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従者の名
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微風が彼の髪を揺らす。ラウロは淡々と感情を込めずに、台本を読むように語った。
「私の家は代々王家に仕えています。従者になるべくして続いている家系ですね。私はこの、従者としての生活を好ましいとは思っていません。奴隷と何ら変わらない私情を押し殺す日々……。当然、主のユリス様に対しても、恨み憎しみはあれど好意を抱くようなことはありませんでした。それは私に限らず、国民の皆さんも同じです」
と、ここで私を睨む。
「ですが貴方は違いましたね。貴方は意地でもあの方を拒絶せず、逆にいくら拒絶されても歩み寄ろうとします。そうすることで、ユリス様の僅かな器は満たされてしまいます。私はそれが、どうしても我慢ならない」
目から言葉から暗い感情が伝わって来る。私はぞっとして足を引いた。
「ユリス様は苦しまなければならないんです。私と同じように。ここまで言えば理解出来ますか。私はあの方が嫌いなんですよ。……エコ様。もしも、ユリス様の時のように、私の悩みを解消したいと仰るのでしたら、あの方を嫌って、拒絶して、遠く離れてください」
私は何を言っていいのか、唖然としてしまった。ユリスもラウロも、何だかんだ仲が良い二人だと思っていたので、まさかここまで毛嫌いしているとは本当に露ほども思わなかったのだ。
「さすがに何も言えませんか」ラウロは苦笑した。「あの方とよくやっているのは仕事上の付き合いだからですよ。貴方も分かるでしょう。仕事に私情は持ち込みません」
「それは、確かに……私情を持ち込まないのは大事なことだけど」
「私の為に何かをするのは嫌ですか?」
ラウロは追い詰めるように言う。私は頭の中を整理していた。衝撃が大きくて、上手く受け止めきれない。
「そうじゃない、そうじゃないけど、でも嫌いになれっていうのは」
「エコ様。私は何も無い人間です」
ラウロは熱の冷めた声で言った。
「従者でしかない私に、貴方は手を差し伸べてはくれますか。私に価値があると思わせてはくれますか。ユリス様を愛する以上に、私を愛してくれますか」
一歩、一歩近付いてくる彼から逃げることは、助けを求める手を振り払うのと同じだ。私はどうしようもなく、ラウロの言葉を聞いている。
「私は。誰にも認められることもなく、誰にも愛されることのない存在です。それでも、求めることは罪ではないはずです。もし貴方が」
はっと口を噤んで、ラウロは歯ぎしりをした。私は金縛りが解けたように我に返って、足音に気付く。
「相変わらず人の言うことを聞かないやつだ」
ユリスは半ば諦めた風に言った。ラウロはすぐにユリスと向き合う。
「お部屋で休んでいたのではないですか。貴方が出歩いては兵たちが慌てるでしょう」
苛立ちを抑え込んでいる。ユリスは私をちらっと見て、ラウロに視線を戻した。
「ラウロ。私を恨むのは良いが八つ当たりはやめろ」
「そんなにこの人が大事ですか。好かれたからといって好きになるとは、あまりに当然の成り行きでつまらない」
もはや取り繕う気も無いようだ。私は二人の間で小さくなりながら、おろおろするしかない。
「私はお前と話している。この女は無関係だ」
「無関係ではないでしょう。でなければ貴方はこんな場所に来るはずもない」
「現に来ているだろう」
「そうですね。エコ様の為ですから」
従者のこの態度でもユリスは怒るでもなく、ただ静かに言った。
「ラウロ、いいや、私はお前の本当の名を知らないが……私が不愉快なら従者などさっさと辞めてしまえばいい。だというのに甘んじてその立場にいるのはお前が望んだからだろう」
「誰が望んだと言うんです。私は」
「仕方なく従者になった、か? 私は強制していない。それにお前なら逃げ出すことなど容易だろう。出来ることをしないのはお前がその居場所を望んでいるからに過ぎない」
「人のことを知った風に言うのはやめていただけますか」
「私を恨むのはいいがエコを巻き込むな。子供じゃあるまいに、泣きついたら助けてもらえるとでも思ったか」
日が沈もうとしている。冷たい風が吹いて私は腕を擦った。夜に侵食されていく空模様が二人の間柄を表現しているようだ。
私が口を出せる範疇を超えている。主従の確執をどうこうする権利は私にはない。しかしこのまま何時間も睨み合っているわけには、と、ユリスが振り返った。人影が。
「お前か」
「ど、どこ行ったのかと思って……」
ハインツは私たちを見て眉を顰めた。彼なりに気まずい空気を読み取ったようで言葉を途中で切ったきり続きは言わない。
「ユリス様。そこまで大事なものならしっかり捕まえておいてください」
ラウロに背を押された。向こうへ行けという意味らしい。
「エコ、来い。お前は私の部屋で休め」
「え?!」ハインツがすぐに声を上げたものの「あ、い、いえ、いいです……」
