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3章
合宿編10
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和気藹々と談笑する女湯とは別に、一方の男湯は。
男湯の方も現在は2年生の入浴時間。
故に助っ人組の太陽、信也もこの時間に入浴することとなっている。
壁側に設置されている洗い場で並んでバスチェアに腰掛ける太陽と信也。
信也は今日の汗と、活火山より噴火した火山灰の掛かった髪をシャンプーで洗いながら、隣の太陽に口開く。
「マジで今日はキツかったな。普段あまり使わない部分使ったみたいでヘトヘトだぜ……。これを残り5日もしないといけないとか本格的に憂鬱になって来たぞ……。旅行感覚とか言ったけど、マネージャー業恐るべし」
「それに関しては同意見だが。ヘトヘトって……後ろの奴らを見て同じ事言えるのか?」
同じくシャンプーで髪の汚れを洗い落としていた太陽は、顎で後方を指す。
信也は太陽に言われて後方を振り向くと、苦虫を噛み潰したかの様な居た堪れない表情に変貌。
「……確かにこれは酷いな……。マネージャー業で疲れたとはいえ、あれを前にその言葉は呑み込んでしまうな……」
太陽たちの後方。つまりは浴槽なのだが。
肩まで浸かる平均的な水準まで溜めた浴槽に浸かる疲弊しきった陸上部員。
一人は浴槽の壁に凭れ天井を仰ぎ動かぬ者。
一人は浴槽に死体の様に俯せで倒れる者。
一人は漂流者の様にぷかぷかと仰向けで漂う者など。
先の過酷な練習で疲労困憊の部員たちを見て案じる太陽たち。
上記の者たちの殆どは長距離組で見た顔ぶれで、この惨状で御影が出した練習メニューの過酷さを物語る。
「マジでキツそうだったもんな長距離の方はよ。良かったぜ、俺は短距離組でよ」
「おっ、小鷹か。お前も今からか?」
おう、と返答するのは太陽たちと同室で同学年の小鷹隼人だった。
彼は「隣いいか?」と言って、太陽の返答を待たずに隣の洗い場のバスチェアに腰かける。
流石部活で鍛えていて、余分な脂肪と筋肉を削ぎ落したかの様な細々としながらも絞られた筋肉。
生まれつき体躯が良い信也と違い、帰宅部で運動も体育の時間程度しかしない自らの体を見て、太陽は無性な劣等感と羞恥が生まれる。
小鷹は備え付けられたボディーソープをタオルに数滴かけて、己の体に付着する垢と汚れを掻き洗う。
「お前らもマジでサンキューな。昼飯も夕飯も、思ったよりか旨かったぜ。これなら後の飯も期待が持てそうだ」
まるで最初は期待していなかったと言わんばかりの言葉だが、最終的には誉め言葉として受け取り。
「それはどうも。まあ、殆ど千絵が味付けしたから、それを千絵に言ってやってくれ。あいつ喜ぶからよ」
「千絵って……確か高見沢の事だよな? お前ってあいつの事呼び捨てなんだな。彼女なのか?」
小鷹の短絡的な一言に太陽は吹き出す。
「べ、別に俺とあいつはそんな関係じゃねえ! ただの小学からの腐れ縁だ。所謂、幼馴染ってやつ!」
「男女間の幼馴染か……。マジで実在するんだなそれ。つまり、これはいつか恋人になるフラグだなそれ」
キメ顔で発言する小鷹に太陽は呆れて言葉を失う。
「だから、俺とあいつは本当にただの幼馴染。いっちゃ悪いが、俺はあいつの事女だと熱ッ! なんで熱湯を俺に掛けるんだよ信也!? 滅茶苦茶熱いぞそれ!?」
隣に座る信也はシャワーの水温調整のハンドルをレッドゾーンを超えて回し切り。
最大限に熱くなった熱湯を、更に最大水力で太陽に浴びせた。
更に隣に座る小鷹にも飛び水したが、信也は無表情で。
