10 / 58
第九話 ちんちんなんか見慣れてるわ
しおりを挟む
「おっちゃん、風呂は好きか?」
そろそろ太陽が傾こうとしている夕方に近い昼下がり、突然ミスズが言った。
「むこうでは毎日入っていたから、その程度にはな」
あちらの世界での俺は、警護対象も相棒も女性だったので、不快感を与えぬように入浴は欠かさなかった。
しかし、こちらに来てから、一度も風呂に入れていないのだ。
これはもう、身に染み付いた習慣を狂わされて気分はよくないし、いくら春か秋のような気候であるとは言え、好き嫌い以前に入るしかないのだ。
「入りたない?」
「入りたいな!」
食い気味に即答する。
「…しかし風呂というか、ここは川だが?」
「ほな沸かすさかい、ちょっと下がっといて」
「お? おぉ」
意味は分からなかったが、ミスズが示すほうに退がった。
それを確認するとミスズは、皮袋から取り出した赤い石を、無造作にポイと投げた。
ドン!
大音響とともに、川と川原の境目の辺りに、半径二メートルほどの半球状の穴が空いた。
「次はコレや」
今度は茶色い石を放り込むと、穴のそこここから泥がうじょうじょ湧いてきて、穴の壁が固まった。
「おっちゃん、そこちょっと崩してんか」
そう言ってミスズは、川と穴の間を指差す。
言われたとおり穴の壁を崩すと、川の水が滔々と流れ込んだ。
「最後はまたコレ。…三個くらいでええかな?」
赤い石を三個放り込むと、穴の中の水は見る間に沸騰した。
入浴には熱すぎると思ったが、その後も水は入り続け、流れが止まった時には、ちょうどいい温度になっていた。
「おお、これはなかなかいい感じだ」
「ほなおっちゃん、お先にどうぞ」
手を突っ込んで水温を見たミスズは、俺に入浴を促して、川原の茂みに入っていった。さすがに恥ずかしかったか、もしくは気を使ってくれたのだろうと解釈した。
洗面器がないので、鍋を使ってのかけ湯の後、湯船に入る。
「くはあぁ…。やはり湯船につかるのはたまらんなぁ」
便宜上“湯船”と呼んだが、これはただの穴だ。
さしずめ“湯穴”とでも呼ぼうか?
などとくだらない事を考えていると、茂みからミスズの声。
「おっちゃん、もう浸かった?」
「あ、ああ、もう入ったが?」
ガサッ!
茂みを掻き分ける音とともに、ミスズの素足が現れた。
「ちょっとだけよ~ん」
色っぽい感じのうそ臭い声を出しながら、足をピロピロさせる。
何度か見ているので今更驚きはしないが、続いてバスタオル的な布を身体に巻いた本体が現れると、事情が変わった。
大事な部分は隠れているが、逆にそれがツボだったりするし、更に身体のラインがある程度分かるバスタオル姿は、いつものだぼっとした外套とのギャップもあって色々ヤバい。
「お、おい。ミスズさんも入るのか?」
「ウチが沸かしたんやし、入ったらアカンて道理はないやろ?」
「そ、それはそうだが。混浴なのだぞ? キミは平気なのか?」
「あ、おっちゃん恥ずかしいん?」
悪戯っぽい笑顔を浮かべながら、俺が崩したところにしゃがみ、ミスズは石を積みなおした。彼女の裸は何度か見ているのに、その仕草と、バスタオル的な布からはみ出した足に、俺の心臓が大きく跳ねた。
「俺じゃなくて、キ、キミは恥ずかしくないのか?」
「心配せんでも、ウチ、こっち来る前は父ちゃんと一緒に男湯入ったことあるし、ちんちんなんか見慣れてるわ」
「女の子がちんちんなんて言うんじゃない! …それに、キミはちんちんの本当の恐ろしさを知らんだろ!」
俺は何を言っているのだ? という後悔が、ちらと横切った。
「ちんちんのホンマの恐ろしさって、なんなんそれ? ビョーンて伸びて、ブスって突き刺されたりすんの? んはは!」
腰をかがめ、心底可笑しそうに笑うミスズ。
「なっ…!」
