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悪あがき

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 時間が経ち、血が固まったのか、鼻から手を離した宮下は殺気が籠った眼で睨み。

「もう謝っても許さねえぞ! 古坂テメェは殺す! そしてガキ! テメェをAV会社でもヤクザにでも売ッ払って金にしてやるよ! 俺の精子のおかげで産まれて来れたんだから、俺の為に金になりやがれ!」

 そう言って有言実行とばかりに宮下は俺を殺しにかかる。得物は素手に対して俺も拳を構える。
 本当にこの人間の屑野郎は、そんな性格で良く教師になれたな。一時期でもお前から数学を習っていた事が本当に汚点だ。
 そして、お前はそれ以上口を開くなよ……元よりする気はないが、手加減が更に出来なくなるからよ!

 猪突猛進に俺に食って掛かる宮下を俺は腹に蹴り、右手で頬を殴る反撃。
 歳を取った所為か、それとも別の事が原因かは定かではないが、身体能力と動体視力が衰えているのか、屑野郎だが一方的過ぎて痛々しく感じてしまう。
 血走った目で睨む宮下。大平清太といい宮下といい、その諦めない目を別の事に使えないのかよ。

 そろそろ鈴音が連絡を入れた警察が来るだろう。
 正直俺がこの手で宮下を殺したいが、どんなに憎くても怒ってもこの日の本で殺すのは御法度だ。
 だけど、出来る事ならコイツが心を折れる何かがあればいいが……全てを失って落ちぶれたコイツが心を折れる材料なんて殆ど残ってないんじゃないか?
 多分、幾ら殴ったとしてもコイツの心が折れない。なにかコイツの自尊心を砕くなにかが……。
 そう考えていると、

「こーちゃん!」

 俺はその声に俺は顔だけを横に向けると、分かれて鈴音を探していた凛がこっちに走って来ていた。

「凛。なんでお前がここに?」

「街の方を色々探したけど全然見当たらなかったから、もしかしてここにいるんじゃないかって思って……って、鈴音! 貴方やっぱりここに居たの!? 良かった……って、どうしたのその顔の傷!? もしかしてこーちゃん!?」

「違うわ」
 
 だよね~と微塵も俺の所為だと思っていない凛がお気楽に言った後、ならどうして……と凛は周りを見渡すと。

「田邊凛か……お前。ハハッ。昔はそこそこだったが、成長してエロくなったな」

 宮下の舐めずる様な言葉に凛は宮下の存在に気づく。

「…………だれ?」

 だが凛はコイツが宮下だと気づいていない。無理もない。本当に当時とは全然違う容姿をしているんだからな。

「こいつは、宮下徹だ、凛」

 え? と凛は俺の言葉を信じないのか、俺に殴られて膝を折る宮下の顔を観察すると、凛が持つ宮下の記憶と目の前のおっさんの顔が重なったのか、ハッと瞠目する。

「宮下……先生、なんですか? 嘘……どうしてここに!?」

 凛は黒歴史トラウマを蘇られた様に体が震えている。そして防衛本能が働いたのか自身の体を隠す様に腕を組み胸部分を宮下に見えない様にしている。
 宮下は好機と思わんばかりに口端を釣り上げ。

「これはなんだったか……飛んで火に入る夏の虫か? ガキを篭絡させた後それを餌にお前を呼び出そうとしたが、お前の方からノコノコ来るなんてな」

 コイツ、まだそんなことを言うのか! マジで屑だな!

「なんで……なんで先生が今更……。そもそも、どうして私達の居場所が分かったんですか!? 偶然にしては出来過ぎて……いや、まさか!?」

 凛は宮下が自分たちの居場所を知っていた事に驚いた様子だが、何か知っている様子でもあった。

「凛。何か心当たりがあるのか?」

 俺が聞くと凛は一瞬口を噤むが、その心当たりを言う。

「大平清太。彼は、私と先生しか知らない事を知っていた。最初は地元の誰かが偶然作った噂を得たんだと思ってたけど、違った。彼が頼んだ探偵が、宮下先生、貴方に接触したんですね」

「大平……依頼主の名前は知らねえが、探偵が俺の所に来たのは間違いないぜ。内容はお前の高校の頃を教えてくれってのだったが。御曹司は考える事は分からねえな。なんでお前の事がそこまで知りたいのかって。わざわざ俺を探し当てて訊くぐらいだから何かあったんだとは思ったがよ。まあ、羽振りが良かったから洗いざらい全て話してやったがな。その時に俺も教えて貰ったんだよ。田邊凛とあの時のガキが何処に住んでいるのか」

 そう言って宮下が取り出したのは、凛と鈴音が親子で仲睦まじく買い物をする写真。
 大平清太が凛の素性を探る為に雇った探偵が宮下と接触をして、その見返りに近い形で宮下に凛たちの現状を示す写真を貰ったのか……。クソっ。あの馬鹿孫。余計な事をしやがって!

