家出少女は昔振られた幼馴染と瓜二つ

ナックルボーラー

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 本当に今日は朝からついてない。

 目覚ましのアラームのセットし忘れて寝坊するわ。
 靴紐結ぶとブチッと千切れるわ。
 途中で寄ったコンビニで、これは運が悪いかどうかは分からないけど、ジュースとかを買って700円超えて、くじ引き一回したら、同じジュースが当たって何度か損した気分になるわ。
 
 そして極めつけは…………またバスが事故起こして遅延するとか、安全管理どうなってやがるんだ!
 前にも事故起こしたのに、朝からドタバタしている日に限って事故での遅延とか最悪だぞ……。

 今日は事前に会社に連絡しているし、遅延証明書も貰っているから大丈夫だろう。
 特に朝から重要の会議とかはないから、比較的ゆっくりめに通勤した俺だが、部署が何か騒々しかった。

「ん? 皆慌てて何かあったのか?」

 俺は近くにいた部下の1人である氷室に騒がしい理由を尋ねる。
 氷室は蒼白な表情で事の説明をする。

「お、おはようございます古坂課長! いや、挨拶している場合じゃなかった。大変です! 今朝、オオヒラから電話があって!」

「オオヒラから? なんて」
 
 仕事に関して意外に冷静な氷室がここまで慌てるのはただ事ではない。
 俺は気構えながらに尋ねると、氷室は叫んだ。

「オオヒラからうちとの契約の解除を申し立ててきたんです!」

「……………………は?」

 本当に今日は厄日だった。



 氷室から報告を受けた俺は、直ぐに営業部の者たちで緊急会議を開いた。
 だが全員ではない。確かにオオヒラは会社うちの大手の契約先であるが、全員を招集して営業を疎かにするわけにはいかない。
 部長の白雪さんや課長の俺、後は5年以上営業部に所属をして発言力の高い社員を6名、そして……担当の凛を交えた者達で会議が行われた。

 場所は楕円形の机がある会議室。
 座り順は、右翼に部下3名、左翼に部下3名。上座の中心に白雪部長、その右隣の俺、左隣に凛が座っている。凛は営業部署からここまで来るまで顔面蒼白な顔をして震えていた。何か心当たりがあるのか?

「まず皆の耳にも入ってると思うが、今朝の始業後直ぐにオオヒラから直接こちらに連絡があった。理由は話さなかったが、内容は我が社との契約の打ち切り。これは重大な事だ。我が社はオオヒラに多くの商品を卸している。現に売り上げの2割はオオヒラが受け持っていると過言ではない。故に、契約打ち切りは非情にマズイ事だ」

 白雪部長が事の重大さを話すと、社員たちはざわざわとどよめく。
 だが、逆に凛は無言のままで俯いているだけ。
 全員がそれを不信に思ったのか、社員の1人坂下さんがドン!と机を叩き。

「おい田邊! お前、何か心当たりがあるんじゃないか!? オオヒラはお前が担当だろ!」

 坂下の怒声に凛はビクッと震える。これは確信だな。

「坂下さん。聞くにしてもその態度は駄目でしょ。田邊。お前、何か心当たりがあるなら言ってみろ」

 俺は坂下を諫めた後に凛に代わりに尋ねる。
 凛は少し口ごもった後に開く。

「じ、実は………………」

 凛は思い当たる節を話した。
 先日、オオヒラの社長の孫、大平清太と会食をして、その時に交際を申し込まれたと。 
 そして、それを凛が断り、途中退席をしたと。
 つまり、今回の取引の打ち切りは、社長の孫が振られた事への報復ってわけか。
 
 招集した社員の中に女性もおり、女性陣は何処か凛に同情的だが、男性陣である坂下は難色を示し。

「ふざけるな! お前、俺達を路頭に迷わせるつもりか! 社会人の自覚があるなら、交際を申し込まれた時は、受け入れてご機嫌を取れよ! オオヒラはこの会社でも大きな取引先だって分かって――――――!」

「口を閉じろ坂下。お前、部下に枕営業を強要させるつもりか?」

 坂下さんは俺達よりも何個か年上の社員だが、部長の白雪さんにはそれは関係ない。
 部長の圧に坂下さんは押し黙る。
 ふぅ……と嘆息する白雪部長は失態に怯える凛に、優しく声をかける。

「私の耳にも、大平の社長の孫から会食を誘われているという噂は耳にしていた。社会人になれば会食は日常茶飯事。だから特に気にも止めていなかったが……すまなかった、田邊。お前に辛い思いをさせてしまったようだ」

 白雪部長が謝罪すると凛は慌てて立ち上がり。

「部長が謝ることなど一切ありません! 全部、全部私が悪いんです! 会社の事を考えずに激情に駆られて相手の気分を害したばかりに……。坂下さんが起こるのも無理はないです。私の身勝手な行いで会社に多大な損失を与えてしまったのだから……。責任は取るつもりです! 辞職する覚悟は―――――!」

