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第二十七話 イマジナリーフレンド? …というヤツらしい
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『シオン様、私はあなたの頭の中にいます。シオン様が見ているのは私の虚像です。姿が見えたほうが便利だと思ったのでこうしました。ですから、ミスズ様には聞こえませんし、私の姿も見えません』
なんと、この少女は俺の頭の中に? あのときからずっと?
「なんでそんなことになったんだ?」
頭の中の少女は、わが身と世界に起こった事々を語った。
自分がアリア・ノストゥという名の巫女であること。
祖国ダンコフが、魔女と、そいつが操る動死体に襲われたこと。
自分が異世界の勇者を探しに行く役目を仰せつかり、その過程で自分の身体が失われたため、俺の頭に住みついたこと。
俺をこの世界に最適化するため、頭の中を色々弄くりまわしている内に時間が経ってしまい、登場が遅れてしまったこと。
俺を勇者だと思っていること。
「…そういうことだったのか。色々と得心が行った」
こっちに来て以来、いや、来ることになった理由も含めて、俺の心身に起こった異変は、すべてアリアのせいだったのだ。
いや、あえて“せい”とは言うまい。
彼女自身犠牲者であり、少なくとも今の俺たちにとってありがたい存在なのだから。
「ぐすっ…おっちゃん、さっきから誰と話してるのん?」
「う、うぉ?」
すっかり泣き止んだミスズが、俺を見上げていた。
ミスズは仲間が、特に女が仲間に入るのを恐れている。
特に今回、俺に怪我をさせたという負い目があるから、自分は捨てられると思い込むに違いない。またおかしなテンションになって迫られるのは困る。
嫌ではないが、決して嫌ではないが、たまらなくて困るのだ。
「えと、そ…そう…イマジナリーフレンド? …というヤツらしい」
「い、イマフ? なんなんソレ?」
「俺のそばにいて、色々教えてくれる、ありがたーいお方だ。…多分」
「…イマフって、女なん?」
ミスズが警戒したように身を固くした。
「いや、白い髭をたくわえた、厳かなご老人だよ?」
「さよか…」
ミスズがほっとしたように息を吐き、その隣ではアリアがくすりと笑った。
そんな状況が可笑しくて、俺は苦笑した。
「凄いなぁ。やっぱりおっちゃんは、呼ばれた人なんやな!」
アリアに目をやると、コクコクと頷いている。確かに俺を呼んだのはお前なのだしな。間違ってはいないけどな。
外が安全なのを確認し、アリアに頼んでバリアを解いた。
「ん…くっさぁ」
ミスズが鼻をつまんでえづく。
生臭い肉の臭いと、それが焦げた臭い。洞窟内で魔核を取ってはいけないという規則の正しさがよく分かる。
『シオン様、魑魅割を使いますね』
「え? なんだって?」
『臭いと瓦斯に対する抵抗力を上げます。魑魅割!』
アリアの手が輝いたと同時に、息が楽になった。
「お? 臭ぁないなったで? 慣れたんかな?」
「いや、イマフさんが臭くなくなる魔法使ってくれたんだ」
「おぉ~凄いやん。いきなし大活躍やな、イマフはん」
チョーダの死体は粉々になってしまったので、偶然魔核を取り出したような状況になっていた。そのため、死体も魔核も残るという、ため息しか出ない状態だった。
「おっちゃん、折角やし、とりあえず魔核拾おうや」
「了解だ。その後はどうする?」
「赤い石で焼いて、緑の石で集めて、アイツに食わしたらどうやろ?」
「アイツ?」
ミスズが指差す方に眼を凝らすと、燻ぶるチョーダの死体の火に照らされて、遠くの方でイキタスが蠢くのが見えた。
「なるほど。いったん赤い石で焼くのは、できるだけ栄養分を無くすためか?」
「エエ焼き加減で食わすんは勿体無いわ、丸焦げで充分や」
ミスズの言葉は、“イキタスが来てなかったら自分で食うのに”とでも言いたげに聞こえたが、ともかく、俺たちはミスズの案に従ってチョーダの死体を処理した。
元々そうなのか、分裂したから増えたのか、魔核はかなりの量だった。
ひとつひとつは小粒であるものの、総量一キログラムほどありそうで、ミスズが言うにはかなりのアプリになるらしい。
「こんだけ魔核が取れるって分かったら、命がけで無茶するヤツも出るかも知れんな」
