家出少女は昔振られた幼馴染と瓜二つ

ナックルボーラー

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我儘娘と一日お父さん

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「暇…………」

 時刻は午前9時を回った所で俺のベットに横たわる鈴音がそんな事を漏らす。
 世間一般的に今日は土曜日。
 土、日、祝は基本的には休みの俺も休みなのだが、新人の教育係に抜擢された影響で課長の仕事が若干疎かになって、在宅で出来る仕事は家でする事にしたのだが。
 俺の背中でベットに寝っ転がり、バタバタと足を上下する邪魔虫鈴音の存在が弊害となって仕事が全く進まない。

「お前な……今日でそれ何回目だよ。いい加減少しは黙ってくれ……」

「ですがこーちゃん。暇なものは暇なんですよ。毎日毎日家の中でゴロゴロと、外に出ても食事の材料を買うだけで。もう私にカビが生えますよ」

 善良な学生なら毎日毎日ゴロゴロなど長期休暇以外ありえない。
 コイツは現在家出中で学校に行ってない不良少女だから言える事で。
 外にあまり出れないのも、見た目で未成年の学生だと分かる鈴音が道を歩けば補導されかねなく、他の奴らに見つからない様に、食材調達以外で極力鈴音には家から出るなと忠告している。
 
「安心しろ。人間にはそう簡単にカビは生えねえから。だから黙ってるか家に帰るかどっちかにしろ」

「…………………」

 マジレスを混ぜた選択肢を与えると黙るを選んだ鈴音。
 よし。これなら仕事に集中……。

「ひーまでーすー」

 ……こいつマジで家から放り出してやろうか。
 数秒も無言を保てないのか。こんな事なら会社の方に行ければ良かったんだけど。
 白雪部長は休日出勤を好ましく思っておらず許可が下りなかった。
 
「ねえねえこーちゃん。折角の休みなんですから、家族サービスとかないんですか?」

「誰が家族だこの穀潰しの家出娘。お前さ、もう俺の家に居候し始めて2週間経つけど、ホームシックとかないのかよ?」

「うーん。不思議とこの家は落ち付いててホームシックはとか全然ないですね。それに、実家だと休日にゴロゴロしているとお母さんに怒られたりしてましたから、こーちゃんは全然ガミガミ言いませんし」

 ……おかしいな。俺の中では何度もガミガミ言っているつもりなんだけど……。
 コイツ、全然俺の説教を意に介してないな。はぁ……。

「お前、この紙に実家の住所を書け」

「え、なんでですか?」

 俺がペンと白紙を渡すと鈴音は困惑して聞き貸す。
 そんな俺は身支度を整えて、

「ちょっと段ボールと紐を買って来るから」

 と、家を出ようとした俺の背中を鈴音を掴み。

「ちょーっと待ってください。その段ボールと紐で何をするつもりですか?」

 不信な眼を向ける鈴音に俺は舌打ちをして。

「……人って郵送何円ぐらいかかるだろうか?」

「馬鹿ですか馬鹿ですか!? 紐で私を縛って段ボールで送るつもりですか!? そんな事出来る訳ないじゃないですか!」

 と、地味に途中まで住所が書かれた紙を破り捨てる鈴音。
 そろそろ本気で郵送の手を考えないといけない。
 
 俺は携帯を手に取って連絡先一覧を見る。
 連絡先は五十音順で並んでおり、俺はたの項目へとページを移動。
 そこに『田邊凛』と書かれた連絡先を押そうとする。

 が、止めた。
 昔は気兼ねなく電話出来ていたが、社会人になって久々に再会した凛と電話するのを躊躇う。  
 やっぱり、昔の失恋が尾を引いているのか……押そうとすると指に変な汗が出る。
 本来なら躊躇ってはいけないと言うのは分かっている。
 俺の気のせいじゃなければ、鈴音こいつが凛の娘だって可能性がある。
 容姿も性格も、まるで昔の凛の生き写しの様に似ているから
 
 ……だが、鈴音のなら兎も角、俺は凛の現在の家庭事情を知らない。

 俺は凛と居酒屋で話した後、プライベートで会話する機会はなかった。
 俺は現在凛の教育係の任を務めているが、仕事中は私情を挟まず、プライベートの話を一切せずに仕事に集中しており。
 昼休み中は、凛は女性陣と共に会話は無く、仕事が終われば、凛は約束が無ければさっさと帰るから捕まえられずに、気づけば子供の事を聞けずに3日経つ。
 だが、怖気づいて電話しないわけにはいかない。
 微量の可能性でも娘であるのなら、一度確認したおいた方が良い。
 もし違ったとしても、なら勘違いだったわ、と謝れば済む。俺が深呼吸した後に、凛の連絡先を押そうとした時、鈴音がポロッと零す。

「……こーちゃんが私の事を迷惑だって思っているのは分かってます」

 俺の指が画面に触れる寸前に鈴音がそんな事を言い出す。
 俺は画面から視線を寂しそうな表情をしている鈴音へと向ける。
 鈴音は気丈の様に振る舞いながらも無理して作った笑みをして。