「いや、スマン、方向間違えた」
「方向間違えたって……。お前、その熱いお湯を自分に掛けるのか? マジで熱いぞそれ。お前ってMか何かか?」
「黙れ屑野郎」
「何故に辛辣!?」
理由不明の不機嫌な信也に困惑する太陽。
本当に信也は熱さをどうと思ってないのか、太陽に掛けた熱さのお湯を自らの体に浴びせていた。
引いている太陽を他所に、小鷹は次は髪を洗うために手にシャンプーの泡を注ぐ。
だが、手元が狂いシャンプーの容器を倒してしまい、床を滑る様に太陽の足元に転がる。
「すまん古坂。それ取ってくれ」
「ん? あ、分かった」
太陽は足を引き、眼下に転がる容器を拾おうとする。
そして太陽が足を引いた際に、小鷹の視界にある物が入る。
「おい古坂。お前のその足の傷ってなんだ?」
太陽の足に大きく縦に裂いた様な1本の傷跡を眼に付いた小鷹が尋ねる。
太陽は、これか?、と自らの足に刻まれた傷跡を見下ろす。
「これは小学生の頃に交通事故で負った名残りだ。足だけじゃなくて頭にも少し傷があるぞ」
ほれ、と太陽は自分の髪を掻き揚げて肌を露出させる。
他の髪で隠れていて分からなかったが、後頭部付近に確かに1本線の手術の痕が生々しく残されていた。
「交通事故? お前事故に遭ったって、大丈夫だったのか!?」
驚愕する小鷹に太陽はため息を吐き。
「大丈夫じゃなかったらここにいる俺はなんなんだよ。幽霊かなにかか?」
交通事故で無事ではければ今生きていないと語る太陽。
確かになと納得する小鷹に、太陽は陰鬱な表情で言葉を続けた。
「まあ、確かに後遺症がないといえば嘘になるが……。実際走るのは少しキツくなったし。もしこの怪我が無ければ、俺も今頃陸上続けられたのかな……」
「はあ? 太陽って陸上やってたのか? 俺、それ初耳だぞ」
傍聴していた信也がシャワーを一旦止めて太陽に物申す。
太陽はキョトンとした顔で、「あれ、そうだっけ?」と首を傾げる。
「やってたって言っても実際、怪我の影響で直ぐに辞めちまったけどな。事故をしたのが小3で、陸上を始めたのが小4だったから。あまりスパンの空いてないままにやったからな」
「ふはぁ……。もしその事故さえ無ければ、もしかしたら今頃俺たちは一緒に部活やってたかもしれないって事か……。なんで事故に遭ったのか覚えているのか?」
「さぁな。事故の影響でか前後の記憶は曖昧なんだ。俺自身も、なんで事故したのか覚えてねえ。それに、俺には陸上の才能がどうせなかっただろうから、遅かれ早かれ辞めてたかもな。少なくとも、強豪のウチで続けられる程の才能はなかっただろう」
太陽からすればもう諦めた身。
自虐気味のそう語るが、その眼には若干の悲しみが垣間見えた。
「太陽、お前は才能がないないと言って、それでも一度は陸上を始めたのって……」
何かを思ったのか信也が太陽に聞く。
「どっかの誰かさんを陸上をするべきと言ったんだ。俺が何もしないのは筋違いかと思ってよ。だけど、才能の差を見せつけられて劣等感を抱いちまったが。まあ、そんな事はどうでもいいだろう」
終わった話はここで終了と太陽は話題を切る。
信也、小鷹も太陽の過去を掘り返すのは失礼だと思ったのか、それ以上の追及はなかった。
沈黙の空気が流れたが、その空気を払拭するかの様な、太陽たちの壁先から微かに声が聞こえる。
「この声って……高見沢の声か? 渡口や晴峰の声も聞こえるな、あいつらこの反対側にいるのか?」
「「「「「「なにぃ!?」」」」」」
信也の微かに聞こえた声での主の解析に、太陽を除く男湯にいた部員一同が目を輝かせた。
先程まで浴槽を漂っていた死体も復活をして、全員が太陽たがいる壁側まで押し寄せる。
