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第十六話 スゴいな、魔法。

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「あーりがーとさーん」
 変な調子で言った後、ミスズはもたれていた壁面から腰を浮かして続けた。
「…せやおっちゃん、ちょいやりやすぅしといたるな」

 爆発モードの赤い石を、敵に向かってばら撒いた。

ババババン!

 身を裂く爆発、熱と光と音。土煙がならず者集団を包む。
 そこに、両手剣を捨てて身軽になった俺が突進する。
 辛うじて視界を保った者も、反撃の態勢に移る前にサップで殴り倒した。

 男女関係なく、目の前に現れた顔を殴る、殴る、殴る。
 仮にミスズがこの中に紛れていたとしたら、脊髄反射で殴っていたかもしれない。
 休んでいてもらって正解だ。

「ああ、あの野郎、頭がおかしい。笑いながら殴ってくるぞ!」
 その言葉で気付いたが、いつの間にか、俺は笑顔になっていたようだ。
 ならず者たちは、さぞかし恐ろしかったことだろう。

 やはり俺は、殴り合いが好きなのだ。
 剣を捨てたのは至近距離だと取り回しに難があるから…と言いたいが、実際は怖かったからだ。他人の頭に容赦なく真剣を振り下ろすのが常識のような世界だが、生憎俺はまだ慣れていない。

 いや、慣れることなどあるのだろうか。
「おっちゃーん、がんばれー」
 気の抜けた声で声援を送るミスズ。

「あの女もやっちま、ぶあぁあ…!」
 言い終わらないうちに、赤い石をぶつけられて、ならず者は吹き飛んだ。
「コラコラ、こっち来たらアカン。当たり所悪かったら死ぬさかいな、大人しゅうおっちゃんにブン殴られたほうがマシやぞ。んはは!」

 三分後、立っているのは俺とミスズだけになっていた。
「おっちゃんお疲れ~、ちょいケガしてるや~ん。青い石~」
 殴り合いにあてられたのか、妙なテンションで俺の傷に回復の青い石をぶつけるミスズ。

「サンキュ…ミスズさん…」
 荒い息を吐きながら、起き上がろうとしている奴を、もぐら叩きのように蹴って回る。
「もうちょっと…寝てろ!」
 
「おっちゃん、こいつらどうする?」
「互助会に突き出そう」
 幸いならず者がロープを持っていたので、倒れているうちに手首を揃えさせて縛る。
 束ねた十本のロープを、俺は自分の剣の鞘に巻きつけた。

「こいつら、なんでロープ持ってたんやろ?」
「お宝か何かをまとめるためだろうが…」
「何かって、何よ?」
「考えたくないな」

 青い石で水をぶっ掛けると、ならず者たちは目を覚ました。
「未亡人の一部はこいつらが作ったのだと知ったら、エーリカが黙っちゃいないだろうな」
 エーリカの恐ろしさを知っているのか、ならず者たちがざわざわする。

「ひぃふぅみぃ…十人も居るけど、どうやって運ぶん?」
「風バイクで引っぱろう」
 言い切った俺は、それ以降をならず者に向けて言った。
「お前ら、倒れても容赦なく引きずるからな、死にたくなかったらちゃんと走れよ?」

 言い捨てると、返答を待たずに風バイクを起動させる。往路と異なり、ミスズと背中合わせで”乗車”して、ならず者たちを引っ張る。
「オラオラ走れ!」

 都合がいいことに、ロープを巻きつけた俺の剣は、手を離しても風のカプセルの内側に引っかかった。そのくせ、投げた魔法石は通り抜ける。
「スゴいな、魔法。なんて都合がいいんだ!」

 何度目かの感慨を抱きつつ、風バイクを走らせる。
 言ったとおり、十人が抵抗しようと倒れる者が出ようと、容赦なくグイグイ引きずった。
 引きずったのは風バイクだが。

 傷が深くなれば青い石を投げて回復させる。
 傷が治るから死にはしないが、痛いことには違いない。
 死なないと言うより死ねないので、慣れることなくいつまでも痛い。
 これは中々の拷問だ。

「ほらな、おっちゃん。あの洞窟やけどな、なんや知らんけどビビってまうんやて。ウチがビビりなわけやないんやで!」
 自分が怖がりでないことを証明すべく、頑張って洞窟解説本を読みこんだミスズが、背中合わせの俺に言った。

 余所見をしても、多少道を外れそうになる程度で、風バイクはぶつかったりしない。
「…なんだって? 簡単に言ってくれないか?」
 頭の中で咀嚼したが、まったく意味が分からなかった。

