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5章

遭遇

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 仄暗かった空は日の光で明るく染まり、青空には白い雲が漂う。
 鼻を燻ぶる草の香りが風に煽られ、湿気が高く、汗を滲ます蒸し暑さを醸し出す。

 時刻は8時前。
 元々朝練は用事があるという事で8時までと決めていた御影との練習が終わり、彼女と運動場で別れた後、太陽は1人帰路を歩いていた。
 御影と一緒に居た為にテンションで眠気を忘れていたが、1人になった事で潜んでいた眠気が呼び起こされたのか、疲れと睡魔で太陽の足取りは重たい。

「眠い……ただその一言だ。帰ったらまずは寝よう。どうせ今日は学校は休みだし、昼過ぎまで寝ても誰も怒らないだろう」

 ふわぁ……と太陽は人目をはばからずに大きな欠伸をする。
  
 朝練中に自分はタイムを計る以外に何もしていないというのに、早朝から相当な練習量をこなした御影が化け物だと再認識する。
 別れ際も練習は全力疾走を続けて、大量の汗と荒い息遣いをしていたが、帰る足取りは綺麗だった。
 毎日の鍛錬の賜物だろうが、こんな朝早くに呼び出した事は未だに恨んでいる。

「まあ……合宿の時もそうだが、それでも手伝いに行くんだから、俺も本当にお人よしと言うか……別に、あいつの事はどうとも思ってないのにな」

 口にして太陽は気付く。
 本当に、自分は御影の事をどうも思ってないのだろうか。
 もしかしたら自分は、光と雰囲気が似ている彼女を光と重ねているのではないか……。
 
 だが、あの時感じた胸に灯した想い。
 御影が自分を意識しているかの様な発言に太陽の心臓の鼓動は確かに早くなったのを感じた。
 この気持ちに覚えがある。あれは……昔に何度も元カノで感じた、恋。

「…………ないない。あんな人の気持ちを弄ぶ鬼畜女を好きだなんて……あいつは俺を玩具と思ってからかっているだけ……だよな?」

 思い返すと、最近の御影の自分への距離感が近い様に感じた。
 冗談だと高を括り期待はしていなかったが、先日の昼食で本当に太陽の為に弁当を作って来てくれた。その弁当の味は本当に絶品だった。彼女曰く簡単な物以外は冷凍食品だったらしいが、簡単な物も十分に美味だった。
 それに、学校内でも話しかけて来る様になって、周りからも疑心な目を向けられる事もしばしば。
 今日みたいに突然ではあるが、自分に頼って来てくれる。
 彼女の真意は分からないが、これは本当に”ただ”の友達なのだろうか。

「……俺は分かる。これはあれだ。勘違いってやつだ。無意識に男を勘違いさせて後から奈落に落す……ヤバい、前に御影をネガティブって言ったが、俺も大概ネガティブだわ……」

 最愛の彼女だった幼馴染に振られた傷、その後も数々の女性に振られた傷、そして御影のこれまでの行いによる疑心暗鬼で素直に呑み込めない太陽。
 
「だが……もし、これが勘違いじゃなかったら……」

 この土地で御影と再会した日に言った言葉。

『私は最低な女かもしれません。相手には最愛の恋人がいるにも関わらず、私は……彼女持ちの方を好きになってしまったかもしれないですから』

『私は、彼の彼女である渡口光さんが羨ましいとさえ思ってしまいました。だから、今でも彼女と仲良くしている彼を見ると、少し辛いと思ってしまうんです』

 気づいてなかったとはいえ、励ましてくれた恩人の自分に好意を示してくれた言葉。
 御影が恩を感じる彼が太陽だった事実を知った後に心境の変化はあったかどうかは定かではないが。
 それでも、御影はもしかしたら太陽に少なからずの好意を持ってくれてるかもしれない。

「あーあっ、俺は本当に末期かもしれないな。あんな人をからかう鬼畜女でも、好意を持ってくれたら嬉しいなって思ってしまってるんだから。まあ、俺は自他共に認めるヘタレだから、確かめる様な愚行は起こさないけどな!」

 人通りが少ない道って事で高笑いをする太陽だが、ヘタレを自称する事が虚しくなって笑うのを止める。

「……早く帰って一度風呂入って、さっさと寝ようかな」

 少し速度をあげて速足で道を歩く太陽だが、曲がり角に差し掛かり、その角を曲がろうとすると、曲がった先で男女2人組に出くわす。

「あ、すみません————————」

 曲がった矢先で衝突しそうになりギリギリで回避した太陽が小さく謝罪をすると、相手側からも「こちらもすみません」と返ってくる。
 そのまま太陽が男女2人組の横を過ぎ去ろうとした時、男の顔が目に入る。
 見覚えがあった男の顔を見て、太陽の動悸が激しくなる。
 頭がガンガンと痛くなり、過呼吸に陥りそうになる程に息苦しい。
 汗が滲む手で強く拳を握りしめた太陽は振り返り、角を曲がったその男女を追いかける。
 直ぐに追いかけた事で男女は曲がった直ぐの場所におり、太陽は詰まらした喉を必死に絞り、その男の名を呼ぶ。

「大久保……清太……先輩ですか?」

 その名を呼んだ時、男は振り返り、その整った顔を傾げ。

「ん? そうだが、君……誰?」

 その男は大久保清太。
 あの日、太陽にとって忌々しい厄災ともいえる、太陽が光に振られて三日後。
 光と街を一緒に歩いていた人物である。
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