太陽たちの壁の反対側。それは乙女の花園である女湯。
しかも、学園の人気者たる光、御影がいる事に男たちは興奮気味に聞き耳を立てる。
「おいおい渡口とか晴峰とか、あいつらどんな会話しているんだ?」
「お風呂での女子トークって言えば恋愛! 渡口と晴峰の恋愛事情が聴けるチャンスじゃねえか!」
男子生徒の憧れの的の2人の恋愛話。
何故そんな根拠が生まれるのか俄かに信じ難いが、男たちの意識は壁側の方に向けられていた。
部員名が一斉に壁に耳を当てる光景は何とも地獄絵図。太陽と信也はこの部の将来を心配するも、我関せずと浴槽に浸かる。
「おいおい古坂に新田。お前らは聞かねえのか?」
「興味ねえからな」
「右に同じく」
本心で興味ないと言うのだが、小鷹は信じられないと言う表情で。
「おいおいマジかよ。あの渡口光と晴峰御影だぜ!? あいつらに興味ないとか……お前らってもしかしてホモなのか? もしかしてお前ら出来てたり!?」
「「断じて違うわッ!」」
学校のトップクラスの美少女2人の赤裸々な恋愛事情が聴ける好機にも関わらずに心動かされない太陽と信也のホモ疑惑を2人が強く否定した所で、再び微かに女湯から声が漏れる。
『修学旅行と言えば、中学の時に夜何してましたか?』
「「「「「修学旅行?」」」」」
今の女湯から聞こえた声は御影の声だった。
会話の断片しか聞き取れず、何故その会話に至ったのか分からない男子部員たち。
女湯からの声は聞こえないが、男子部員たちの言葉で大体の話題を察した信也が、懐かしむ様に太陽と思い出に耽る。
「修学旅行と言えば太陽。あの時は大変だったな。高見沢達が俺たちの部屋に来て、就寝時間ギリギリまで遊んだりしてよ」
「そうだな。あの後先生が見回りに来て、急いで皆で布団に隠れてよ。んで……何故か俺と一緒の布団に隠れた千絵の、俺に対する暴力で結局見つかって、小一時間廊下で説教されたな」
今も色褪せる事のない思い出。
辛い時もあれば楽しい時もあった思い出だが、思い出す度に、あの時には戻れないと痛感させられる。
「……なあ太陽。俺たちの学校は2年の時に修学旅行だが……中学の時みたいに、あいつらとワイワイ楽しめるかな……」
仮に千絵に絞って誘っても、恐らく付属品として彼女も来る。
「……さあな。まあ、少なくとも高校で友達の少ねえお前を憐れんで、俺だけはお前と一緒に回ってやるがな。クラスは違うけど」
哄笑をあげる太陽だが、その声に力はなかった。
その後は気まずくなって沈黙するが、2人を他所に男子部員たちの熱さは燃え上がる。
『渡口さんとかはあるんですか?』
御影の光に対する質問に、男たちは聞き耳を更にめり込む勢いで壁に当てる。
話題は女子たちが中学の時の修学旅行で男子の部屋に行ったかであり。
御影、優菜に続いて今度は光の番らしい。
光は慌てた素振りの声が聞こえたが、諦めたのか張りが無い弱弱しい声で言う。
『……一応あるけど』
男たちから落胆の声があがる。
「マジかよ!」
「畜生! 誰だよそんな渡口が部屋に来てくれるっていう羨ましい体験した奴! その男マジ死ね!」
会話の流れからして大体察する太陽と信也。
その男たちの憎悪に籠った羨望の言葉に2人は顔を逸らす。
何故なら、その光及び千絵が来訪した男子部屋が自分たちの所なのだから。
負のオーラを放つ男たちを尻目に、退散しようと太陽は浴槽から上がろうとすると。
憎悪に燃える火に更に油となる言葉が聞こえた。
『あぁ、分かりました。彼氏さんの所ですね。だって、渡口さんって彼氏いましたよね?』
男たちの体に雷が奔らんばかりの事実に口をあんぐりさせた。
「おいおい……今晴峰はなんて言ったんだ……。渡口に彼氏が……」
