家出少女は昔振られた幼馴染と瓜二つ

ナックルボーラー

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予想外の再会

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「だぁああああ! 遅刻だ遅刻! 完全に遅刻だぁあああ!」

 俺は一般的通勤時間を過ぎた朝の頃に、歩道を全速力で走る。
 元々着崩していたに加えて走った勢いで襟は前から来る風で立ち、ネクタイは首を半周して背中に垂れ、毎朝清潔感を出す為に付けているワックスがオールバックを作る。
 だが、俺にその乱れた格好を整えている時間的余裕はない。
 
「なんでこんな時に限って事故するんだよバス! 運転手もっとしっかり前見とけよ!」

 そもそもな話、俺が寝坊したのが原因なのだが……。
 
 俺が家出少女の鈴音を家に泊め始めて13日目。
 12日目の夜、つまり昨晩なんだが、俺は鈴音との白熱した闘いを繰り広げた。
 まあ、ゲームなんだがな。先週にクローゼットに封印されていた最新作の大乱闘ゲーム。
 鈴音は自分の事を初心者だと言い、ゲームを開始したのだけど、予想通りにアイツは弱かった。
 基本的な立ち回りも出来てない、復帰も乏しい、攻撃が単調と素人にありがちな動きばかりで俺に苦戦を強いる事はなかった。
 だが、アイツの成長速度は驚いた。元々アイツは手先が器用だからか、ゲームの上達は早く、1週間経つ頃には俺に勝つぐらいまでになっていた。
 正確に言えば、勝っては負けてのシーソーゲームみたいな感じで勝ち負けを繰り返す程に成長をして、俺も本気を出さないと勝てなくなっており、一度敗北した俺は、得意なゲームで得た屈辱に耐えきれずに再戦を申し込み、鈴音もそれを了承。
 俺が勝てば鈴音が再戦を言い、鈴音が勝てば俺が再戦を言うという泥沼に嵌り。
 結局ゲームが終わったのは深夜を超えた頃で、体力が尽きての寝落ちだ。

 それが絶対な原因となって朝は寝坊。
 朝食は手軽な焼いたパンをかじり、最近毎日作ってくれた弁当も持たずに出社。
 いつもは会社までの通勤に余裕は持たせ為に早めのバスに乗ってたんだけど、今日はこのバスを逃せば遅刻するというギリギリに乗車して、結果的に乗れた事に一安心したのも束の間。
 バスの運転手がよそ見をして追突事故を起こし、警察の現場検証が行われるって事で現場に残され、終わった頃には完全な遅刻。
 
