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お出かけ

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 宮下徹の襲撃から4ヵ月が過ぎた。

 医者から安静にしている様にと言われた癖に、忠告を無視して混雑するエレベーターを避ける為に階段を利用して、馬鹿な事に貧血を起こして転げ落ちた俺だが、元々怪我の度合いがそこまでだったから、直ぐに完治して予定通りに2週間で退院して、その後は凛のサポートを借りて会社に出社、更に2週間後にはギブスも取れて今では元通り。

 一方、実父の癖に、自身の堕落した人生に自棄になった宮下徹は、実子である鈴音を道連れに階段から飛び降りて自殺を図り、道連れに遭った鈴音は生死を彷徨う重傷を負った。
 だが、医者の献身的な治療と不足した輸血用の血を俺が提供した事で一命を取り留めた。
 その後は縫合した部分が完治するまで入院する事になった鈴音は、入院中は「暇!」と不満を喚いていた。俺の家に居候していた頃から部屋に留まる事にストレスを溜めている様子だったから、さぞ入院生活は違う意味で辛かっただろうな。
 しかし、50段ある階段から大人1人と一緒に転げ落ちて、幾度も体を打ち、頭も打ったであろう鈴音だが、奇跡的に後遺症も無く完治した。

 退院した鈴音だが、そんな鈴音に待ち受けていたのは…………編入試験だ。

 鈴音は前の学校を素行不良として退学になっている。
 だから編入が出来る学校で試験を受ける事になったのだが、流石、鈴音自身も自称成績優秀と豪語していただけの事はあり、入院生活中も一応は勉強していた様で、編入試験を無事合格。
 3学期と言う一年の締めくくりに編入になるのだが、中卒に成らずに俺も凛も一安心だ。

 屑男襲来だったり、入院だったリ、編入試験だったり、他諸々と大変な日々を過ごし、4ヵ月過ぎた頃に一段落着いた感じ。
 そして、色々と落ち着いたらと約束していた日が、訪れた。

「えっと、財布に携帯は持ってるな、っと……。元々出かける時は荷物が少ないから、大体これだけあれば足りるだろ。おい鈴音! お前の方は準備が出来たのか?」

「ちょっと待って! もう少しで……うん! 私の方も準備完了だよ!」

 玄関から俺が呼ぶと、意気揚々と部屋から飛び出して来たのは、退院祝いと試験合格を併せて俺が買ってやった流行の服を着こなす鈴音。まさかこの日にそれを着るのかよ。だが、

「うん。試着の時にも言ったが、やっぱりそれ似合ってるな。まさに、馬子にも衣裳だ」

「ねえねえ康太さん。それって褒め言葉じゃなくて貶しているんだからね?」

 頬を膨らます鈴音の頭を俺は冗談冗談と叩いて笑う。似合っているっては本音だからな。
 もうすぐ本当の親子になる俺達がそんなやり取りをしていると凛が来て。

「じゃあ、こーちゃんに鈴音。今日は思う存分楽しんで来てね。夕食はご馳走を用意して待ってるから、気を付けて行って来て」

「ああ、分かった。だが凛。本当に悪いな。今日留守番を頼んで」

 今日は出かける予定だが、出かけるのは俺と鈴音だけ。凛は家で留守番。

「別にいいよ。今日は主役が所望したご褒美なんだから、だからこーちゃん。鈴音を楽しませて来てね」

「了解。今日は全力で父親を遂行して娘を楽しませるよ」

 実際俺も鈴音と出かける今日を楽しみにしていたしな。
 だけど、やっぱり凛が居ないのは寂しいな。

「まあ、なんだ。今日は鈴音と出かけるが、今度は家族3人で出かけような」

「うん。楽しみにしておく」

 笑顔で頷く凛を見て、俺は年甲斐もなく気恥ずかしくなる。
 
 俺と凛はもう直、夫婦になる。
 その為、近々俺達は同居するんだけど……本当に俺は凛と結婚するんだな。
 凛を好きになって何十年経って、一回は失恋したけど、その後奇跡的に再会して、紆余曲折あって俺達は結ばれた。昔違えた道がやっと……交わったのだ。

 だからか、凛を見ていると、凛を一層愛おしく感じてしまい……まあ、なんだ。ちょっとムラムラすると言いますか……。

「なあ鈴音。ちょっと忘れ物をしていたみたいだから、お前は先に外に行っててくれないか?」

「分かった。時間が惜しいから早くしてね」

 そう言って鈴音は言われた通り外に出てくれた。ガシャンと扉が閉まった音を皮切りに俺は……凛の唇を奪った。
 凛は突然の事に驚き目を大きく見開くも、その後は俺に身を委ねてくれた。
 数秒程唇を重ねる俺達は、惜しむ様に離れる。

「ちょっとこーちゃん! まだ朝早いのにこんな!?」

「ハハハッ。悪い悪い。ちょっと我慢できなくてな。大好きだぜ、凛」

 怒る凛だったが俺の一言で顔を真っ赤にして、そしてコクンと頷き。

「私も大好きだよ、こーちゃん」

 俺達は30を超えた良い大人の癖にまるで初々しい学生カップルみたいだな。自分の事ながら恥ずかしいぜ。
 これ以上鈴音を待たせるわけにはいかないし、俺達はこれから夫婦になるんだ。時間はたっぷりある。
 これから空白の時間を家族みんなで埋めて行こう。