「あの純真潔白で俺たちのアイドルの渡口に……彼氏がいるだと!?」
崖から転げ落ちたかの様な落胆する男たち。
男たちから生気が感じられなくなり、トボトボと男たちは壁側から退散する。
「はぁ……マジかよ。俺、割と本気で渡口の事狙っていたのに、彼氏持ちか……」
「うん、まあ、渡口可愛いからな。彼氏ぐらいいるよな……。その彼氏マジで羨ましい! 誰だそいつ! 見つけたらリア充撲滅鉄拳をお見舞いするぞ!」
学園の人気者の片方に彼氏がいる事実に男子部員たちは嘆く。
だが、渡口の容姿と性格を知っている者たちにはある意味納得出来て諦めムード。
男たちの会話を聞き、思い当たる信也は逃げ出そうとして止まっている太陽に目を向ける。
「話題は修学旅行で、渡口の彼氏って……」
もしやその彼氏とはと疑問を投げる信也だが。
「……そうか。あいつに彼氏か……。まあ、いつか出来るだろうなとは思っていたが」
太陽が零す言葉に信也は眼を点にする。
何を言ってるんだと胡乱な眼を向ける信也だが、太陽は自身の金髪を掻き。
「まあ所詮、俺はあいつの元カレだ。元カノに彼氏が出来て嫉妬とかダサすぎて吐き気がするぜ」
普通であれば彼氏がいると言われれば光は即答で否定するだろう。
今の太陽と光は元カレ元カノの間柄。2人の関係は昔に破綻しているのだから。
つまり、それがないという事は現状の光に彼氏がいると太陽は誤解したのか。
信也は嫌な冷や汗を流し、太陽に声を掛けようとするが。
「これで俺も心おきなく前に進めるな。俺は先に上がるが、時間はまだあるし信也はゆっくり浸かっていいからな」
ひらひら手を振る太陽の背中を見送り、声を掛けずじまいの信也。
信也はこれまでにないぐらいの心の揺らぎを感じながら、苦虫を噛み潰したかの様な表情で、女湯にいるであろう千絵を見て。
「……おいおい高見沢。これって、滅茶苦茶悪い方向に転がってねえか?」
これからの先に一抹の不安を残しながら、これ以上入る気になれず、信也も続いて浴槽から出る。
男湯の方も現在は2年生の入浴時間。
故に助っ人組の太陽、信也もこの時間に入浴することとなっている。
壁側に設置されている洗い場で並んでバスチェアに腰掛ける太陽と信也。
信也は今日の汗と、活火山より噴火した火山灰の掛かった髪をシャンプーで洗いながら、隣の太陽に口開く。
「マジで今日はキツかったな。普段あまり使わない部分使ったみたいでヘトヘトだぜ……。これを残り5日もしないといけないとか本格的に憂鬱になって来たぞ……。旅行感覚とか言ったけど、マネージャー業恐るべし」
「それに関しては同意見だが。ヘトヘトって……後ろの奴らを見て同じ事言えるのか?」
同じくシャンプーで髪の汚れを洗い落としていた太陽は、顎で後方を指す。
信也は太陽に言われて後方を振り向くと、苦虫を噛み潰したかの様な居た堪れない表情に変貌。
「……確かにこれは酷いな……。マネージャー業で疲れたとはいえ、あれを前にその言葉は呑み込んでしまうな……」
太陽たちの後方。つまりは浴槽なのだが。
肩まで浸かる平均的な水準まで溜めた浴槽に浸かる疲弊しきった陸上部員。
一人は浴槽の壁に凭れ天井を仰ぎ動かぬ者。
一人は浴槽に死体の様に俯せで倒れる者。
一人は漂流者の様にぷかぷかと仰向けで漂う者など。
先の過酷な練習で疲労困憊の部員たちを見て案じる太陽たち。
上記の者たちの殆どは長距離組で見た顔ぶれで、この惨状で御影が出した練習メニューの過酷さを物語る。
「マジでキツそうだったもんな長距離の方はよ。良かったぜ、俺は短距離組でよ」
「おっ、小鷹か。お前も今からか?」
おう、と返答するのは太陽たちと同室で同学年の小鷹隼人だった。