「こーちゃんは責任ある社会人。けど私は未成年の学生です。そんな二人が別に家族でもないのに一緒に住んでいるのは周りから見たら淫らで、良いわけがありません」

 鈴音は自分の腕をギュッと握り。

「けど私……凄く嬉しかったんです。こんな身元も分からない私にこーちゃんは優しくしてくれた。なんだかんだ言っても無理やり追い出す事もしなかった。たった2週間って短い時間ですが、本当に楽しかったです」

 鈴音……お前。

「私にはお父さんがいないってのは前に話しましたよね。別に元々いなかった本当の父に対してどうも思いませんが……憧れた事がない訳ではありませんでした。ですから思ってしまったんです。こーちゃんみたいな人がお父さんだったらって。私が求めていた理想のお父さん像がこーちゃんみたいな人だったから」

 あれ、何こいつ。今までと違って凄くしおらしく……なんだか俺の方が涙出そうなんだけど。
 
「ごめんなさい。こーちゃんの優しさに甘えて、勝手に父親と重ねてました」

 鈴音は深々と頭を下げる。
 コイツも高校生だって言ってもまだ子供だ。
 
 よく聞く話であるが、子供がいる夫婦の仲が悪くなっても離婚しない理由は大抵子供だ。
 両親がどちらも揃っていないと子供に悪影響を与えると言い、子供の為を想って仮面夫婦を続ける夫婦もいると聞く。
 鈴音には産まれた頃から父親はいないと言っていた。
 鈴音の話からすると、鈴音の母親は娘に沢山の愛情を注いだだろう。それはもう、父親の分以上の。
 だが、子供は貪欲だ。母親だけでなく、父親からの愛も欲しいのだろう。
 ……もしかしたら鈴音は、自分の周りの父親がいる家庭に憧れがあったのかもしれない。
 
「ですが……もし、もしもう一度私が我儘を言えるのでしたら……」

 いや、駄目だ。絆されたらいけない。
 鈴音がどんなに父親の存在に憧れがあっても、鈴音には鈴音を愛する母親がいる。
 ここは心を鬼にして、鈴音の母親の可能性がある凛に……。

「こーちゃん、いえ……康太さん。一日だけ、私のお父さんになってくれないでしょうか」

 絆されては————————








「だははははっ! こーちゃんってやっぱりチョロいですよね! 少し演技をすればこうやって外に遊びに連れてってくれるなんて!」

「テメェ! やっぱり演技だったか! お前の父親への憧れで感涙しかけた俺の純情を返しやがれ!」

 結局鈴音の演技に絆された俺は、鈴音を数駅隣の街に遊びに連れて行ってしまった。
 移動中はしおらしく連れて行く事に感謝していた鈴音だが、着いた途端にこの態度だ。
 コイツ、将来女優になったら売れるんじゃねえか?
 
「まあ、そんなカッカしないでくださいよ。ここ、色々な施設や店があって楽しそうですよ! 早く遊びに行きましょう!」

 俺の憤慨を右に流し、駅から見える街に目を輝かせる鈴音。
 訪れた街は俺が住む街よりも発展していて、娯楽施設やスーパーなどの店で充実している。
 一日遊ぶなら持ってこいの街だが、もう遊ぶ気になれない。

「はぁ……さっさと用事を済ませて帰るか」

 ため息を吐いた俺は近場の電器店に足を向ける。
 確かに鈴音に騙されてこの街に来たが、遊ぶ目的以外にも用事がある。
 偶然であるが、家で使用しているプライベート用のパソコンのエンターキーが反応しなくなったのだ。
 もう8年ぐらい使っているからそろそろ寿命が来たのかもしれない。
 この街にはパソコンの専門店も幾つもあるから、折角だからパソコン自体買い替えようと思ったのだ。

「ちょっと待ってくださいよ! そんな事よりも早く遊びましょうよ! 私、もう浮足立って宙に浮きそうです」

「嘘で人を騙す奴が何を言うんだよ。俺はパソコンをさっさと買って帰るつもりだ。ここまで連れて来ただけでも感謝しろ」

 俺を置いて電器店に行こうとするが、鈴音は制止する様に俺の腕に抱き付き。

「大人が一度言った言葉を無かった事にするんですか? こーちゃんは一度了承してますよね、今日一日私のお父さんになってくれるって」

 うぐっ、と俺は言葉を詰まらす。
 確かに家で今日一日鈴音の父親代わりになると言ったが……俺鈴音の演技に詐欺られたからだけど。

「……それに、全部が全部、嘘ってわけではないです……」

「あ? なにか言ったか?」

 ボソッと何か呟いていた様に見えたが、鈴音はむすっとした顔を上げて。

「別に何も言ってません。それよりも、一度引き受けたのですから、今日はむすめの我儘を聞いて貰いますよ。お父さん!」

 早足に駆けて行く鈴音。
 俺は30代にもなって童貞で、子供がいない身だが、年頃の娘は皆こうなのか……。
 全国のお父さんに同情する俺は、はぁ……と嘆息をして、超絶我儘娘の一日父親として鈴音を追いかけた。
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