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楽園の在り処
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「地震!?」
慌てる私を落ち着かせるように、ユリスが腕に力を込めた。「動くな」と耳元で囁かれる。不意打ちに照れるやら逆に落ち着かないやらで混乱状態に陥っていると、水晶の後ろから水柱が高く上がった。
「噴水、ではないですよね!?」
「あれは……」
水柱は細かく分裂し、蛇のようにうねりながら私たちの方へ襲い掛かって来た。
「ひえっ! 何ですかあれ!?」
私は悲鳴を上げる。ユリスは十字型の石を取り出すと手を伸ばした。すると、石を中心にして透明な盾が出来上がる。襲って来た水の蛇は盾にぶつかって身を引いた。ぎりぎりセーフ! 傍にいたミケも間一髪で蛇を避ける。
「うおっと! ……げ! なんだあの数!」
まるでヤマタノオロチのごとく、水晶の後ろから水の蛇が何本も襲ってくる。みんなそれぞれ自分の身を庇うので手一杯だった。
「わー、なんだこれは! 危ない危ない」
アルバの声が聞こえる。様子を窺うと、ベズさんが守ってくれているようだった。彼がいるなら大丈夫だろう。
「召喚士!」ユリスが蛇を薙ぎ払いながら言った。
「うん!」
シルフィが本を手に水晶に触れた。私は後ろから抱き着く。その間も絶え間なく水の蛇が迫って、ユリスとミケが蹴散らしていった。しかしいくら切ろうが弾こうが水は水だ。すぐに復活してしまう。耐え続けるにも限界があった。急がないと!
「精霊様、僕の声を……!」
「うわっ!?」
誰の悲鳴? シルフィは光に包まれながら魔力を送っている。私も魔力を引っ張られる感覚に耐えながら、悲鳴がした方を見た。
「王!」
ベズさんが焦った様子で上を見ている。水の蛇がアルバを呑み込んで、どんどん奥へと送っていくのが見えた。
「え、嘘、王様が!?」
「集中しろ!」
ユリスに言われて気を取り直した。そうだ、今は魔力を送ることに集中しないとシルフィの身も危ない。強い脱力感に耐えつつ、早く、早くと祈り続けた。
ばしゃん、という音と共に水の蛇がただの水に戻った。水晶の向こうに見えていたヴェールが消えていく。どうやら精霊は満足したらしい。
「終わったよ」
「お疲れシルフィ! でも、早く王様を助けないと」
私はシルフィから離れた途端にふらついた。ユリスに肩を掴まれる。
「あ、す、すみません」
「エコさん! お、俺が抱えるから!」
ハインツが走って来たのを宥めて、私は足を踏ん張った。よし、まだ歩ける。王様を助けにいかなければ。
水晶の後ろに回り込むと、大きな池があった。水柱もそこから出ていたらしい。洞窟内が暗いのもあってか、水が黒く見える。深さが分からない。アルバもどこにいるのか分からなかった。
「多分この中に……」
「諦めろ」
そう言ったのはベズさんだった。私は目を見張る。
「諦めちゃ駄目です! 絶対に見つかりますから!」
「手遅れだ。無駄なことはやめろ」
「な、何でそんなこと言うんですか!」
言い合っている時間も惜しい。早く助けないと溺れて死んでしまう。私は気合を入れて暗い水を見下ろした。
「この中って泳いでも大丈夫? 魔物とかいそう?」
「ううん。いない」シルフィが答えた。
「海水が外から流れ込んで溜まっているだけですから、危険は無いと思います」
ラウロも補足してくれて、私は覚悟が決まる。
「分かった。ありがとう」
「なあエコ、本気で助けるのか? 面倒なことになるだけだぞ」
「助けるよ」
ミケの問いに答えながら私は水に足をつけた。「あーあー全く」とミケも並んで水に入った。ハインツも、シルフィも。
「オレはあっちから探す、んで、ハインツはあっちな、シルフィくんは泳ぎは得意か?」
「うん! 川でよく遊んだから」
「上等上等」
私はミケが指示を出すのを聞きながら潜った。暗くてよく見えない中を必死で目を凝らす。
**
何故我らの王の為にここまでするのか。赤の他人の女が。呆然と見ていると、姿勢のいい男も続いて入ろうとしていた。
「お前も王を探すのか?」
「エコ様が溺れると困りますから、その為です」
なるほど、筋は通っている。俺はどうするべきだろうか。王が例えここで死んだとしても、仕方のないことだと思う。王は報いを受けたのだ。精霊に殺されるのならば、むしろ名誉だろう。
「貴様は行かないのか」
長髪の男が言った。咎めるでも、疑問に思っている風でもない。この事態をどうにかしろ、と言いたいようだ。しかし俺には。
「俺は、行くべきなんだろうな」
王の為の存在。王を守り、王の為に働く従者。今こそその力を発揮する時だが、俺の足は動かなかった。命令が無いから、ではない。
俺は心のどこかで願っていたのかもしれない。王の無意味な戯れが終わる時を。いくら女を求めようと、満たされることはないのだ。何もかもが手に入る楽園の王である限りは、苦も無く手に入るものを愛で続けようという気になるはずもない。
揺れる水面を眺めていると、海を思い出す。俺は、海が嫌いではない。眩しい太陽も。しかしそれでも思い出す。幼子を残して泡と消えた母親のことを。
「……お前は行かないのか」
気になって問い返してみる。長髪の男は俺と一緒にじっと水面を見つめているだけだ。
「何故私が行かねばならない」
「それは、そうだが」
もしかして、泳げないのだろうか。指摘して魔法を使われても困るので黙った。
**
慌てる私を落ち着かせるように、ユリスが腕に力を込めた。「動くな」と耳元で囁かれる。不意打ちに照れるやら逆に落ち着かないやらで混乱状態に陥っていると、水晶の後ろから水柱が高く上がった。
「噴水、ではないですよね!?」
「あれは……」
水柱は細かく分裂し、蛇のようにうねりながら私たちの方へ襲い掛かって来た。
「ひえっ! 何ですかあれ!?」
私は悲鳴を上げる。ユリスは十字型の石を取り出すと手を伸ばした。すると、石を中心にして透明な盾が出来上がる。襲って来た水の蛇は盾にぶつかって身を引いた。ぎりぎりセーフ! 傍にいたミケも間一髪で蛇を避ける。
「うおっと! ……げ! なんだあの数!」
まるでヤマタノオロチのごとく、水晶の後ろから水の蛇が何本も襲ってくる。みんなそれぞれ自分の身を庇うので手一杯だった。
「わー、なんだこれは! 危ない危ない」
アルバの声が聞こえる。様子を窺うと、ベズさんが守ってくれているようだった。彼がいるなら大丈夫だろう。
「召喚士!」ユリスが蛇を薙ぎ払いながら言った。
「うん!」
シルフィが本を手に水晶に触れた。私は後ろから抱き着く。その間も絶え間なく水の蛇が迫って、ユリスとミケが蹴散らしていった。しかしいくら切ろうが弾こうが水は水だ。すぐに復活してしまう。耐え続けるにも限界があった。急がないと!
