家出少女は昔振られた幼馴染と瓜二つ

ナックルボーラー

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営業先で

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 各部署ごとの朝のミーティングを終えて、新人の私は入社して初の一人で営業周りに行く。
 前の職場は保険の営業で営業周りは一応は慣れている私でも、やっぱり緊張はする。
 新規の営業獲得じゃなくて既存の営業許に出向なんだけど、聞いた話だと、私が担当する営業所はこの地域では大きい企業。
 なんでも地方に広範囲に店を構える小売り業で、私もたまにその店の御世話になっている企業だ。
 そんな所を新人の私に任せるのは、会社としていいのか?って疑問に思うけど、課長のこーちゃん曰く

『新人には荷が重い仕事だけど、お前の実力なら大丈夫だろう。これも経験だし、失敗したら部長の白雪さんがカバーしてくれるから頑張って来い』

 との事……。
 それを言った直後に部長の白雪さんから。

『おい古坂。私ばっかりに失敗のカバーをさせるなよ?』

 と、こーちゃんに強い圧を与えていた。
 私を信頼しての起用らしいからその期待に応えないといけないけど。
 前の担当の人から聞いた話だと、営業先の担当の人は気の利いた優しい女性らしいから気が楽だな。
 私はアポの電話をした後にその会社へと出向く。
 
 流石この地域に多数の店を出店する程の企業。大本の部署は大きい。
 会社名は『オオヒラスーパー』。食品のみならず多くの商品を棚に並べ、その殆どが単価が安くて、私シングルマザーにとって大きな味方な小売店。まさか仕事としてこの会社に来るとは思わなかったな……。
 
 私は外の暑い外気と室内の冷気の差に身を震えながら、受付にアポの確認を取る。
 受付の女性が内線でどこかに連絡を入れると、「暫くお待ちください」と言われ待機。
 待つこと3分、受付横にあるエレベーターから1人の男性が降りて来る。

「いやはやお待たせいたしました。『デリス食品』の方ですよね? 初めまして。私、此度よりそちらの担当になりました大平清太と言います。貴方は?」

 自己紹介する男性に私は背筋をピンと伸ばして深々とお辞儀する。

「は、初めまして。本日から『オオヒラスーパー』を担当する事になりました田邊凛と申します。会社共々これから宜しくお願いします!」

 緊張でいつもより曲がる腰を上げ、私はんん?と首を傾げる。
 あれ? 確か聞いた話だと女性だったはず……そう言えば、担当になりました、って。

「えっと、聞いてた話ですと女性の方だと伺っておりましたが……」

「ああ、前の担当は妊娠で育児休暇を取りまして、私が担当になったのです」

 ああ、そうなんだ。
 私は状況が状況だけに妊娠しても働いたけど、育児休暇を取れるなんて良い会社だ。
 妊娠なら仕方ないか。それに担当が代わったとしても仕事は仕事だ。集中しないと。

「前の担当からの引継ぎは出来てます。漏れがないか互いに確認致しましょう」

 男性に言われ、私はエレベーターに乗り2階へ。廊下を歩くと案内されるがままに部屋に入る。
 部屋の中はソファやテーブルなどの対談に使う必要最低限の物のみが置かれている。
 私はソファに座り、相手もソファに座ると対談が始まる。
 別に新規獲得じゃなくてあくまで契約の確認だから社交辞令は言わず、互いに宜しくお願いしますと言い、私は持参した契約書を取り出す。

「では……」

 と話を切り出そうとする私だったが、最悪な事に相手の名前を忘れてしまった。
 最初程緊張は解れたとはいえ、初対面時にうっかり相手の名前を聞き漏らしてしまった。

「大変申し訳ございません。もう一度名前を伺っても宜しいでしょうか……」

 自分の不甲斐なさに顔を赤くする私を男性は咎める素振りは無く、営業に最適な笑みを浮かべ。

「別に構いません。大平清太と申します」

「大平さん、ですね。…………おおひら?」

 おおひら、って確かこの会社名も『オオヒラ』って付くな。偶然かな?

「いえ、偶然ではないですよ」

 心を見透かされた言葉に私は驚いて身を跳ねる。
 そんな私の反応が可笑しかったのか大平さんはハハッと笑い。

「最初名前を言った時にスルーされましたから少し寂しかったですが。私の大平と会社のオオヒラの名前は偶然ではありません。別に大平って苗字が珍しくありませんが、この会社は私の社長は私の祖父なんです」

 私は驚きで言葉を失う。
 えっとつもりは……大平さんの御爺さんがこの会社の社長って事は大平さんはご令孫ってこと!?
 もし私の態度で会社の評判が下がれば、直に相手側の社長の耳に入るってことか。
 増々緊張して来たんだけど……。

「ハハッ。そんな緊張しなくて大丈夫です。祖父の会社だとしても私は一介の役員に過ぎませんから。それよりも他の仕事の差し当たり兼ねませんから、早速契約の確認を致しましょう」

 物腰柔らかに接する大平さん。
 私、偏見だけど社長の孫って我儘で自分の社長の孫って地位を使い傍若無人に振る舞うかと思ってたけど、この人は違う、のかな?
 私の信頼薄な男性センサーでは若干、微量ながらに胡散臭いけど……まずは仕事第一だ。

 大平さんの優しくて真面目な態度に緊張が失せた私はその後は滞りなく話が進み。

「では、弊社の食品コーナーにこれらの商品を置かせて頂きます。原価と単価はこちらの資料に書かれております。賞味期限の確認は配送の者が致しますが、賞味期限間近な商品が発見されましたら、そちらの判断で値引きをお願い致します」

「分かりました。確認した所では不備は見当たりませんね。何かそちらに不都合な点はありませんでしたか?」

「いえ。こちらの方も特には」

「でしたら以上になりますね」

 対談が終わり、私が契約書を鞄に仕舞うと、大平さんが口を開く。

「田邊さんは新人ですか?」

 え? と唐突な質問に固まる私だが、直ぐにハイと頷く。

「やっぱりですか。話していると節々に抜けている点もあったりしましたから、あまり仕事に慣れてないのかと思いまして」

「あぁ……申し訳ございません。これでも3か月研修は受けたのですが……やはり慣れてなくて」

「3か月ですか。確かに不手際な部分はありましたが、そんな短い期間であれだけ出来れば上出来でしょう。良い教育者だったんですね」

 遠回しにこーちゃんを褒められた感じになり勝手ながらに誇らしくなってしまった。

「営業の方に慣れてない様子ですが、仕事をする自体には慣れた様子ですね。中途採用だとしても……田邊さんはお幾つなんですか?」

 普通、女性に年齢聞くか? この人は天然かな?

「えっと……33、です」

「本当ですか!? 33……全然見えません! てっきり20代前半ぐらいだと……」

 さっき中途採用って言わなかったっけこの人? まあ、若く見られる事に関しては悪い気はしないけど。
 
「それにしても33ですか……。私も今年で31となる良い大人ですが、良縁に恵まれずに未だ独身でして。田邊さんはご結婚とかはされているのですか?」

「い、いえ。結婚は……けど」

 結婚はしていないが娘が1人いると言おうとしたが、それを遮られ。

「そうですか。ご結婚はされてないと。今日初めてお会いしましたが。田邊さんはご綺麗で真面目そうだと見受けられました。宜しかったら田邊さん。今度、お食事でもいかがでしょうか?」
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