家出少女は昔振られた幼馴染と瓜二つ

ナックルボーラー

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いつかは

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「では、今後とも宜しくお願い致します」

 俺は新人で教育する立場の凛を連れて、契約する一会社のフロントで頭を下げて後にする。
 今日は午前から午後にかけて営業周り。
 新規を結ぶのではなくて、既存の契約する会社に出向して、契約の継続の意思表明や契約内容の確認などを行う。流石に新人に新規の契約を結んで来いなんて無理強いはしない。
 新人の中に優秀な奴はいるらしいが、言って悪いが凛には荷が重いだろう。
 
「これで午前に予定立ててた会社は全て回ったな。残りは午後に回して、適当に昼でも食べるか」

「そうだ……そうですね。古坂課長は何が食べたいですか?」

 俺と凛は仕事中はあくまで上司と部下の関係。 
 故に敬語を使う凛だが、やはり慣れないな。

「まあ、俺は別に拘りもないしな。確かお前はオムライスが好きだったよな? なら、会社の女子たちが話題で出していた洋食の店が近くにあるから、そこでいいだろ」

「お、オムライスが好きって、私、もうそこまで子供じゃないから! いつの話をしているの!?」

「焦り過ぎて口調が戻ってるぞ。けど、好きなんだろ?」

「…………好きです」

 よくこいつは自分の母親に昼ご飯何が良い?って聞かれて「オムライス!」って駄々こねてたからな。
 人の好き嫌いは大人になってもそう容易く変わる物でもない。
 俺達は部下の女性に教えられた洋食レストランへと向かう。
 新店なのか外見も内装も綺麗で、俺はしてないがSNSとかで映えそう?な店構えだ。
 
 店員に案内されて窓際の2人席に着いた俺達は各々がメニュー表を見る。
 うげぇ……洋食店だからかやっぱり高いな。
 ランチのミートスパゲティが1200円って。写真の量だとコンビニの弁当の方がボリュームはありそうで安いな
 てか、やっぱりここって俺が払うのか?
 相手が女性ってよりも、上司が部下に奢る的な。

「古坂課長は何を頼みますか? 確かミートスパゲティが好きでしたよね? よくガッツいて食べて顔中をミートで汚したりしてましたし。それを頼まれては?」

 うぐっ……コイツ。さっきの意趣返しのつもりか?
 勝ち誇った様な顔しやがって、確かに俺も未だにミートスパゲティは好きだが……。
 子供の頃は値段とか気にせずに好きな物を頼んだりしていたが、大人になって自分で払う身となっては、好物と値段を天秤にかけてしまう。けど、他に目ぼしい物も無いし、それを頼むしかないか。

 俺はランチのミートスパゲティを、凛はランチのオムライスを頼み。
 食前で頼んで運ばれて来たコーヒーの湯気を眺めながらに食事が運ばれて来るのを待つ。
 店内の落ち着いた雰囲気から喧噪は無く、互いに別の方向を見ての沈黙は重苦しい。
 
 俺は何とかこの無言の空気を打開する話題を頭の中で模索する、と、一つあった。

「……鈴音はあの後、どうしたんだ」

 鈴音。それは凛の一人娘。
 先日まで俺の家に居候をしていた家出娘で、凛と共に遠くの家に帰って行った。
 凛も鈴音と共に昨晩に家に帰ったみたいだが、仕事があると今日早くにそこから出勤していた。
 流石に平日はこの地で借りた家で寝泊まりするだろうが、休日は鈴音に会いに前の家に帰るかもな。
 
 凛はブラックコーヒーに砂糖とシロップとミルクを入れてカフェオレにしたのを飲んで答える。

「どうしたって言われても、特に何もないよ。帰り着くまで無言だったしね」

 仕事ではなくプライベートの話題となって口調が砕ける凛。別に構わないが。
 
「それって大丈夫なのか? お前がいない間にまた家出とかしないだろうな?」

「多分大丈夫だと思うよ。前住んでいた所の大家に怒られて反省していたから。私も、出来ればずっと傍に居てあげたいけど、仕事があるからね。けど、ゆっくりと話し合っていくつもりだよ」