 俺は遅延証明書の紙をギュッと握りしめながらに会社までの道を走る。
 なんで、なんでこういう日に限って遅刻するんだよ! 
 なんてったって今日は———————

「中途採用者たちの初出社の日だっていうのよぉおおおおおお!」

 今頃、課長不在のままに中途採用達の紹介が始まっているのだろうか…………。




 運動不足な肉体に鞭を打った30代は汗で髪を濡らし、肩で呼吸する程に疲れ切っての出社。
 ぜぇ……ぜぇと息を吐きながらに営業課のオフィスの扉を開き、

「す、スマン……遅れた……」

 扉から入って来た疲労困憊の俺を何事だとギョッとした表情で見る社員たち。
 扉付近にデスクを構える年下の部下である斎藤が嚆矢として俺に声をかける。

「どうしたんですか古坂課長……そんな疲れ切って」

「走って来た……途中でバスが事故をしたから、現場検証が終わった後に事故現場から直行で」

「それは、まあ、何と言いますか……ご苦労様です」

 災難でしたねと部下に労われ、俺はタイムカードを押した後に、自分の机に鞄を置く。
 そして一息吐いて、呼吸が正常になると、俺の机から最も近い葉山に声をかける。

「もう皆通常業務に入っているって事は、中途採用の新人たちの紹介は終わったってことか?」

「はい、遂先ほど終わりました」

 そうだよな。
 始業時間を30分以上過ぎている。
 紹介に長くは取らないだろうし、何人か見当たらないが、そいつらは新人の教育係としているのだろう。

「そう言えば古坂課長。白雪部長が課長がいなくてカンカンに怒ってましたよ。後でお詫びの品を持参した方がいいと思います」

「…………あっヤバい、腹が痛くなったわ。体調不良で今日は早退しようかな……」

 と、そんな幼稚な仮病が通るわけもなく、後で白雪部長に説教される事を覚悟した俺に、営業課のムードメーカー&トラブルメーカーの志村がテンション高く声を掛けてくる。

「そう言えば課長! 今日入って来た新人の中に滅茶苦茶美人な女性いましたよ! もう、モデルかっていうぐらいの! スタイルが良くて、顔もめっちゃ可愛いんすよ!」

「へえ? そうなのか。てかお前、毎日朝っぱらから元気が良いな」

「はい! 社会人は元気が一番ですから! 営業でもバリバリに元気を振りまいて来ます」

 …………その無駄に熱い元気良さで相手側からウザがられて営業成績が乏しいのだけど、まあ、元気がないよりマシか。
 俺と志村の会話に割り込む様に男性社員の氷室が話に入る。

「確かにあれは本当に美人でしたよ。俺、今まで白雪部長を崇拝していたけど、あの人に心揺られそうになりましたよ」

「そんなに美人なのか? それは課に新しい華が入って良い事だな。でも氷室。お前、確か彼女いただろ? そんな心揺さぶられていいのか?」

「恋と崇拝は違いますよ。神様を信仰していても浮気とかの罪には問われませんよね? それと同義です」

「確かにそうだが……お前がそうだっていうならいいが、絶対に彼女の前では言うなよ? 部下から殺人の被害者を輩出するわけにはいかないからよ」

 その、未だに顔も名前も知らない美人な新人社員で盛り上がっていると……異様な殺気を背中から感じた。
 部屋の空調で引いていた汗がどわっと吹き出し、俺は顔を後ろには向けられなかった。
 俺と会話していた志村と氷室は、その俺の背後に立つ誰かを見て顔を青白くして逃げる様に席に戻る。
 もう誰が俺の背後に立っているのか、顔も後ろに向けたくない人物が俺の肩に優しく手を置い

「ほほう? 遅刻した奴が楽しく部下と談話とは、偉くなったな古坂!」

「ぎゃああああ! 痛い痛い! マジ、本当に痛いです白雪部長!」

 たと思ったらミシミシと骨が軋む程に強く握られ絶叫を上げる俺。
 俺の部下たちは見るに堪えないと顔を逸らして誰も助けに来ない。
 てか、怒った白雪部長を宥めようとか考える命知らずはこの課にはいない。だって飛び火喰らうから。

「今日は中途採用者たちが初出社する日だって告知していたよな? なのに課長の貴様が遅れて来るとは、自分が課長である自覚はあるのか! それでは部下や新人に示しがつかないぞ!」

 俺はぐぅの音も出ない。だって遅刻した俺が悪いんだから。
 だけど俺にも一応理由がある。俺はポケットからしわくちゃな遅延証明書を取り出し。

「白雪部長……こ、これを……」

 痛みを堪えながらにその紙を部長に渡すと、部長は握る力を緩めて紙を受け取る。

「なんだこれは? 遅延証明書? どういうことだ古坂」

「今朝、俺が乗車していたバスが事故に遭いまして、それで遅れてしまったんです」

 俺が説明すると怒って寄せていた眉の皺が伸び、今度は申し訳なさそうな顔をして。

「そうだったのか……事故では仕方ないか。すまなかったな、理由も聞かずに怒鳴ってしまって」

「い、いえ。理由はどうであれ、先に部長に報告しなかった俺の方に責任がありますので」

 今更考えれば、事故した直後に会社に連絡していればよかったのではと思う。
 ヤバい……夜遅くまでゲームして寝不足気味な頭がまだ目覚めてないようだ……。

「まあなんにせよ。今日から新しい社員が入るのだが。今その者たちは会社の概要などの説明会を受けている。それが終わった後なんだが、古坂、お前に頼み事をしていいか?」

「はい。別に構いませんが、なんですか?」

 遅刻した手前もあるし相手は上司だ、肯首すると白雪部長は言う。

「お前に新人の教育係をして貰いたいんだ」

「…………はい?」

 俺は訳分からず、間抜けな声を漏らす。
 
「教育係って、俺課長ですよ? そう言ったのは他の平社員がするものじゃ……」

「本当はそうなんだが、この課は人手不足だろ? しかも何人かは重要な案件が立て込んでて、そちらに集中して貰いたい。だから模索した結果、お前が一番手が空いてて適任だと思ったんだ」

