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村と魔物と泣き虫戦士
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静まり返った一階を通り過ぎて外へ出る。ハインツさんを送って行かなければ、と、ここで気付いた。私、ハインツさんの家がどこか知らない。
「はあ……もう、何やってんだろ私」
馬鹿だな本当。後先考えずに飛び出して。
私も悪かったかもしれないけど、ユリスもあんなに怒ることはないだろう。そもそも何が悪かったのか。言うことを聞かなかったから? 反論したから? でも、じゃあ私はどうすれば良かったのか。分からない。
結局ユリスにとって私は不快な、嫌悪の対象でしかないんだろう。だからよく分からないことを言うし、睨んだりするし、道具扱いをする。まあいいけどね、なんて流すほどの余裕も今は無い。ただ悲しくて、辛かった。
「うー、もうやだ……」
頭の中がぐちゃぐちゃで、勝手に涙が零れていた。もう全部駄目だ。このままどこかに逃げてしまいたい。その方がユリスも清々するんじゃないか。
一人棒立ちで泣いている私って一体。惨めだと思いつつ止められないでいると、突然温もりに包まれた。背中を擦る優しい手の感触。驚いて涙が引っ込んだ。
「ご、ごめんなさい急に抱きしめたりして。い、今気付いたら外にいるし、エコさん泣いてるしよく分かんないんですけど。昔俺が泣いてる時、姉ちゃんがよくこうしてくれたので……」
ハインツさんがいたこと忘れてた……! 人前で泣くなんて何年ぶりだろう。小さい子みたいに撫でられているのも恥ずかしいやら情けないやらで、でも心が癒されていた。荒れていた気持ちも段々落ち着いていく。離れた方が良いんだろうけど、もう少しだけ甘えていたい。
私は大人しくされるがままになっていると、ハインツさんが静かに言った。
「エコさん、辛いなら、無理することないです。世界を救おうとか、そういうのも考えなくていい」
心がぐらつく。頷きたい、でも駄目だ。
「私は……救世主だから、やらなきゃいけない」
「そんなの知らないですよ。俺には分からないです。俺からしたらエコさんは普通の女の人です。だから普通に、のんびり空とか見上げながら暮らせば良いと思います」
そうだ。そういえば私、野原を見つめるだけの仕事に就きたかったんだっけ。元々はそれを目標にしてこの異世界で生きることを決めたんだ。
ハインツさんは少し腕に力を込めた。痛いほどじゃない。むしろ心地いいくらいだった。
「俺、エコさんのこと好きです。大事にします。信じられないなら、何でも言ってください。何でもします」
「な、何でそこまでしてくれるの? 私全然大した人間じゃないよ? 可愛くないし美人でもないし仕事も出来ないし、そもそも会ったばかりなのに」
「えーと。分かんないです。最初は姉ちゃんと重ねてた部分もあったと思うんですけど……今思うとあんまり似てないですね。エコさんずっと難しい顔してるから、俺、笑って欲しいんですよ。笑えば辛い気持ちも無くなります」
私が望んでいたものがここにある。穏やかな暮らし、優しい人たち、元の世界では得られなかったものばかりだ。結婚は別としても、ハインツさんはきっと私のことをすごく大事に扱ってくれるだろう。今辛い思いをしてるもの全部放ってしまって、私は、ここで、
「ごめんなさい!」
私はハインツさんを引き剥がした。
「駄目だ。やっぱり出来ない。私もう決めたから、これを投げ出したら私は堂々と生きられなくなる。ハインツさんは、私じゃない人と幸せになってください。でもそう言ってくれて優しくしてくれてすごく、すごく嬉しかった。ありがとう」
自分でも馬鹿だと思う。こんないい話もう二度とないだろう。
でも私は、やると決めたのだ。名前も顔も知らない誰かの為に、そして自分の為にも。この旅をやり遂げるからこそ、私は好きなように生きていけるんだと思うから。