「せやから、あすこの洞窟、バケモンはそんなに強ないけど、なんや知らん怖い感じがするんやて。得心したわ」
「ああ、それであんなに怖がっていたのか」

 俺には怖さがわからなかったが、何だか怖い感じがするというのはオカルト的な話なのだろうか?
 だとしたらそっちのほうが怖い気がするのだが。

 ちょうどラウヌアとの中間点辺りまで戻ったとき、緑の石が切れた。
「…ん?」
 補充しようとしたミスズが、前方に土煙が立っているのを発見した。

「んん…? おっちゃん、あれ」
 振り返って眼を凝らすと、馬車や荷車を引き連れた武装集団が、こちらに向かっているのだということが分かった。

「おっちゃん、あれエーリカとちゃう?」
 まさしくエーリカが、こちらに向かって走っていた。
 受付のときと同じ服を着て、武装集団の先頭を走っている。一見、武装集団に追われているようにも見えるが、普通に考えれば全員互助会なのだろう。

「エーリカが居るということは、あれは互助会の集団か?」
 ミスズが“フン”と鼻を鳴らした。
 緑の石の補充を躊躇っている間に、集団は指呼の間に近づいた。

 エーリカが右手を水平に挙げると、武装集団はその場に止まった。
 エーリカだけはそのまま俺たちに歩み寄る。
「シオン様、ミスズ様、これはどういう…」

 エーリカの声には、明らかに動揺が含まれていた。
「エ…!」
「た、助けてくれ受付さん!」 

「そうだぜ、こいつらが俺たちを殺そうとしてるんだ!」
 手を挙げて挨拶しようとしたが、ならず者にかき消されてしまった。
「ちょ…!」

「見てくれよエーリカ、仲間がボロボロだ!」
「ひでぇよ! 痛ぇよ! 助けてくれよ!」
 不味いことになったと思った。事情を知らなければ、どう見ても悪人は俺たちの方だ。

「ち、違うんだエーリカさん!」
「ロープを解いてくれぇ! 殺されるぅ!」
 人数は十対二である。論争になれば勝てないだろう。

 こういう状況を予測していなかったのは、迂闊としか言えない。
 ミスズさんを帰してあげるはずだったのに、こんな事ならあの場で。
 …いや、まだ遅くはない…!

「なぁ、受付さん! このふたりをなんとかしてくれよ!」
「………」
 俺の心が、最悪の方向に揺れようとした、そのとき。

「お黙りなさい! この痴れ者どもが!」
 エーリカの声が、空気を切り裂いた。
 あれだけ騒いでいたならず者たちが、シンと静まり返った。

「あなた方の不法行為は、すべて明白になっています。だからこそ、あなた方を捕縛するために向かっていたのです。これまで悪行の限りを尽くし、自由に生きたのですから、せめて断罪のときくらいは潔くなさい!」

 そう言い捨てて振り返ると、引き連れてきた武装集団に向けて、エーリカは頭を下げた。
「お願いします」
 エーリカについて来た集団は、ならず者を繋いだロープを俺から受け取ると、きびきびと縛り上げて、荷物のように荷車に積み始めた。

 その間に、俺は経緯を説明した。
「…いやー助かったよエーリカさん。やつらが俺たちのせいにし始めたときは、本当にどうしようかと思った」

「申し訳ないことでございます。まさか四級のシオン様が、一番簡単な洞窟に行かれるとは思っても見ませんでしたので、説明を失念しておりました」
「それくらい想像して説明せぇや。仕事やろんぐ…」
 慌ててミスズの口をふさぐ。

「解説本には五級以下推奨と書かれていたが、初心者で、しかもふたりだから、加減が分からなかったのだ。とりあえず今日は一番楽な洞窟に行って、その手ごたえで明日の行き先を決めようと思ってな」

「…そういうことでしたか。あの者たちは、以前からあの洞窟で不法行為を行っている疑いがありましたので、泳がせてあったのですが、本日やっと証拠固めができましたので、捕縛にむかうところでした」

「他に誰もいなかったのは、そういうことだったのか」
「まあ、新たな被害も出ませんでしたから、互助会としても良し。シオン様も経験を積めて良しということで、なにとぞ…」

「はは、は…」
 俺は力なく笑うことしかできなかった。
「それでは失礼いたします」
 言うと、エーリカは風のように街の方角に走り去った。

「…知ってるで。ああいうん、インギンブレーっていうんやろ?」
「無礼とまでは言わんが、…そんな言葉、よく知ってるな?」
「やっぱあの女、好かんわ! イーッ!」
 ミスズは顔を大きな×にして、悪態とともにエーリカを見送った。
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