彼は「隣いいか?」と言って、太陽の返答を待たずに隣の洗い場のバスチェアに腰かける。
流石部活で鍛えていて、余分な脂肪と筋肉を削ぎ落したかの様な細々としながらも絞られた筋肉。
生まれつき体躯が良い信也と違い、帰宅部で運動も体育の時間程度しかしない自らの体を見て、太陽は無性な劣等感と羞恥が生まれる。
小鷹は備え付けられたボディーソープをタオルに数滴かけて、己の体に付着する垢と汚れを掻き洗う。
「お前らもマジでサンキューな。昼飯も夕飯も、思ったよりか旨かったぜ。これなら後の飯も期待が持てそうだ」
まるで最初は期待していなかったと言わんばかりの言葉だが、最終的には誉め言葉として受け取り。
「それはどうも。まあ、殆ど千絵が味付けしたから、それを千絵に言ってやってくれ。あいつ喜ぶからよ」
「千絵って……確か高見沢の事だよな? お前ってあいつの事呼び捨てなんだな。彼女なのか?」
小鷹の短絡的な一言に太陽は吹き出す。
「べ、別に俺とあいつはそんな関係じゃねえ! ただの小学からの腐れ縁だ。所謂、幼馴染ってやつ!」
「男女間の幼馴染か……。マジで実在するんだなそれ。つまり、これはいつか恋人になるフラグだなそれ」
キメ顔で発言する小鷹に太陽は呆れて言葉を失う。
「だから、俺とあいつは本当にただの幼馴染。いっちゃ悪いが、俺はあいつの事女だと熱ッ! なんで熱湯を俺に掛けるんだよ信也!? 滅茶苦茶熱いぞそれ!?」
隣に座る信也はシャワーの水温調整のハンドルをレッドゾーンを超えて回し切り。
最大限に熱くなった熱湯を、更に最大水力で太陽に浴びせた。
更に隣に座る小鷹にも飛び水したが、信也は無表情で。
「いや、スマン、方向間違えた」
「方向間違えたって……。お前、その熱いお湯を自分に掛けるのか? マジで熱いぞそれ。お前ってMか何かか?」
「黙れ屑野郎」
「何故に辛辣!?」
理由不明の不機嫌な信也に困惑する太陽。
本当に信也は熱さをどうと思ってないのか、太陽に掛けた熱さのお湯を自らの体に浴びせていた。
引いている太陽を他所に、小鷹は次は髪を洗うために手にシャンプーの泡を注ぐ。
だが、手元が狂いシャンプーの容器を倒してしまい、床を滑る様に太陽の足元に転がる。
「すまん古坂。それ取ってくれ」
「ん? あ、分かった」
太陽は足を引き、眼下に転がる容器を拾おうとする。
そして太陽が足を引いた際に、小鷹の視界にある物が入る。
「おい古坂。お前のその足の傷ってなんだ?」
太陽の足に大きく縦に裂いた様な1本の傷跡を眼に付いた小鷹が尋ねる。
太陽は、これか?、と自らの足に刻まれた傷跡を見下ろす。
「これは小学生の頃に交通事故で負った名残りだ。足だけじゃなくて頭にも少し傷があるぞ」
ほれ、と太陽は自分の髪を掻き揚げて肌を露出させる。
他の髪で隠れていて分からなかったが、後頭部付近に確かに1本線の手術の痕が生々しく残されていた。
「交通事故? お前事故に遭ったって、大丈夫だったのか!?」
驚愕する小鷹に太陽はため息を吐き。
「大丈夫じゃなかったらここにいる俺はなんなんだよ。幽霊かなにかか?」
交通事故で無事ではければ今生きていないと語る太陽。
確かになと納得する小鷹に、太陽は陰鬱な表情で言葉を続けた。
「まあ、確かに後遺症がないといえば嘘になるが……。実際走るのは少しキツくなったし。もしこの怪我が無ければ、俺も今頃陸上続けられたのかな……」
「はあ? 太陽って陸上やってたのか? 俺、それ初耳だぞ」
傍聴していた信也がシャワーを一旦止めて太陽に物申す。
太陽はキョトンとした顔で、「あれ、そうだっけ?」と首を傾げる。
