家出少女は昔振られた幼馴染と瓜二つ

ナックルボーラー

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接待

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「えぇえ! 取引先の社長のお孫さんから食事を誘われた!?」

「結城さん、声、声! そんな驚いた声を出さなくても……」

「いや……それは驚くよ。今朝、初めての一人での仕事を頑張って来てね、って話したばかりなのに。帰って来たらデート食事に誘われたなんて言われれば」

 午前の営業回りを済ませた私は正午頃に自社に帰り、食事が出来るテーブルが並ぶホールみたいな場所で結城さんと下野目さんに午前であった出来事を話した。話したってよりも相談しただけど。
 すると話した途端に結城さんが大きく目を剥きながらの叫びに、ホールにいる他の人たちの視線を集めて恥ずかしい……。
 
 下野目さんは結城さんみたいに大きな反応は無かったが、持参した弁当のおかずを口に運びながら話す。

「オオヒラの社長の孫って……確か大平清太だったわよね?」

「はい。下野目さんは相手の事を知っているんですか?」

「直接会ったわけじゃないし、知っているなんて大層な事は言わないけど。私の知り合いがオオヒラのスーパーで働いていて、たまに視察としてそいつが来るらしいのよ。まあ、聞いた話ではそんな悪い噂はないみたいだけど」

 私も午前で対談した中では特に悪い印象は無かった。
 初対面の相手の年齢を聞いたり、食事に誘ったりと少し常識外れな部分はあったが、仕事相手としては信頼できる相手かもしれない。
 だけど、逆に気がかりな部分がある。
 真面目で物腰柔らかくて、自身の孫の地位を振りかざす様な人ではない。
 顔だってイケメンの部類に入るのに、なんでそんな人が30超えても独身なのだろうか……未婚で娘持ちの私が言える立場じゃないけど。

「それにしても、ヤッタじゃん田邊さん。社長のお孫さんから食事を誘われるなんて。これってチャンスなんじゃない?」

「チャンスって、なにが?」

 白々しいな~と歯を見せて笑う結城さんは人差し指を立てて言う。

「玉の輿だよ、玉の輿。社長の孫って事はいつかは社長の座に就く可能性も大きい。そうなれば社長夫人になるってことじゃん」

 あぁ……そういうこと。
 そっち方面に全く興味が無かったから気づかなかったよ。
 
「それで? 田邊さんはその誘いを受けたの?」

 下野目さんが私に聞いて来ると私は唾を呑みこみ……小さく頷いた。

「はい。悪い人では、なさそう……でしたから……」

 言葉を詰まらせながらに私は言う。
 悪い人ではなさそう……なんて免罪符を使っているが、実際は違う。
 相手を鑑みて誘いを受けるか断るかを決めるなら、私は即断で拒否する。
 私は別に結婚とかに興味は無いし、高級料理とかに飢えてはいない。
 私には最愛の家族むすめがいる。娘と質素でも向き合いながら食事する方が至福だ。
 だけど……私は相手の誘いを受けてしまった。

 大平清太さんから食事の誘いを打診された時、私の脳裏を横切ったのは会社だ。
 株式会社『オオヒラ』は私が勤める会社では大きな取引先。
 そんな相手の誘いを私個人の感情で断れなかった。
 社会に出れば接待なんてのは良くある話だ。
 枕なんて度が過ぎた接待なら兎も角、食事のみならいいだろうと私も思ったしね。

「玉の輿なんて女性の憧れだしね。頑張って来てね田邊さん」

「そうね。上手く行けばシングルマザーからも脱却できるだろうし。娘さんの事を思うなら、お金がある男性との結婚も良いと思うわ」

 人の気も知らないで楽観的に言う先輩方。
 まあ、2人が言っている事はあながち間違っているとは言えない……。結婚はしないけど。
 2人の温度差に若干居心地が悪くなってかため息を吐く私だが、そこに近づく足音が。

「おいおい営業回りの報告をしないで、昼飯食べてる阿呆は誰だろうな」

 バシッと紙束で軽く頭を叩かれた私は振り返る。
 そこには腕を組んで私を見下ろすこーちゃ……古坂課長がいた。

「え、えっと……古坂課長? な、なんでしょうか?」

「なんでしょうか? じゃねえだろ。お前、午前の営業回りの報告してないだろ? 俺、待ってたんだが?」

「え? 報告は営業回りを全て終えた後にするんじゃ……午後にも幾つか回りますし」

「それは仕事に慣れて来た場合だろ。新人の期間は午前、午後に分けて報告しろって説明しただろ」

 そう言えばそんな話があったような……すっかり忘れていた。
 眉を寄せて睨む古坂課長……しっかり課長してるんだな、って感心する反面、怒らせてしまい恐縮してしまう……うぅ、怖い。

「す、すみません……」

「ああいいよ、もう……。先方からクレームは無かったから、仕事はしっかり出来てたんだろ。次からは逐一俺の方に報告してくれ。部長に出す、新人がしっかり仕事が出来てるかの報告書を制作しないといけないんだから」

「分かりました」

 幼馴染である私とこーちゃんは仕事では上司と部下。
 相手が見知った相手だからか説教が普通よりも少し辛いな……。
 仕事の失敗を言われて落ちこむ私への助け舟か、話題を切り替える様に結城さんが言う。

