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第四十一話 馬鹿な娘です

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「わ、悪いな大神官、ウチの蠱龍はふたり用なんだ」
「…はて、蠱龍とは?」
「俺たちを抱えて飛んでくれる龍だ。可愛いやつさ」

 可愛いのはサイズだけで、戦いぶりは全然可愛くないがな。
「なんと、龍? そんな仲間がいらっしゃるのですか!」

「あぁ、控え室まで来たら紹介しよう。それと、大神官の不安を取り除いてやろうか。厚意はありがたいが、俺も法術士の高位魔法を使えるのだ。残念ながら今は…破魔魂聖!」

ブァン!

 俺と大神官の周りを光の壁が包んだ。
「おぉ…これは驚いた」
 大神官が驚きを隠さず語りかけてきた。

「さすが勇者、専門の私と遜色ない、完全な破魔魂聖ですな!」
 驚いたのは俺も同様だ。俺は魔法なんか使っていない。

『アリア! …魔法が使えると証明するためだけに使うなんて!』
『シオン様は、必要と思ったときは使えと仰いました』
『…確かにそう言ったが…こんな…』

 毎晩アリアが、俺の口を操ってお祈りをしていたのを忘れていた。
「シオン様は異世界人ですが、なぜ破魔魂聖を?」
「あ? あぁ、アリアが魔法力を残していってくれたのかもな?」

 嘘を吐くと、微妙に語尾が上がる。
「あぁ…そういうこと…もあるのでしょう…か?」
 大神官は複雑な顔をしながら自らに理解させ、何かに気付いたように真顔に戻った。

「…シオン様、あの子は…。アリアはなにか申しておりませんでしたか?」
「アリアは…なにも…。この城を示して、大神官に会えと…」
「…そうですか。ありがとうございます」

 頭を上げた大神官は、無言で遠くの山並みに目をやった。
 嘘だとは気付かれなかったようだが、もうドキドキものだぜ。
 俺は嘘を吐くのが苦手なんだ。

「私は、あれを…アリアを誇りに思っておりますが…」
 少し間をおいて語り始めた大神官が、続いて口から出したのは、耳を疑う言葉だった。
「…馬鹿な娘です」

 俺は瞬時に身体の奥が熱くなるのを感じた。
「…なんだって…? どういう意味だ?」
 親の立場と国の行く末を慮って身を捧げた娘を馬鹿と断ずるとは、この男はどういうつもりなのか。

「…年相応に好きな男でも見つけて、純潔を失っておれば、このようなお役目を仰せつかることもなかったのに。私は、大神官としてはアリアの貞淑さを誇りに思うと同時に、親として馬鹿な娘だと、…そう思うのです」

 俺は頭をブン殴られたような思いだった。
 そういう考え方もあるのかと、理解したい気持ちとそれを拒みたい気持ちが、俺の中で鬩ぎ合った。

「だ、だが、アリアは神官なのだろう? 神官と言うものは、そういうものではないのか?」
「そうではありますが、そうなのですが…」
 俯いた大神官の足元に、ひとつふたつとしずくが落ちた。

「親としては、生きていて欲しかったのです」
 絶叫のような、砂嵐のようなノイズが、俺の耳と目に迫ってくる。姿は見えないが、アリアが泣いているのだ。

 大神官は俺より少し年上だが、年齢的には俺だって、アリアくらいの娘が居てもおかしくはないのに。俺は自らを恥じた。そんな発想に至らなかったことと、この人とアリアの親子関係について、思い違いをしていたことを。

 今の状況は、アリアが言った通り、避けられぬ運命のようなものだったのだろう。
「なぜ、それを俺に言う?」
「あなた以外の、誰に申せと仰るのです?」

 そう言って大神官は、俺を真っ直ぐ見詰めてきた。その言葉には、真っ直ぐな、カウンターパンチを食らったような驚きがあった。

 確かにそうだ。身体が、骨も残さず消滅してしまったアリアが、唯一存在していたという証は、俺がここにいることなのだ。
「…俺は墓石のようなものか」

 この世界に墓石があるかどうかは知らないが、少なくとも墓に類する物は存在した。
 となれば、故人の墓の前で、気休め、自己満足と知りつつも語りたい、懺悔したいという気持ちは、誰にだってひとつやふたつはあるだろう。