「やってたって言っても実際、怪我の影響で直ぐに辞めちまったけどな。事故をしたのが小3で、陸上を始めたのが小4だったから。あまりスパンの空いてないままにやったからな」
「ふはぁ……。もしその事故さえ無ければ、もしかしたら今頃俺たちは一緒に部活やってたかもしれないって事か……。なんで事故に遭ったのか覚えているのか?」
「さぁな。事故の影響でか前後の記憶は曖昧なんだ。俺自身も、なんで事故したのか覚えてねえ。それに、俺には陸上の才能がどうせなかっただろうから、遅かれ早かれ辞めてたかもな。少なくとも、強豪のウチで続けられる程の才能はなかっただろう」
太陽からすればもう諦めた身。
自虐気味のそう語るが、その眼には若干の悲しみが垣間見えた。
「太陽、お前は才能がないないと言って、それでも一度は陸上を始めたのって……」
何かを思ったのか信也が太陽に聞く。
「どっかの誰かさんを陸上をするべきと言ったんだ。俺が何もしないのは筋違いかと思ってよ。だけど、才能の差を見せつけられて劣等感を抱いちまったが。まあ、そんな事はどうでもいいだろう」
終わった話はここで終了と太陽は話題を切る。
信也、小鷹も太陽の過去を掘り返すのは失礼だと思ったのか、それ以上の追及はなかった。
沈黙の空気が流れたが、その空気を払拭するかの様な、太陽たちの壁先から微かに声が聞こえる。
「この声って……高見沢の声か? 渡口や晴峰の声も聞こえるな、あいつらこの反対側にいるのか?」
「「「「「「なにぃ!?」」」」」」
信也の微かに聞こえた声での主の解析に、太陽を除く男湯にいた部員一同が目を輝かせた。
先程まで浴槽を漂っていた死体も復活をして、全員が太陽たがいる壁側まで押し寄せる。
太陽たちの壁の反対側。それは乙女の花園である女湯。
しかも、学園の人気者たる光、御影がいる事に男たちは興奮気味に聞き耳を立てる。
「おいおい渡口とか晴峰とか、あいつらどんな会話しているんだ?」
「お風呂での女子トークって言えば恋愛! 渡口と晴峰の恋愛事情が聴けるチャンスじゃねえか!」
男子生徒の憧れの的の2人の恋愛話。
何故そんな根拠が生まれるのか俄かに信じ難いが、男たちの意識は壁側の方に向けられていた。
部員名が一斉に壁に耳を当てる光景は何とも地獄絵図。太陽と信也はこの部の将来を心配するも、我関せずと浴槽に浸かる。
「おいおい古坂に新田。お前らは聞かねえのか?」
「興味ねえからな」
「右に同じく」
本心で興味ないと言うのだが、小鷹は信じられないと言う表情で。
「おいおいマジかよ。あの渡口光と晴峰御影だぜ!? あいつらに興味ないとか……お前らってもしかしてホモなのか? もしかしてお前ら出来てたり!?」
「「断じて違うわッ!」」
学校のトップクラスの美少女2人の赤裸々な恋愛事情が聴ける好機にも関わらずに心動かされない太陽と信也のホモ疑惑を2人が強く否定した所で、再び微かに女湯から声が漏れる。
『修学旅行と言えば、中学の時に夜何してましたか?』
「「「「「修学旅行?」」」」」
今の女湯から聞こえた声は御影の声だった。
会話の断片しか聞き取れず、何故その会話に至ったのか分からない男子部員たち。
女湯からの声は聞こえないが、男子部員たちの言葉で大体の話題を察した信也が、懐かしむ様に太陽と思い出に耽る。
「修学旅行と言えば太陽。あの時は大変だったな。高見沢達が俺たちの部屋に来て、就寝時間ギリギリまで遊んだりしてよ」
「そうだな。あの後先生が見回りに来て、急いで皆で布団に隠れてよ。んで……何故か俺と一緒の布団に隠れた千絵の、俺に対する暴力で結局見つかって、小一時間廊下で説教されたな」
今も色褪せる事のない思い出。
