上 下
31 / 58

第三十話 多分、私のせいです

しおりを挟む
 翌朝起きると、例によってミスズが隣で寝ていたので、例によって俺は起こさないようにベッドを出て、互助会に向かった。赤い石の出荷と、製造中止の事情を話さねばならないと思ったからだ。

 二日連続して赤い石が出荷されるという天から、無期限出荷停止という地へ、ニイナの表情は一気に転げ落ちた。
「急用でダンコフへ? いつ戻るか分からない?」

 カウンターの向こうで、ヘッドショットを受けたように崩れ落ちたニイナは、虚ろな眼をして言葉を繋いだ。
「なんてこと…」

「出発までにできるだけ多く作っておくから、販路は増やさず、在庫は大事にしてくれ」
「…分かりました。できるだけ早く帰ってくださいね?」
 カウンターに身を乗り出して話しかけると、ニイナはしゃがみ込んだまま、絞り出すように答えた。

「…はぁ。俺にも魔法石を作るギフトでもあればなぁ」
 初級者洞窟に向かう風バイクにて、俺は己の非才を嘆いた。この世界に来てから、おのれの無力さを嘆くことが多い。

 いや、嘆かない日がないくらいだ。
『あぁ、忘れていました。申し訳ありません! 私、シオン様が気を失われているときに、神様にお会いしたのです!』

『なんだって? 神様は何か言っていなかったか? ギフトとか!』
 目の前のアリアに詰め寄るが、当然彼女の実体はそこにない。
『はい、託っております!』

 なんて都合のいい展開なんだ。これはもう、運命ではないか?
『そそそ、それで、神様はなんと?』
『シオン様に授けるギフトは…』

 ドロドロドロ…俺の頭の中でドラムロールが鳴る。
『確か“ショックリ”とか!』
 俺の思考は、戦場なら軽く命取りになる程度に止まった。

『……ショックリ?』
『そう仰いましたが、その言葉に心当たりはございませんか?』
 ニンニク入りの鶏肉スープか何かだろうか?

『ない。そもそも何語なんだ?』
『シオン様の母国語だと思われるのですが…』
 この世界の神なのに、ギフト名が日本語ってのも変な話だが、ミスズの場合もそうだったから、日本語と断定して問題ないだろう。

 もしかしたら、異世界の神が無理して日本語使ったら変な発音になって、それを異世界人のアリアが聞いて俺に伝えるという最悪の伝言ゲームになったとか。
 そういうことなのか?

『…まぁ、名前はさて置き、俺もギフトを貰っていたということは分かった。詳しい効能は追々探るとして、今現在重要なのは、魔法石を作ることができるかどうかだ』
『そうですね』

 早速試してみよう。
 目を閉じて、こぶしを固めて、意識を集中。そう言えば、神様からは説明も何もなかったから、苦労したってミスズも言っていたな。

 そもそも、石を作るギフトの名が“宵越”ってなんだよ。“魔法力を持ち越すとオーバーフローして損だから、石にして保存できるようにしてあげるよ”って親切なんだろうが、名前と効果が直接結びつかないから、不親切極まりないんだよ。

 とりあえず親切なのか不親切なのかどっちかにしろ。
 ああ、なんだか猛然と腹が立ってきたぞ。
 神への怒りを気合に乗せて、眼を開くと同時に俺は叫んだ。

「神のボケナスがぁ!」
『シオン様? いかがなされたのですか?』
 アリアの狼狽。

 あて先を定めていない思考はアリアには聞こえなくて、俺が脈絡もなく神の悪口を言ったようにしか見えなかったわけか。納得だ。
 その後俺は手を広げたが、キラリと手汗が輝いただけだった。

「…やはり無理か。なんだよショックリって…」
 伏線張ってすぐに回収とか、都合の良すぎる展開だとは思ったが、これで魔法石が作れるようになるほど人生は甘くないか。

『申し訳ありません。私がもっとちゃんと伺っていれば…』
「いや、向こうの言葉を知らないアリアに、性悪神の遊びを理解しろと言っても無理だろう?」

『そんな、性悪神などと畏れ多い…』
「いいんだよ、本当のことだ」
 何気なく“遊び”という言葉を口にしたが、意外と的を射ているのかもしれない。

「ギフトというものは、よくあるものなのか?」
『滅相もないことです!』
 アリアが珍しく眼を剥いてかぶりを振り、ひとつ息をついて言葉を続けた。

『このような、神の恩寵としか考えられないもの、私はもちろん、大神官の父ですら賜ってはおりません。賜っているのは被召喚者か王族くらいです。…多分』
「多分?」

『曖昧な言い方で申し訳ありませんが、王と王位継承順位の上位の方は賜っていると喧伝されています。ただし、軍事的な理由で、その内容は明かされていません。同様の理由で、他にも明かされていない場合があるかも知れませんし…』

