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第三十話 多分、私のせいです
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翌朝起きると、例によってミスズが隣で寝ていたので、例によって俺は起こさないようにベッドを出て、互助会に向かった。赤い石の出荷と、製造中止の事情を話さねばならないと思ったからだ。
二日連続して赤い石が出荷されるという天から、無期限出荷停止という地へ、ニイナの表情は一気に転げ落ちた。
「急用でダンコフへ? いつ戻るか分からない?」
カウンターの向こうで、ヘッドショットを受けたように崩れ落ちたニイナは、虚ろな眼をして言葉を繋いだ。
「なんてこと…」
「出発までにできるだけ多く作っておくから、販路は増やさず、在庫は大事にしてくれ」
「…分かりました。できるだけ早く帰ってくださいね?」
カウンターに身を乗り出して話しかけると、ニイナはしゃがみ込んだまま、絞り出すように答えた。
「…はぁ。俺にも魔法石を作るギフトでもあればなぁ」
初級者洞窟に向かう風バイクにて、俺は己の非才を嘆いた。この世界に来てから、おのれの無力さを嘆くことが多い。
いや、嘆かない日がないくらいだ。
『あぁ、忘れていました。申し訳ありません! 私、シオン様が気を失われているときに、神様にお会いしたのです!』
『なんだって? 神様は何か言っていなかったか? ギフトとか!』
目の前のアリアに詰め寄るが、当然彼女の実体はそこにない。
『はい、託っております!』
なんて都合のいい展開なんだ。これはもう、運命ではないか?
『そそそ、それで、神様はなんと?』
『シオン様に授けるギフトは…』
ドロドロドロ…俺の頭の中でドラムロールが鳴る。
『確か“ショックリ”とか!』
俺の思考は、戦場なら軽く命取りになる程度に止まった。
『……ショックリ?』
『そう仰いましたが、その言葉に心当たりはございませんか?』
ニンニク入りの鶏肉スープか何かだろうか?
『ない。そもそも何語なんだ?』
『シオン様の母国語だと思われるのですが…』
この世界の神なのに、ギフト名が日本語ってのも変な話だが、ミスズの場合もそうだったから、日本語と断定して問題ないだろう。
もしかしたら、異世界の神が無理して日本語使ったら変な発音になって、それを異世界人のアリアが聞いて俺に伝えるという最悪の伝言ゲームになったとか。
そういうことなのか?
『…まぁ、名前はさて置き、俺もギフトを貰っていたということは分かった。詳しい効能は追々探るとして、今現在重要なのは、魔法石を作ることができるかどうかだ』
『そうですね』
早速試してみよう。
目を閉じて、こぶしを固めて、意識を集中。そう言えば、神様からは説明も何もなかったから、苦労したってミスズも言っていたな。
そもそも、石を作るギフトの名が“宵越”ってなんだよ。“魔法力を持ち越すとオーバーフローして損だから、石にして保存できるようにしてあげるよ”って親切なんだろうが、名前と効果が直接結びつかないから、不親切極まりないんだよ。
とりあえず親切なのか不親切なのかどっちかにしろ。
ああ、なんだか猛然と腹が立ってきたぞ。
神への怒りを気合に乗せて、眼を開くと同時に俺は叫んだ。
「神のボケナスがぁ!」
『シオン様? いかがなされたのですか?』
アリアの狼狽。
あて先を定めていない思考はアリアには聞こえなくて、俺が脈絡もなく神の悪口を言ったようにしか見えなかったわけか。納得だ。
その後俺は手を広げたが、キラリと手汗が輝いただけだった。
「…やはり無理か。なんだよショックリって…」
伏線張ってすぐに回収とか、都合の良すぎる展開だとは思ったが、これで魔法石が作れるようになるほど人生は甘くないか。
『申し訳ありません。私がもっとちゃんと伺っていれば…』
「いや、向こうの言葉を知らないアリアに、性悪神の遊びを理解しろと言っても無理だろう?」
『そんな、性悪神などと畏れ多い…』
「いいんだよ、本当のことだ」
何気なく“遊び”という言葉を口にしたが、意外と的を射ているのかもしれない。
「ギフトというものは、よくあるものなのか?」
『滅相もないことです!』
アリアが珍しく眼を剥いてかぶりを振り、ひとつ息をついて言葉を続けた。
『このような、神の恩寵としか考えられないもの、私はもちろん、大神官の父ですら賜ってはおりません。賜っているのは被召喚者か王族くらいです。…多分』
「多分?」
『曖昧な言い方で申し訳ありませんが、王と王位継承順位の上位の方は賜っていると喧伝されています。ただし、軍事的な理由で、その内容は明かされていません。同様の理由で、他にも明かされていない場合があるかも知れませんし…』