辛い時もあれば楽しい時もあった思い出だが、思い出す度に、あの時には戻れないと痛感させられる。
「……なあ太陽。俺たちの学校は2年の時に修学旅行だが……中学の時みたいに、あいつらとワイワイ楽しめるかな……」
仮に千絵に絞って誘っても、恐らく付属品として彼女も来る。
「……さあな。まあ、少なくとも高校で友達の少ねえお前を憐れんで、俺だけはお前と一緒に回ってやるがな。クラスは違うけど」
哄笑をあげる太陽だが、その声に力はなかった。
その後は気まずくなって沈黙するが、2人を他所に男子部員たちの熱さは燃え上がる。
『渡口さんとかはあるんですか?』
御影の光に対する質問に、男たちは聞き耳を更にめり込む勢いで壁に当てる。
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『……一応あるけど』
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「マジかよ!」
「畜生! 誰だよそんな渡口が部屋に来てくれるっていう羨ましい体験した奴! その男マジ死ね!」
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その男たちの憎悪に籠った羨望の言葉に2人は顔を逸らす。
何故なら、その光及び千絵が来訪した男子部屋が自分たちの所なのだから。
負のオーラを放つ男たちを尻目に、退散しようと太陽は浴槽から上がろうとすると。
憎悪に燃える火に更に油となる言葉が聞こえた。
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男たちの体に雷が奔らんばかりの事実に口をあんぐりさせた。
「おいおい……今晴峰はなんて言ったんだ……。渡口に彼氏が……」
「あの純真潔白で俺たちのアイドルの渡口に……彼氏がいるだと!?」
崖から転げ落ちたかの様な落胆する男たち。
男たちから生気が感じられなくなり、トボトボと男たちは壁側から退散する。
「はぁ……マジかよ。俺、割と本気で渡口の事狙っていたのに、彼氏持ちか……」
「うん、まあ、渡口可愛いからな。彼氏ぐらいいるよな……。その彼氏マジで羨ましい! 誰だそいつ! 見つけたらリア充撲滅鉄拳をお見舞いするぞ!」
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「……そうか。あいつに彼氏か……。まあ、いつか出来るだろうなとは思っていたが」
太陽が零す言葉に信也は眼を点にする。
何を言ってるんだと胡乱な眼を向ける信也だが、太陽は自身の金髪を掻き。
「まあ所詮、俺はあいつの元カレだ。元カノに彼氏が出来て嫉妬とかダサすぎて吐き気がするぜ」
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今の太陽と光は元カレ元カノの間柄。2人の関係は昔に破綻しているのだから。
つまり、それがないという事は現状の光に彼氏がいると太陽は誤解したのか。
信也は嫌な冷や汗を流し、太陽に声を掛けようとするが。
「これで俺も心おきなく前に進めるな。俺は先に上がるが、時間はまだあるし信也はゆっくり浸かっていいからな」
ひらひら手を振る太陽の背中を見送り、声を掛けずじまいの信也。
信也はこれまでにないぐらいの心の揺らぎを感じながら、苦虫を噛み潰したかの様な表情で、女湯にいるであろう千絵を見て。
「……おいおい高見沢。これって、滅茶苦茶悪い方向に転がってねえか?」
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