家出少女は昔振られた幼馴染と瓜二つ

ナックルボーラー

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告白

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 大平清太及びその仲間8名が逮捕された事で今回の事件は終幕した。
 
 だが当事者の俺と凛、そして警察に通報した白雪部長は警察に事情聴取を受け、解放されたのは完全に日が暮れた頃だった。

「よし、古坂に田邊。貴様らには今回の件で始末書をたんまり書いて貰うからな、明日から定時で帰れると思うなよ?」

 警察署の前でまさかの残業予告に俺は苦笑いするしか出来なかったが、1つ部長に質問する。

「部長。俺達はこの様に警察沙汰になった、会社の方で俺達をクビとかは……」

「何を言ってるんだ古坂。今回のお前たちは被害者側だ。被害を被った方にクビを言い渡すわけがないだろ。だが、まあ、出来れば事前に相談の1つはして欲しかったがな」

 自分たちで突っ走り、結局部長の世話になり耳が痛い。
 会社をクビにならずに安堵する俺の背中を部長はバチンと叩き。

「今はその事に悩んでいる場合じゃないだろ。お前には、まだ、やるべき事があるんじゃないか?」

 部長の言葉に俺は首を捻るが、

「言っただろ。私たちは途中からお前たちの会話は聞いていたって。男なんだ。あれだけ大口叩いたんだから、いっちょ決めて来い、ヒーローさん」

 それに俺の顔は燃える様に熱くなる。え、あの部分も訊いてのか恥ずかしい!
 羞恥に駆られ穴があったら入りたい状態の俺を他所に部長は凛の方へと向き。

「田邊。…………古坂の事、頼むぞ」

「え? あ、はい?」

 部長の言葉の意味が分かってないのか凛は疑問符の浮かべ頷く。
 
 部長とは帰り道が違く途中で別れ、街灯のみの薄暗い道を俺と凛の2人で歩く。
 先の事件で互いに気まずく、無言な時間が続いたが、耐えかねた凛が口を開く。

「こーちゃん……ごめんね。誰の迷惑を考えずに自分勝手に突っ走って……。あと、助けてくれて、ありがとう」

 凛からの謝罪と感謝の言葉。
 今回の事件は、確かに大平清太による身勝手さが招いた事だが、元を辿れば、凛が最初から俺達に頼れば、凛は怪我をする事はなかった。
 凛は今回の全ては自分に原因があると勝手に思い、全てを自分で背負おうと奴と接触した。
 最悪の場合、俺は午前の会話がコイツとの最後の会話になっていたのかもしれない。
 お前はまた、俺に何も言わず……。

 俺は必至に押さえ込んでいた蓋が綻び――――溢れた感情に囚われ、凛に手を出してしまった。

「痛ッ……! え、こ、こーちゃん……?」

 俺達以外に誰もいない街道に鈍い音が響く。
 奴に殴られた頬も時間が経って引いていたが、今の俺の拳で再び頬が赤くなっていた。
 そして、突然の拳に殴られた凛は困惑して俺の方を見るが、驚いた様に目を見開いた。
 何故凛は俺に何も言い返せなかったのか、なんで俺の顔を見て驚いているのか、俺も自分の事なのに気づくのに遅れた。俺が涙を流していることに。

「こーちゃん……なんで、泣いて」

「黙れ! 見るな!」

 強引に袖で拭い気丈を振るうが、拭いても尚、涙は止まらない。
 もしかしたら、俺は悔しかったのかもしれない。凛が俺に何も言わずに行ってしまったことが。

「お前はまた、俺に何も言わずにいなくなるつもりだったのか、高校の頃みたいによ!」

 凛は言葉を失い俯く。
 俺は俯き無言の凛に更に言葉を続けた。

「俺は言ったはずだ、俺に任せろって! お前はそんなに俺が信用ならねえか、そんなに自分で解決した方が良いって思っているのか!」

「ちが、そんなことは!」

 俺も分かっている。凛がそんな事を考えていない。凛の言葉に嘘はないって。

「ならなんで全部一人で背負い込もうとする! なんで自分一人で解決しようとする。お前にとって俺はなんだ!? 幼馴染でも上司としても頼れないのか!?」

 凛は唇を一瞬紡いだ後、振り絞る様に口を開く。

「こーちゃんの事を頼りないって一度も思った事はない……。だけど、私はこーちゃんに散々迷惑をかけた、傷つけた……。だからこれ以上こーちゃんに迷惑を……」

「それは俺が言ったか? 俺が一度でもお前を迷惑だと言ったか!? 俺が一度でもお前の頼みを断ったことがあるか!?」

 凛は怯える様に首を横に振るう。
 俺は未だに凛を殴った感触が残る拳を見て、自己嫌悪して、その拳を自身に額に当てる。

「俺は一度もお前を迷惑だと思った事はない。俺にとってお前は、憧れで、恋焦がれる、大切な幼馴染だ」

 俺は俯く凛の頭を摩り。

「確かに俺は昔お前に振られた。だがな凛。振られたからと言って、俺はお前と幼馴染の関係を断つつもりは全然なかった。お前とは恋人になれなくても、生涯お前の良き友であり続けようって、振られた夜はそう決心したんだぜ?」

 凛に振られたショックが無かったわけではない。喉を掻き毟りたい程に悔しがった。
 だが、告白の拒絶の責任を凛に投げるのは違った。答えは単純、俺は凛に選ばれなかった、それだけだ。凛は悪くない。
 俺と凛の幼馴染の関係は一度振られただけで瓦解する程脆いものではない。