「あー…」
純粋なアリアは信じているようだが、俺としては枯れ尾花を見てしまった気分だ。とは言え、少なくともミスズのギフトは本物だ。であるなら、俺のも本物のはずだ。
「そんなに珍しいものだったのか。俺にとっては魔法も同じくらい不思議だから、違いが分からんがな」
『ミスズ様はギフトはもちろん、魔法もかなり珍しいです』
「それ、互助会でも聞かれたが、アリアから見ても異質なのか?」
『異質すぎます! 無詠唱のうえ、石にして投げるなんて、もぅ魔法かどうかも疑わしいです。…あれは本当に魔法なのですか?』
「アリアに分からないことが、俺に分かるはずがないだろう?」
唯一分かったのは、当初俺が抱いていた“呪文を唱えてドーン”というヤツが普通らしいということだ。
「呪文を唱えてドーンが普通で、呪文を唱えず石にするのは異常…」
『こう考えたらどうでしょう?』
人差し指を立てたアリアは、言葉を切ってタメを作った。
『燐寸で火を点けることは普通ですが、何もないところから燐寸を生み出すのは異常です』
タメた割に、特に驚きもない普通の話だった。
唯一、こっちにも燐寸があるという知識が増えたが。
西部劇でも燐寸は使われていたし、そもそもこっちの科学レベルが分からんから、なんとも言えんが。…あるかもな。
「…いまひとつ釈然としないが。まぁ、魔法は普通、ギフトは希少ということで理解した」
『いえ、魔法使いも普通と言えるほど多くはないのです。少しは使える程度なら百人にひとり。洞窟に入れる程度に使えるのは、更に百人にひとりくらいなのではないでしょうか』
魔法を“普通”の例えのように使ったのは誰だよ?
「…では、ミスズさんくらい使えるのは?」
『更に百人にひとりくらいかと』
つまり百万人にひとりか。今の日本なら百二十人くらい居る計算になる。
宝くじ長者が一年間で同じくらい産まれているとか聞いたことがあるが、そう考えれば多いと言うべきか、少ないと言うべきか。
この日も昨日と同じように探索し、特に危ないこともなく終わった。
川原でトニカクを倒したときにミスズが言っていたように、ここを縄張りとしているチョーダを倒したから、新しい主が現れるまでは安全なのかも知れない。
だが、こちらも昨日と同じように、強い疲労を感じた。それほど若くはないが、昨日今日老けたわけではないので気になる。
これで往復が徒歩だったら、帰るのが嫌になっていたかもしれない。風バイク様々だ。
「今日はなんか疲れたな」
『…申し訳ありません。多分、私のせいです』
俺の斜め前でフワフワしながら、アリアが小さく手を上げた。
「アリアの? なぜだ?」
『私がシオン様の中に居るから…』
不敏な俺は、やっとそこで気がついた。
アリアの人格を保存するリソース、映像を投影するリソース、魔法を顕現させるリソース。それらすべては俺の脳を媒体としている。疲れるのは当然なのだ。
「…なるほど。そういうことか」
『申し訳ありません』
「いや、悪い病気だったらどうしようと思っていたのだ。理由さえ分かれば問題ない」
『ありがとうございます』
「ああ、いつまでも居てもらって構わないぞ」
『…それは…とてもありがたいのですが、それほど長くは居られないと思います。ときどき意識が途絶えたりしますし、いつまで居られるか、私の意志では決められないようです』
時々アリアの姿が見えなくなったり、言葉を発しないことがあるのはそういうことか。
『おふたりがチョーダに襲われたとき、思わず出て行ってしまいましたが、あのようなことがなければ、私は姿を現さなかったかも知れません。私に出来ることならなんでもしますが、私はいつ消えるか分かりませんので、戦力に含められると困るのです』
なんということだ。俺は俺のことしか考えていなかった。
「俺の頭は住みにくいか? どうすればお前は長く生きられる?」
『シオン様はお優しいのですね。それだけで充分です』
「だけどお前…!」
『今ここに居られること自体、何かの間違いか、途方もない幸運だったのです。これ以上を望んでは、罰が当たります』
そう言ってアリアは微笑んだ。
「くっ…」
アリアを責めても仕方がない。寿命は自分では決められないし、意思によって死を早めることはできても、遅らせたり止めたりできるものではないのだ。
「くそッ!」
苛立ち紛れに、俺は風バイクの車体にこぶしを叩きつけようとしたが、思いとどまった。車体が壊れたら困るし、手を怪我したらアリアに魔法を使わせてしまうからだ。
俺はただ、できるだけアリアに無理をさせないように振る舞い、いつか消えていくのを待つしかないのか?
