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第四十五話 意外と心が狭いのだな
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その夜、俺はベッドに仰臥して、心でアリアに語りかけた。
『今更だが、魔法について教えてくれ。知っておいた方がいいと思うが、ミスズさんに聞いても要領を得んのだ』
ミスズの説明は感覚に依存するので、オノマトペが多いのだ。
『分かります。ミスズ様は何かと規格外ですから』
アリアは微妙に誤解しつつ納得したようだ。
『無詠唱というのは、呪文を唱えないということだろう?』
『そうです。魔法の力は、偉大な存在からの借り物なのです。ですから、それをお借りするときには、ちゃんと許可を得なくてはなりません。それが詠唱です』
俺の上に浮いたアリアは、眼を閉じて腕を広げた。
『アリアも唱えていなかったと思うのだが?』
『私の場合は、“明日使わせていただくかも知れませんので”と、あらかじめ許可を得ています。ですから、実際に使うときは呪文名を唱えるだけでいいのです』
なんと、予約ができるのか。
つまり、ミスズが昼間戦った公爵の手下魔術師は、しょぼい魔法一発打つのに随分手間取っていたから、予約をしていなかったというわけか。もしかしたら、予約を取るのにも資格が要るのかも知れないな。“偉大な存在クラブ”の会員証とか。
『その、事前許可を怠るとどうなる?』
『畏れ多くて、試すようなことはできませんので、あくまでも伝聞なのですが、何回かは使えるようです。使えますが、得てして、とても大事な局面で使えなくなったりするのだそうです』
最も効果的な状況で非礼を思い知らされるのか。自業自得ではあるが、なんかこう、モヤモヤするな。
『偉大な存在とやらは、意外と心が狭いのだな』
隣の子の消しゴムを勝手に使っていたら、何度目かに物凄く怒られて、定期テスト中に借りようとしたら机の反対側に置かれてしまった、みたいなものだろうか。
確かに、そうなったらお終いだ。
『心は…あるのでしょうか? 申請のない田畑に水が流れていることに気付いたので水路を塞いだ。というような、ごく事務的なものかも知れません』
なるほど、そういう考え方もあるか。
神様が意地悪爺だから、偉大な存在も似たようなものだと思っていたが、そもそも神様と偉大な存在の関係も分からんしな。
『しかし、ミスズさんがソレをやっているのは聞いたことがないな。もしかしたら、俺の部屋に来る前にやっているのかも知れんが…』
そんな可能性は、素粒子レベルでしか存在しないが。
『…そう言えば、許可というのは口に出して得るものか?』
『はい。でないと、偉大な存在に届きませんので』
『その許可は、特別な言語でやるのか?』
『はい。偉大な存在に通じる言葉で行っています』
『それをやるのは夜?』
『は、はい。通常は夜、眠る前に行います』
『俺の口を使ってやったのか?』
『まことに申し訳のないことですが、その通りです…』
なるほど、ミスズが言っていた宇宙語の正体はコレか。
『あぁ、色々腑に落ちたよ。ありがとう』
『どういたしまして。…色々?』
そのとき俺は、何者かがベッドに潜りこんできたのに気付いた。その正体は、もちろんミスズだ。
「なんで毎晩来るのだ?」
「トイレ行ったらプルってなって寒いやん? ここ来たらおっちゃんの身体ぬくいし」
ここダンコフは、長らくミスズが暮らしていたラウヌアより北に位置しているためか、少し気温が低い。
「だとしても、なぜ脱ぐ必要がある? 余計に寒いだろう?」
「おっちゃんかて裸やん? 裸同士やと、体温が混ざる感じして、気持ちエエやん? そう思わん?」
「んぐ。…まぁ、思わなくは…ない…かな」
「せやろ? 明日っからも来るさかいな、けってーい」
あれ? 許可出してしまったことになるのか?
