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影の王様
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薄暗い廊下を歩く。夜だと更に暗く感じられた。数メートル先がほとんど見えない。
「足元気を付けてな。怪我したくないだろ?」
「随分暗いですね」
「明るい方が良いか?」
「特には」
私は気乗りしないまま彼の後ろをついて行く。視界が悪いので今どこを歩いているのかさっぱり分からない。
アルバは立ち止まると、扉を手で示した。
「ここが俺の部屋。ようこそ~」
「はあ……うっ! すごっ!」
開かれた部屋の中を見て驚いた。部屋の半分くらいの大きさのベッドがある。でかすぎる。五人は並んで寝られるだろう。
「すごいだろ?」
「はい。でも、この部屋……」
違和感がある。ベッド以外にほぼ何も置かれていないのも気になるが、他のことだ。私はしばらく部屋を観察してやっと気付いた。窓が無いのだ。正確に言えば、窓らしきものはあるのに鉄板で塞がれてしまっている。
思い返してみると廊下にも窓が無かった。まさか。
「窓を塞いでいるんですか?」
「おっ。よく気付いたね」
「……逃げないようにってことですか」
私が警戒しながら言うと、アルバは目を丸くしていた。
「え? 違う違う。俺ね、ビカビカした太陽とか、海とか大嫌いなの」
「南の国の王様なのに!?」
衝撃だった。アルバは前髪を弄りながら言う。
「うん。生まれはここだけど、別に嫌いになったっていいだろ?」
「それは、別にいいですけど」
そんなこともあるのか。私は不思議な気持ちでアルバを見た。彼はうんざりしたように肩をすくめる。
「暑いし、べたべたするし、移動は面倒だし、何がいいのか全然分かんないね。俺何でこんな国に生まれちゃったかなー。ここに生まれてなきゃ王にもなれてないんだけど」
ダリアさんとは正反対の人だ。海の近くに住んでいるからといって海が好きとは限らないらしい。
「さて。夜は長いよー。何かしたいことある? 何でも言って?」
「みんなのところに帰りたいです」
「それは駄目。それ以外」
やっぱり駄目か。私はふっと頭に浮かんだことをそのまま言った。
「お風呂に……」
「風呂? 入りたいのか」
「あ、あります?」
「もちろん」
アルバは誇らしげに笑みを浮かべている。これだけ立派な建物ならお風呂もあるか。私は少しだけ欲が出てしまった。
「水じゃなくて、お湯の、温かいお風呂に入りたいです」
「ふーん。分かった。ちょっと待ってろ」
そう言い残し、アルバは部屋を出て行った。
私は何日もこの世界を旅をしてきて分かったことがある。それは、どこもお湯があるとは限らないということ。設備が整っている場所ばかりではない。時には水を浴びたことも少なくなかった。それが、まさか、こんな簡単に? こんな簡単に入れるなんてことが……。
あった。
「広い。そして温かい。そして、快適」
私は夢に見た温泉以上にすごいお風呂に入っていた。とてつもなく広い。なのに客は私だけ。温泉を独り占めしている気分だ。異世界に来てここまで広いお風呂に入れるとは思わなかった。良くて温水のシャワー、酷い時は冷水をすくって体にかけるのが当たり前だったのに。
湯気で視界が曇る。湿気を含んだ空気も気持ちいい。夢心地だ。
「はあ~幸せ」
まずい。ここに住みたいと思い始めている。駄目だ、しっかりしろ私。みんな今頃大変かもしれないのに、私ばっかり幸せになって……。
「よお。どうだ?」
「あ、はい、とてもいい感じ……って何でここにいるんですか!?」
アルバは一糸纏わぬ姿で首を傾げた。両手に何か持っている。
「ここ、俺の家だし」
「ですよねえ。ではなく! ええっと、あの」
「飲み物いるだろ? ほら」
何の遠慮もなく同じ湯船に入って、アルバは持っていた細身のグラスを差し出した。私は反射的に受け取って、観察する。オレンジ色の液体が注がれている。何だろう、ジュースかな。しかし油断してはいけない。
「ど、毒とか入ってませんよね……?」
「入ってるわけないだろ。何なら口移ししてやってもいいぞ」
「やらなくていいです」
丁重にお断りした。アルバはもう一つのグラスに口を付けた。
「ただのジュースだよ」
「それは分かりましたけど、もっと離れてもらえますか?」
手を伸ばせば届く距離だ。私はどうしてこう毎度毎度、全裸の男の人と一緒にいるんだろう。絶対に何かがおかしい。
「何で? 近付かないとお互い不便だろ」
「私は不便ではないので……」
さりげなく距離を取った。しかし向こうは近付いてくる。早い! 全く躊躇いがない!
「そう嫌わなくたっていいだろ」
「わーっ! 離れてください! だって、は、裸じゃないですか!」
「はあ? ……あ、恥ずかしいのか。ん、じゃああんまり見ないようにするから」
そういう問題ではない。私は疲れて、喉も乾いたのでジュースを一口飲んだ。甘酸っぱい果実の味が口いっぱいに広がる。あまりの美味しさに頬が緩んだ。
「すごく美味しいです」
「だろ?」
アルバは嬉しそうに笑った。邪気の無い笑みだ。私の中の警戒心が溶け始める。駄目だ。しっかりするんだ私! 今は守ってくれる人もいないんだから!