「つまり、お金の為に私達の過去を売ったってことですか?」

「そうなるな。まあ、その金もギャンブルとヤク……おっと、ガキの前でこれは言っちゃまずいか?」

 アウトだわ馬鹿。
 
 だがこれで、何故宮下が鈴音に接触出来たのか合点が行った。
 教員職を剥奪されその後も上手く行かずに落ちぶれて行った宮下は、それに縋る様に凛たちを金づるとして接触して来た……何処まで人を弄ぼうとすれば気が済むんだ。

「おい田邊凛。こうやって再会出来たのも何かの縁だ。昔の事は悪かったって謝ってやる。だから田邊凛……いや、凛。俺とヨリを戻さないか?」

 この野郎!この後に及んでトチ狂った事を言ってやがるんだ!
 凛……お前まさか、仮にも宮下はお前と昔肉体関係を持っていた男で鈴音の実父でもあるが、復縁は……。
 と、俺は僅かに不安を持ったが、今の凛の顔を見て俺の中の溜飲が一気に下がった。
 
 幼少の頃から付き合いのある俺でも今までに見た事がない、世界で最も苦い食べ物を噛んだかの様に不快感を隠そうとしもしない顰め面を宮下に向けていた。

「おい……テメェ、なんつう顔を俺に向けてやがるんだ! 俺は元カレでそのガキの父親だぞ!」

「元カレって……先生は一度でも私を彼女の様に扱ってくれましたか? 口語してくれましたか? ないですよね? 都合の良い女扱いをしておいてなにを。まあ、私自身も一度も先生を彼氏なんて思った事はありませんが。それに、鈴音の父親は貴方ではありませんので、二度と鈴音の父親なんて言わないでください」

 凛の拒絶に宮下は砕かんばかりに歯噛みをするが、カハッと笑い。

「つーかよ凛。お前、そこのヘタレ男と付き合っているのか?」

 宮下の質問に凛の眉が反応した。
 宮下は不適に笑い。

「ならよ、相当不満があるんじゃねえのか? お前みたいな良い女をほったらかしにしていた男だ。どうせ女の経験が少なくてセックスなんか下手なんだろ? そんな奴でお前の体は満足しているのか?」

 嘲笑う宮下。コイツは変な所で鋭くてムカつく。
 確かに俺はセックスの経験なんて凛以外した事がない。

「一方俺は抱いた女の数は100以上! お前が俺の所に来れば毎日可愛がったやるよ! まあ、俺の為にその体で金稼ぎして貰う事になるがな。だが、その分褒美として抱いてやるから俺の所に来い、凛!」

 蛇の様に舌舐めずりをして凛を誘う宮下。マジで法律で許されるなら俺はコイツを本気で殺したい。
 
 実は宮下が学校を去った後に、宮下と肉体関係があった生徒が在校生、卒業生と共に数人いた。
 コイツは今はない当時の甘いイケメンと巧な話術で女性を虜にして、多数の女を抱いた。
 確かに凛以外に経験がない俺とは雲泥の差があるが……凛、お前は俺で満足してくれてるのか?

 沈黙と顔を俯かしていた凛だが、上げた顔は……完全に不快感が振り切った嫌悪の表情で満ちていた。

「なら一層有り得ないんで、マジで。先生のその自信、本当に何処から来るんですか? 先生って……肉体関係があった女性の顔をちゃんと見てましたか?」

「………………は?」

 凛の一蹴に宮下は面を喰らった様に口をあんぐりする。
 そして凛は過去に肉体関係があった宮下に痛恨の一撃を与える。

「確かに私は先生と肉体関係がありました、その事実は一生拭えません。ですが先生。この際だから言わせて貰いますが……。私、先生との性交で一度も逝った事がありませんよ?」

「………………は?」

 凛の16年来の感想に宮下は2度目の口あんぐり。

「全員が全員じゃないと思いますが。確かに当時の先生は顔が良くて頼り甲斐のある様に見えました、実際は上辺だけでしたが。けど、人生経験が乏しい学生は上辺だけを判断材料に選びます。だから、これまで先生と肉体関係があった生徒たちは、先生に騙されたんでしょう。ですが先生。先生と肉体関係があった生徒の中で長く続いた生徒はどれくらいの割合でしたか?」

