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 一週間後。



 シェナはワゴンを引いて食堂へと入った。

「フレイド様、お食事です」
「ありがとう」
「怪我の具合はどうですか」
「……もう少しすれば自分で食事が出来ると思う。今日はお願いしてもいいかな」

 フレイドは照れ臭そうに言った。シェナは微笑んで頷くと、彼の傍に寄ってスプーンを手に取った。

「はい。それではスープから……」
「シェナ」
「テオ? どうしたの?」

 いつの間にかテオが食堂にいる。シェナは目を丸くした。テオは、まるでフレイドなどいないようにシェナに向かって言う。

「シェナも食事はまだだよね。僕は済ませたから、フレイド様のことは僕に任せて行ってきて」
「え? で、でも」
「……いいよ。行ってきなさい」

 フレイドにも促され、シェナは迷った挙句スプーンを置いた。

「それでは。あの、行ってきます」
「ああ、シェナ」
「はい」

 空色の目がシェナを慈しむように見上げた。窓から差し込む陽光が、二人を明るく照らしている。

「結婚の返事だけれど、この手が治る頃に聞かせて欲しい。まだ悩んでいるんだろう?」
「は……ええと、はい」
「いいよ。たくさん悩んで。私の気が変わることは無いから」
「はい。し、失礼します!」

 シェナは頭を下げ、頬を火照らせながら食堂を出て行った。テオとフレイドは二人揃って彼女が行った先を見つめる。テオが視線をそのままにぽつりと言った。

「フレイド様。もう傷はほとんど治っています。食事も出来るでしょう。シェナに甘えるのはやめてください」
「……はは。はあー、君にはお見通しか」

 フレイドは項垂れた。テオは厳しく彼を睨む。

「僕はここの使用人たちと違って、貴方を甘やかす気はありませんよ」
「私は体が弱いから、皆良くしてくれているんだ。甘やかしているわけでは……」
「はい?」
「いっ、いや、何でもない……」

 シェナがいない時のテオは威圧感がある。少し喋っただけでフレイドはすっかり気圧されてしまった。フレイドは苦笑する。

「まあ、多少は、君のように厳しい方がいいのかもしれない」
「そうですか」

 テオはつんと澄ましている。フレイドには全く興味がなさそうだ。彼はシェナに強く執着している。フレイドは、だからこそ、言わなければならないことがあった。

「テオ、君もシェナが好きなんだろう。もし彼女と結婚したら、私を恨むかい?」

 恨まれても仕方ないことだった。シェナの為に生きているような彼からシェナを取り上げることが、許されるわけがない。フレイドは恐ろしい想像すらしながらテオの返事を待った。


 返事は、意外なものだった。


「恨むなんて、ありえません」


 フレイドは思わずテオを振り返った。テオはどこか遠くを見ながら続ける。


「貴方には一切興味がありませんからね。結婚だのと言われても、そんなものに何の意味があるのか僕には分かりませんし。シェナが一番愛しているのは僕で、僕が一番愛しているのはシェナです。たかが結婚程度で僕らの気持ちが変わると思ってるなら大間違いですよ」


 テオは淡々としていた。世界の常識を説くような口調に、フレイドは唖然としてしまう。そして彼を羨んだ。

「すごい自信だ、羨ましいな……私はもう、気が気でなくて……断られたらどうしようかと」
「どうでもいい。それより早く食事を済ませてください。でないと貴方がとんでもない甘えたがりだということをシェナに全部バラします」
「えー。それは嫌だな……」


 フレイドは渋々自らスプーンを手に取った。午後になったらまたシェナに声を掛けようか、ふと考えた瞬間、冷えた視線が背中をぞっとさせた。


 何もかも上手くいくことの方が難しい。問題は山積みだ。フレイドはしみじみとスープを味わった。
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