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2章

好敵手の失墜

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「見つけました、渡口光さんっ!」

 太陽、千絵を押し退け前に出る御影。
 校舎の影から姿を現した想い願った好敵手との再会に目を闘志で燃やしていた。
 一寸のブレのない指さしで御影は光をロックオン。

「えっと、漫画とかでこういう場合は、ここで会ったが百年目!……って言うんですっけ? 久しぶりですね、渡口光さん! 尋常に勝負に私と勝負しましょう! 中学での雪辱をいざ、晴らして頂きます!」

 一人やる気に燃える御影だが、周りの者たちとの温度の差が激しく閑散とした空気になる。

 唐突に勝負を挑まれた光だったが、彼女は困り顔で首を傾げ。

「えっと……確か貴方は、晴峰御影さんだったよね。久しぶり、元気してましたか?」

「はい。おかげ様で、心は一時期ズタボロにされましたが、今はこの通り元気で――――――じゃなくてですね! 何私の宣戦布告を無視スルーしてるんですか!」

 自虐を入れながらのノリツッコみを入れる御影。
 そして彼女は、そのリアクションが恥ずかしかったのか頬を赤めらしてコホンと咳払いを入れる。
 薄々気づいていたが、御影は後で自らの発言を後悔するタイプらしい。

「もう一度言います。渡口さん! 中学の頃は惜敗してしまいましたが、あの後私は己の過信を捨てて一から鍛え、渡口さんにリベンジする為に頑張って来ました! 勿論これが本番だとは言いません。ですが、今の互いの実力の差の把握はこれからの精進にも繋がると思いますので、ここで一度勝負を―――――」

「ごめん、無理なんだ」

「そうです、そうです、ここで勝負は無理…………は?」

 御影からすれば光からの予想外の返答に目を点にする。

「え、えっと……渡口さん? 今、なんて言いましたか? 聞き間違いか、無理と聞こえましたが……」

「聞き間違いじゃないよ。無理って言ったんだ。その挑戦、ごめんだけど無理なの」

「……理由を聞いてもいいでしょうか……?」

「理由は単純だよ。私……陸上を辞めてるから」

 光からの言い渡された現状に御影は言葉を失った。
 その言葉を頭の中で理解するまで御影は数秒掛かり、

「ちょ―――――ちょっと待ってください! 辞めた? 陸上を!? 何故ですか!? あなたにはどれだけの才能が……。そう言えば、今気づきましたが、その背負っているギターケースは……?」

 気持ちを荒ぶらせて目に映っていなかったが、ここで御影は初めて光が背負っているギターケースを目視する。
 光はその問いに答えるべく、背負っているギターケースを腕で抱え込み。

「私、今陸上を辞めて軽音部に所属しているんだ。ついでにリードギター」

「リードギターとか、軽音部とかどうでもいいです……。なんで陸上を辞めたのですか! 渡口さんは全国大会にも出場できるほどの実力で、様々なスポーツメディアの方からも注目される選手じゃないですか! 自分で言うのもなんですが、私にも勝ったあなたが、なんで陸上を―――――」

 御影が言い終わる前に、光は自身の学校指定の黒のソックスを下ろし、その下の物を見せる。
 そのソックスの下は足の軽減を減らす為に巻いているのか、テーピングが巻かれていた。
 ファッションではないのは確かで、その状態を見てスポーツ選手の御影は直ぐに察した。

「……怪我、ですか?」

 光は無言で頷く。
 更に御影は質問する。

「どれくらい前に」

「去年の夏に」

「完治は……」

「現状で日常生活には支障はないけど、高校は諦めろって医者に言われちゃった」

「じゃ、じゃあ……あの約束は……」

 まだ現実を直視してないかの様な失意の瞳。
 彼女が落胆するのも無理はない。
 御影がこの土地に転校する事を決意したのは、彼女がライバルとして意識していた光がいるからで、御影にとって光は目標であって、いつかリベンジを果たすべき相手。
 だが、そんな御影に光は追い打ちと口を開く。
 
「約束って……なんだっけ?」

 その有り得ない一言に御影だけでなく、横で静聴していた太陽さえ驚愕に息を呑んだ。
 数秒静寂な空気が流れると、ハハッ……と力の籠ってない笑いを零した御影が光に尋ねる。

「じょ、冗談ですよ、ね? もしかして、聞いてないんですか、彼氏さんから……? 高校に上がったら、私があなたにもう一度勝負しましょうって……?」

 彼氏さん? と御影の言葉の中の単語に千絵が反応して、千絵は太陽に視線をやる。
 だが太陽は千絵からの突き刺さる視線が居た堪れずに顔を伏せるだけだが、御影の言う『彼氏さん』つまりは現在は元カレだが、これは太陽を指す。

 御影は中学の頃からガラリと容姿を変貌させた太陽に気づいてない所為でこの場でその事が言える。
 そして、太陽の名誉の為に言うのであれば、太陽はしっかりと御影の気持ちを光に伝えている。
 正確に言えば、御影が盛大に光への再戦を表明した現場を光自身が盗み聞きをしてたから、光は知っているはず。

 流石の太陽も、自分が伝えてないならいざ知らず、覚えてないに関してはどうしようもなかった。
 
 しかし、光はポンと手槌を打つと思い出しかの様に、

「そう言えば、そんな事”彼氏”から聞いたね。あの後色々あってすっかり忘れてたよ、ごめんね」

 あっけらかんと笑いながら形だけの謝罪をする光。
 だが一瞬、光が『彼氏』と口にした瞬間の眼は鋭く、太陽の方に向けられていた。
 太陽はそれに違和感を感じた。まるで、太陽は口出しするなと言わんばかりの……。

 「覚えててくれたなら、少し安心しました……。ですが、そうですか……。怪我なら仕方ないですね……。理由は分かりませんが、少し……いえ、かなり残念ですが。辛いのは私よりも、陸上が出来ない渡口さんですものね」

「うん。本当にごめんね、晴峰さん。だから、こんな馬鹿な私なんか忘れて、陸上部を優勝に導いてほしいな。晴峰さんなら、絶対に出来るって思ってるから」

 太陽はこの二人の会話を聞いて、あの時の光景が蘇る。
 中学の卒業式の日の、太陽が光に振られた、悲しい記憶を。
 
 思い出した太陽は怒り、悲しみの入り混じった感情が胸を締め付け、強く歯を噛む。
 だが、会話に割って入ろうといきり立とうとするも、言葉が出なかった。

 そして太陽を他所に、陸上部の悲願である全国大会優勝を託された御影は、そっと目を閉じ、そして自分の左手で右腕を強く握りしめ。

「……分かりました。もし、怪我さえなければ目指していたその目標、私が叶えてみせます。……それに、約束と言っても、あれは私が一方的に言った物で渡口さんは気にしないでください。……ですが、一つだけ言わせて貰いますと―――――――かなり、がっかりしました」

 御影は言い終わると浅く一礼して踵を返してその場を去る。
 そろそろ練習が再開するから、部員の所に戻らなくてはいけないのだろう。

 太陽は去って行く御影になんて声をかければいいのか分からず、その背が遠ざかるのを茫然と眺める事しか出来なかった。
 そして太陽の声が届かないほどに御影との距離が遠くなると、光は苦笑を零し。

「そう思われても仕方ないか。だって――――――自分が一番そう思ってるからね」
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