偶然なのだろうが、俺が赤面&絶句するのには十分だった。
「…わ、わかった。もう何も言わんから、早く入ってくれ…」
さっさと湯船に入らせたほうがマシだと判断し、俺が横を向いたのと、ミスズがバスタオルをはずしたのは、ほぼ同時だった。
「鍋、鍋はどーこやろかなっと。あ、鍋、そんなとこにあるやん~」
というミスズの声が俺の耳に届いた。
鍋はと言うと、横を向いた俺の目の前にある。
最後に使ったのは俺なのだから、それは当然なのである。
湯船の縁を回って取りに来る気配がしたので、眩暈を覚えながら、すばやく鍋を湯船の対岸に押し出した。
「おじゃま~」
かけ湯の音の後、チャプンという水音と伝わってくる波紋が、横を向いている俺にもミスズの入湯を教えた。
「ひゃあ~」
「や、やはり露天風呂はいいものだな?」
「こんなん、めっちゃ安全なトコでしかでけんのやけどな。この辺りは拓けてるから割りと安全やし、おっちゃんも居るから平気やろ?」
買いかぶらないで欲しいなと思いつつ、赤い顔をミスズに向ける。
「あ、おっちゃん。ひとつ聞きたいことがあるんやけど?」
「な、なんだ?」
神妙な声で顔を寄せてくるミスズに釣られ、つい小声になる。
「銭湯のおっちゃんが、風呂から上がったときにマタをタオルでパーンてすんの、なんでなん? みんなやりよったんやけど、何の意味があるん?」
どんなややこしいことを聞かれるのかと警戒していた俺は、かなり拍子抜けした。
「ああ、あれは、歳取ったらだれでも自然にやるんだ」
「おっちゃんもやるん?」
「俺はまだそんな歳じゃない」
「歳が関係あるんか。なんやおもろい話やなぁ」
「ぜんぜん面白い話じゃない。もう三十年も経てば、キミもやるかも知れん普通の話だ。そのときに俺が言っていたことを思い出せ。待ちきれなければ帰ってから父親にでも聞け」
「んじゃそうする。なんかまた楽しみが増えたわ。んははばば」
笑いながら顔を湯に浸け、口から泡を出すミスズ。
そうこうしている間に、空が赤く色づいてきた。
こっちでも夕焼け空は赤いのだなと、何度目かの感慨を抱く。
「風呂は気持ちいいが、毎回石を何個も使うのは、大変じゃないか?」
「うんにゃ」
そう言ってミスズは、手品のような手つきをすると、川原に赤い石をジャラジャラと落とした。
「こんなもん、なんぼでも作れるし」
「おいおい、そんな雑に扱っていいのか? 暴発とかしないのか?」
「爆発させよと思わなんだら、爆発したりせんし、爆発させんとゆっくり燃やすこともできるんやで? めっちゃ便利やろ?」
言って、そこここに赤い石を投げると、川原に落ちたものはポッと火が点って、いい感じの灯りに。湯船に入ったものは、水底で赤く輝いて追い焚きになった。
確かに、最初に湯船を掘ったのも、お湯を沸かしたのも同じ赤い石だった。
赤い石万能すぎるだろ。便利と言うより、都合が良すぎる。
「石を作るときに爆発せえってすることもできるし、使うときにすることもできるんや。せやけど、せえってせんかったら、ただの魔法入りの赤い石やで?」
話が分かりにくいが、小学生レベルの日本語だから仕方がない。
「まったく便利すぎるほどの便利さだな」
俺は呆れながら答えたが、はたと気付く。
「ミスズさん? この魔法石は誰にでも使えるのか?」
「試したことないから分からんけど、多分おっちゃんにも使えると思うで。それがどうかしたん?」
「それ、街で売れないか?」
「へっ?」
鳩豆顔になるミスズ。
「この前ラウヌアの街に入ったとき、あちこちで薪を燃やす煙が出ていて、薪自体もたくさん積んであったのだ」
「あったかも知らんけど、覚えてないなぁ。ほんで?」
早く先を話せと言わんばかりに、目を輝かせるミスズ。
