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王子様と目覚めの○○

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 宿の周囲をぐるっと回ってみると、ユリスを発見した。通りに面していない、建物の裏側にいた。隙間のような場所で、しかも壁を背にただ突っ立っていただけだ。少なくとも私が見ただけでは何をしている様子も無い。
「ユリスさん」
 声をかけると、ユリスは何故声をかけて来たんだという顔をして渋々私に目を向けた。
「女。何故一人でうろついている。ラウロはどうした」
「えっと、少しの間一人にして欲しいってお願いしたんですよ、私から」
 ほぼラウロの所為で来たようなものだけどここはフォローを入れておく。私偉い。ユリスは疲れ切った溜め息を零して、視線を戻した。どこを見ているのだろう。ただ向かいの建物を見ているだけなのか。
「まあいい。そう危険も無いだろうが、部屋に戻れ」
「ユリスさん、疲れてません? 最近ずっとそうですよね」
 指示を無視して問うと、ユリスはあからさまに機嫌が悪くなった。元から斜めなのが更に急カーブを切った感じだ。ピリピリした空気が更に刺を増す。負けてはいけない。私は強く気を保った。
「あまり休めてないんじゃないですか。ユリスさんは色々考えることも多いでしょうし、私よりずっと大変なのは分かるんですけど」
 ユリスはまるで私がいないかのように佇んでいる。くっ。負けない。この程度で負けていては現代社会では生きていけない。
「ずっと気を張っていたら倒れちゃいますよ。たまには息抜きみたいなことも……」
 ユリスはその端正な顔で私を睨んだ。目付きに殺気に近いものが籠っていて、続きを言おうとした口が止まった。青の瞳が暗く暗く、海の底の色をして私に問いかけて来た。
「息抜きだと?」
「そっ……」私は深呼吸をして、ユリスの目を見返した。「そうです。だってそんな顔色で何が……っ! ぐっ」
 ユリスはいきなり私の首を掴んで壁に押し付けた。苦しい。ただ押し付けているだけで、絞めてはいない。喉に当たる手の感触に、命を握られたようでぞっとした。
「息抜きだ何だと何も知らない癖にうるさい女だ」
 低く唸るような声。地雷を踏んでしまったとかそういう領域ではない。私、もしかして死ぬ? ユリスは手に力を込めないまま、私へ言葉を刻み込むように続けた。
「私が気を抜けば全てが崩れる。国も、民も。女、貴様もそうだ。私がいなければ貴様は他国へ売り飛ばされ酷使され野垂れ死んでいただろうな。……私は常に最善の道を最速で選び続けなければならないのだ。貴様に構っている暇など無い。遊び相手なら他を探せ」
「わ、たしは、ただユリスが心配で」
「心配? それは貴様の勝手な感情だ。私のことは放って置け。皆そうしているのだから貴様もそうすればいいだけだろう。何故余計な真似ばかりする? これ以上関わるなら強制的に黙らせるしかない」
「じゃ、じゃあただ黙って、道具みたいに動けばいいって言うんですか」
「そうだと言っている。大人しく言うことを聞いていればいいだけだ、何故そんな簡単なことすら出来ない?」
「私は道具じゃない、生きてるんですよ」ユリスの手を両手で掴んだ。「生きてて感情があるから心配もするし、共感もするんです。ユリスさんが青い顔してふらふらしてると私まで調子が悪くなるんです。気になって気になって仕方なくて、だから今もこうして来たんです」
「……理解不能だ。私は、貴様がこうして突っかかってくる方が気分が悪い。その能天気な面構えも腹が立つ」
 吐き捨てるように言うと手を離した。「部屋に戻れ」
 自由になった私は、散々ユリスへ言い返そうと口をぱくぱくさせたけれど、結局何も言えないまま宿の中へと戻った。部屋の前まで茫然と歩いて、急に気が抜けて少しだけ涙が出た。
 怖かった。ただ凄まれるのとは違う。この世界での殺気は全部本物だ。本当に、命を取られるかもしれない恐怖は、今まで味わったことの無いものだった。
 私がしたことは余計なことだ。迷惑がられても仕方ない。ラウロがこうして私をけしかけたのもその実、こんな結果になることが分かっていたのかもしれない。これ以上余計に関わらない方がいいという忠告の意味も込めて。
 私たちは友達じゃない。上司と部下でもない。使用者と道具の関係、でしかない。勘違いをしてはいけないのだ。
 ……なんて。
「むっかつく!!」
 部屋の前で叫んでしまった。本当にむかつく! 私が心配するのも気に掛けるのも私の勝手だし向こうがそれを拒否するのも勝手だけど、だからって物理的に力で脅すのはどうかと思う。ユリスは王様になっても国民に対してあんな横暴なことをする気だろうか? そんなの国として成り立つわけがない、暴君だ、最悪だ!
「エコ様ですか? 突然大声を出されるので驚きましたよ」
 ラウロが戸を開けてひょっこり顔を出した。私はむかむかしたまま「すみませんでした!」と鼻息荒く謝って部屋に入った。
 ラウロは何となく察したのかその後も何も聞いてくることはなく、私は勉強に飽きたらしいシルフィと一緒に落書きやらジェスチャーゲームなど簡単な遊びをして時間を過ごした。
 そもそも心配されたくないなら青い顔をしてなきゃいいのに、もう、本当に、むかつく。憂さ晴らしのようにシルフィと遊び続け、夜になる頃にはすっかり眠くなってしまいシルフィと共に早々に床に入ったのだった。
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