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白の裏は

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「先に試してみてもいいですか」
 疑問符を浮かべていると、男は私の首に触れた。体が勝手に強張る。
「駄目ですね。外せません。これが魔法の起点になっているようなので、外せれば簡単だったのですが」
「え? これ、何?」
 撫でると固い感触がする。首に輪がついている。全然気付かなかった。色々知っていそうな男に問うと、男は憐れむような目をした。
「何でもありません。……エコ様、知っていますか。魔力は心臓から生み出されているそうですよ」
 嫌な予感がする。私は少し後退ったが、後ろは壁だ。蘇った恐怖と共に男を見つめる。どうか許して欲しいと願いを込めて。
「あの……」
「悪いのは私です。それだけは覚えていてください」
 肩を掴まれ壁に押し付けられた。肩からびりびりと熱くなって、皮膚が焼けるように痛む。
「いっ、痛い! 痛い、離して!」
「そうでしょうね。触れただけで痛む……ああ、ではこうしましょう」
 男は、ナイフを握ったままの私の手を動かし、刃を自分の脇腹に突き刺した。血が溢れて、私は驚きのあまり痛みを忘れた。
「血、血が……!」
「ぐ……これで痛み分け、というわけでもありませんが、腹いせにでも使ってください。私は死んでも構いませんから」
 肩が痛い。でも、私より彼の方が痛そうだ。ナイフは柄の近くまで刺さっている。抜いてもいいのか分からない。このままでは死んでしまう。咄嗟に口走っていた。
「死んじゃ駄目ですよ! 何でこんなことを……!」
 彼は笑みを浮かべた。痛いはずなのに、死ぬかもしれないのに。
「私の命は、貴方の為のものですから」
 当たり前のように言う。ナイフを握る手が震えた。自分の気持ちが二律背反している。
 この人が死んだら私は苦しまなくて済む。でも死なないで欲しい。今すぐナイフを動かしてしまえばいい。動かしたくない。この人がいなくなれば私は救われる。でも。私はナイフから手を離した。
「ナイフを握るなら握っておいた方がいいですよ」
 男は言って、魔法石を私の心臓の辺りに押し付けた。意識が飛んだみたいに何も見えなくなる。襲ってきたのは、とてつもない痛みだ。
「あ、ああああっ! ああ……あああ!」
 痛い。痛い痛い痛い痛い! 意味の無い叫び声が漏れる。必死に藻掻いても押さえつけられる。シーツを握りしめてひたすら叫んだ。
「うああああっ! は、離して……! 離してぇっ! あぁぁあっ!」
 喉が枯れる。頭の中に風景が流れてくる。私は誰かと話している。断片的に見えるものたち。青い空、でこぼこした地面、暗い部屋の中、手、刃物、本、水、大きな木……。私はこれを知っている?
「なんなのこれ、誰なの……何が」
 また痛みに悲鳴を上げる。男は手を離す気はないらしい。どうして? どうしてこんなことをするの? どうしてそんな顔をしているの? 疑問ばかりで答えが何一つ分からない。
「はあっ、あ、貴方は誰なの!? どうして……!」
「私は、誰でもありません。名前も無い、何も無い存在です。貴方の人生には関係の無い人間ですよ」
 私はこの人を知ってるはずだ。頭の中を探しても出てこない。ちかちかと瞬きながら、色んな景色が流れていく。たくさんの木を見ている。高いところから地面を見ている。広がる海原を見ている。誰かと歩いている。緑の髪の少年、気難しそうな顔の人、優しい声の人、女の子みたいな人、それと……今目の前にいる人。名前が思い出せない。
 息が上手く吸えない。呼吸の仕方が分からない。体中が痛くて痛くて、ずっと痛い。それでも、目の前の人の顔を見たい。名前を思い出さなきゃいけない。
「エコ様……私は……。これが正しいことだと信じようとしても……痛みがどれほど続くのか……」
「うっ、お……オル、ク……?」
 頭に浮かんだ単語だった。口にすると、男は驚いた顔をした。そして辛そうに目を伏せる。
「よくそんな古い名前を憶えていましたね。早く忘れてください」
 私のバカ、アホ! 何で忘れてる、何を忘れてる、今の単語は何? 彼が何を言っているかも頭に入ってこない。体の感覚が分からない。自分が生きていることも忘れそうだ。痛みから逃れようとする度に、肩を掴む手に力が入る。
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