「こんな小さな石で湯が沸くなら、保存しておくのにも、運ぶにしても、便利この上ないだろう? だから、街の人も買ってくれるのではないかと思うのだ。もちろん、こんな大きな湯船は誰もが持っているわけではないだろうから、石の大きさも調節して…」
「それや! おっちゃん!」
半球状の湯船壁面を蹴って、俺の方にジャンプしたものの、水の抵抗により、中央の一番深いところに落下した。ミスズはそのまま沈んだが、深さは二メートルなので、当然足は着かない。
「もがが!」
「ミスズさん?」
慌てて足の着くギリギリまで踏み出し、ミスズの脇に手を差し込んで掬い上げた。
しかし溺れかけたミスズは、闇雲にもがき続ける。
「おぶおぶっ!」
「ミスズさん、落ち着け!」
「んばあぁ!」
助けられてもミスズの行動は治まらず、最前溺れたのを忘れたかのように、最初の勢いのまま、俺の首っ玉にかじりついた。
「…やっぱしおっちゃんはカシコやぁ!」
しがみつき、ぐりぐりと動き回るミスズの柔らかな温もり。
俺の脳から背骨にかけて電撃が走った。
決して肉付きがいいとは思えないのに、この不可解な柔らかさはなんなのか?
俺の頭に真っ先に浮かんだのは、“ぼんじり”であった。
ぼんじりとはニワトリの尾羽の根元で、“三角”“テール”とも呼ばれる部位である。
一羽につき一個しか取れず、むにむにプリプリにゅるにゅるした不思議な感触は、他の部位にはない特別感がある。
なお、俺が連想したのは、もちろん生のぼんじりである。
…ってなにを考えているのだ俺は!
妄想があらぬ方向へ暴走してしまった。
あぁ、いや。意識を女体から食材へ逸らすのは、煩悩を鎮めるためには正しい対処なのかもしれない。
だとしても!
犬とかオスでもメスでもそんなに見た目も感触も変わらないし、ネコは全部メスみたいな雰囲気がある。
なのに、人間の女ときたらどうだ!
男と同じ材質でできた生き物とは思えない!
不可解なる者よ、汝の名は女なり。
…とまあ、それほどまでに理解を超えた感触だったのだ。
「3.14159265318932384626433832795028419…」
気がつくと俺は、お経のように円周率を唱えていた。
「おっちゃん、なにぶつぶつ言うてんの?」
「み、耳元で囁くな…!」
自分の身体が反応してしまわぬように祈るばかりだ。
「んはは。なんそれ、変やなぁ」
「く、くねくね動くな…!」
ミスズは、子供のころにこちらに飛ばされて、それ以来誰とも深い関わりを持たず生きてきた。
それゆえに中身は成熟せず、子供のままなのだろう。
セックスアピールなど意識の端にもない、ただ、無邪気なだけの少女なのだ。
「ミスズさん、放せって…」
「えぇ? こんくらいエエやん?」
多分今も、焦る俺をからかって放さないわけではなく、抱きついたら何となく居心地が良かったとか、そういう子供な理由なのだろう。
外側はまだしも中身は子供。
そんな子に手を出してしまったら負けだ。
「は…放せ…。の…のぼせる…」
そろそろ太陽が傾こうとしている夕方に近い昼下がり、突然ミスズが言った。
「むこうでは毎日入っていたから、その程度にはな」
あちらの世界での俺は、警護対象も相棒も女性だったので、不快感を与えぬように入浴は欠かさなかった。
しかし、こちらに来てから、一度も風呂に入れていないのだ。
これはもう、身に染み付いた習慣を狂わされて気分はよくないし、いくら春か秋のような気候であるとは言え、好き嫌い以前に入るしかないのだ。
「入りたない?」
「入りたいな!」
食い気味に即答する。
「…しかし風呂というか、ここは川だが?」
「ほな沸かすさかい、ちょっと下がっといて」
「お? おぉ」
意味は分からなかったが、ミスズが示すほうに退がった。
それを確認するとミスズは、皮袋から取り出した赤い石を、無造作にポイと投げた。
ドン!