「足元気を付けてな。怪我したくないだろ?」
「随分暗いですね」
「明るい方が良いか?」
「特には」
私は気乗りしないまま彼の後ろをついて行く。視界が悪いので今どこを歩いているのかさっぱり分からない。
アルバは立ち止まると、扉を手で示した。
「ここが俺の部屋。ようこそ~」
「はあ……うっ! すごっ!」
開かれた部屋の中を見て驚いた。部屋の半分くらいの大きさのベッドがある。でかすぎる。五人は並んで寝られるだろう。
「すごいだろ?」
「はい。でも、この部屋……」
違和感がある。ベッド以外にほぼ何も置かれていないのも気になるが、他のことだ。私はしばらく部屋を観察してやっと気付いた。窓が無いのだ。正確に言えば、窓らしきものはあるのに鉄板で塞がれてしまっている。
思い返してみると廊下にも窓が無かった。まさか。
「窓を塞いでいるんですか?」
「おっ。よく気付いたね」
「……逃げないようにってことですか」
私が警戒しながら言うと、アルバは目を丸くしていた。
「え? 違う違う。俺ね、ビカビカした太陽とか、海とか大嫌いなの」
「南の国の王様なのに!?」
衝撃だった。アルバは前髪を弄りながら言う。
「うん。生まれはここだけど、別に嫌いになったっていいだろ?」
「それは、別にいいですけど」
そんなこともあるのか。私は不思議な気持ちでアルバを見た。彼はうんざりしたように肩をすくめる。
「暑いし、べたべたするし、移動は面倒だし、何がいいのか全然分かんないね。俺何でこんな国に生まれちゃったかなー。ここに生まれてなきゃ王にもなれてないんだけど」
ダリアさんとは正反対の人だ。海の近くに住んでいるからといって海が好きとは限らないらしい。
「さて。夜は長いよー。何かしたいことある? 何でも言って?」
「みんなのところに帰りたいです」
「それは駄目。それ以外」
やっぱり駄目か。私はふっと頭に浮かんだことをそのまま言った。
「お風呂に……」
「風呂? 入りたいのか」
「あ、あります?」
「もちろん」
アルバは誇らしげに笑みを浮かべている。これだけ立派な建物ならお風呂もあるか。私は少しだけ欲が出てしまった。
「水じゃなくて、お湯の、温かいお風呂に入りたいです」
「ふーん。分かった。ちょっと待ってろ」
そう言い残し、アルバは部屋を出て行った。
私は何日もこの世界を旅をしてきて分かったことがある。それは、どこもお湯があるとは限らないということ。設備が整っている場所ばかりではない。時には水を浴びたことも少なくなかった。それが、まさか、こんな簡単に? こんな簡単に入れるなんてことが……。
あった。
「広い。そして温かい。そして、快適」
私は夢に見た温泉以上にすごいお風呂に入っていた。とてつもなく広い。なのに客は私だけ。温泉を独り占めしている気分だ。異世界に来てここまで広いお風呂に入れるとは思わなかった。良くて温水のシャワー、酷い時は冷水をすくって体にかけるのが当たり前だったのに。
湯気で視界が曇る。湿気を含んだ空気も気持ちいい。夢心地だ。
「はあ~幸せ」
まずい。ここに住みたいと思い始めている。駄目だ、しっかりしろ私。みんな今頃大変かもしれないのに、私ばっかり幸せになって……。
「よお。どうだ?」
「あ、はい、とてもいい感じ……って何でここにいるんですか!?」
アルバは一糸纏わぬ姿で首を傾げた。両手に何か持っている。
「ここ、俺の家だし」
「ですよねえ。ではなく! ええっと、あの」
「飲み物いるだろ? ほら」
何の遠慮もなく同じ湯船に入って、アルバは持っていた細身のグラスを差し出した。私は反射的に受け取って、観察する。オレンジ色の液体が注がれている。何だろう、ジュースかな。しかし油断してはいけない。
「ど、毒とか入ってませんよね……?」
「入ってるわけないだろ。何なら口移ししてやってもいいぞ」
「やらなくていいです」
丁重にお断りした。アルバはもう一つのグラスに口を付けた。
「ただのジュースだよ」
「それは分かりましたけど、もっと離れてもらえますか?」
手を伸ばせば届く距離だ。私はどうしてこう毎度毎度、全裸の男の人と一緒にいるんだろう。絶対に何かがおかしい。
「何で? 近付かないとお互い不便だろ」
「私は不便ではないので……」
さりげなく距離を取った。しかし向こうは近付いてくる。早い! 全く躊躇いがない!
「そう嫌わなくたっていいだろ」
「わーっ! 離れてください! だって、は、裸じゃないですか!」
「はあ? ……あ、恥ずかしいのか。ん、じゃああんまり見ないようにするから」
そういう問題ではない。私は疲れて、喉も乾いたのでジュースを一口飲んだ。甘酸っぱい果実の味が口いっぱいに広がる。あまりの美味しさに頬が緩んだ。
「すごく美味しいです」
「だろ?」
アルバは嬉しそうに笑った。邪気の無い笑みだ。私の中の警戒心が溶け始める。駄目だ。しっかりするんだ私! 今は守ってくれる人もいないんだから!
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