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第四十話 私は、この国を守りたいのです
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「おっちゃんてば!」
その言葉に我に返ると同時に、鳩尾にミスズのこぶしが食い込んだ。
「ぬふぅっ…。なんだいミスズさん…」
ミスズを見下ろすと、鬼のような顔をして前を指差していた。
「シオン様? いかがなされたのですか?」
「い、いや、なんでもない」
アリアとの会話に集中している間に、大神官に話しかけられていたようだ。俺は手振りで、大神官に話を促した。
「…話を…」
「ではシオン様とミスズ様は、アレクス様の戦果が判明するまで、当城で食客として逗留戴きます。そして、もしもアレクス隊が不首尾であった場合には、シオン隊に出て戴きとうございますが、それでよろしゅうございますか?」
「ああ、それで構わない。…だろう? ミスズさん?」
「ショッカクってなんなん? 悪の秘密結社かなんか?」
それはショッカーだと思うが、毎度渋いなこの子。
「食客。要するに只飯喰らいだな」
「イッショクイッパンてやつか?」
「ははは。一食一飯って、食ってばかりじゃないか」
俺はひとしきり笑った後、ミスズに視線を戻した。
「まぁ、何宿何飯になるか分からんが、まぁゆっくりさせてもらおう」
その後、俺たちは控え室に通されたが、急遽用意されたにしては、なかなか豪華だ。
何部屋か繋がったスイートルーム構造になっており、中央の部屋の卓上には茶器と菓子、果物などが置かれている。
「おー、凄いやん凄いやん!」
甘いものに飢えていたのだろう。走ってテーブルについたミスズは、菓子と果物を貪り喰った。一方俺は、ロングソファに横たわり、アリアとの会話を試みた。
『アリア、さっきのはどういうことだ? アリアがまだ存在していることくらい、教えてやればよかったのではないか?』
さっきのとは、“言わないで”のことである。
『…私はもう死んだ人間です。ただ消えずにシオン様の中に居るだけで、言葉を交わせるわけでも、触れ合えるわけでもありません』
『だが、だとしても…』
『いえ。いずれ本当に消えてしまうのに、今こんな状態で、ここにいると教えることに、どれだけの意味があるでしょう? 父はもう充分悲しみ、自分を責めたはずです。なのに、もう一度悲しませるなど、私には…』
『…そうか。そうだな。その通りだ。…すまん』
すべて詳らかにすればいいというものでもない。そんなこと、分かっているつもりだったが、本当に、ただのつもりだったようだ。
「…おっちゃん、どないしたん?」
気がつくと、ミスズが俺の顔を覗き込んでいた。
「ウチがお菓子全部食べたから怒ったん?」
アリアの話に苛ついて、いつの間にか険しい顔をしていたようだ。もじもじしているミスズ頭に、そっと手を載せる。
「怒ってなんかないよ。大人は、お菓子なんか食べなくても大丈夫…」
と言いかけた俺に、アリアがはっとした顔を向けた。俺には必要なくても、アリアは故郷の菓子を味わいたいのだろう。
「…いや、怒ってはないが、今度は少し分けてくれ」
その日の午後、俺は城壁に上がって周囲を見渡した。
ここダンコフは、サルトーレスに比べると平野が少なくて山がちの地形だ。この城も、標高百メートルほどの丘の上に建っていて、遠くには海が見える。
振り返ると山の峰が連なり、遠くは青緑色に煙っておぼろげだ。
『…綺麗な国だ。俺の国にも似ている』
『ありがとうございます。ですから私は、この国を守りたいのです』
『本当にこの国が好きなのだな』
『はい、国は大好きです。愛しています』
『国は?』
アリアの含んだ物言いに問い返したとき、背後に気配を感じた。
「シオン様、ここにいらしたのですか」
呼ばれて振り返ると、大神官がこちらに向かって歩いていた。
「やぁ大神官、俺になにか?」
「シオン様とミスズ様が、国王によって正式に勇者として認定されましたので、それをお伝えするためにお探ししておりました」
「それで、結局どういう扱いになるのだろうか?」
「…シオン様的には、以前のままということになりますか」
形式を整えたということだろうが、勇者と認定されねば、国を救う戦いもできないというのか。面倒くさいものだ。
「シオン様はどうしてこちらに?」
「あぁ、綺麗な国だと思ってね」
「ありがとうございます。ですから私は、この国を守りたいのです」
聞いていたのかと思うくらい、一言一句アリアと同じだったが、大神官の言葉には続きがあった。
「…そう思っていました。ですが、あの魔女の力は凄まじく、送り込んだ討伐隊は、誰も戻っては来ませんでした」
悔しそうに視線を逸らす大神官。
「…恐らく、悉く動死体にされてしまったのでしょう」
「なぜ動死体に?」
動死体。いわゆるゾンビだ。
「動死体は主を裏切ることがないからでしょう。真相は不明ですが、魔女の配下は、すべて動死体だという報告を受けております」
ふむ。仲間にするために洗脳したり脅迫したり買収したりしても、裏切るやつは裏切る。
アジトがむちゃくちゃ臭くて、嫌なガスとか発生しそうだが、動死体にしておくのが一番手軽で安心ということか。
「…シオン様?」
色々考え込んでいると、大神官が話しかけてきた。
「あぁ、手下といえば、アレクス氏の仲間はどういう人物なのだ? 今まで多くの討伐隊が出たと聞いたが、よくあんな人材が残っていたものだな」
「彼らは他国の互助会に依頼して集めた者たちです」
勇者召喚と同時に、仲間の募集もしていたのか。異世界から同伴してくるわけはないしな。納得だ。納得なのだが…。
「素性は大丈夫なのか? …その、魔女とやらの仲間の可能性とか」
「魔女の手下は動死体ばかりですし、仲間の彼らが生者であることは確認してありますので、その可能性は低いかと思われます。…絶無とは申せませんが」
なんだか言いがかりのようになってしまったか?