ハインツさんの顔も見れないまま、私は宿へ走った。入るなりへたり込んでしまう。暗くて静かで、誰もいないそこで私はまた泣いた。泣けばすっきりする、そしたら明日また頑張れる。どうせ一人だ、誰も見てない。
「はあ……もう、何やってんだろ私」
馬鹿だな本当。後先考えずに飛び出して。
私も悪かったかもしれないけど、ユリスもあんなに怒ることはないだろう。そもそも何が悪かったのか。言うことを聞かなかったから? 反論したから? でも、じゃあ私はどうすれば良かったのか。分からない。
結局ユリスにとって私は不快な、嫌悪の対象でしかないんだろう。だからよく分からないことを言うし、睨んだりするし、道具扱いをする。まあいいけどね、なんて流すほどの余裕も今は無い。ただ悲しくて、辛かった。
「うー、もうやだ……」
頭の中がぐちゃぐちゃで、勝手に涙が零れていた。もう全部駄目だ。このままどこかに逃げてしまいたい。その方がユリスも清々するんじゃないか。
一人棒立ちで泣いている私って一体。惨めだと思いつつ止められないでいると、突然温もりに包まれた。背中を擦る優しい手の感触。驚いて涙が引っ込んだ。
「ご、ごめんなさい急に抱きしめたりして。い、今気付いたら外にいるし、エコさん泣いてるしよく分かんないんですけど。昔俺が泣いてる時、姉ちゃんがよくこうしてくれたので……」
ハインツさんがいたこと忘れてた……! 人前で泣くなんて何年ぶりだろう。小さい子みたいに撫でられているのも恥ずかしいやら情けないやらで、でも心が癒されていた。荒れていた気持ちも段々落ち着いていく。離れた方が良いんだろうけど、もう少しだけ甘えていたい。
私は大人しくされるがままになっていると、ハインツさんが静かに言った。
「エコさん、辛いなら、無理することないです。世界を救おうとか、そういうのも考えなくていい」
心がぐらつく。頷きたい、でも駄目だ。
「私は……救世主だから、やらなきゃいけない」
「そんなの知らないですよ。俺には分からないです。俺からしたらエコさんは普通の女の人です。だから普通に、のんびり空とか見上げながら暮らせば良いと思います」
そうだ。そういえば私、野原を見つめるだけの仕事に就きたかったんだっけ。元々はそれを目標にしてこの異世界で生きることを決めたんだ。
ハインツさんは少し腕に力を込めた。痛いほどじゃない。むしろ心地いいくらいだった。
「俺、エコさんのこと好きです。大事にします。信じられないなら、何でも言ってください。何でもします」
「な、何でそこまでしてくれるの? 私全然大した人間じゃないよ? 可愛くないし美人でもないし仕事も出来ないし、そもそも会ったばかりなのに」
「えーと。分かんないです。最初は姉ちゃんと重ねてた部分もあったと思うんですけど……今思うとあんまり似てないですね。エコさんずっと難しい顔してるから、俺、笑って欲しいんですよ。笑えば辛い気持ちも無くなります」
私が望んでいたものがここにある。穏やかな暮らし、優しい人たち、元の世界では得られなかったものばかりだ。結婚は別としても、ハインツさんはきっと私のことをすごく大事に扱ってくれるだろう。今辛い思いをしてるもの全部放ってしまって、私は、ここで、
「ごめんなさい!」
私はハインツさんを引き剥がした。
「駄目だ。やっぱり出来ない。私もう決めたから、これを投げ出したら私は堂々と生きられなくなる。ハインツさんは、私じゃない人と幸せになってください。でもそう言ってくれて優しくしてくれてすごく、すごく嬉しかった。ありがとう」
自分でも馬鹿だと思う。こんないい話もう二度とないだろう。
でも私は、やると決めたのだ。名前も顔も知らない誰かの為に、そして自分の為にも。この旅をやり遂げるからこそ、私は好きなように生きていけるんだと思うから。
ハインツさんの顔も見れないまま、私は宿へ走った。入るなりへたり込んでしまう。暗くて静かで、誰もいないそこで私はまた泣いた。泣けばすっきりする、そしたら明日また頑張れる。どうせ一人だ、誰も見てない。
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