大音響とともに、川と川原の境目の辺りに、半径二メートルほどの半球状の穴が空いた。
「次はコレや」
今度は茶色い石を放り込むと、穴のそこここから泥がうじょうじょ湧いてきて、穴の壁が固まった。
「おっちゃん、そこちょっと崩してんか」
そう言ってミスズは、川と穴の間を指差す。
言われたとおり穴の壁を崩すと、川の水が滔々と流れ込んだ。
「最後はまたコレ。…三個くらいでええかな?」
赤い石を三個放り込むと、穴の中の水は見る間に沸騰した。
入浴には熱すぎると思ったが、その後も水は入り続け、流れが止まった時には、ちょうどいい温度になっていた。
「おお、これはなかなかいい感じだ」
「ほなおっちゃん、お先にどうぞ」
手を突っ込んで水温を見たミスズは、俺に入浴を促して、川原の茂みに入っていった。さすがに恥ずかしかったか、もしくは気を使ってくれたのだろうと解釈した。
洗面器がないので、鍋を使ってのかけ湯の後、湯船に入る。
「くはあぁ…。やはり湯船につかるのはたまらんなぁ」
便宜上“湯船”と呼んだが、これはただの穴だ。
さしずめ“湯穴”とでも呼ぼうか?
などとくだらない事を考えていると、茂みからミスズの声。
「おっちゃん、もう浸かった?」
「あ、ああ、もう入ったが?」
ガサッ!
茂みを掻き分ける音とともに、ミスズの素足が現れた。
「ちょっとだけよ~ん」
色っぽい感じのうそ臭い声を出しながら、足をピロピロさせる。
何度か見ているので今更驚きはしないが、続いてバスタオル的な布を身体に巻いた本体が現れると、事情が変わった。
大事な部分は隠れているが、逆にそれがツボだったりするし、更に身体のラインがある程度分かるバスタオル姿は、いつものだぼっとした外套とのギャップもあって色々ヤバい。
「お、おい。ミスズさんも入るのか?」
「ウチが沸かしたんやし、入ったらアカンて道理はないやろ?」
「そ、それはそうだが。混浴なのだぞ? キミは平気なのか?」
「あ、おっちゃん恥ずかしいん?」
悪戯っぽい笑顔を浮かべながら、俺が崩したところにしゃがみ、ミスズは石を積みなおした。彼女の裸は何度か見ているのに、その仕草と、バスタオル的な布からはみ出した足に、俺の心臓が大きく跳ねた。
「俺じゃなくて、キ、キミは恥ずかしくないのか?」
「心配せんでも、ウチ、こっち来る前は父ちゃんと一緒に男湯入ったことあるし、ちんちんなんか見慣れてるわ」
「女の子がちんちんなんて言うんじゃない! …それに、キミはちんちんの本当の恐ろしさを知らんだろ!」
俺は何を言っているのだ? という後悔が、ちらと横切った。
「ちんちんのホンマの恐ろしさって、なんなんそれ? ビョーンて伸びて、ブスって突き刺されたりすんの? んはは!」
腰をかがめ、心底可笑しそうに笑うミスズ。
「なっ…!」
偶然なのだろうが、俺が赤面&絶句するのには十分だった。
「…わ、わかった。もう何も言わんから、早く入ってくれ…」
さっさと湯船に入らせたほうがマシだと判断し、俺が横を向いたのと、ミスズがバスタオルをはずしたのは、ほぼ同時だった。
「鍋、鍋はどーこやろかなっと。あ、鍋、そんなとこにあるやん~」
というミスズの声が俺の耳に届いた。
鍋はと言うと、横を向いた俺の目の前にある。
最後に使ったのは俺なのだから、それは当然なのである。
湯船の縁を回って取りに来る気配がしたので、眩暈を覚えながら、すばやく鍋を湯船の対岸に押し出した。
「おじゃま~」
かけ湯の音の後、チャプンという水音と伝わってくる波紋が、横を向いている俺にもミスズの入湯を教えた。
「ひゃあ~」
「や、やはり露天風呂はいいものだな?」
「こんなん、めっちゃ安全なトコでしかでけんのやけどな。この辺りは拓けてるから割りと安全やし、おっちゃんも居るから平気やろ?」
買いかぶらないで欲しいなと思いつつ、赤い顔をミスズに向ける。