「あー…」
 純粋なアリアは信じているようだが、俺としては枯れ尾花を見てしまった気分だ。とは言え、少なくともミスズのギフトは本物だ。であるなら、俺のも本物のはずだ。

「そんなに珍しいものだったのか。俺にとっては魔法も同じくらい不思議だから、違いが分からんがな」
『ミスズ様はギフトはもちろん、魔法もかなり珍しいです』

「それ、互助会でも聞かれたが、アリアから見ても異質なのか?」
『異質すぎます! 無詠唱のうえ、石にして投げるなんて、もぅ魔法かどうかも疑わしいです。…あれは本当に魔法なのですか?』

「アリアに分からないことが、俺に分かるはずがないだろう?」
 唯一分かったのは、当初俺が抱いていた“呪文を唱えてドーン”というヤツが普通らしいということだ。

「呪文を唱えてドーンが普通で、呪文を唱えず石にするのは異常…」
『こう考えたらどうでしょう?』
 人差し指を立てたアリアは、言葉を切ってタメを作った。

『燐寸で火を点けることは普通ですが、何もないところから燐寸を生み出すのは異常です』
 タメた割に、特に驚きもない普通の話だった。
 唯一、こっちにも燐寸があるという知識が増えたが。

 西部劇でも燐寸は使われていたし、そもそもこっちの科学レベルが分からんから、なんとも言えんが。…あるかもな。
「…いまひとつ釈然としないが。まぁ、魔法は普通、ギフトは希少ということで理解した」

『いえ、魔法使いも普通と言えるほど多くはないのです。少しは使える程度なら百人にひとり。洞窟に入れる程度に使えるのは、更に百人にひとりくらいなのではないでしょうか』
 魔法を“普通”の例えのように使ったのは誰だよ?

「…では、ミスズさんくらい使えるのは?」
『更に百人にひとりくらいかと』
 つまり百万人にひとりか。今の日本なら百二十人くらい居る計算になる。

 宝くじ長者が一年間で同じくらい産まれているとか聞いたことがあるが、そう考えれば多いと言うべきか、少ないと言うべきか。

 この日も昨日と同じように探索し、特に危ないこともなく終わった。
 川原でトニカクを倒したときにミスズが言っていたように、ここを縄張りとしているチョーダを倒したから、新しい主が現れるまでは安全なのかも知れない。

 だが、こちらも昨日と同じように、強い疲労を感じた。それほど若くはないが、昨日今日老けたわけではないので気になる。
 これで往復が徒歩だったら、帰るのが嫌になっていたかもしれない。風バイク様々だ。

「今日はなんか疲れたな」
『…申し訳ありません。多分、私のせいです』
 俺の斜め前でフワフワしながら、アリアが小さく手を上げた。

「アリアの? なぜだ?」
『私がシオン様の中に居るから…』
 不敏な俺は、やっとそこで気がついた。

 アリアの人格を保存するリソース、映像を投影するリソース、魔法を顕現させるリソース。それらすべては俺の脳を媒体としている。疲れるのは当然なのだ。
「…なるほど。そういうことか」

『申し訳ありません』
「いや、悪い病気だったらどうしようと思っていたのだ。理由さえ分かれば問題ない」
『ありがとうございます』

「ああ、いつまでも居てもらって構わないぞ」
『…それは…とてもありがたいのですが、それほど長くは居られないと思います。ときどき意識が途絶えたりしますし、いつまで居られるか、私の意志では決められないようです』
 時々アリアの姿が見えなくなったり、言葉を発しないことがあるのはそういうことか。

『おふたりがチョーダに襲われたとき、思わず出て行ってしまいましたが、あのようなことがなければ、私は姿を現さなかったかも知れません。私に出来ることならなんでもしますが、私はいつ消えるか分かりませんので、戦力に含められると困るのです』

 なんということだ。俺は俺のことしか考えていなかった。
「俺の頭は住みにくいか? どうすればお前は長く生きられる?」
『シオン様はお優しいのですね。それだけで充分です』

「だけどお前…!」
『今ここに居られること自体、何かの間違いか、途方もない幸運だったのです。これ以上を望んでは、罰が当たります』
 そう言ってアリアは微笑んだ。

「くっ…」
 アリアを責めても仕方がない。寿命は自分では決められないし、意思によって死を早めることはできても、遅らせたり止めたりできるものではないのだ。

「くそッ!」
 苛立ち紛れに、俺は風バイクの車体にこぶしを叩きつけようとしたが、思いとどまった。車体が壊れたら困るし、手を怪我したらアリアに魔法を使わせてしまうからだ。

 俺はただ、できるだけアリアに無理をさせないように振る舞い、いつか消えていくのを待つしかないのか? 
正直辛い。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 よろしくお願いいたします。 マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

処理中です...