 宮下は何処か心当たりがある様に悔しそうに顔を俯かしていた。
 だが言われっぱなしで黙っている宮下でなく、反撃する様にがなり声をあげる。

「何一丁前に舐めた口をしてやがる最低女が! 長く続いた生徒は、テメェがそうだろうが! そこのヘタレの為の練習って言ったら信じてほいほい脱いだ癖によ!」

「確かに私は先生と幾度も性交をしました。正直あの時の私は、言い訳にするつもりはないけど、色々と不安だった。だから何かに縋りたかった、何かで気分を紛らわしたかった、それが……先生との性交だった」

 凛は過去の自分の行いの悔いる様に唇を噛む。凛は何度も言っていた。
 自分は決して許されるべきではない、と。どんなに言い訳をしても、どれだけ正当化しても、自分は俺を裏切って傷つけた事には変わりない、って。
 当時の凛は俺との幼馴染関係に不安を持ち、その不安を払拭する為に宮下に恋愛相談をした、その結果凛は宮下と肉体関係を結び、凛は鈴音を妊娠した。
 2人の間に愛なんて無かった。それを知って俺は、何処か嬉しくて安堵した部分もあったが、僅かになんだよそれと釈然としない気持ちもあった。

「この先未来永劫先生とするつもりは毛頭ないですからハッキリを言わせて貰います。私、先生とのセックスは本当に苦痛でした。不安を紛らわす為だとは言え、将来子供を授かる為にこんな事をしないといけないのって違う意味でも不安が出来ました。全ッ然ッ! 気持ち良くもありませんでした! おかげで私、自分がマグロなんかじゃないかって落胆しましたよ!」

 凛の拳を使わない強烈な右ストレートが宮下を打つ。
 宮下は凛からの強烈な言葉に声を失っていた。
 そう言えば凛って、本当に嫌いな相手には容赦ない罵詈雑言を浴びせる部分もあったな……。
 凛の言葉は兵器に近く相手の心を折る。おかげで昔凛の女友達を虐めていた野郎を引き篭もりにさせたっけ……。

 そうか……凛は性交で逝ったが……って、あれ?
 俺と凛が初めて結ばれて体を重ねた時、確かアイツ……。

『ちょ! ちょっと待ってこーちゃん! こんなの……こんなの私知らない! ちょ、まっ! あぁああ!』

 あの時の凛、滅茶苦茶乱れていたよな……?

「な、なぁ……凛。俺とした時お前、かなり感じてた様に見えたが……もしかして、あれ演技だったのか?」

 ヤバい。あれが演技だったら本気で俺も心が折れるぞ……。
 だが凛はそれを全力で否定する様に首を横に振る。

「先生とした時だって言ったじゃん! こーちゃんとした時なんて私……9回も逝ったんだからね! 本当に! あれは演技じゃないから信じて!」

 必死な凛から騙す欠片が全然無かった。本当にあの時の感じた顔は演技じゃなかったようだ。
 本当に良かった……あれが演技だったら、俺、凛に振られた時以上にショック受けてたぞ。
 安堵する俺に、逆に凛が半眼を向けてきた。

「てかこーちゃんも、私が初めてだって言ってたけど、凄く上手かったじゃん! 実は私より前にも女性とセックスとかしてたんじゃないの?」

「いやあれは……男が必ず通るべき道で得た予習知識と言うか……」

 いや、ね。野郎は必ずそう言った物で予習しますから、それを参考にしただけだから……。

「…………なんで私は目の前で親の同衾話を聞かないといけないのかな……。私じゃなかったら擦れるよ?」

 蚊帳の外に成りかけていた鈴音からの冷ややかな一言に俺達は口を閉じた。
 
 凛はコホンと咳ばらいを入れ、一回深呼吸した後、凛は宮下に止めを刺す為に向き直る。

「今私達が話した通り、私は今でかなり充実しています。だからその幸せを手放す様な真似は二度としません。なのに、尚も私に言い寄って来るのでしたら、最近私が得た知識を先生に言います」

 凛はすぅーと呼吸する。

「私はこーちゃんとする前は先生以外知りませんでした。ですから”あれ”もあんな物なのかなってずっと思ってました。興味も無かったので他のと比べる気もなかった。けど、こーちゃんと初めてした時驚きました。「え?これってこんなに大きい物なの?」って。だからネットで調べたんですが、その時知りました――――――先生のチンコって小さいんですね?」

 凛の男の尊厳を破壊する言葉が宮下の心を砕いた。
 凛は言葉を口にした時、満悦な笑顔を浮かべていたが、正直目は笑っていなかった。
 それを見て俺は直感した。凛の言葉は天然でも、知識の披露でもない。
 昔、自分を弄び、無慚にも捨てた屑男への恨みつらみの復讐。

