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1章

夕焼けの公園

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「本当に太陽君ってデリカシーがないよね!? 女性に対して太るぞってありえないから!? 昔からそうだよ! 太陽君は女性の気持ちを弁えずに――――――」

 ガミガミ、と太陽の不適切な発言に憤る千絵の説教を聞きながら、彼女に殴られ今もヒリヒリ痛む腹部を摩りながら、太陽は「すまん……」と小さく頭を垂れる。

 ディスカウントストアで目的の物を互いに購入し終えた後に、各々が買った品が入ったビニール袋を手に、店を出た二人だが、歩き始めて5分は経過しているが、千絵の怒りは治まらない。

「(……確かに女性に対して太るぞは禁句だから、責められて言い返せねえが……。ほんと、いつぐらいから、千絵はこんな暴力的になったんだ? 小学の中間辺りまでは人を殴るってことはなかったのによ。……てか、俺だけなんだが)」

 昔は大人しかった千絵がいつの間にか自分にだけ暴力を振るう野蛮な性格になっていた事に、時間の流れを悲しみながら「聞いてるの太陽君!」と千絵に叱咤され、「聞いてるよ!」と慌てて返していた。

 そして、それから1、2分ほど、千絵の乱射の説教が過ぎ去ると、千絵は嘆息の息を零し。

「……うん、まあ。太陽君がデリカシーがないのは今に始まった事じゃないから諦めるとして……。私だからこの程度で済むけど、他の女性にあの失言をすればタダじゃすまないからね?」

 呆れ顔で肩を竦める千絵を太陽は細い目で見て。

「(確かに怒るだろうが、瞬間的に暴力を振るうのはお前ぐらいじゃないか?)」

 と考えるも、流石の太陽もこれは火に油を注ぐだけだとグッと飲み込む。

 それから少しの間、車道を走る車の音だけが響く静寂な時間が流れると、太陽は千絵の手の方へと目線を向け、ん、と千絵に手を差し出す。

「なに、その手?」

 千絵は太陽の行動が分からず尋ねる。

「持ってやるよ。色々買いこんでいたし、重いだろ?」

「もしかして、それはご機嫌取りで言ってるの? なら、別にいいよ。そういうのは求めてないし」

 不機嫌そうに鼻を鳴らしてそっぽ向く千絵に太陽は口元を引くつかせ、

「別にそういうってわけじゃねえよ。もう日も暮れかかってるし、女一人で帰らすのもあれだし、送ってやるよ。そんでついでに、お前の荷物も持ってやるってことだ。俺はお前ほどに買ってないし、男の方が軽いってのもなんだか嫌だしな」

 太陽は千絵の言うようなご機嫌取りで言っているわけでもなく善意である。
 決してその様な事は無いとは断言できないが、太陽の言葉通りの意味だ。

 時間は夕暮れに差し掛かり、朱色の太陽が地平線に沈みかかり、もう少しすれば夜空が街を覆う。
 
 しかし、太陽の善意とは裏腹に、ご機嫌取りと勘繰る千絵に太陽は面倒くさげな表情だが、その手を引っ込めなかった。

 千絵はパチパチと幾度か瞬きをした後、再び太陽に顔が見えないように別方角に顔を向け。

「……そういう気遣いはできるんだね……ばか」

 千絵が何やらモゴモゴと口を動かしているのに気付いた太陽は、疑心な目を彼女に指し。

「なにかまーた、俺の悪口でも言っているのか?」

 と太陽が言うと、千絵は頬を真っ赤に染めた表情で太陽を睨み。

「なにも言ってないよ! ん! なら、その善意に甘えてお願い! 正直買い過ぎて重いと思ってたから! あと、確かに太陽君の悪口は言ったよ、バーカ!」

「なんでそこまで怒ってるんだよ!?」

 太陽の手をすり抜け、なぜか太陽の胸に買い物袋を押し付ける千絵。
 これは千絵がこちらを向いてなく、ただ腕を太陽に伸ばしたからだ。

 釈然としない太陽は、一歩横に距離を空けて千絵から袋を受け取る。
 太陽の持つ買い物袋は中ぐらいの袋にまだ余裕がある程度の量。
 だが、千絵が渡す袋は大にも関わらずにパンパンである。
 中身はペンやシャー芯などの文具が少々と、残りは千絵が夜食と宣う菓子や飲み物類だ。

 同じ運動をあまりしない同士であるが、男女の力の差から、これは千絵には少し重いかもしれない。
 太陽は自分で購入した袋を左手に持ち替え、千絵から渡された二つの袋を右手で持つ。

「それじゃあ、行くか」

 太陽が言うと、千絵も少し力弱くうんと頷き、太陽の後を追いかける。

 その後は適当な談話をしながら太陽と千絵は帰路を歩き、まだ日があるがせっかちなのか、街頭がちらほらと付き始めた頃、千絵がある場所の前に立ち止まり、太陽の袖を引く。

「ねえ、太陽君。懐かしいね、この公園」
 
 千絵に袖を引かれて止められた太陽は、千絵が指さす小さな、住宅街にポツリとある公園に目を向ける。
 
「だな。同じ街にあるっていうのに、意識しないと、久しぶりに見たって感じになるのは不思議だ」

 滑り台にブランコ、砂場とベンチ。
 最低限の遊具しか揃ってない、本当に小さな公園。
 
 小さく少し殺風景な公園であるが、子供が安全に遊べる場所として、夕暮れ時だが、まだ子供たちがワイワイと追いかけっこをして、その傍らに保護者達が井戸端会議をしている。
 