「ふむ。ならいいのだが、どれもなかなか強そうな仲間じゃないか」
「近隣の…シオン様が降りられたサルトーレスは遠いので無理でしたが、同盟国の互助会に声を掛けました。ダンコフ近傍では、現段階でこれ以上の顔ぶれは望めないでしょう」
流石に砂漠の向こうまで募集は掛けられなかったか。ダンコフ危機がラウヌアの互助会で知られていないのも無理からぬ話だな。
「それにしてもシオン様、おひとりだけとは言え、あのような稀有な魔法使いを伴って参られるとは、流石勇者様でございますな」
「はは…」
まぁ、都合よく同郷の子が居たっていう、偶然の産物だからな。
「しかし、魔法使いだけでは釣り合いが取れないのでは? どうでしょう、私が回復役として同行致しましょうか?」
アレクス隊を羨ましがっているように思われてしまったか?
確かに大神官が同行してくれれば戦力的にありがたい。
しかし、アリアのことが知られると都合が悪い。
だがしかし、個々人の問題より、国の大事を優先させるべきでは?
うむぅ…。
………そうだ!
その言葉に我に返ると同時に、鳩尾にミスズのこぶしが食い込んだ。
「ぬふぅっ…。なんだいミスズさん…」
ミスズを見下ろすと、鬼のような顔をして前を指差していた。
「シオン様? いかがなされたのですか?」
「い、いや、なんでもない」
アリアとの会話に集中している間に、大神官に話しかけられていたようだ。俺は手振りで、大神官に話を促した。
「…話を…」
「ではシオン様とミスズ様は、アレクス様の戦果が判明するまで、当城で食客として逗留戴きます。そして、もしもアレクス隊が不首尾であった場合には、シオン隊に出て戴きとうございますが、それでよろしゅうございますか?」
「ああ、それで構わない。…だろう? ミスズさん?」
「ショッカクってなんなん? 悪の秘密結社かなんか?」
それはショッカーだと思うが、毎度渋いなこの子。
「食客。要するに只飯喰らいだな」
「イッショクイッパンてやつか?」
「ははは。一食一飯って、食ってばかりじゃないか」
俺はひとしきり笑った後、ミスズに視線を戻した。
「まぁ、何宿何飯になるか分からんが、まぁゆっくりさせてもらおう」
その後、俺たちは控え室に通されたが、急遽用意されたにしては、なかなか豪華だ。
何部屋か繋がったスイートルーム構造になっており、中央の部屋の卓上には茶器と菓子、果物などが置かれている。
「おー、凄いやん凄いやん!」
甘いものに飢えていたのだろう。走ってテーブルについたミスズは、菓子と果物を貪り喰った。一方俺は、ロングソファに横たわり、アリアとの会話を試みた。
『アリア、さっきのはどういうことだ? アリアがまだ存在していることくらい、教えてやればよかったのではないか?』
さっきのとは、“言わないで”のことである。
『…私はもう死んだ人間です。ただ消えずにシオン様の中に居るだけで、言葉を交わせるわけでも、触れ合えるわけでもありません』
『だが、だとしても…』
『いえ。いずれ本当に消えてしまうのに、今こんな状態で、ここにいると教えることに、どれだけの意味があるでしょう? 父はもう充分悲しみ、自分を責めたはずです。なのに、もう一度悲しませるなど、私には…』
『…そうか。そうだな。その通りだ。…すまん』
すべて詳らかにすればいいというものでもない。そんなこと、分かっているつもりだったが、本当に、ただのつもりだったようだ。
「…おっちゃん、どないしたん?」
気がつくと、ミスズが俺の顔を覗き込んでいた。
「ウチがお菓子全部食べたから怒ったん?」
アリアの話に苛ついて、いつの間にか険しい顔をしていたようだ。もじもじしているミスズ頭に、そっと手を載せる。
「怒ってなんかないよ。大人は、お菓子なんか食べなくても大丈夫…」
と言いかけた俺に、アリアがはっとした顔を向けた。俺には必要なくても、アリアは故郷の菓子を味わいたいのだろう。
「…いや、怒ってはないが、今度は少し分けてくれ」