正直辛い。
二日連続して赤い石が出荷されるという天から、無期限出荷停止という地へ、ニイナの表情は一気に転げ落ちた。
「急用でダンコフへ? いつ戻るか分からない?」
カウンターの向こうで、ヘッドショットを受けたように崩れ落ちたニイナは、虚ろな眼をして言葉を繋いだ。
「なんてこと…」
「出発までにできるだけ多く作っておくから、販路は増やさず、在庫は大事にしてくれ」
「…分かりました。できるだけ早く帰ってくださいね?」
カウンターに身を乗り出して話しかけると、ニイナはしゃがみ込んだまま、絞り出すように答えた。
「…はぁ。俺にも魔法石を作るギフトでもあればなぁ」
初級者洞窟に向かう風バイクにて、俺は己の非才を嘆いた。この世界に来てから、おのれの無力さを嘆くことが多い。
いや、嘆かない日がないくらいだ。
『あぁ、忘れていました。申し訳ありません! 私、シオン様が気を失われているときに、神様にお会いしたのです!』
『なんだって? 神様は何か言っていなかったか? ギフトとか!』
目の前のアリアに詰め寄るが、当然彼女の実体はそこにない。
『はい、託っております!』
なんて都合のいい展開なんだ。これはもう、運命ではないか?
『そそそ、それで、神様はなんと?』
『シオン様に授けるギフトは…』
ドロドロドロ…俺の頭の中でドラムロールが鳴る。
『確か“ショックリ”とか!』
俺の思考は、戦場なら軽く命取りになる程度に止まった。
『……ショックリ?』
『そう仰いましたが、その言葉に心当たりはございませんか?』
ニンニク入りの鶏肉スープか何かだろうか?
『ない。そもそも何語なんだ?』
『シオン様の母国語だと思われるのですが…』
この世界の神なのに、ギフト名が日本語ってのも変な話だが、ミスズの場合もそうだったから、日本語と断定して問題ないだろう。
もしかしたら、異世界の神が無理して日本語使ったら変な発音になって、それを異世界人のアリアが聞いて俺に伝えるという最悪の伝言ゲームになったとか。
そういうことなのか?
『…まぁ、名前はさて置き、俺もギフトを貰っていたということは分かった。詳しい効能は追々探るとして、今現在重要なのは、魔法石を作ることができるかどうかだ』
『そうですね』
早速試してみよう。
目を閉じて、こぶしを固めて、意識を集中。そう言えば、神様からは説明も何もなかったから、苦労したってミスズも言っていたな。
そもそも、石を作るギフトの名が“宵越”ってなんだよ。“魔法力を持ち越すとオーバーフローして損だから、石にして保存できるようにしてあげるよ”って親切なんだろうが、名前と効果が直接結びつかないから、不親切極まりないんだよ。
とりあえず親切なのか不親切なのかどっちかにしろ。
ああ、なんだか猛然と腹が立ってきたぞ。
神への怒りを気合に乗せて、眼を開くと同時に俺は叫んだ。
「神のボケナスがぁ!」
『シオン様? いかがなされたのですか?』
アリアの狼狽。
あて先を定めていない思考はアリアには聞こえなくて、俺が脈絡もなく神の悪口を言ったようにしか見えなかったわけか。納得だ。
その後俺は手を広げたが、キラリと手汗が輝いただけだった。
「…やはり無理か。なんだよショックリって…」
伏線張ってすぐに回収とか、都合の良すぎる展開だとは思ったが、これで魔法石が作れるようになるほど人生は甘くないか。
『申し訳ありません。私がもっとちゃんと伺っていれば…』
「いや、向こうの言葉を知らないアリアに、性悪神の遊びを理解しろと言っても無理だろう?」
『そんな、性悪神などと畏れ多い…』
「いいんだよ、本当のことだ」
何気なく“遊び”という言葉を口にしたが、意外と的を射ているのかもしれない。
「ギフトというものは、よくあるものなのか?」
『滅相もないことです!』
アリアが珍しく眼を剥いてかぶりを振り、ひとつ息をついて言葉を続けた。
『このような、神の恩寵としか考えられないもの、私はもちろん、大神官の父ですら賜ってはおりません。賜っているのは被召喚者か王族くらいです。…多分』
「多分?」
『曖昧な言い方で申し訳ありませんが、王と王位継承順位の上位の方は賜っていると喧伝されています。ただし、軍事的な理由で、その内容は明かされていません。同様の理由で、他にも明かされていない場合があるかも知れませんし…』
「あー…」
純粋なアリアは信じているようだが、俺としては枯れ尾花を見てしまった気分だ。とは言え、少なくともミスズのギフトは本物だ。であるなら、俺のも本物のはずだ。