「それ以上喋るな、凛」

 俺は凛の口で手で塞ぎ遮る。それ以上の言葉を言わせない為に。
 凛は驚いた表情で俺を見ている。全員の視線が俺に集まる中、俺は深々と部下と部長に頭を下げる。

「この度は本当に申し訳ございません。俺は田邊凛の上司であり教育係です。こいつの失態は全部、俺の責任です。俺の課長の座に賭けて、必ず事の尻拭いを致します。どうか、少しの猶予をください」
 
 俺が謝罪の言葉を口にすると、俺に手を塞がれてる凛は違う……と涙を流している。
 違わねえよ。お前の失態は俺の失態だ。
 凛が会食に誘われていると知ってから、こうなるのではと、どこかで予想していたのだからな。

「まずは先方の方に事実確認をするしかない。最悪な事に、先方と縁のある社長は明後日まで出張だ。僅か2日間でも売り上げに大きな影響を与える。社長が戻られる前に早急に我々で対処するぞ」

 はい!と覇気のある返事した部下たちは対処する為に営業部署へと戻る。
 会議室には俺、部長、凛だけが残り、部下たちが去った後、部長は確かめる様に俺を睨む。

「古坂。お前は失態は自分の所為だと口にしたんだ。覚悟は出来てるのか?」

 覚悟の意味が伝わらないが、俺は一切の迷いなく頷いた。

「勿論です。俺の軽い頭が必要なら何度も頭を下げますよ、土下座だってなんだってします」

 大分格好悪い事を口にする俺に白雪部長は呆れながらも笑い。

「私も出来る限りの事はするつもりだ。だがもし失敗すれば、一緒に頭を丸めて社長に謝罪だな」

「この歳で頭を丸めるのは恥ずかしいですね。けど、部長の坊主は見てみたいかもしれませんね」

 戯け、と部長から軽い拳骨を貰うと、部長も会議室を退室する。
 最終的に俺と凛だけが残り、俺は凛を解放する。
 口だけ塞いで鼻部分は解放していたから呼吸は出来てたはずだが、息苦しかったのか咽る凛。
 呼吸を整えた凛は俺を睨み。

「古坂課長! なんであそこで遮ったりするんですか! なんで最後まで言わせてくれないんですか!」

「最後までって、なにを?」

 飄々と答える俺に凛は口を詰まらすと、歯を噛み。

「私の所為で会社の業績が落ちるのに、そんな失態した私がこのまま会社に居ていい訳がない! 私は、辞めるべき―――――」

「だから、それ以上は喋るなって言ってるだろうが」

 俺が凛の脳天にチョップを入れると「ふぎゅ!」と凛は頭を抱えて蹲る。力入れ過ぎたか?
 こいつは何も分かってないようだな。

「少なくとも俺と白雪部長がお前に辞めて欲しいと強要している様に見えるか? 見えないだろ?」

 有無を言わさぬ怒涛の言葉に凛は力なく頷くだけ、俺は更に言葉を続ける。

「なんでそうだと言えるのか、俺は件の事でお前に責任がないって思っているからだ」

「私に責任がない、って……どうして。私が相手の御機嫌取りをすればこうならなかったのに!」

 涙で自身を責める様に叫ぶ凛だが、俺は凛に怒りはなかった。逆に慈しみを感じた。

「どうせお前の事だから、交際を申し込まれた時に、鈴音の事で揉めたんだろ?」

 俺が核心を突く様な事を言うと、図星だった様で凛は固まり。

「知ってたの……?」

「いーや、知るわけがないだろ。あくまで推測だ。相手の気分を害するってことは、凛がオオヒラの坊ちゃんに何かしらが原因でお前が怒った。お前は自分の事ではあまり怒る性格じゃない。なら、話の中に鈴音の事が浮上したってところか?」

 俺は更に自分の推測を語る。

「大方の予想だと、オオヒラの坊ちゃんは鈴音を邪魔者扱いしたとかそんなところだろ」

「…………………ッ!」

 これも図星か。凛は意外にも分かり易いんだな。
 本当に、高校の頃にこれだけの見抜く目があれば良かったのにな……。

「お前が鈴音を大切にしているのは俺は十分に知っている。なら、母親としての責務を果たしだけだ。何も気を負う必要はない」

「だけど、そうだとしても! 私が皆に迷惑をかけた事には変わりないのに……なんで」

「言っただろ。俺はお前の上司であり教育係だ。部下を守るのは上司の役目。それに、まだ完全に打ち切られたわけじゃない。あくまで現状は、打ち切りを申し立てられてる状態だ。これから何とか相手と交渉して改善を試みるさ」

 俺は俯く凛の頭に手を置き、

「だから、最後まで諦めるな。お前が言おうとした言葉は、全てが駄目だった時まで呑み込んでおけ」

 凛を辞めさせるわけにはいかない。俺がどうにかしてやる。
 
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