まぁ、あっちの世界でも命がけで一攫千金という話は聞かなくもないし、それが犯罪行為でないのなら、止める筋合いはない。
「えっ? 今度はチョーダを倒されたのですか?」
街に帰って互助会に申告すると、いつも感情が読みにくいエーリカが、分かりやすく表情を変えた。
「せやで。これが魔核や、恐れ入ったか! オロクはちゃんと片付けて、イキタスに食わしといたから、文句はないやろ?」
言って、魔核の入った皮袋をどしゃりとカウンターに置いた。
「はい、恐れ入りました。文句もございません」
エーリカは事務的にミスズに頭を下げると、素早く俺に向き直った。
「…それで、アレは如何様なバケモノだったのでしょうか?」
俺はイキタス遭遇からチョーダ討伐までの経過を、アリア関連を省いて語った。
むろん回生法術を使ったのも俺、ということになっている。
「…イキタスまで居るとは…とても興味深いお話でした」
一心にメモを取っていたエーリカは、顔を上げて息を吐いた。
「ですが、そんな倒し方を是とすることはできませんので、チョーダは引き続き不可触案件ですね」
分からなくて不可触とされるのと、分かっていてそうされるのとでは、まったく違う。
ヤツのヤバさを分かっていなければ、初遭遇時の俺たちのように、“やれるかも”などと思ってしまうバカモノが出てくるに違いない。
「一応、チョーダの死骸は焼いて、燃えカスはイキタスに食わせておいたから、洞窟の環境は悪化していないと思う」
「イキタスまで居るとなれば、初級洞窟にしておくのは危険でしょうか。でも初級洞窟がなくなると探索者の育成に差し支えます。そうだ、一階だけなら…でも一階にもチョーダと遭遇例があるし…」
俺たちの視線を気にすることもなく、エーリカは呟きながら表情をくるくると変えた。
ここ数日で彼女の仮面が剥がれた気がして、俺はちょっと嬉しくなった。
「…ふう」
メモを書き上げたポーズのまま、エーリカがため息をついた。
「どうしたんだ? エーリカさん」
「ミスズ様が仰られたとおり、私はシオン様の階級を誤ったのかも知れません。自信を失ってしまいます…」
ため息をついたエーリカは、目を伏せた。
「せや! おっちゃんにはイマフ様がついててくれるんやぞ!」
俺は慌ててミスズを制した。
「いやいや、間違ってはいない。俺なんてその程度のものだ!」
例のならず者の捕縛にしても、エーリカならきっと、もっとうまくやっただろう。
当然怪我人は出さなかっただろうし、もしかしたらならず者にも怪我をさせずに制圧していたかもしれない。
「…イマフ様とは?」
「おっちゃん専用の神様や! 凄い爺ちゃんなんやで?」
ミスズの隣で、幻のアリアが照れくさそうに笑う。
これでは益々紹介しにくくなってしまうじゃないか。
なお、これほど大量の魔核はこの町では換金不可なので、首都リズアに送らねばならないのだという。
「そもそも魔核とはなんなんだい?」
「魔核がバケモノの心臓に入っているということはご存知かと思われますが、魔力を物理的な力に変換する効果があります」
「首都に送ったらどうなる?」
「魔核の効果から想像いただけるかもしれませんが、魔核にはソサルティートという、魔力を眼に見える力に変換する成分が含まれます。ソサルティートを抽出する技術は、この国では首都にしかないので、首都に送るのです。ソサルティートが多く含まれる武器ほど、攻撃力が高い、魔法が乗りやすいといった利点があります」
「なるほど。そのソサルティートを集めて、新しい武器を作るわけか」
「左様です」
「うむうむ。準備を怠らないのはいいことだ」
「はい、魔界のこともありますから、武器防具はいくらあっても足るということはありません」
エーリカの話の中で、初めて聞くワードに引っかかった。
「魔界? 魔界と言ったのか?」
「はい、そう申しました」
「あの、悪魔とかが居たりする、あの魔界か?」
「はい、その魔界です」
一般常識のように、表情を変えることなくエーリカは答えた。
「魔界などというものがあるのか?」
「はい、この大陸の北に」
「地続きなのか!」
アリアはふわふわ浮きながら頷き、カウンターの向こう側の女たちは不思議そうな顔をこちらに向け、ミスズはぽかんとしている。
驚いているのは俺だけだった。
なんと、この少女は俺の頭の中に? あのときからずっと?