「そんなに珍しいものだったのか。俺にとっては魔法も同じくらい不思議だから、違いが分からんがな」
『ミスズ様はギフトはもちろん、魔法もかなり珍しいです』
「それ、互助会でも聞かれたが、アリアから見ても異質なのか?」
『異質すぎます! 無詠唱のうえ、石にして投げるなんて、もぅ魔法かどうかも疑わしいです。…あれは本当に魔法なのですか?』
「アリアに分からないことが、俺に分かるはずがないだろう?」
唯一分かったのは、当初俺が抱いていた“呪文を唱えてドーン”というヤツが普通らしいということだ。
「呪文を唱えてドーンが普通で、呪文を唱えず石にするのは異常…」
『こう考えたらどうでしょう?』
人差し指を立てたアリアは、言葉を切ってタメを作った。
『燐寸で火を点けることは普通ですが、何もないところから燐寸を生み出すのは異常です』
タメた割に、特に驚きもない普通の話だった。
唯一、こっちにも燐寸があるという知識が増えたが。
西部劇でも燐寸は使われていたし、そもそもこっちの科学レベルが分からんから、なんとも言えんが。…あるかもな。
「…いまひとつ釈然としないが。まぁ、魔法は普通、ギフトは希少ということで理解した」
『いえ、魔法使いも普通と言えるほど多くはないのです。少しは使える程度なら百人にひとり。洞窟に入れる程度に使えるのは、更に百人にひとりくらいなのではないでしょうか』
魔法を“普通”の例えのように使ったのは誰だよ?
「…では、ミスズさんくらい使えるのは?」
『更に百人にひとりくらいかと』
つまり百万人にひとりか。今の日本なら百二十人くらい居る計算になる。
宝くじ長者が一年間で同じくらい産まれているとか聞いたことがあるが、そう考えれば多いと言うべきか、少ないと言うべきか。
この日も昨日と同じように探索し、特に危ないこともなく終わった。
川原でトニカクを倒したときにミスズが言っていたように、ここを縄張りとしているチョーダを倒したから、新しい主が現れるまでは安全なのかも知れない。
だが、こちらも昨日と同じように、強い疲労を感じた。それほど若くはないが、昨日今日老けたわけではないので気になる。
これで往復が徒歩だったら、帰るのが嫌になっていたかもしれない。風バイク様々だ。
「今日はなんか疲れたな」
『…申し訳ありません。多分、私のせいです』
俺の斜め前でフワフワしながら、アリアが小さく手を上げた。
「アリアの? なぜだ?」
『私がシオン様の中に居るから…』
不敏な俺は、やっとそこで気がついた。
アリアの人格を保存するリソース、映像を投影するリソース、魔法を顕現させるリソース。それらすべては俺の脳を媒体としている。疲れるのは当然なのだ。
「…なるほど。そういうことか」
『申し訳ありません』
「いや、悪い病気だったらどうしようと思っていたのだ。理由さえ分かれば問題ない」
『ありがとうございます』
「ああ、いつまでも居てもらって構わないぞ」
『…それは…とてもありがたいのですが、それほど長くは居られないと思います。ときどき意識が途絶えたりしますし、いつまで居られるか、私の意志では決められないようです』
時々アリアの姿が見えなくなったり、言葉を発しないことがあるのはそういうことか。
『おふたりがチョーダに襲われたとき、思わず出て行ってしまいましたが、あのようなことがなければ、私は姿を現さなかったかも知れません。私に出来ることならなんでもしますが、私はいつ消えるか分かりませんので、戦力に含められると困るのです』
なんということだ。俺は俺のことしか考えていなかった。
「俺の頭は住みにくいか? どうすればお前は長く生きられる?」
『シオン様はお優しいのですね。それだけで充分です』
「だけどお前…!」
『今ここに居られること自体、何かの間違いか、途方もない幸運だったのです。これ以上を望んでは、罰が当たります』
そう言ってアリアは微笑んだ。
「くっ…」
アリアを責めても仕方がない。寿命は自分では決められないし、意思によって死を早めることはできても、遅らせたり止めたりできるものではないのだ。
「くそッ!」
苛立ち紛れに、俺は風バイクの車体にこぶしを叩きつけようとしたが、思いとどまった。車体が壊れたら困るし、手を怪我したらアリアに魔法を使わせてしまうからだ。
俺はただ、できるだけアリアに無理をさせないように振る舞い、いつか消えていくのを待つしかないのか?
正直辛い。
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