その日の午後、俺は城壁に上がって周囲を見渡した。
ここダンコフは、サルトーレスに比べると平野が少なくて山がちの地形だ。この城も、標高百メートルほどの丘の上に建っていて、遠くには海が見える。
振り返ると山の峰が連なり、遠くは青緑色に煙っておぼろげだ。
『…綺麗な国だ。俺の国にも似ている』
『ありがとうございます。ですから私は、この国を守りたいのです』
『本当にこの国が好きなのだな』
『はい、国は大好きです。愛しています』
『国は?』
アリアの含んだ物言いに問い返したとき、背後に気配を感じた。
「シオン様、ここにいらしたのですか」
呼ばれて振り返ると、大神官がこちらに向かって歩いていた。
「やぁ大神官、俺になにか?」
「シオン様とミスズ様が、国王によって正式に勇者として認定されましたので、それをお伝えするためにお探ししておりました」
「それで、結局どういう扱いになるのだろうか?」
「…シオン様的には、以前のままということになりますか」
形式を整えたということだろうが、勇者と認定されねば、国を救う戦いもできないというのか。面倒くさいものだ。
「シオン様はどうしてこちらに?」
「あぁ、綺麗な国だと思ってね」
「ありがとうございます。ですから私は、この国を守りたいのです」
聞いていたのかと思うくらい、一言一句アリアと同じだったが、大神官の言葉には続きがあった。
「…そう思っていました。ですが、あの魔女の力は凄まじく、送り込んだ討伐隊は、誰も戻っては来ませんでした」
悔しそうに視線を逸らす大神官。
「…恐らく、悉く動死体にされてしまったのでしょう」
「なぜ動死体に?」
動死体。いわゆるゾンビだ。
「動死体は主を裏切ることがないからでしょう。真相は不明ですが、魔女の配下は、すべて動死体だという報告を受けております」
ふむ。仲間にするために洗脳したり脅迫したり買収したりしても、裏切るやつは裏切る。
アジトがむちゃくちゃ臭くて、嫌なガスとか発生しそうだが、動死体にしておくのが一番手軽で安心ということか。
「…シオン様?」
色々考え込んでいると、大神官が話しかけてきた。
「あぁ、手下といえば、アレクス氏の仲間はどういう人物なのだ? 今まで多くの討伐隊が出たと聞いたが、よくあんな人材が残っていたものだな」
「彼らは他国の互助会に依頼して集めた者たちです」
勇者召喚と同時に、仲間の募集もしていたのか。異世界から同伴してくるわけはないしな。納得だ。納得なのだが…。
「素性は大丈夫なのか? …その、魔女とやらの仲間の可能性とか」
「魔女の手下は動死体ばかりですし、仲間の彼らが生者であることは確認してありますので、その可能性は低いかと思われます。…絶無とは申せませんが」
なんだか言いがかりのようになってしまったか?
「ふむ。ならいいのだが、どれもなかなか強そうな仲間じゃないか」
「近隣の…シオン様が降りられたサルトーレスは遠いので無理でしたが、同盟国の互助会に声を掛けました。ダンコフ近傍では、現段階でこれ以上の顔ぶれは望めないでしょう」
流石に砂漠の向こうまで募集は掛けられなかったか。ダンコフ危機がラウヌアの互助会で知られていないのも無理からぬ話だな。
「それにしてもシオン様、おひとりだけとは言え、あのような稀有な魔法使いを伴って参られるとは、流石勇者様でございますな」
「はは…」
まぁ、都合よく同郷の子が居たっていう、偶然の産物だからな。
「しかし、魔法使いだけでは釣り合いが取れないのでは? どうでしょう、私が回復役として同行致しましょうか?」
アレクス隊を羨ましがっているように思われてしまったか?
確かに大神官が同行してくれれば戦力的にありがたい。
しかし、アリアのことが知られると都合が悪い。
だがしかし、個々人の問題より、国の大事を優先させるべきでは?
うむぅ…。
………そうだ!
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