ユリスに睨まれて肩を落とした。ごめん。一人で寂しいかもしれないけど私もユリスに用がある。心の中で謝って、ハインツに背を向けた。
「私の家は代々王家に仕えています。従者になるべくして続いている家系ですね。私はこの、従者としての生活を好ましいとは思っていません。奴隷と何ら変わらない私情を押し殺す日々……。当然、主のユリス様に対しても、恨み憎しみはあれど好意を抱くようなことはありませんでした。それは私に限らず、国民の皆さんも同じです」
と、ここで私を睨む。
「ですが貴方は違いましたね。貴方は意地でもあの方を拒絶せず、逆にいくら拒絶されても歩み寄ろうとします。そうすることで、ユリス様の僅かな器は満たされてしまいます。私はそれが、どうしても我慢ならない」
目から言葉から暗い感情が伝わって来る。私はぞっとして足を引いた。
「ユリス様は苦しまなければならないんです。私と同じように。ここまで言えば理解出来ますか。私はあの方が嫌いなんですよ。……エコ様。もしも、ユリス様の時のように、私の悩みを解消したいと仰るのでしたら、あの方を嫌って、拒絶して、遠く離れてください」
私は何を言っていいのか、唖然としてしまった。ユリスもラウロも、何だかんだ仲が良い二人だと思っていたので、まさかここまで毛嫌いしているとは本当に露ほども思わなかったのだ。
「さすがに何も言えませんか」ラウロは苦笑した。「あの方とよくやっているのは仕事上の付き合いだからですよ。貴方も分かるでしょう。仕事に私情は持ち込みません」
「それは、確かに……私情を持ち込まないのは大事なことだけど」
「私の為に何かをするのは嫌ですか?」
ラウロは追い詰めるように言う。私は頭の中を整理していた。衝撃が大きくて、上手く受け止めきれない。
「そうじゃない、そうじゃないけど、でも嫌いになれっていうのは」
「エコ様。私は何も無い人間です」
ラウロは熱の冷めた声で言った。
「従者でしかない私に、貴方は手を差し伸べてはくれますか。私に価値があると思わせてはくれますか。ユリス様を愛する以上に、私を愛してくれますか」
一歩、一歩近付いてくる彼から逃げることは、助けを求める手を振り払うのと同じだ。私はどうしようもなく、ラウロの言葉を聞いている。
「私は。誰にも認められることもなく、誰にも愛されることのない存在です。それでも、求めることは罪ではないはずです。もし貴方が」
はっと口を噤んで、ラウロは歯ぎしりをした。私は金縛りが解けたように我に返って、足音に気付く。
「相変わらず人の言うことを聞かないやつだ」
ユリスは半ば諦めた風に言った。ラウロはすぐにユリスと向き合う。
「お部屋で休んでいたのではないですか。貴方が出歩いては兵たちが慌てるでしょう」
苛立ちを抑え込んでいる。ユリスは私をちらっと見て、ラウロに視線を戻した。
「ラウロ。私を恨むのは良いが八つ当たりはやめろ」
「そんなにこの人が大事ですか。好かれたからといって好きになるとは、あまりに当然の成り行きでつまらない」
もはや取り繕う気も無いようだ。私は二人の間で小さくなりながら、おろおろするしかない。
「私はお前と話している。この女は無関係だ」
「無関係ではないでしょう。でなければ貴方はこんな場所に来るはずもない」
「現に来ているだろう」
「そうですね。エコ様の為ですから」
従者のこの態度でもユリスは怒るでもなく、ただ静かに言った。
「ラウロ、いいや、私はお前の本当の名を知らないが……私が不愉快なら従者などさっさと辞めてしまえばいい。だというのに甘んじてその立場にいるのはお前が望んだからだろう」
「誰が望んだと言うんです。私は」
「仕方なく従者になった、か? 私は強制していない。それにお前なら逃げ出すことなど容易だろう。出来ることをしないのはお前がその居場所を望んでいるからに過ぎない」
「人のことを知った風に言うのはやめていただけますか」
「私を恨むのはいいがエコを巻き込むな。子供じゃあるまいに、泣きついたら助けてもらえるとでも思ったか」
日が沈もうとしている。冷たい風が吹いて私は腕を擦った。夜に侵食されていく空模様が二人の間柄を表現しているようだ。
私が口を出せる範疇を超えている。主従の確執をどうこうする権利は私にはない。しかしこのまま何時間も睨み合っているわけには、と、ユリスが振り返った。人影が。
「お前か」
「ど、どこ行ったのかと思って……」
ハインツは私たちを見て眉を顰めた。彼なりに気まずい空気を読み取ったようで言葉を途中で切ったきり続きは言わない。
「ユリス様。そこまで大事なものならしっかり捕まえておいてください」
ラウロに背を押された。向こうへ行けという意味らしい。
「エコ、来い。お前は私の部屋で休め」
「え?!」ハインツがすぐに声を上げたものの「あ、い、いえ、いいです……」
ユリスに睨まれて肩を落とした。ごめん。一人で寂しいかもしれないけど私もユリスに用がある。心の中で謝って、ハインツに背を向けた。
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