「…………そうか」

 話が一旦区切れ、数秒程再び無言となったが、凛は鞄を探り。

「本当は仕事が終わった後に渡すつもりだったけど、丁度良いから渡しとくよ」

 凛は鞄から長封筒を取り出して、それを俺に渡す。
 
「なんだそれは?」

「鈴音を保護してくれた事へのお礼と鈴音に掛かった生活費用。服とかも買ってくれたみたいだから。少ないけど受け取ってくれるかな」

 義理堅く謝礼金だと渡そうとする凛。 
 茶封筒で中身までは見えないが、多分そこそこの額が入っているかもしれない。
 普通であれば合法的にお金が手に入るなら素直に貰うのだが、俺は受け取れなかった。

「いらねえよ。シングルマザーでお金がかかるってのに、お前にそんな余裕はねえだろ」

「けど、何もお礼をしない訳には……。偶然でも知り合いのこーちゃんが鈴音を保護してくれたおかげで、鈴音を無事に見つけることが出来たんだし」

「俺は慈善活動であいつを保護した訳じゃねえ。俺はあいつを泊める条件で家事労働を任せたりしたんだ。鈴音は俺の家で衣食住を賄える、俺は鈴音のおかげで上手い飯にもあり付けた、ギブ&テイクだ。それに、お金もそこまで掛かってないしな。結果的に鈴音が節制してくれたおかげで弁当代とかも浮いたし」

 でも……と食い下がらない凛。
 まあ、当人からすればお礼も出来ないのは心苦しいのだろうが、俺だって余裕のない相手からお金を貰える程に心根は強くない。
 俺は若干イラつきながらに言う。

「ああ、なら、そのお金で鈴音と旅行でも上手い外食にでも行け。あいつはここ2週間まともに外出もしてないしな。親子水入らずで楽しんだりすればいい」

「けど、やっぱり……」

「お前そろそろいい加減にしろよ? 流石に俺もムカついて来たんだが。俺が良いって言ってるんだからさっさと引き下がれよな」

 俺が低い声で怒りを見せると流石の凛も怯えて封筒を鞄に仕舞う。それでいいんだよ。
 
「そもそも、俺だってお前に謝らなければいけない事があるだろ。お前に直ぐに鈴音の存在を教えなかった事。お前と再会してお前に直ぐに教えていれば、少なくとも1週間は早く再会できたのによ」

 凛が俺の会社に入るまでなら兎も角、凛と再会してから鈴音の事を聞かなかった事に非がある。
 たった1週間と思うが、母親の娘への心配を考えるなら、その心労は相当なはずだ。
 その事を踏まえると、俺は別に凛にお礼を言われる立場ではないと思っている。

「確かにそうだけどさ。まあ、私が鈴音の母親だって確証はなかっただろうし。それに、怒りよりも安堵の方が上回って文句を言える気はないよ。他の知らない相手じゃなくて、こーちゃんと鈴音が出会ってくれて安心したから」

「お前のその、俺への信用は何処から沸いて来るんだよ……」
 
「私は今も昔もこーちゃんを信用しなかったことはないよ。こーちゃんは私にとってずっと…………って、今の私にそれを言う資格はないか」

 凛は何やら小さく呟くと、冷めたカフェオレを一気に飲み干してから俺に尋ねる。

「ねえこーちゃん……。こーちゃんは鈴音と過ごして、あの子をどんな風に思えたかな?」

 母親として我が子が他人からどう見えるのかに対しての質問なのか。
 俺は2週間という短い時間の鈴音と過ごした生活を思い返す。

「……そうだな。俺から見て鈴音は、意地っ張りで、我儘で、なのにお節介で、料理が上手くて、小言が多い癖に何処か抜けていて、まるで昔のお前を見ているかの様な気分だったよ」