「それ、遠回しに俺が暇人みたいに言われてる気がするんですが……」

「そういう訳ではない。お前は平の時から多数の新人を教育した経験もある。皆にアンケートを取ったらお前の指導は素晴らしいという回答が来たんだ。それに、全員を教育ではなく、今回はマンツーマンで担当してもらうつもりだ。そうすればある程度の負担も減るだろう」

 まあ、1人が多人数を教育するよりも、1人1人で担当した方が教育係の負担は減る。
 けど、一番手が空いてるって俺も色々と重要な仕事を抱えてる身だし、課内のトラブルに対応しないといけないから新人に掛かりっきりは出来ない。
 が、教える立場の人が少ないのも現状だ。

「頼む古坂。手当も付けるつもりだ。私はお前に期待している」

 なんか乗せられそうになっているが……仕方ない。
 教育者の腕を褒められて悪い気はしないし、手当も付けてくれるならこちらとしてもありがたい。
 
「分かりましたよ。部長からの頼み事、不肖古坂康太がお受けいたしましょう」

「そうかそうか! それは良かった! 4人までは確保できたが、残り1人見つからなくてどうしようかと思ってたんだ! もしトラブルが起きたら私の方でサポートするから、しっかり指導してくれよ」

 まんまと白雪部長の口車に乗せられた俺だが、新人を育てるのは自分を見つめ直す良い機会でもある。
 と、本当はかなり面倒だって感情を上記の建前で覆い隠すのだが。
 白雪部長は自分の腕時計で時間を確認して。

「そろそろ説明会も終わる頃だろう。では古坂。お前が担当する新人を紹介するから、私に付いて来てくれ」

 そう言われて俺と白雪部長はオフィスを後にする。
 俺が部長の後ろを付いて行く中、俺は部長に質問する。

「俺が担当する新人ってどんな人なんですか?」

「喜べ古坂。お前が遅刻した身分で気楽に談話していた時に上がっていた美人の女性社員だ」

 ……白雪部長。一応は理解してくれたらしいけど、本当は根に持ってるんじゃないのか?
 けど、噂の美人か……。

「なんで俺がそいつの担当なのか何か意図があるんですか?」

「いや別に。けど、強いて言うなら、お前と歳が近いからだ。お前は33だったよな? そいつも33歳なんだ。歳が近い方が何かと緊張もないだろ」

 33歳か。良い歳した女性だったか。
 話からして20代かと思っていたから意外だ。
 確かに年上であれば目上として多少緊張もする。年下であればプライドは高い人は反発する。
 同い年なら互いに気兼ねなく接せれると思うが……それはあくまで同性であればの話だ。
 男女であれば少なからず緊張する。しかも、相手が今話題の美人なら猶更だ。
 
 会話している間に目的地の部屋の前に辿り着く。
 白雪部長が先頭に先に部屋に入る。

「もう他の奴らは先に行ったか。待たせて済まなかったな田邊・ ・

 た…………なべ?
 ドクン、と俺の心臓がその名を聞いた瞬間に銃弾を撃ち込まれた様な痛みが走る。

「おい古坂。なにをしているんだ? お前も中に入れ」

 俺は白雪部長に促されて部屋に入ると、そこまで広くない部屋にある6つの長机と18個の椅子。
 前方には会社の概要や今日のスケジュールが書かれていて、この部屋に1人の女性しかいなかった。
 女性は椅子から立ち上がると、礼儀正しく深々と頭を下げ。

「初めまして。本日から営業課に配属されました、田邊凛と申します。これからご指導ご鞭撻の方宜しくお願い致します]

 ここで俺と女性の目が合った。
 女性の表情は徐々に驚きの色へと変色して、信じられないと言わんばかりの震えた唇を動かし。

「こ…………こーちゃん」

 そう。この見覚えがあり過ぎる女性。
 当時の姿から成長しているが面影がある。
 首まで伸びた黒髪に身長は女性の平均。スタイルも最後に会った時から豊満となっているが。
 そのあどけない笑顔が似合いそうな顔立ちに、誰からも好かれる様な雰囲気。
 幼少の頃から高校までずっと成長を共にして来たから、大人になって成長して尚、確信が持てた。

「り………凛」

 こいつが俺の初恋にして初失恋の相手、幼馴染の田邊凛だって。
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