上 下
71 / 252
村と魔物と泣き虫戦士

69

しおりを挟む
 静まり返った一階を通り過ぎて外へ出る。ハインツさんを送って行かなければ、と、ここで気付いた。私、ハインツさんの家がどこか知らない。
「はあ……もう、何やってんだろ私」
 馬鹿だな本当。後先考えずに飛び出して。
 私も悪かったかもしれないけど、ユリスもあんなに怒ることはないだろう。そもそも何が悪かったのか。言うことを聞かなかったから? 反論したから? でも、じゃあ私はどうすれば良かったのか。分からない。
 結局ユリスにとって私は不快な、嫌悪の対象でしかないんだろう。だからよく分からないことを言うし、睨んだりするし、道具扱いをする。まあいいけどね、なんて流すほどの余裕も今は無い。ただ悲しくて、辛かった。
「うー、もうやだ……」
 頭の中がぐちゃぐちゃで、勝手に涙が零れていた。もう全部駄目だ。このままどこかに逃げてしまいたい。その方がユリスも清々するんじゃないか。
 一人棒立ちで泣いている私って一体。惨めだと思いつつ止められないでいると、突然温もりに包まれた。背中を擦る優しい手の感触。驚いて涙が引っ込んだ。
「ご、ごめんなさい急に抱きしめたりして。い、今気付いたら外にいるし、エコさん泣いてるしよく分かんないんですけど。昔俺が泣いてる時、姉ちゃんがよくこうしてくれたので……」
 ハインツさんがいたこと忘れてた……! 人前で泣くなんて何年ぶりだろう。小さい子みたいに撫でられているのも恥ずかしいやら情けないやらで、でも心が癒されていた。荒れていた気持ちも段々落ち着いていく。離れた方が良いんだろうけど、もう少しだけ甘えていたい。
 私は大人しくされるがままになっていると、ハインツさんが静かに言った。
「エコさん、辛いなら、無理することないです。世界を救おうとか、そういうのも考えなくていい」
 心がぐらつく。頷きたい、でも駄目だ。
「私は……救世主だから、やらなきゃいけない」
「そんなの知らないですよ。俺には分からないです。俺からしたらエコさんは普通の女の人です。だから普通に、のんびり空とか見上げながら暮らせば良いと思います」
 そうだ。そういえば私、野原を見つめるだけの仕事に就きたかったんだっけ。元々はそれを目標にしてこの異世界で生きることを決めたんだ。
 ハインツさんは少し腕に力を込めた。痛いほどじゃない。むしろ心地いいくらいだった。
「俺、エコさんのこと好きです。大事にします。信じられないなら、何でも言ってください。何でもします」
「な、何でそこまでしてくれるの? 私全然大した人間じゃないよ? 可愛くないし美人でもないし仕事も出来ないし、そもそも会ったばかりなのに」
「えーと。分かんないです。最初は姉ちゃんと重ねてた部分もあったと思うんですけど……今思うとあんまり似てないですね。エコさんずっと難しい顔してるから、俺、笑って欲しいんですよ。笑えば辛い気持ちも無くなります」
 私が望んでいたものがここにある。穏やかな暮らし、優しい人たち、元の世界では得られなかったものばかりだ。結婚は別としても、ハインツさんはきっと私のことをすごく大事に扱ってくれるだろう。今辛い思いをしてるもの全部放ってしまって、私は、ここで、
「ごめんなさい!」
 私はハインツさんを引き剥がした。
「駄目だ。やっぱり出来ない。私もう決めたから、これを投げ出したら私は堂々と生きられなくなる。ハインツさんは、私じゃない人と幸せになってください。でもそう言ってくれて優しくしてくれてすごく、すごく嬉しかった。ありがとう」
 自分でも馬鹿だと思う。こんないい話もう二度とないだろう。
 でも私は、やると決めたのだ。名前も顔も知らない誰かの為に、そして自分の為にも。この旅をやり遂げるからこそ、私は好きなように生きていけるんだと思うから。
 ハインツさんの顔も見れないまま、私は宿へ走った。入るなりへたり込んでしまう。暗くて静かで、誰もいないそこで私はまた泣いた。泣けばすっきりする、そしたら明日また頑張れる。どうせ一人だ、誰も見てない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

美味しい料理で村を再建!アリシャ宿屋はじめます

今野綾
ファンタジー
住んでいた村が襲われ家族も住む場所も失ったアリシャ。助けてくれた村に住むことに決めた。 アリシャはいつの間にか宿っていた力に次第に気づいて…… 表紙 チルヲさん 出てくる料理は架空のものです 造語もあります11/9 参考にしている本 中世ヨーロッパの農村の生活 中世ヨーロッパを生きる 中世ヨーロッパの都市の生活 中世ヨーロッパの暮らし 中世ヨーロッパのレシピ wikipediaなど

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜

望月かれん
ファンタジー
 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。 しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。     天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

現代に生きる勇者の少年

マナピナ
ファンタジー
幼なじみの圭介と美樹。 美樹は心臓の病のため長い長い入院状態、美樹の兄勇斗と圭介はお互いを信頼しあってる間柄だったのだが、勇斗の死によって美樹と圭介の生活があり得ない方向へと向かい進んで行く。

処理中です...