 俺はこの良く似た誠実な親子を、とても羨ましいと思った。
 俺に親はいない。だが“あのとき”まで、親がないことを負い目に感じていなかった。

 あのとき、子供の世話が大変だとこぼしていた同僚に、俺は冗談めかして“親がなくても子は育つ。俺を見ろ”と言った。
「だからお前は、そんな風に育ってしまったんだろう?」

 そのときの同僚の返答は、俺の心に深く突き刺さった。ああ、そうだったのだ。
 俺は俺のカタチが欠けていることに、気付いていなかったのだ。
 と気付いた。

 得心すると同時に、眼を閉じても目蓋の裏が真っ赤に見えるほどの怒りを感じた。
 俺はそれを肯定するのか? こいつに言われたままで納得してしまうのか? 衝動が爆発を迎えた。

 しかし、殴りかかろうとした俺の腕を、元相棒は裏拳で制した。
「気にするな、あたしだって親なしだ」

 危ないところだった。ここで怒りのままに殴りかかってしまえば、自ら“そんな風に”を肯定したことになる。そんなことを十も年下の相棒に諭されるなんて、年長者として情けない限りだ。

 思えば令嬢、元相棒、ミスズ、アリアと、俺の周りにいたのはいい女ばかりだ。
 優しくて強い、素晴らしい女たちだ。
 彼女たちに出会えて、色々助けられた俺は、とても運がいい。

 アリアの心のざわめきが収まったのか、視界のノイズがなくなった。

ブァン!

 空気を震わせて破魔魂聖が消滅した。効果切れだ。
「あぁ、破魔魂聖の消え際にアリアを感じます。アリアは、よい働きをしたようだ」
「分かるのか? そんなことが?」

「雰囲気…のようなものでしょうか。言葉にはしづらいですが、分かります」
「…あんたの気持ちは、アリアに届いたと思うよ。…絶対にだ」
 大神官は無言で眼を細めた。

 控え室に戻ると、ミスズがムスっと膨れていた。
「…どうした? 俺がひとりで散歩に出たから怒っているのか?」
「それもあるけど!」

「…けど?」
「おっちゃん探しに表出たとき、廊下であのサラて女に会うたんや」
 サラはアレクス隊の聖森人の魔法使いで、ミスズと同等の魔力がある。…らしい。

「ほんで、“この前のはなんなん?”て聞いてみたんや」
 “この前の”とは、初めて会ったときのことだろう。サラはミスズを見るなり、旧友に会ったような顔をしたのに、近付くと急に興味を失ったように真顔になった。

「それで、なんて?」
「ほんなら、“ワレ、そうかと思たけどちゃうやんけボケめんどいことすな。けど、えらいけったいなやっちゃな?”て」

「…本当にそんな言い方をしたのか?」
「んはは。ホンマは“あなた、そうかと思ったのに、違うのね。でも、面白い”」
 ミスズは科を作ってサラの声真似をした。

「…って言うたんやけどな。そんだけ言うて、行ってしもた」
「ふむ。知り合いかと思って、声をかけようとしたら別人だったから、恥ずかしくて真顔になったということか?」

『聖森人は耳に特徴がありますから、強い魔力を感じて近付いたら、“それ”がなかったので、間違ったと気付いたということでしょう』

 アリアは同じ種族と間違った説か。ミスズは聖森人と同等の魔力があると、アレクスが言ったことは正しかったのだな。
 しかし、“面白い”というのはなんだろう?

「そゆことやろな。どや、おっちゃん? 別嬪姉ちゃんの知り合いと間違えられたウチも、捨てたモンやないてコトやろ?」

 別嬪さんの知り合いは別嬪さんであるという理論は成り立たないのだが、ミスズは得意げな顔で擦り寄ってきた。

「そうだな。ミスズさんもじゅうぶん別嬪さんだよ」
 そう答えて、俺はミスズの頭を撫でた。
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