「だから俺は、お前が幸せなら本気で祝福しよう。お前が困っているなら全力で手助けしよう。なのにお前は、勝手に俺に罪悪感を持ったまま、何も言わずに出て行っちまった。正直、振られた時よりもショックだったぜ、せめて、おめでとうぐらい、言わせて欲しかったよ」

「ごめ、ん……こーちゃん」

「お前が謝る必要はもうねえよ。過去の事だ。それに、今更おめでとうなんて。てか、結局お前は宮下に捨てられて一人で鈴音を育てたんだからよ」

「ううん。一人……じゃないよ。実は、林おばあちゃんって人が私の事を助けてくれたの。林おばあちゃんが居なかったら、私も鈴音も、今頃路頭に迷って死んでたよ……」

「そうか。なら、その林おばあちゃんには礼を言わないとな。幼馴染を助けてくれてありがとう、って」

 凛の行いは世間からすれば決して称賛はされはしないだろう。
 だが、凛は散々辛い思いをしてきた。ずっと一人で色々と背負い込んで来た。
 そろそろ、凛と一緒に背負うパートナーが必要だろう。

「凛。お前は本当に危なっかしい奴だよ、今も昔も。だからお前みたいな奴は、そろそろ誰かの許で身を固めてくれた方が安心だ。そんで凛、お前が良かったら、その役目を俺に担わせてくれないだろうか?」

 俺は凛に手を差し伸べる。少し意地悪過ぎる遠回しな言い方だったか。
 正直言葉のチョイスを間違えたか?と思ったが、勘の鋭い凛は俺の言葉を読んだのか、目尻に涙を溜めて俯きやがった。
 
「ダメだよこーちゃん……。私は一度こーちゃんを振って傷つけた……」

「馬鹿。世の中には何度振られても同じ女性を一途に恋する奴も多くいる。一度振られたぐらいがなんだよ」
 
「私には、こーちゃんと血の繋がりがない鈴音が……」

「阿保。血の繋がりがなんだ。親子だから絶対に血の繋がりが必要なのか? 大事なのは、その間に決して崩れない絆があるかどうかだろ」

「私たちの所為でこーちゃんの人生を無駄にさせるわけにはいかないよ……」

「無駄かどうかなんて死ぬ間際に俺が決めるさ。俺はただ、お前と鈴音で築く未来を見てみたくなっただけだ」
 
 この問答で徐々に凛の心に建てられた壁が1つ、1つ瓦解する。
 ポタポタと凛の瞳から流れ落ちる涙。凛が顔を上げた頃にはその涙で顔中が濡れてやがった。

「馬鹿、だよこーちゃんは。こーちゃんはカッコよくて、頼りになって、探せば沢山の人と付き合えるのに、なんで……私みたいな、中卒で身勝手な馬鹿女を選ぶのかな……」

「俺もお前が言う程立派な男じゃねえよ。俺だってこれまでに沢山の女性を傷つけた馬鹿野郎だ。だからもし、お前が自分の事を馬鹿だと思うなら、馬鹿と馬鹿同士お似合いだろ」

 その言葉に凛の心の壁は崩壊して、手で押さえても溢れる程の涙を流す凛。
 俺はずっと遠回しに言い続けてきた。だが最後は、単調でも飾りっ気も必要ない。
 自分の想いをただ伝わる一言を凛に告げる。

「凛。好きだ。俺と、付き合ってくれ」

 高校のあの凛に初めて告白した時を思い出す程の激しく脈を打つ心臓。
 平静を装っているが顔が熱く、冷や汗が出る。
 俺にとっての人生で2度目の告白に、凛は――――――

「私も、こーちゃんのこと、大好き、だよ。こんな私でも、いいかな?」
 
 必死で作る凛の精一杯の泣き笑いが愛おしく、俺は凛を強く抱きしめていた。

「ああ、お前じゃなきゃ、嫌だわ」

 偉人が残した言葉に『人はつねに初恋に戻る』や『初恋は男の一生を左右する』なんてのがあるが本当だ。だが、偉人がその言葉を残したからではない。
 この選択は俺が選んだものだ。誰の指図を受けたものでもない。
 自分の心に語り掛けて、俺は、凛を選んだ。この先、凛、そして鈴音と共に生涯を歩みたいと強く願った。そしてこの日、俺の30年に続く初恋が、成就した。




 凛の家にて。
 
 家庭によっては就寝しているであろう時間帯に凛は帰宅した。
 だが不良娘である鈴音は、その時間帯にも関わらず起きており、リビングで呑気にテレビを見ていた。
 そして凛が入って来るや否や、ソファから飛び跳ねる様に起き上がり。

「もうお母さん! 遅くなるなら連絡をくれてもいいじゃん! こっちはお金のない貧乏少女なのに、その所為でご飯食べれてないんだからね!」

「ハハッ、ごめんごめん、ご飯は直ぐに用意するから。だけど鈴音。ご飯の前に鈴音に話しておきたい事があるんだけど」

「ん? 話しておきたいこと? 別にいいけど。なんかお母さんの目、赤くない? 泣いてたの? けど……何処か嬉しそうな顔をしているよね?」

 鈴音の勘の鋭さはナイフ並だろう。
 だが凛が表情を隠せないのは仕方ないだろう。
 なんせ、凛にとっても、30年来の初恋が叶った日なのだから。

「えっと、ね……鈴音。鈴音に、紹介したい人がいるんだけど、いいかな?」

「え? 紹介したい人って……それって」

 凛の視線が合図となり、リビングの扉が開かれ、入って来た人物に鈴音は目を見開く。
 紹介したい人、その言葉の意味は高校生の鈴音にも理解出来た。
 理解出来たからこそ鈴音は感涙し、現れた古坂康太に強く抱き付くのだった。
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