「いや、そうだからいいってコトにはならないだろう?」
「………」
既にミスズは眠っていた。
「…しょうがないな」
そう言いつつも、俺は安らぎを覚えていた。
なぜだろう。女の身体というものは、男よりちょっと体毛が少なくて、ちょっと脂肪多めで柔らかいだけなのに。
触れ合えば、なんでこんなに気持ちがいいのか。
男より体温低いのに、なんであんなに暖かく感じるのか。
俺の身体よりずっと小さいのに、どうして包み込まれているような気がするのか。
本当に不思議だ。
数日後の夕方、俺たちの控え室に大神官がやって来た。なにやら深刻な顔をしているし、影まで濃い気がする。
「…三日前に出陣したアレクス様一行が、消息を絶ちました。式の直後に魔女のアジトに突入したところまでは掴んでいるのですが、それ以降、杳として知れぬのです」
魔女の根城は意外と近く、飛翔魔法なら一時間程度で着くようだ。恐らく蠱龍でも同じくらいだろう。
「そ…それは…」
あんなに強そうに見えたアレクス隊が行方不明とは。
「まぁ、あないなチリ毛の優男には無理やろ。ウチらに任しとき」
椅子に逆に腰掛け、背凭れに顎を乗せたまま、ミスズが言った。
「こらこら、口が過ぎるぞミスズさん」
怖がりのクセに自信満々なんだよなぁ。
大神官は力なく笑って、来訪した理由について語りだした。
「ともかく。アレクス様一行が行方不明になられましたので、三日後までにアレクス様がお戻りにならなかった際は、シオン様に出陣していただきたく、お願いに参りました」
「あ、ああ。わかった」
と答えたものの、俺は少なからず動揺していた。
そのときが来れば心を決めるつもりでいたし、言うほど本気で只飯喰らいに始終するつもりだったわけではない。
アレクス隊の実力がどれほどのものか、詳しくは知らないが、彼らにできなかったことを、俺にやれるとは思えない。俺に“偽勇者”という謗りを放っているのは、他でもない俺自身なのだ。
「大神官、アレクス隊が遭難したとなれば、姫様は衝撃を受けて居られるのではないか?」
信じて送り出した勇者一行が遭難したとなると、ショックを受けないはずがない。特にアレクスは婿候補でもあったし尚更だ。
「はい。姫様は…」
言葉を切った大神官は、一歩横に動いて後を続けた。
「こちらに居られます…」
大神官の後ろには、頚椎が曲がる極限まで項垂れたプリンチナが立っていた。
「うわっ!」
『プリンチナ様!』
「…シオン様、ご機嫌はいかがです…?」
ようやく顔を上げたプリンチナは、青い顔で微笑むと、搾り出すように言った。
労しいことだが、俺には掛ける言葉が見つからない。“俺が必ず倒すから気を落とすな”なんて、絶対に言えない。
「あ、あぁ。少し疲れていますが、大丈夫。元気です」
ご機嫌伺いなどしたことがないので、自動翻訳したような返答になってしまう。
「いかがですか? 姫様は…」
「私も、元気、ですわ…ふふ…」
「いや、絶対嘘やろ…」
ミスズが呟いたとおり、輝く笑顔で舞台を駆け回っていたのが嘘のように、冷笑的な表情を浮かべている。まるでメンヘラ女の如き様相である。
見ていられなくなった俺は、助けを求めようと視線を大神官の方に移した。
「はい。最前までは見るも痛ましいご様子でしたが、“私の見立てでは、本物の勇者はシオン様でございます”…と申し上げましたところ、少し元気を取り戻されまして。こうしてご同道戴けたのです」
そう言って大神官はニッコリ笑った。
「んが…!」
俺の下顎は、重力に負けてストンと落ちた。なんということを言いだすのだコイツは!
「勿論、ミスズ殿がサラ殿と同等か、それ以上の魔法使いであるということ。摩訶不思議な遺物、コリュンの件もお話いたしました」
そこは別に構わんが、案外口が軽いな。
「姫さん、しんどそうやん? ここ座っとき?」
ミスズが椅子を引くと、プリンチナは力なく微笑んで腰を下ろした。近付く女には無条件で拒否反応を示すミスズが、今日はなぜか優しい。
「…それで大神官、今日はプリンチナ様をお連れするのが目的なのか?」
「忘れていました。これを」
大神官は両手で胸の前に持っていた剣を、俺の前に差し出した。
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ミスズの説明は感覚に依存するので、オノマトペが多いのだ。
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『偉大な存在とやらは、意外と心が狭いのだな』
隣の子の消しゴムを勝手に使っていたら、何度目かに物凄く怒られて、定期テスト中に借りようとしたら机の反対側に置かれてしまった、みたいなものだろうか。
確かに、そうなったらお終いだ。
『心は…あるのでしょうか? 申請のない田畑に水が流れていることに気付いたので水路を塞いだ。というような、ごく事務的なものかも知れません』
なるほど、そういう考え方もあるか。
神様が意地悪爺だから、偉大な存在も似たようなものだと思っていたが、そもそも神様と偉大な存在の関係も分からんしな。
『しかし、ミスズさんがソレをやっているのは聞いたことがないな。もしかしたら、俺の部屋に来る前にやっているのかも知れんが…』
そんな可能性は、素粒子レベルでしか存在しないが。
『…そう言えば、許可というのは口に出して得るものか?』
『はい。でないと、偉大な存在に届きませんので』
『その許可は、特別な言語でやるのか?』
『はい。偉大な存在に通じる言葉で行っています』
『それをやるのは夜?』
『は、はい。通常は夜、眠る前に行います』
『俺の口を使ってやったのか?』
『まことに申し訳のないことですが、その通りです…』
なるほど、ミスズが言っていた宇宙語の正体はコレか。
『あぁ、色々腑に落ちたよ。ありがとう』
『どういたしまして。…色々?』
そのとき俺は、何者かがベッドに潜りこんできたのに気付いた。その正体は、もちろんミスズだ。
「なんで毎晩来るのだ?」
「トイレ行ったらプルってなって寒いやん? ここ来たらおっちゃんの身体ぬくいし」
ここダンコフは、長らくミスズが暮らしていたラウヌアより北に位置しているためか、少し気温が低い。
「だとしても、なぜ脱ぐ必要がある? 余計に寒いだろう?」
「おっちゃんかて裸やん? 裸同士やと、体温が混ざる感じして、気持ちエエやん? そう思わん?」
「んぐ。…まぁ、思わなくは…ない…かな」
「せやろ? 明日っからも来るさかいな、けってーい」
あれ? 許可出してしまったことになるのか?
