上 下
168 / 252
影の王様

166

しおりを挟む
 薄暗い廊下を歩く。夜だと更に暗く感じられた。数メートル先がほとんど見えない。
「足元気を付けてな。怪我したくないだろ?」
「随分暗いですね」
「明るい方が良いか?」
「特には」
 私は気乗りしないまま彼の後ろをついて行く。視界が悪いので今どこを歩いているのかさっぱり分からない。
 アルバは立ち止まると、扉を手で示した。
「ここが俺の部屋。ようこそ~」
「はあ……うっ! すごっ!」
 開かれた部屋の中を見て驚いた。部屋の半分くらいの大きさのベッドがある。でかすぎる。五人は並んで寝られるだろう。
「すごいだろ?」
「はい。でも、この部屋……」
 違和感がある。ベッド以外にほぼ何も置かれていないのも気になるが、他のことだ。私はしばらく部屋を観察してやっと気付いた。窓が無いのだ。正確に言えば、窓らしきものはあるのに鉄板で塞がれてしまっている。
 思い返してみると廊下にも窓が無かった。まさか。
「窓を塞いでいるんですか?」
「おっ。よく気付いたね」
「……逃げないようにってことですか」
 私が警戒しながら言うと、アルバは目を丸くしていた。
「え? 違う違う。俺ね、ビカビカした太陽とか、海とか大嫌いなの」
「南の国の王様なのに!?」
 衝撃だった。アルバは前髪を弄りながら言う。
「うん。生まれはここだけど、別に嫌いになったっていいだろ?」
「それは、別にいいですけど」
 そんなこともあるのか。私は不思議な気持ちでアルバを見た。彼はうんざりしたように肩をすくめる。
「暑いし、べたべたするし、移動は面倒だし、何がいいのか全然分かんないね。俺何でこんな国に生まれちゃったかなー。ここに生まれてなきゃ王にもなれてないんだけど」
 ダリアさんとは正反対の人だ。海の近くに住んでいるからといって海が好きとは限らないらしい。
「さて。夜は長いよー。何かしたいことある? 何でも言って?」
「みんなのところに帰りたいです」
「それは駄目。それ以外」
 やっぱり駄目か。私はふっと頭に浮かんだことをそのまま言った。
「お風呂に……」
「風呂? 入りたいのか」
「あ、あります?」
「もちろん」
 アルバは誇らしげに笑みを浮かべている。これだけ立派な建物ならお風呂もあるか。私は少しだけ欲が出てしまった。
「水じゃなくて、お湯の、温かいお風呂に入りたいです」
「ふーん。分かった。ちょっと待ってろ」
 そう言い残し、アルバは部屋を出て行った。
 私は何日もこの世界を旅をしてきて分かったことがある。それは、どこもお湯があるとは限らないということ。設備が整っている場所ばかりではない。時には水を浴びたことも少なくなかった。それが、まさか、こんな簡単に? こんな簡単に入れるなんてことが……。
 あった。
「広い。そして温かい。そして、快適」
 私は夢に見た温泉以上にすごいお風呂に入っていた。とてつもなく広い。なのに客は私だけ。温泉を独り占めしている気分だ。異世界に来てここまで広いお風呂に入れるとは思わなかった。良くて温水のシャワー、酷い時は冷水をすくって体にかけるのが当たり前だったのに。
 湯気で視界が曇る。湿気を含んだ空気も気持ちいい。夢心地だ。
「はあ~幸せ」
 まずい。ここに住みたいと思い始めている。駄目だ、しっかりしろ私。みんな今頃大変かもしれないのに、私ばっかり幸せになって……。
「よお。どうだ?」
「あ、はい、とてもいい感じ……って何でここにいるんですか!?」
 アルバは一糸纏わぬ姿で首を傾げた。両手に何か持っている。
「ここ、俺の家だし」
「ですよねえ。ではなく! ええっと、あの」
「飲み物いるだろ? ほら」
 何の遠慮もなく同じ湯船に入って、アルバは持っていた細身のグラスを差し出した。私は反射的に受け取って、観察する。オレンジ色の液体が注がれている。何だろう、ジュースかな。しかし油断してはいけない。
「ど、毒とか入ってませんよね……?」
「入ってるわけないだろ。何なら口移ししてやってもいいぞ」
「やらなくていいです」
 丁重にお断りした。アルバはもう一つのグラスに口を付けた。
「ただのジュースだよ」
「それは分かりましたけど、もっと離れてもらえますか?」
 手を伸ばせば届く距離だ。私はどうしてこう毎度毎度、全裸の男の人と一緒にいるんだろう。絶対に何かがおかしい。
「何で? 近付かないとお互い不便だろ」
「私は不便ではないので……」
 さりげなく距離を取った。しかし向こうは近付いてくる。早い! 全く躊躇いがない!
「そう嫌わなくたっていいだろ」
「わーっ! 離れてください! だって、は、裸じゃないですか!」
「はあ? ……あ、恥ずかしいのか。ん、じゃああんまり見ないようにするから」
 そういう問題ではない。私は疲れて、喉も乾いたのでジュースを一口飲んだ。甘酸っぱい果実の味が口いっぱいに広がる。あまりの美味しさに頬が緩んだ。
「すごく美味しいです」
「だろ?」
 アルバは嬉しそうに笑った。邪気の無い笑みだ。私の中の警戒心が溶け始める。駄目だ。しっかりするんだ私! 今は守ってくれる人もいないんだから!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます

今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。 アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて…… 表紙 チルヲさん 出てくる料理は架空のものです 造語もあります11/9 参考にしている本 中世ヨーロッパの農村の生活 中世ヨーロッパを生きる 中世ヨーロッパの都市の生活 中世ヨーロッパの暮らし 中世ヨーロッパのレシピ wikipediaなど

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜

望月かれん
ファンタジー
 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。 しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。     天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。繁栄も滅亡も、私の導き次第で決まるようです。

木山楽斗
ファンタジー
宿屋で働くフェリナは、ある日森で卵を見つけた。 その卵からかえったのは、彼女が見たことがない生物だった。その生物は、生まれて初めて見たフェリナのことを母親だと思ったらしく、彼女にとても懐いていた。 本物の母親も見当たらず、見捨てることも忍びないことから、フェリナは謎の生物を育てることにした。 リルフと名付けられた生物と、フェリナはしばらく平和な日常を過ごしていた。 しかし、ある日彼女達の元に国王から通達があった。 なんでも、リルフは竜という生物であり、国を繁栄にも破滅にも導く特別な存在であるようだ。 竜がどちらの道を辿るかは、その母親にかかっているらしい。知らない内に、フェリナは国の運命を握っていたのだ。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。 ※2021/09/03 改題しました。(旧題:刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。)

処理中です...