「なんでそんなことになったんだ?」
頭の中の少女は、わが身と世界に起こった事々を語った。
自分がアリア・ノストゥという名の巫女であること。
祖国ダンコフが、魔女と、そいつが操る動死体に襲われたこと。
自分が異世界の勇者を探しに行く役目を仰せつかり、その過程で自分の身体が失われたため、俺の頭に住みついたこと。
俺をこの世界に最適化するため、頭の中を色々弄くりまわしている内に時間が経ってしまい、登場が遅れてしまったこと。
俺を勇者だと思っていること。
「…そういうことだったのか。色々と得心が行った」
こっちに来て以来、いや、来ることになった理由も含めて、俺の心身に起こった異変は、すべてアリアのせいだったのだ。
いや、あえて“せい”とは言うまい。
彼女自身犠牲者であり、少なくとも今の俺たちにとってありがたい存在なのだから。
「ぐすっ…おっちゃん、さっきから誰と話してるのん?」
「う、うぉ?」
すっかり泣き止んだミスズが、俺を見上げていた。
ミスズは仲間が、特に女が仲間に入るのを恐れている。
特に今回、俺に怪我をさせたという負い目があるから、自分は捨てられると思い込むに違いない。またおかしなテンションになって迫られるのは困る。
嫌ではないが、決して嫌ではないが、たまらなくて困るのだ。
「えと、そ…そう…イマジナリーフレンド? …というヤツらしい」
「い、イマフ? なんなんソレ?」
「俺のそばにいて、色々教えてくれる、ありがたーいお方だ。…多分」
「…イマフって、女なん?」
ミスズが警戒したように身を固くした。
「いや、白い髭をたくわえた、厳かなご老人だよ?」
「さよか…」
ミスズがほっとしたように息を吐き、その隣ではアリアがくすりと笑った。
そんな状況が可笑しくて、俺は苦笑した。
「凄いなぁ。やっぱりおっちゃんは、呼ばれた人なんやな!」
アリアに目をやると、コクコクと頷いている。確かに俺を呼んだのはお前なのだしな。間違ってはいないけどな。
外が安全なのを確認し、アリアに頼んでバリアを解いた。
「ん…くっさぁ」
ミスズが鼻をつまんでえづく。
生臭い肉の臭いと、それが焦げた臭い。洞窟内で魔核を取ってはいけないという規則の正しさがよく分かる。
『シオン様、魑魅割を使いますね』
「え? なんだって?」
『臭いと瓦斯に対する抵抗力を上げます。魑魅割!』
アリアの手が輝いたと同時に、息が楽になった。
「お? 臭ぁないなったで? 慣れたんかな?」
「いや、イマフさんが臭くなくなる魔法使ってくれたんだ」
「おぉ~凄いやん。いきなし大活躍やな、イマフはん」
チョーダの死体は粉々になってしまったので、偶然魔核を取り出したような状況になっていた。そのため、死体も魔核も残るという、ため息しか出ない状態だった。
「おっちゃん、折角やし、とりあえず魔核拾おうや」
「了解だ。その後はどうする?」
「赤い石で焼いて、緑の石で集めて、アイツに食わしたらどうやろ?」
「アイツ?」
ミスズが指差す方に眼を凝らすと、燻ぶるチョーダの死体の火に照らされて、遠くの方でイキタスが蠢くのが見えた。
「なるほど。いったん赤い石で焼くのは、できるだけ栄養分を無くすためか?」
「エエ焼き加減で食わすんは勿体無いわ、丸焦げで充分や」
ミスズの言葉は、“イキタスが来てなかったら自分で食うのに”とでも言いたげに聞こえたが、ともかく、俺たちはミスズの案に従ってチョーダの死体を処理した。
元々そうなのか、分裂したから増えたのか、魔核はかなりの量だった。
ひとつひとつは小粒であるものの、総量一キログラムほどありそうで、ミスズが言うにはかなりのアプリになるらしい。
「こんだけ魔核が取れるって分かったら、命がけで無茶するヤツも出るかも知れんな」
まぁ、あっちの世界でも命がけで一攫千金という話は聞かなくもないし、それが犯罪行為でないのなら、止める筋合いはない。
「えっ? 今度はチョーダを倒されたのですか?」
街に帰って互助会に申告すると、いつも感情が読みにくいエーリカが、分かりやすく表情を変えた。