「あ、おっちゃん。ひとつ聞きたいことがあるんやけど?」
「な、なんだ?」
神妙な声で顔を寄せてくるミスズに釣られ、つい小声になる。
「銭湯のおっちゃんが、風呂から上がったときにマタをタオルでパーンてすんの、なんでなん? みんなやりよったんやけど、何の意味があるん?」
どんなややこしいことを聞かれるのかと警戒していた俺は、かなり拍子抜けした。
「ああ、あれは、歳取ったらだれでも自然にやるんだ」
「おっちゃんもやるん?」
「俺はまだそんな歳じゃない」
「歳が関係あるんか。なんやおもろい話やなぁ」
「ぜんぜん面白い話じゃない。もう三十年も経てば、キミもやるかも知れん普通の話だ。そのときに俺が言っていたことを思い出せ。待ちきれなければ帰ってから父親にでも聞け」
「んじゃそうする。なんかまた楽しみが増えたわ。んははばば」
笑いながら顔を湯に浸け、口から泡を出すミスズ。
そうこうしている間に、空が赤く色づいてきた。
こっちでも夕焼け空は赤いのだなと、何度目かの感慨を抱く。
「風呂は気持ちいいが、毎回石を何個も使うのは、大変じゃないか?」
「うんにゃ」
そう言ってミスズは、手品のような手つきをすると、川原に赤い石をジャラジャラと落とした。
「こんなもん、なんぼでも作れるし」
「おいおい、そんな雑に扱っていいのか? 暴発とかしないのか?」
「爆発させよと思わなんだら、爆発したりせんし、爆発させんとゆっくり燃やすこともできるんやで? めっちゃ便利やろ?」
言って、そこここに赤い石を投げると、川原に落ちたものはポッと火が点って、いい感じの灯りに。湯船に入ったものは、水底で赤く輝いて追い焚きになった。
確かに、最初に湯船を掘ったのも、お湯を沸かしたのも同じ赤い石だった。
赤い石万能すぎるだろ。便利と言うより、都合が良すぎる。
「石を作るときに爆発せえってすることもできるし、使うときにすることもできるんや。せやけど、せえってせんかったら、ただの魔法入りの赤い石やで?」
話が分かりにくいが、小学生レベルの日本語だから仕方がない。
「まったく便利すぎるほどの便利さだな」
俺は呆れながら答えたが、はたと気付く。
「ミスズさん? この魔法石は誰にでも使えるのか?」
「試したことないから分からんけど、多分おっちゃんにも使えると思うで。それがどうかしたん?」
「それ、街で売れないか?」
「へっ?」
鳩豆顔になるミスズ。
「この前ラウヌアの街に入ったとき、あちこちで薪を燃やす煙が出ていて、薪自体もたくさん積んであったのだ」
「あったかも知らんけど、覚えてないなぁ。ほんで?」
早く先を話せと言わんばかりに、目を輝かせるミスズ。
「こんな小さな石で湯が沸くなら、保存しておくのにも、運ぶにしても、便利この上ないだろう? だから、街の人も買ってくれるのではないかと思うのだ。もちろん、こんな大きな湯船は誰もが持っているわけではないだろうから、石の大きさも調節して…」
「それや! おっちゃん!」
半球状の湯船壁面を蹴って、俺の方にジャンプしたものの、水の抵抗により、中央の一番深いところに落下した。ミスズはそのまま沈んだが、深さは二メートルなので、当然足は着かない。
「もがが!」
「ミスズさん?」
慌てて足の着くギリギリまで踏み出し、ミスズの脇に手を差し込んで掬い上げた。
しかし溺れかけたミスズは、闇雲にもがき続ける。
「おぶおぶっ!」
「ミスズさん、落ち着け!」
「んばあぁ!」
助けられてもミスズの行動は治まらず、最前溺れたのを忘れたかのように、最初の勢いのまま、俺の首っ玉にかじりついた。
「…やっぱしおっちゃんはカシコやぁ!」
しがみつき、ぐりぐりと動き回るミスズの柔らかな温もり。
俺の脳から背骨にかけて電撃が走った。
決して肉付きがいいとは思えないのに、この不可解な柔らかさはなんなのか?