 そして、先に出た鈴音を追いかける為に俺が振り返ろうとすると、

「ほほう? それが康太さんがしていた忘れ物か。何とも熱い接吻だね~」

 扉の前にニヤニヤ笑う鈴音が居た……。

「どわあっ! 鈴音、お前! 外に出てたんじゃねえのか!?」

 鈴音は確かに外に出たはず、扉が閉まる音も聞こえた! なのにまるで全部見てましたと言わんばかりに鈴音が玄関の前にいるんだ!?
 俺の疑問に答える様に、鈴音は何故自分がまだ中にいるのか再現する。
 鈴音がした行動は単純シンプル。扉を開けて、外に出ずにそのまま扉を閉めるだけ……。

「…………まさか、最初から外に出ていなかった、と?」

 鈴音は正解とニシッと笑う。
 そうだ。俺は鈴音が完全に外に出た所を確認していない。玄関が閉まった音だけで鈴音が出て行ったと決めつけていた。そして凛も、俺が前に立って玄関の方が見えなく鈴音を確認出来ない。
 まさかコイツ……そこまで計算して、案外策士だな……。
 
 鈴音はニコッと、何処か身の毛もよだつ笑みを浮かばせ。

「そう言った事は、せめて今日が終わるまで我慢してよ。初心馬鹿夫婦うぶばかふうふ

「「はい……ごめんなさい」」

 鈴音むすめに一本取られる俺達でした……。


 凛に見送られ家を出た俺達は、遊ぶための拠点である街に向かっていた。
 その道中。家から若干機嫌が悪い鈴音は頬を膨らまし。

「もう。康太さんが年甲斐もなく発情するから貴重な時間が減ってるじゃん」

「悪かったって……。けど、年頃の娘が発情なんて言葉を使うなよ」

「年頃の娘がいるのに付き合い立て学生カップルみたいにイチャイチャする人に言われたくありませーん。まあ、私に気遣って裏でこそこそしているみだけど、バレバレだからね?」

 隠せていたと思っていたのにバレていたのを知り、精神的ダメージが来てしまった……。
 鈴音は思春期真っ最中の女子高生だ。これからはなるべく自重しよう。俺の心臓も持たないしな。

「けど、30年来の恋が実ったんだから燃え上がるのは無理ないよね。寛大な私に感謝する事だね、康太さん」

 機嫌を直してくれたのかむふぅと胸を張る鈴音。
 はいはい。感謝しておりますよ。本当にこいつは、生意気だけど、そこが少し可愛げがあるんだよな。
 朝の事はこれで終わり、満を持してと言わんばかりに小走りに俺よりも先を走った鈴音は、街を背景にバッと腕を広げ。

「では康太さん! 今日は思う存分楽しもうよ! 私、もう浮足立って宙に浮きそうだよ!」

 なんだかその台詞、前にも聞いた事があったな。
 もしかして、この街だからか?

 俺達が訪れた場所は、前に俺が鈴音の一日父親をした隣町。 
 俺達が住んでいる街よりも娯楽施設やスーパーが多いこの街で俺達は今日を過ごす。
 そう。今日は一日父親でも仮の父親でもない。本当に父として娘と今日を楽しむ。

「よし。今日は思う存分、疲れ果てるまで楽しむぞ。それじゃあ、まず。何処から行くんだ? 前と同じバッティングセンターか?」

 前に来た時は女性の鈴音は意外にもバッティングセンターに行きたいと言ったが、今回は違うと、鈴音は携帯の画面を俺に向ける。
 
「私ここに行きたい!」

 と、事前に目星を付けていた様で、鈴音がネットで調べていたページだが……なになに。

「これ、去年オープンした動物園と遊園地が併設されるテーマパークじゃねえか。そう言えば、ここからバスで30分ぐらいの場所にあったな。そこに行きたいのか?」

「うん! 私、お父さんと動物園だったり遊園地に行くの憧れていたから。ここならそれが同時に叶うし……駄目?」

 不安そうに瞳を濡らす鈴音。その憧れを言われると駄目なんて言えるわけないし、そもそも言うつもりはない。

「駄目なわけがあるか。よし、ならまずそこに行くぞ」

「ヤッター!」

 俺が了承すると鈴音は涙目から一転して笑顔になる。やっぱりこいつ、演技力高いな。
 そう言えば、前はコイツのその演技力で一日父親を請け負ったんだよな。全く、将来が楽しみだが不安にもなるよ。

「へへ♪ 今日は私へのご褒美なんだから、むすめの我儘を聞いて貰うよ、お父さん!」

 最初はご褒美じゃなくてお前からの頼みじゃなかったか? まあ、いいや。
 娘の我儘を聞くのは父親としての責務みたいなものだよな。

「はいはい。分かりましたよ、お姫様」
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