「本当に懐かしいね。昔、私や太陽君、光ちゃんの3人で、よく遊んだね」

「……あぁ、そうだな」

 思い出に耽る千絵の会話にある人物の名が出てきて、太陽は小さく相槌を打つと、

「あっ、ごめん……。また少し無神経だったね……。太陽君の前で、光ちゃんの名前は……」

 先ほどまで思い出話に咲きかけた笑顔が閉じ、落ち込んだ表情になる千絵。
 太陽の前で光の名は禁句。
 二人の事情を知っている千絵はそう決めていたらしい。

「バーカ。確かに俺とあいつがこじれた関係になったからって、お前の思い出にまで文句を付ける権利は俺にねえよ。あいつとの仲を取り持とうとかお節介じゃない限り、俺は口出しはしねえ。思う存分、思い出話に花を咲かせろ」

「……うん、わかった。ありがと、太陽君。ごめんね、気を使わせて」

「だから、なんでお前が謝るんだよ。元はと言えば――――」

 このままでは千絵が謝り、太陽がフォローする押し問答の様なやり取りになると危惧した太陽。
 複雑な表情で袋を持ちながら右手で自分の後ろ髪を掻くと、その手で公園の無人のブランコに指をさし。

「まっ、折角だし、たまには二人で思い出話でも語り合おうか。運良く、今はブランコは使われてないみたいだしな」

 ベンチは子供の保護者が使っている為、子供たちがボール遊びや追いかけっこに夢中で使われてないブランコに足を運ぼうとする太陽だが、

「ちょ、ちょっと待って! いいの? 太陽君。 私は別にいいけど、思い出話をしちゃうと、太陽君は嫌な事まで思い出すんじゃ……」

 二人の思い出の登場人物にはあの者は欠かせない。
 なら、必然的に登場するその者で太陽は不快な思いをするのではと心配する千絵に、太陽は呆れ顔で。

「だからよ。お前の思い出を口にさせない権利は俺にはねえし。俺が許可してるんだから、お前は何も心疚しい気持ちにならなくてもいいんだって。はぁ……お前も大概、面倒くさい性格しているよな?」

 やれやれと嘆息する太陽に千絵はカチンときたのか眉根を寄せて大声を張り上げる。

「誰の所為でこんな気持ちになっているって思いているのかな!? 殴るよ!? 私のこの、日々の勉強による腕の酷使で鍛え上げた左手で、また殴るよ!?」

「分かった! 謝る! 謝るから、大声を出すな! 周りの視線が痛い! てか、勉強で鍛えた腕って言われても聞いた感じだと迫力がないけどな!?」

 夕暮れの時間に人の声が響く。千絵の怒声も例外ではない。
 公園前に立つ太陽と千絵の方に、公園内の子供と保護者の視線が向けられていた。
 だが、子供は特に興味がないのか、直ぐに遊びを再開にして、保護者達は、

「痴話喧嘩かしら?」

「カップルですかね?」

「見た感じだと学生よね、いいな~青春だな~。私ももう少し青春を謳歌すればよかった……」

「ふふっ。私の若い頃なんてね―――――」

 と、保護者達は話のネタを貰ったと再び談話を盛り上がらせる。

 結局の所、誰も太陽たちに意識を向ける者はいなくなったのだが。
 千絵は公衆の前で大声を出した事を反省してか、少し頬を赤くしてコホンと一つ咳払いを入れ。

「まっ、別に太陽君がいいって言うんだったらいいんだけどさ。後から気分を悪くしたとか言われても責任取らないしフォローしないから?」

「別にいいよ。お前だって、昔の恥ずかしい思い出を話されても殴るなよ?」

「………その時の気分次第かな?」

 この理不尽さ、本当に千絵が暴力女になった事を悲嘆する太陽。
 しかも笑顔で言うのだから猶更質が悪い。

 太陽はバツの悪い苦い表情だが、千絵に聞こえない程度にボソリと呟く。

「……まぁ、俺も、早く区切りを付けたいし、折角の機会だから、その一歩を踏み出そうかな」

 今日出会った晴峰御影との出会いで、太陽は自分がどうするべきなのか、この機会で少しでも区切りを付けたいと思っていた。
 
「太陽君。何かあったの?」

「どうした、藪から棒に? 俺の顔から何か読み取れたのか?」

 千絵は読心術を持っている訳ではないが、長い付き合いからか太陽の考えを看破する節がある。
 ただの偶然であろうが、太陽からすれば少しドキッと心臓を跳ねた。

「別にそういう訳じゃないんだけどさ。いつもの太陽君なら、こう……、光ちゃんの話題とかになると、おじいちゃんみたいに眉を皺寄せたり、頑固おやじみたいな怖い表情になったり、それが更に似合ってない金髪と相まって、相当気持ち悪い感じになってたんだよね」

「……お前、俺に喧嘩でも売っているのか?」

「うん、まあ、少し」

 太陽は堪えた。
 相手は女性。
 もし千絵が同性なら殴っていた。学校の親友の信也であれば迷わず殴っていただろう。
 
 千絵が自分に対して躊躇いもなく殴るとはいえ、男性が女性を殴るのは不平等だが論理に反する。
 自分の我慢強さに自画自賛とばかりに頷く太陽を他所に、先を進みブランコへと向かう千絵は、クルリと振り返り。

「それじゃあ太陽君。久々に思い出話しようか!」

 茜色の日差しが逆光となり、千絵の衒いのない満面な笑顔が冴えるのだった。
 
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