俺の頭に真っ先に浮かんだのは、“ぼんじり”であった。
ぼんじりとはニワトリの尾羽の根元で、“三角”“テール”とも呼ばれる部位である。
一羽につき一個しか取れず、むにむにプリプリにゅるにゅるした不思議な感触は、他の部位にはない特別感がある。
なお、俺が連想したのは、もちろん生のぼんじりである。
…ってなにを考えているのだ俺は!
妄想があらぬ方向へ暴走してしまった。
あぁ、いや。意識を女体から食材へ逸らすのは、煩悩を鎮めるためには正しい対処なのかもしれない。
だとしても!
犬とかオスでもメスでもそんなに見た目も感触も変わらないし、ネコは全部メスみたいな雰囲気がある。
なのに、人間の女ときたらどうだ!
男と同じ材質でできた生き物とは思えない!
不可解なる者よ、汝の名は女なり。
…とまあ、それほどまでに理解を超えた感触だったのだ。
「3.14159265318932384626433832795028419…」
気がつくと俺は、お経のように円周率を唱えていた。
「おっちゃん、なにぶつぶつ言うてんの?」
「み、耳元で囁くな…!」
自分の身体が反応してしまわぬように祈るばかりだ。
「んはは。なんそれ、変やなぁ」
「く、くねくね動くな…!」
ミスズは、子供のころにこちらに飛ばされて、それ以来誰とも深い関わりを持たず生きてきた。
それゆえに中身は成熟せず、子供のままなのだろう。
セックスアピールなど意識の端にもない、ただ、無邪気なだけの少女なのだ。
「ミスズさん、放せって…」
「えぇ? こんくらいエエやん?」
多分今も、焦る俺をからかって放さないわけではなく、抱きついたら何となく居心地が良かったとか、そういう子供な理由なのだろう。
外側はまだしも中身は子供。
そんな子に手を出してしまったら負けだ。
「は…放せ…。の…のぼせる…」
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
チュートリアル場所でLv9999になっちゃいました。
ss
ファンタジー
これは、ひょんなことから異世界へと飛ばされた青年の物語である。
高校三年生の竹林 健(たけばやし たける)を含めた地球人100名がなんらかの力により異世界で過ごすことを要求される。
そんな中、安全地帯と呼ばれている最初のリスポーン地点の「チュートリアル場所」で主人公 健はあるスキルによりレベルがMAXまで到達した。
そして、チュートリアル場所で出会った一人の青年 相斗と一緒に異世界へと身を乗り出す。
弱体した異世界を救うために二人は立ち上がる。
※基本的には毎日7時投稿です。作者は気まぐれなのであくまで目安くらいに思ってください。設定はかなりガバガバしようですので、暖かい目で見てくれたら嬉しいです。
※コメントはあんまり見れないかもしれません。ランキングが上がっていたら、報告していただいたら嬉しいです。
Hotランキング 1位
ファンタジーランキング 1位
人気ランキング 2位
100000Pt達成!!