「古坂課長もこれから昼食ですか? ならここどうぞ。丁度一席空いてますから」

「ん。そうか? 他の席も埋まっているし。どっかの誰かさんの報告を待ってて昼飯がまだだったから、折角だから座らせてもらうよ」
 
 ホールに設置されるテーブルは円卓でそれを囲む様にそれぞれ4つずつ置かれている。
 周りを見渡せば他のテーブルと椅子は満席で、私たちの所の椅子が一つ空いているぐらいだった。
 こーちゃんは結城さんに誘われる様に、私への皮肉を言いながら私と結城さんの間の席に座る。
 
 こーちゃんは元々昼食を食べにこのホールに来たのか、片手にはコンビニ袋を握っていて、それを疲れを出す様に息を吐きながらテーブルの上に置く。
 結城さんはそれを見て首を傾げる。

「あれ?古坂課長。またコンビニの弁当ですか?」

「本当ですね。前までは手作りの弁当だったのに、ここ最近またコンビニ弁当に戻って……」

 そう言えばそうだ。私が入社した時はこーちゃんの弁当は手作り弁当だったけど、最近はコンビニの弁当ばかりだ。

「もしかして弁当作ってくれてた彼女さんに振られたんですか~」

 ニヤニヤという結城さんにこーちゃんの額は引くつき。

「だから……彼女じゃねえって言ってるだろうが。あれはちょっとした知り合いが作ってくれてただけど、諸事情があってそいつは今いねえんだよ。俺は現在も恋人いない歴を更新する独身男性なんだからな」

 曖昧に答えてこーちゃんはコンビニ弁当を食べ始める。
 そんなに駆け込む様に口に入れたら……ほら、咳き込んだ。

 それにしても、知り合いが作ってくれてた、か……。

 偶然の重なりがあって家出で放浪する鈴音をこーちゃんが保護をして、2週間鈴音はこーちゃんの家に住み。そう言えば、居候のお礼として鈴音がこーちゃんに弁当を作っていたって言ってたっけ。
 そうか。あれは鈴音が作っていた弁当だったんだ。何処か見覚えがあったのはそれか。
 
 私は昔の事を思い出してしまった。
 それは中学の頃。私たちの中学では給食は出なくて弁当持参。
 こーちゃんの家は共働きでこーちゃんのお母さんが弁当作りが大変だと思い、私が良く代わりに弁当を作ってあげたっけ。

『もうこーちゃん! 弁当作ったのになんで家に忘れて行くの! はい! 好き嫌いせずにちゃんと全部食べてね!』

『だぁあ! 恥ずかしいからわざと忘れたのに持って来やがって! 分かった! 分かったから睨みながら俺に弁当を押し付けるな!』

『おぉ。また朝っぱらからおしどり夫婦が痴話喧嘩か? お熱いねえ~』

『誰が夫婦だ! 誰が!』

 ……はは。私、器の小さい母親だな。
 娘に嫉妬しちゃって……そんな資格無い癖に。

「つーかお前たち。なんか盛り上がってたみたいだが、なんか面白い話題でもあったのか?」

 弁当を食べながらに私たちの会話の内容を訊いて来るこーちゃん。
 丁度私はお茶を飲んでいたから、結城さんがその質問に答えた。

「そうそう。聞いてくださいよ古坂課長。実は田邊さん、オオヒラスーパーのお孫さんから食事に誘われたんですよ」

 素直に答えた結城さんに私は思わずお茶を吹き出しそうになる。
 勿論堪えたけど、気管を刺激して咽返る。
 
「ちょ……結城さ……ゴホッゴホッ!」

 私は何か取り繕う様に口を開こうとするが咳き込んで苦しくなる。
 そんな私を見るこーちゃんの目が細くなり。

「へえーそうなんだ」

 興味なしと言わんばかりな生返事をして再び箸を進めるこーちゃん。
 こーちゃんの反応が詰まらなかったのか結城さんは口を尖らし。

「なーんか冷めた反応ですね古坂課長。可愛い新人が入社してすぐに寿退社するかもしれないんですよ?」

 私は何も割って入れずに口を震わしていると、こーちゃんは嘆息を零して箸を置く。

「社会人となれば接待は珍しくない。逆に、俺達上の者部下下の者に頼むことだってある。勿論、枕営業なんていう事はさせるつもりもないし、相手側から強要された場合は俺達が守る義務がある」

 こーちゃんは持参したペットボトルの中身を大量に口に注ぎ、ダン!とペットボトルを強く起き、語気強く言う。

「だがな。接待の延長線に交際が始まった場合、互いに了承した交際なら、他人が口出しする権利はない。会社の為に接待は頼むが、その先の交際に関しては自由にしろ。それが俺の意見だ」

 こーちゃんはそう言い切ると、空になった弁当箱とペットボトルをコンビニ袋に入れて席を立つ。
 こーちゃんは私に背を向けると、助言か忠告かの言葉を言う。

「田邊。お前はシングルマザーで厳しい現状かもしれないが、後悔だけはするなよ。そうなれば……娘がまた辛い思いをするから」

 背中を向けながらに手を振り去るこーちゃん……。
 彼が遠のくにつれて私の胸がズキズキと痛くなる。
 ……私はこーちゃんになんて言って欲しかったのだろうか……考えるのは止めよう。

「…………分かってるよ」

 私は彼に聞こえない程のか細い声量で頷いた。
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