「いや、そうだからいいってコトにはならないだろう?」
「………」
既にミスズは眠っていた。
「…しょうがないな」
そう言いつつも、俺は安らぎを覚えていた。
なぜだろう。女の身体というものは、男よりちょっと体毛が少なくて、ちょっと脂肪多めで柔らかいだけなのに。
触れ合えば、なんでこんなに気持ちがいいのか。
男より体温低いのに、なんであんなに暖かく感じるのか。
俺の身体よりずっと小さいのに、どうして包み込まれているような気がするのか。
本当に不思議だ。
数日後の夕方、俺たちの控え室に大神官がやって来た。なにやら深刻な顔をしているし、影まで濃い気がする。
「…三日前に出陣したアレクス様一行が、消息を絶ちました。式の直後に魔女のアジトに突入したところまでは掴んでいるのですが、それ以降、杳として知れぬのです」
魔女の根城は意外と近く、飛翔魔法なら一時間程度で着くようだ。恐らく蠱龍でも同じくらいだろう。
「そ…それは…」
あんなに強そうに見えたアレクス隊が行方不明とは。
「まぁ、あないなチリ毛の優男には無理やろ。ウチらに任しとき」
椅子に逆に腰掛け、背凭れに顎を乗せたまま、ミスズが言った。
「こらこら、口が過ぎるぞミスズさん」
怖がりのクセに自信満々なんだよなぁ。
大神官は力なく笑って、来訪した理由について語りだした。
「ともかく。アレクス様一行が行方不明になられましたので、三日後までにアレクス様がお戻りにならなかった際は、シオン様に出陣していただきたく、お願いに参りました」
「あ、ああ。わかった」
と答えたものの、俺は少なからず動揺していた。
そのときが来れば心を決めるつもりでいたし、言うほど本気で只飯喰らいに始終するつもりだったわけではない。
アレクス隊の実力がどれほどのものか、詳しくは知らないが、彼らにできなかったことを、俺にやれるとは思えない。俺に“偽勇者”という謗りを放っているのは、他でもない俺自身なのだ。
「大神官、アレクス隊が遭難したとなれば、姫様は衝撃を受けて居られるのではないか?」
信じて送り出した勇者一行が遭難したとなると、ショックを受けないはずがない。特にアレクスは婿候補でもあったし尚更だ。
「はい。姫様は…」
言葉を切った大神官は、一歩横に動いて後を続けた。
「こちらに居られます…」
大神官の後ろには、頚椎が曲がる極限まで項垂れたプリンチナが立っていた。
「うわっ!」
『プリンチナ様!』
「…シオン様、ご機嫌はいかがです…?」
ようやく顔を上げたプリンチナは、青い顔で微笑むと、搾り出すように言った。
労しいことだが、俺には掛ける言葉が見つからない。“俺が必ず倒すから気を落とすな”なんて、絶対に言えない。
「あ、あぁ。少し疲れていますが、大丈夫。元気です」
ご機嫌伺いなどしたことがないので、自動翻訳したような返答になってしまう。
「いかがですか? 姫様は…」
「私も、元気、ですわ…ふふ…」
「いや、絶対嘘やろ…」
ミスズが呟いたとおり、輝く笑顔で舞台を駆け回っていたのが嘘のように、冷笑的な表情を浮かべている。まるでメンヘラ女の如き様相である。
見ていられなくなった俺は、助けを求めようと視線を大神官の方に移した。
「はい。最前までは見るも痛ましいご様子でしたが、“私の見立てでは、本物の勇者はシオン様でございます”…と申し上げましたところ、少し元気を取り戻されまして。こうしてご同道戴けたのです」
そう言って大神官はニッコリ笑った。
「んが…!」
俺の下顎は、重力に負けてストンと落ちた。なんということを言いだすのだコイツは!
「勿論、ミスズ殿がサラ殿と同等か、それ以上の魔法使いであるということ。摩訶不思議な遺物、コリュンの件もお話いたしました」
そこは別に構わんが、案外口が軽いな。
「姫さん、しんどそうやん? ここ座っとき?」
ミスズが椅子を引くと、プリンチナは力なく微笑んで腰を下ろした。近付く女には無条件で拒否反応を示すミスズが、今日はなぜか優しい。
「…それで大神官、今日はプリンチナ様をお連れするのが目的なのか?」
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