萌やし屋シリーズ4 異世界召喚されたがギフトは無いし何をしたらいいのかも聞かされていないんだが 第一部

戸ケ苫 嵐

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第十六話 スゴいな、魔法。

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「あーりがーとさーん」
 変な調子で言った後、ミスズはもたれていた壁面から腰を浮かして続けた。
「…せやおっちゃん、ちょいやりやすぅしといたるな」

 爆発モードの赤い石を、敵に向かってばら撒いた。

ババババン!

 身を裂く爆発、熱と光と音。土煙がならず者集団を包む。
 そこに、両手剣を捨てて身軽になった俺が突進する。
 辛うじて視界を保った者も、反撃の態勢に移る前にサップで殴り倒した。

 男女関係なく、目の前に現れた顔を殴る、殴る、殴る。
 仮にミスズがこの中に紛れていたとしたら、脊髄反射で殴っていたかもしれない。
 休んでいてもらって正解だ。

「ああ、あの野郎、頭がおかしい。笑いながら殴ってくるぞ!」
 その言葉で気付いたが、いつの間にか、俺は笑顔になっていたようだ。
 ならず者たちは、さぞかし恐ろしかったことだろう。

 やはり俺は、殴り合いが好きなのだ。
 剣を捨てたのは至近距離だと取り回しに難があるから…と言いたいが、実際は怖かったからだ。他人の頭に容赦なく真剣を振り下ろすのが常識のような世界だが、生憎俺はまだ慣れていない。

 いや、慣れることなどあるのだろうか。
「おっちゃーん、がんばれー」
 気の抜けた声で声援を送るミスズ。

「あの女もやっちま、ぶあぁあ…!」
 言い終わらないうちに、赤い石をぶつけられて、ならず者は吹き飛んだ。
「コラコラ、こっち来たらアカン。当たり所悪かったら死ぬさかいな、大人しゅうおっちゃんにブン殴られたほうがマシやぞ。んはは!」

 三分後、立っているのは俺とミスズだけになっていた。
「おっちゃんお疲れ~、ちょいケガしてるや~ん。青い石~」
 殴り合いにあてられたのか、妙なテンションで俺の傷に回復の青い石をぶつけるミスズ。

「サンキュ…ミスズさん…」
 荒い息を吐きながら、起き上がろうとしている奴を、もぐら叩きのように蹴って回る。
「もうちょっと…寝てろ!」
 
「おっちゃん、こいつらどうする?」
「互助会に突き出そう」
 幸いならず者がロープを持っていたので、倒れているうちに手首を揃えさせて縛る。
 束ねた十本のロープを、俺は自分の剣の鞘に巻きつけた。

「こいつら、なんでロープ持ってたんやろ?」
「お宝か何かをまとめるためだろうが…」
「何かって、何よ?」
「考えたくないな」

 青い石で水をぶっ掛けると、ならず者たちは目を覚ました。
「未亡人の一部はこいつらが作ったのだと知ったら、エーリカが黙っちゃいないだろうな」
 エーリカの恐ろしさを知っているのか、ならず者たちがざわざわする。

「ひぃふぅみぃ…十人も居るけど、どうやって運ぶん?」
「風バイクで引っぱろう」
 言い切った俺は、それ以降をならず者に向けて言った。
「お前ら、倒れても容赦なく引きずるからな、死にたくなかったらちゃんと走れよ?」

 言い捨てると、返答を待たずに風バイクを起動させる。往路と異なり、ミスズと背中合わせで”乗車”して、ならず者たちを引っ張る。
「オラオラ走れ!」

 都合がいいことに、ロープを巻きつけた俺の剣は、手を離しても風のカプセルの内側に引っかかった。そのくせ、投げた魔法石は通り抜ける。
「スゴいな、魔法。なんて都合がいいんだ!」

 何度目かの感慨を抱きつつ、風バイクを走らせる。
 言ったとおり、十人が抵抗しようと倒れる者が出ようと、容赦なくグイグイ引きずった。
 引きずったのは風バイクだが。

 傷が深くなれば青い石を投げて回復させる。
 傷が治るから死にはしないが、痛いことには違いない。
 死なないと言うより死ねないので、慣れることなくいつまでも痛い。
 これは中々の拷問だ。

「ほらな、おっちゃん。あの洞窟やけどな、なんや知らんけどビビってまうんやて。ウチがビビりなわけやないんやで!」
 自分が怖がりでないことを証明すべく、頑張って洞窟解説本を読みこんだミスズが、背中合わせの俺に言った。

 余所見をしても、多少道を外れそうになる程度で、風バイクはぶつかったりしない。
「…なんだって? 簡単に言ってくれないか?」
 頭の中で咀嚼したが、まったく意味が分からなかった。