「精霊様、僕の声を……!」
「うわっ!?」
誰の悲鳴? シルフィは光に包まれながら魔力を送っている。私も魔力を引っ張られる感覚に耐えながら、悲鳴がした方を見た。
「王!」
ベズさんが焦った様子で上を見ている。水の蛇がアルバを呑み込んで、どんどん奥へと送っていくのが見えた。
「え、嘘、王様が!?」
「集中しろ!」
ユリスに言われて気を取り直した。そうだ、今は魔力を送ることに集中しないとシルフィの身も危ない。強い脱力感に耐えつつ、早く、早くと祈り続けた。
ばしゃん、という音と共に水の蛇がただの水に戻った。水晶の向こうに見えていたヴェールが消えていく。どうやら精霊は満足したらしい。
「終わったよ」
「お疲れシルフィ! でも、早く王様を助けないと」
私はシルフィから離れた途端にふらついた。ユリスに肩を掴まれる。
「あ、す、すみません」
「エコさん! お、俺が抱えるから!」
ハインツが走って来たのを宥めて、私は足を踏ん張った。よし、まだ歩ける。王様を助けにいかなければ。
水晶の後ろに回り込むと、大きな池があった。水柱もそこから出ていたらしい。洞窟内が暗いのもあってか、水が黒く見える。深さが分からない。アルバもどこにいるのか分からなかった。
「多分この中に……」
「諦めろ」
そう言ったのはベズさんだった。私は目を見張る。
「諦めちゃ駄目です! 絶対に見つかりますから!」
「手遅れだ。無駄なことはやめろ」
「な、何でそんなこと言うんですか!」
言い合っている時間も惜しい。早く助けないと溺れて死んでしまう。私は気合を入れて暗い水を見下ろした。
「この中って泳いでも大丈夫? 魔物とかいそう?」
「ううん。いない」シルフィが答えた。
「海水が外から流れ込んで溜まっているだけですから、危険は無いと思います」
ラウロも補足してくれて、私は覚悟が決まる。
「分かった。ありがとう」
「なあエコ、本気で助けるのか? 面倒なことになるだけだぞ」
「助けるよ」
ミケの問いに答えながら私は水に足をつけた。「あーあー全く」とミケも並んで水に入った。ハインツも、シルフィも。
「オレはあっちから探す、んで、ハインツはあっちな、シルフィくんは泳ぎは得意か?」
「うん! 川でよく遊んだから」
「上等上等」
私はミケが指示を出すのを聞きながら潜った。暗くてよく見えない中を必死で目を凝らす。
**
何故我らの王の為にここまでするのか。赤の他人の女が。呆然と見ていると、姿勢のいい男も続いて入ろうとしていた。
「お前も王を探すのか?」
「エコ様が溺れると困りますから、その為です」
なるほど、筋は通っている。俺はどうするべきだろうか。王が例えここで死んだとしても、仕方のないことだと思う。王は報いを受けたのだ。精霊に殺されるのならば、むしろ名誉だろう。
「貴様は行かないのか」
長髪の男が言った。咎めるでも、疑問に思っている風でもない。この事態をどうにかしろ、と言いたいようだ。しかし俺には。
「俺は、行くべきなんだろうな」
王の為の存在。王を守り、王の為に働く従者。今こそその力を発揮する時だが、俺の足は動かなかった。命令が無いから、ではない。
俺は心のどこかで願っていたのかもしれない。王の無意味な戯れが終わる時を。いくら女を求めようと、満たされることはないのだ。何もかもが手に入る楽園の王である限りは、苦も無く手に入るものを愛で続けようという気になるはずもない。
揺れる水面を眺めていると、海を思い出す。俺は、海が嫌いではない。眩しい太陽も。しかしそれでも思い出す。幼子を残して泡と消えた母親のことを。
「……お前は行かないのか」
気になって問い返してみる。長髪の男は俺と一緒にじっと水面を見つめているだけだ。
「何故私が行かねばならない」
「それは、そうだが」
もしかして、泳げないのだろうか。指摘して魔法を使われても困るので黙った。
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