、どうにかして叶えてあげたいと思う。でも。私は体を離し、すべすべの頬をつまんだ。
「これは私が痛い思いをした分。で、これはみんなの分」
 両頬をつまんですぐに離した。
「もうこんなことしちゃ駄目だよ。人に痛いことをすると自分も痛くなるんだから」
「じゃあどうすればいいの、分かんないよ……」
 どうすればいいのか。うーん。考えていると、ずるずると何かを引きずる音が聞こえてきた。ドアの方からだ。現れたのは、
「シルフィ!?」
 ぼろぼろのシルフィが片足を引きずりながら歩いて来た。信じられない光景に卒倒しそうになる。シルフィが大怪我! 手が震えた。足は大丈夫なの、何があったの、聞きたいのに怖くて聞けない。
 シルフィはイゼク王子をまっすぐ見つめて、手を差し出した。イゼク王子は不思議そうに手を見る。
「なに……?」
「約束。今度、また一緒に遊ぼうよ」
「え?」
 イゼク王子はわけが分からないという顔をしていた。シルフィは目をきらきらさせて続ける。
「魔法、すごかった。見たことない魔法がたくさん。また会いに来るから、その時に色々教えてよ。今日は痛いのばっかりだったけど、他にも使えるんでしょ?」
「……うん」
「僕ね、空を飛べるんだ。だからすぐに会いに来れるよ」
 シルフィは嬉しそうだ。痛々しい姿をしていながら、表情は明るく優しい。イゼク王子も釣られて少し表情が緩んだように見えた。おずおずと呟く。
「空、飛べるの?」
「うん。今度一緒に飛ぼう。すごく高いんだよ。エコは苦手みたいだけど」
 苦手です。シルフィは笑顔でまた手を伸ばした。
「約束する。絶対にまた来るから、待ってて」
 イゼク王子は戸惑っている様子だ。私も立った。
「私もまた遊びに来る、約束するよ。待ってる間に一緒に何したいか考えておいてね」
 手を差し出す。遠くない未来の約束だ。例え傍にいなくても、この約束が私たちを繋いでくれる。未来への希望になる。
 イゼク王子は躊躇いながら、私とシルフィの手を掴んだ。
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