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 テオとリーゼロッテと共にトレヴァー家に入る。シェナは考えただけでうきうきしていた。

 好きな人に囲まれて好きな仕事が出来る。シェナは嬉しくて、フレイドが来る時を待ちわびていた。次に来るのは明日だ。

 結婚式の日まであと一週間。その間にフレイドに返事をして、キングスコート家の人たちに挨拶をしなければならない。忙しい。

「あ。でも、先にリーゼロッテ様にお伝えしないといけないよね」

 トレヴァー家に一緒に行きたいと言ったら、要らない、とまた言われてしまうだろうか。

「ううん。きっと、きっとリーゼロッテ様は照れてただけ! そうに決まってる……」

 彼女が今より小さな頃からずっと、シェナは仕えてきたのだ。いつも頼りにしてくれた、何かあればすぐに呼んでくれた。ノロマ、マヌケ、とシェナに暴言を吐くのも気を許しているからに違いない。

 もちろん、言われて辛くないわけではなかった。シェナはそれ以上に、誰かの為に、家の為に、リーゼロッテの為に働くのが好きだったのだ。


 ――今の私は、ただ病室の天井を眺めていた私じゃない。立つことも、走ることも出来る、夢みたいな私だ。何でも出来る。何だって耐えられる。だって私は、もう弱くないから。


**


 リーゼロッテの姿が無い。シェナは焦っていた。いつもであれば朝から大声で呼び立ててくると言うのに、起床時間になっても声は聞こえず、訪ねて行っても部屋にいなかった。

「リーゼロッテ様! どこにいらっしゃるのですか?」

 心配だ。何かあったのではないだろうか。シェナは屋敷の中を小走りに、主の姿を探していた。
 廊下を曲がったところで、危うくテオと衝突しかけた。シェナは足を止め、テオは不思議そうにシェナを見つめた。

「おっと。シェナか。どうしたんだ?」
「テオ! リーゼロッテ様を知らない? お部屋にいないの」
「え? さっき廊下を歩いていたのを見たけれど」
「そ、そうなの? どうして私を呼んでくれなかったんだろう。着替えもあるのに……」
「身支度は整っていたよ。君がやったわけじゃないんだね?」
「うん……」

 何だか嫌な感じがした。シェナは心細くなって両手を握りしめる。

「ああ、シェナ」

 テオの後ろから声がした。どこかの一室から出て来たリーゼロッテが、ゆっくり歩いてくる。テオが言った通り、髪もドレスも、きっちり整っていた。シェナはすぐに駆け寄ろうとして、躊躇った。

「り、リーゼロッテ様。おはようございます。あの……」
「シェナ。貴方、クビよ」
「え……?」

 ぐるっと世界が回った心地だった。シェナは震える足を踏ん張る。

「え、えと、もう一度仰っていただけますか……?」
「勘だけじゃなく耳も悪いのね。もう一生顔も見なくて済むなんて清々するわ! シェナ、早く屋敷を出て行きなさい。今すぐに」
「な、ど、どうしてですか? だって、私」

 言葉が出てこない。リーゼロッテは蔑むような目でシェナを見た。

「お父様とお母様には話をしたわ。貴方は辞めても構わないそうよ。良かったわね。もう貴方の仕事は無いのよ。早く出ていって頂戴。早く!」

 急いで! と急き立てられ、シェナは反射的に足を動かしかけた。しかし動けない。ショックで、体が固まってしまったようだ。

「何? 本当にノロマでグズで、使えない! 最後まで駄目なメイドね! まさか歩けないわけじゃないでしょう!? ねえ、聞いてるの!? 返事くらいしなさい!」

 動けない。動かない。あんなに自由だった体が、言うことを聞いてくれない。
 シェナは立ち尽くしたまま、リーゼロッテの罵声を受け止め続けた。どんどん体が重くなる。感覚も失われていく。世界が狭くなっていく。



 ――もうこの子は駄目だね。

 ――このままでは脳も使えなくなる――――早く――今のうちに――寝てばかりで――何の役にも立ちゃしない――――損ばかり――――疫病神――。



 聞いたことのあるような、ないような声がシェナの頭を反響する。


「いつまで突っ立ってるの!? ねえ、早く消えなさいよ!」


 ――早く――。



「お言葉ですがお嬢様」

 テオの声で、シェナは我に返った。リーゼロッテは今初めて彼の存在に気付いたというように目を向けた。

「テオ、貴方は仕事に戻りなさい」
「シェナが何をしたというんです? 彼女は貴方の為に懸命に働いていたじゃありませんか。こんな仕打ちは、あんまりですよ。冷静になって一度考え直してください」

 安らぎの緑の目が、鋭くリーゼロッテを睨んでいる。リーゼロッテは肩を怒らせて叫んだ。

「……何なの? 貴方までシェナ!? ああ、もう、鬱陶しい!! 貴方もクビよ!! 出て行きなさい! 早く!」
「り、リーゼロッテ様……」
「シェナ、行くよ」

 テオが力強く言ってシェナの腕を引く。シェナは混乱しながら頷いて、彼の後へ付いて行った。付いて行くしかなかった。
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