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楽園の在り処

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 水を吸って重たい服を引きずりながら洞窟の外に出た。日光の暖かさにほっとする。
 海は、静かだった。恐ろしい渦も消えていて、岩場の隙間を緩やかに波が通り過ぎていく。つい眺めていると、後ろにいたアルバが声をかけてきた。
「エコ、うちに来るか? 着替えはいくらでもあるぞ」
「気持ちは嬉しいですけど遠慮します。すみません。まだやることがあるので」
 誘いを断って、私は頭を下げた。彼は不満そうに腕を組んでいる。
「なんだ、まだあるのか? この国の精霊はいいんだろ?」
「他の国にも行かないといけないんです」
「なあ。それが本当にエコがやりたいことなのか?」
 考えて、そして答える。アルバをまっすぐ見ながら。
「はい。そうです」
 世界の魔力を元に戻す。もう誰も悲しむことがないように。
 アルバは「そうか」と目を伏せた。数秒の沈黙の間を置いて彼は言った。
「分かった。エコ、全部終わったら会いに来てくれるか? ……いや、やっぱり会いに行くよ。俺から」
「それは嬉しいですけど、王様をどうもてなせばいいんですか!? 私、大したこと出来ないですよ!?」
 広いお風呂も、立派な寝室も用意出来ない。アルバは笑った。
「手を繋いだり、頭を撫でたりしてくれればいいよ。俺、ちょっとはエコのことが分かった気がする」
 アルバは穏やかな眼差しで海を見つめた。潮風が濡れた服に吹きつける。私も一緒になって海を見ていると、彼は目だけをこちらに向けた。
「エコ。あのさ、抱きしめて欲しいんだけど、いい?」
「え。い、いいですけど、びしょびしょですよ?」
「助けに来てくれたからだろ? 何も出来ない癖にな」
「どうせ何も出来ないですよ……」
「俺も濡れてるんだし気にすんなって、ほらほら」
 アルバは両腕を広げている。これは、行くしかないのか。私は恥ずかしい気持ちを堪えて、彼の体を抱きしめた。お互いぐっしょり濡れているので、妙に生暖かくて恥ずかしい。アルバの手が私の頭を撫でた。
「俺、色々向き合ってみようと思う。知らないことも多いみたいだし」
 王様も前に進もうとしているんだ。私は嬉しくなって笑みが零れた。
「良いと思います」
「だろ? エコも俺に惚れ直しちゃうかもな~」
「惚れてる前提なんですか!?」
「惚れてない?」
 アルバは腕の力を緩めて私の顔を覗き込んだ。大人びた眼差しが細められる。しっとりと濡れている所為か色気がすごい。私はどぎまぎして、慌てて顔をそらした。
「ほ、惚れてません……!」
「残念」
 アルバは私を解放した。私はどきどきした心臓を抑えて、違和感を覚える。
「ん? あれ?」
「ありがとうな、エコ。それと。これは外したから」
 彼の手に下がっているのは、私がダリアさんから貰ったセレンだった。
「あっ! 返してください!」
「外してやるって言っただろ? こいつは俺が預かっとく。じゃあな! 次は絶対逃がさないから、覚悟しとけよー!」
 アルバは走って行ってしまった。ベズさんが私たちに向かって深く頭を下げると追いかけていく。
「呆れた男だ」ユリスが疲れた風に零した。
「おいエコ、あれ大丈夫なのか? 本気で追いかけてきそうだぞ」
 ミケが心配そうに言う。何が大丈夫かも分からないけど、私はがっくり項垂れた。
「セレン取られた……」
「気になるのはそこかよ」
 大事なお守りだったのに。私は何もない首を擦って、また項垂れた。


 高い太陽の下、船は順調に島へ戻っていく。セレンを取られてしまったことをダリアさんに謝り倒して(笑って許してくれた)、私はやっと気持ちが落ち着いた。
 陽気が心地いい。魔力をたくさん使った所為か、寝不足の所為か体がだるかった。何も考えず呆けている私に、ダリアさんが言った。
「あんたら、この後はどうするんだ?」
「え? あ、はい、ええと、他の国に行きます」
「忙しいんだな」
「やらなきゃいけないことですから。……魔力が戻って、またみんなが船に乗るようになるといいですね」
「そうだな……」
 何故かあまり嬉しくなさそうに見えた。何でだろう。問いかける元気もなく、私は再びぼんやりと海を眺めた。
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