「せやから、あすこの洞窟、バケモンはそんなに強ないけど、なんや知らん怖い感じがするんやて。得心したわ」
「ああ、それであんなに怖がっていたのか」

 俺には怖さがわからなかったが、何だか怖い感じがするというのはオカルト的な話なのだろうか?
 だとしたらそっちのほうが怖い気がするのだが。

 ちょうどラウヌアとの中間点辺りまで戻ったとき、緑の石が切れた。
「…ん?」
 補充しようとしたミスズが、前方に土煙が立っているのを発見した。

「んん…? おっちゃん、あれ」
 振り返って眼を凝らすと、馬車や荷車を引き連れた武装集団が、こちらに向かっているのだということが分かった。

「おっちゃん、あれエーリカとちゃう?」
 まさしくエーリカが、こちらに向かって走っていた。
 受付のときと同じ服を着て、武装集団の先頭を走っている。一見、武装集団に追われているようにも見えるが、普通に考えれば全員互助会なのだろう。

「エーリカが居るということは、あれは互助会の集団か?」
 ミスズが“フン”と鼻を鳴らした。
 緑の石の補充を躊躇っている間に、集団は指呼の間に近づいた。

 エーリカが右手を水平に挙げると、武装集団はその場に止まった。
 エーリカだけはそのまま俺たちに歩み寄る。
「シオン様、ミスズ様、これはどういう…」

 エーリカの声には、明らかに動揺が含まれていた。
「エ…!」
「た、助けてくれ受付さん!」 

「そうだぜ、こいつらが俺たちを殺そうとしてるんだ!」
 手を挙げて挨拶しようとしたが、ならず者にかき消されてしまった。
「ちょ…!」

「見てくれよエーリカ、仲間がボロボロだ!」
「ひでぇよ! 痛ぇよ! 助けてくれよ!」
 不味いことになったと思った。事情を知らなければ、どう見ても悪人は俺たちの方だ。

「ち、違うんだエーリカさん!」
「ロープを解いてくれぇ! 殺されるぅ!」
 人数は十対二である。論争になれば勝てないだろう。

 こういう状況を予測していなかったのは、迂闊としか言えない。
 ミスズさんを帰してあげるはずだったのに、こんな事ならあの場で。
 …いや、まだ遅くはない…!

「なぁ、受付さん! このふたりをなんとかしてくれよ!」
「………」
 俺の心が、最悪の方向に揺れようとした、そのとき。

「お黙りなさい! この痴れ者どもが!」
 エーリカの声が、空気を切り裂いた。
 あれだけ騒いでいたならず者たちが、シンと静まり返った。

「あなた方の不法行為は、すべて明白になっています。だからこそ、あなた方を捕縛するために向かっていたのです。これまで悪行の限りを尽くし、自由に生きたのですから、せめて断罪のときくらいは潔くなさい!」

 そう言い捨てて振り返ると、引き連れてきた武装集団に向けて、エーリカは頭を下げた。
「お願いします」
 エーリカについて来た集団は、ならず者を繋いだロープを俺から受け取ると、きびきびと縛り上げて、荷物のように荷車に積み始めた。

 その間に、俺は経緯を説明した。
「…いやー助かったよエーリカさん。やつらが俺たちのせいにし始めたときは、本当にどうしようかと思った」

「申し訳ないことでございます。まさか四級のシオン様が、一番簡単な洞窟に行かれるとは思っても見ませんでしたので、説明を失念しておりました」
「それくらい想像して説明せぇや。仕事やろんぐ…」
 慌ててミスズの口をふさぐ。

「解説本には五級以下推奨と書かれていたが、初心者で、しかもふたりだから、加減が分からなかったのだ。とりあえず今日は一番楽な洞窟に行って、その手ごたえで明日の行き先を決めようと思ってな」

「…そういうことでしたか。あの者たちは、以前からあの洞窟で不法行為を行っている疑いがありましたので、泳がせてあったのですが、本日やっと証拠固めができましたので、捕縛にむかうところでした」

「他に誰もいなかったのは、そういうことだったのか」
「まあ、新たな被害も出ませんでしたから、互助会としても良し。シオン様も経験を積めて良しということで、なにとぞ…」

「はは、は…」
 俺は力なく笑うことしかできなかった。
「それでは失礼いたします」
 言うと、エーリカは風のように街の方角に走り去った。

「…知ってるで。ああいうん、インギンブレーっていうんやろ?」
「無礼とまでは言わんが、…そんな言葉、よく知ってるな?」
「やっぱあの女、好かんわ! イーッ!」
 ミスズは顔を大きな×にして、悪態とともにエーリカを見送った。
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