「せやで。これが魔核や、恐れ入ったか! オロクはちゃんと片付けて、イキタスに食わしといたから、文句はないやろ?」
言って、魔核の入った皮袋をどしゃりとカウンターに置いた。
「はい、恐れ入りました。文句もございません」
エーリカは事務的にミスズに頭を下げると、素早く俺に向き直った。
「…それで、アレは如何様なバケモノだったのでしょうか?」
俺はイキタス遭遇からチョーダ討伐までの経過を、アリア関連を省いて語った。
むろん回生法術を使ったのも俺、ということになっている。
「…イキタスまで居るとは…とても興味深いお話でした」
一心にメモを取っていたエーリカは、顔を上げて息を吐いた。
「ですが、そんな倒し方を是とすることはできませんので、チョーダは引き続き不可触案件ですね」
分からなくて不可触とされるのと、分かっていてそうされるのとでは、まったく違う。
ヤツのヤバさを分かっていなければ、初遭遇時の俺たちのように、“やれるかも”などと思ってしまうバカモノが出てくるに違いない。
「一応、チョーダの死骸は焼いて、燃えカスはイキタスに食わせておいたから、洞窟の環境は悪化していないと思う」
「イキタスまで居るとなれば、初級洞窟にしておくのは危険でしょうか。でも初級洞窟がなくなると探索者の育成に差し支えます。そうだ、一階だけなら…でも一階にもチョーダと遭遇例があるし…」
俺たちの視線を気にすることもなく、エーリカは呟きながら表情をくるくると変えた。
ここ数日で彼女の仮面が剥がれた気がして、俺はちょっと嬉しくなった。
「…ふう」
メモを書き上げたポーズのまま、エーリカがため息をついた。
「どうしたんだ? エーリカさん」
「ミスズ様が仰られたとおり、私はシオン様の階級を誤ったのかも知れません。自信を失ってしまいます…」
ため息をついたエーリカは、目を伏せた。
「せや! おっちゃんにはイマフ様がついててくれるんやぞ!」
俺は慌ててミスズを制した。
「いやいや、間違ってはいない。俺なんてその程度のものだ!」
例のならず者の捕縛にしても、エーリカならきっと、もっとうまくやっただろう。
当然怪我人は出さなかっただろうし、もしかしたらならず者にも怪我をさせずに制圧していたかもしれない。
「…イマフ様とは?」
「おっちゃん専用の神様や! 凄い爺ちゃんなんやで?」
ミスズの隣で、幻のアリアが照れくさそうに笑う。
これでは益々紹介しにくくなってしまうじゃないか。
なお、これほど大量の魔核はこの町では換金不可なので、首都リズアに送らねばならないのだという。
「そもそも魔核とはなんなんだい?」
「魔核がバケモノの心臓に入っているということはご存知かと思われますが、魔力を物理的な力に変換する効果があります」
「首都に送ったらどうなる?」
「魔核の効果から想像いただけるかもしれませんが、魔核にはソサルティートという、魔力を眼に見える力に変換する成分が含まれます。ソサルティートを抽出する技術は、この国では首都にしかないので、首都に送るのです。ソサルティートが多く含まれる武器ほど、攻撃力が高い、魔法が乗りやすいといった利点があります」
「なるほど。そのソサルティートを集めて、新しい武器を作るわけか」
「左様です」
「うむうむ。準備を怠らないのはいいことだ」
「はい、魔界のこともありますから、武器防具はいくらあっても足るということはありません」
エーリカの話の中で、初めて聞くワードに引っかかった。
「魔界? 魔界と言ったのか?」
「はい、そう申しました」
「あの、悪魔とかが居たりする、あの魔界か?」
「はい、その魔界です」
一般常識のように、表情を変えることなくエーリカは答えた。
「魔界などというものがあるのか?」
「はい、この大陸の北に」
「地続きなのか!」
アリアはふわふわ浮きながら頷き、カウンターの向こう側の女たちは不思議そうな顔をこちらに向け、ミスズはぽかんとしている。
驚いているのは俺だけだった。
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