 正直するつもりはないが、心の隅で宮下に同情してしまった。もし俺があれを言われたら自殺するぞ。
 凛に再起不能に近い言葉を浴びせられた宮下はプルプルと震えだし。

「このクソ女がッ! 人を虚仮にするのも大概にしろや!」

 やっぱりな。宮下は今の言葉で心が折れただろう。だが、折れたと言っても怒りが沸かないわけじゃない。凛に喰っ掛かる宮下の前に俺は立ち。

「男のシンボルを馬鹿にされたことは同情するが、俺の将来の伴侶を傷つけさせるわけにはいかないんだよ!」

 宮下は怒り心頭の所為か突っ込むしか芸がないからカウンターを与えるのは容易だった。
 俺からカウンターの右拳を顔面に喰らった宮下は地面に倒れ込み、俺は宮下を拘束する。 
 宮下は暴れるが俺も全力を込めて宮下の動きを封じる。その時、遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。そのサイレンに宮下は激情し。

「離せ! 離しやがれ古坂! このヘタレ野郎がッ!」

「確かに俺はヘタレだ。凛の気持ちにも気づかない鈍感で、告白する勇気が無い、とんだヘタレ野郎さ。だがな、人間は死ぬまで成長する生き物だ。いつまでもあの時の俺と同じだと思うなよ。俺は死ぬまで、大切な物を守って行く」

 暴れる宮下に俺は全体重を乗せる。

「安心しろ宮下。文字通り、お前が蒔いた種だが、俺が責任を持って父親の務めを果たす。だからお前は、二度と俺達の前に現れるな。アイツらにお前は必要ないんだよ」

 俺が宮下に告げると宮下の力は弱まる……諦めたか?
 俺が宮下を全力で押さえていると複数人の足音が近づく、警察か? 
 警察が来れば安心だ……けど、今日も夜遅くまで事情聴取か? と俺はこの時僅かに気を緩めてしまった。

「ちくしょう……ちくしょう! 俺がなんで、テメェらみたいな奴らに人生を終わらせなければいけないんだ! こうなれば、テメェらは道連れだ!」

 宮下の最後の悪あがきと、俺の僅かに気を緩めたタイミングが最悪にも重なり、俺は投げ出される。
 尻餅を付く俺だが、宮下は俺に一瞥もせずに凛たちの方に走り出していた。

「凛! 鈴音! 逃げろッ!」

 俺が叫ぶが、人は生物が迫ると不思議と体は動かない。宮下は硬直する凛に迫っている。
 マズイ! このままだと凛が危ない!。
 俺はすかさず立ち上がり、宮下を追いかけようとするが、間に合わ―――――!

「お母さん!」

 凛よりも先に硬直が解けた鈴音が凛を横に突き飛ばす。その結果、宮下の突進上に鈴音が立つ事になった。

「ガキ! この際テメェでも良い!」

「きゃっ!」

 宮下は鈴音は走りながらに抱え込んだ。そしてそのまま走り続ける。

「テメェ宮下! 鈴音を離しやがれ!」

 俺は全速力で鈴音を抱える宮下を追う。俺の方が脚が速いから追いつくのは時間の問題。
 アイツ。鈴音を捕まえてどうするつもりだ……まさか、鈴音を人質にして逃げる気じゃ!?
 何処まで外道なんだ、アイツは!

 宮下の行動を予測した俺だが、宮下が取った行動は違った。
 鈴音を人質? 恐らく、今から見る事になる光景と比べたら、そっちの方が良かったのかもしれない。
 宮下が向かった先は公園にある階段……そこから降りるのかと思った矢先、宮下は――――鈴音を抱え込んだまま、そこから階段へと身を投げ出したのだ。

 宮下の予想外の行動に全員が唖然とした。
 だが俺は追いかける足を止めなかった。徐々に近づき、宮下が鈴音を抱えたまま身を投げ出した時には、寸での所まで来ていた。だから俺は全力で手を伸ばした。手よ伸びろと言わんばかりに真っ直ぐに。
  
 鈴音も宮下に捕まりながらも俺に必死に手を伸ばした……だが、非情にも俺達の手は触れる事さえ出来なかった。

「お父……さん?」

 触れる事が出来なかった次の瞬間、鈴音は宮下と共に階段を転がり落ちて行った。
 俺はその信じがたい光景をただ茫然と階段上から眺める事しか出来なかった。
 そして俺が現実を直視した時、階段下には——————多数の傷を負い血を流し倒れる鈴音の姿があった。

「鈴音…………鈴音ぇええええええ!」

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