「なんか殆ど褒められた気がしないんだけど……。そうか……私に似ているか。まあ、そうだよね。私と鈴音は親子だしね」

 親子でも似すぎだろ。外見もそうだが中身まで似ているなんて。
 それだけ凛がずっと傍に居たからだろうな。
 鈴音を見ても分かる。
 親子なら喧嘩はするだろう。今回の喧嘩で家出に発展したが、凛は鈴音を愛している。
 鈴音も母親に育ててくれた事への感謝と尊敬を抱いているだろう。
 
「お前、ちゃんと母親してるんだな」

「それはそうだよ。私は鈴音の母親で、鈴音を最後まで育てる義務があるんだから」

 そういう訳で言ったんじゃないけどな。
 俺が苦笑していると、凛が俺に聞いて来る。

「ねえ……こーちゃんってさ。結婚とか考えてないの?」
 
 苦笑する俺は真顔となり、目を潜めて凛に聞き返す。

「どうしてそんな事聞くんだ?」

「別に他意はないよ。聞いた話だと、こーちゃんってまだ独り身なんでしょ。こーちゃんは優しくてカッコイイのに、どうして未だに結婚していないのかなって思って……」

 優しいは兎も角、俺は別にカッコよくはねえだろ。
 結婚しない理由か……それ以前に俺は今までで彼女なんて出来た試しがないんだけどな。

「世の中には独身貴族って言葉があるぐらいだ。別に結婚がゴールじゃねえだろ? 結婚したい奴は結婚すればいい。したくない奴はしなくて良い。俺は後者で独り身の方が気楽だからしているだけだ」

 半分建前で半分本音を語る。
 正直他の奴らから彼女や嫁の愚痴を聞くと結婚する気力もなくなって独身の方が気楽ってのはある。
 だが……それでも憧れが無い訳ではない。子供だって欲しい時だってある。
 
 凛は何やら思い当たったのか、暗い表情をして。

「ねぇ…………もしかして、こーちゃんが結婚しないのってさ、私が原因だったりするのかな……」

 一瞬心臓が止まった様な感覚に襲われた。
 自分でも分からない様な図星だったのか直ぐには言葉が返せなかった。
 
「私が昔こーちゃんを振ったから、こーちゃんはそれを引きずっているんじゃないか……。そうだったら私、こーちゃんにどう謝ればいいのか……恨まれても仕方ないよね……」

 俺は昔、目の前の田邊凛に振られた事がある。
 俺とこいつは幼馴染で、殆どの時間を一緒に過ごして来た。
 一緒に居たから、こいつは誰とも付き合ってないと思っていた俺には、凛に彼氏がいた事が青天の霹靂の様に信じられなくて、女性の上辺の顔に恐怖して若干女性不信になっているのは事実だが。
 凛が謝るのは筋違いだ。

「なに言ってるんだお前は。俺は別にお前の事なんて恨んじゃいないし、俺が結婚しないのはお前の所為じゃない。悪いのは俺の心の弱さだ」

 俺はブラックコーヒーに反射する自分を眺めながらに語る。

「そもそもお前と俺はただの幼馴染で、一番の親友だったが恋人じゃない。周りからは色々揶揄されてはいたが、実際の俺達は付き合っていない。あの時の俺のは、ただの片思いで、その片思いが成就しなかっただけだ」

 どんな仲の良い友達だったとしても、振られて恨むのはお門違いだろう。
 そうであれば、沢山告白される美人なんて悪女の塊に過ぎなくなる。
 俺は凛が好きで告白した。凛は俺ではない奴が好きだった。好きの方角が違っただけのそれだけだ。
 恨んではいない。だが、一番の親友であり幼馴染であった凛に振られたのが応えたのは本当だ。
 
「まあ、お前が気にする事じゃねえよ。今の独り身でしか味わえない自由な暮らしに飽き飽きしたら、本気で婚活して相手を探すつもりだ。もし結婚する時が来たら、同僚としてお祝いしてくれよ、凛」

「うん、分かった。その時は盛大にお祝いしてあげるよ」

 確かに俺と凛は昔は幼馴染だが、今は上司と部下の同僚。
 だけど、たまにふと思うんだよな…………俺は今の凛をどう思っているんだって。

 
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