【修正中】ハズレ勇者の鬼畜スキル 〜ハズレだからと問答無用で追い出されたが、実は規格外の歴代最強勇者だった?〜
水先 冬菜
ファンタジー
「こんなハズレ勇者など、即刻摘み出せ!!!」
某大学に通う俺、如月湊(きさらぎみなと)は漫画や小説とかで言う【勇者召喚】とやらで、異世界に召喚されたらしい。
お約束な感じに【勇者様】とか、【魔王を倒して欲しい】だとか、言われたが--------
ステータスを開いた瞬間、この国の王様っぽい奴がいきなり叫び出したかと思えば、いきなり王宮を摘み出され-------------魔物が多く生息する危険な森の中へと捨てられてしまった。
後で分かった事だが、どうやら俺は【生産系のスキル】を持った勇者らしく。
この世界では、最下級で役に立たないスキルらしい。
えっ? でも、このスキルって普通に最強じゃね?
試しに使ってみると、あまりにも規格外過ぎて、目立ってしまい-------------
いつしか、女神やら、王女やらに求婚されるようになっていき…………。
※前の作品の修正中のものです。
※下記リンクでも投稿中
アルファで見れない方など、宜しければ、そちらでご覧下さい。
https://ncode.syosetu.com/n1040gl/
転異世界のアウトサイダー 神達が仲間なので、最強です
びーぜろ@転移世界のアウトサイダー発売中
ファンタジー
告知となりますが、2022年8月下旬に『転異世界のアウトサイダー』の3巻が発売となります。
それに伴い、第三巻収録部分を改稿しました。
高校生の佐藤悠斗は、ある日、カツアゲしてきた不良二人とともに異世界に転移してしまう。彼らを召喚したマデイラ王国の王や宰相によると、転移者は高いステータスや強力なユニークスキルを持っているとのことだったが……悠斗のステータスはほとんど一般人以下で、スキルも影を動かすだけだと判明する。後日、迷宮に不良達と潜った際、無能だからという理由で囮として捨てられてしまった悠斗。しかし、密かに自身の能力を進化させていた彼は、そのスキル『影魔法』を駆使して、ピンチを乗り切る。さらには、道中で偶然『召喚』スキルをゲットすると、なんと大天使や神様を仲間にしていくのだった――規格外の仲間と能力で、どんな迷宮も手軽に攻略!? お騒がせ影使いの異世界放浪記、開幕!
いつも応援やご感想ありがとうございます!!
誤字脱字指摘やコメントを頂き本当に感謝しております。
更新につきましては、更新頻度は落とさず今まで通り朝7時更新のままでいこうと思っています。
書籍化に伴い、タイトルを微変更。ペンネームも変更しております。
ここまで辿り着けたのも、みなさんの応援のおかげと思っております。
イラストについても本作には勿体ない程の素敵なイラストもご用意頂きました。
引き続き本作をよろしくお願い致します。
ダンジョン都市を作ろう! 〜異世界で弱小領主になった俺、領地にあったダンジョンを強化していたら、最強領地が出来てた〜
未来人A
ファンタジー
高校生、新谷誠司は異世界召喚に巻き込まれた。
巻き込んだお詫びに国王から領地を貰い、領主になった。
領地にはダンジョンが封印されていた。誠司はその封印を解く。
ダンジョンは階層が分かれていた。
各階層にいるボスを倒すと、その階層を管理することが出来るになる。
一階層の管理を出来るようになった誠司は、習得した『生産魔法』の力も使い、ダンジョンで得た珍しい素材をクラフトしアイテムを作りまくった。
アイテムを売ったりすることで資金が増え、領地はどんどん発展した。
集まって来た冒険者たちの力を借りて、誠司はダンジョン攻略を進めていく。
誠司の領地は、『ダンジョン都市』と呼ばれる大都市へと変貌を遂げていった――――
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
勇者に恋人寝取られ、悪評付きでパーティーを追放された俺、燃えた実家の道具屋を世界一にして勇者共を見下す
大小判
ファンタジー
平民同然の男爵家嫡子にして魔道具職人のローランは、旅に不慣れな勇者と四人の聖女を支えるべく勇者パーティーに加入するが、いけ好かない勇者アレンに義妹である治癒の聖女は心を奪われ、恋人であり、魔術の聖女である幼馴染を寝取られてしまう。
その上、何の非もなくパーティーに貢献していたローランを追放するために、勇者たちによって役立たずで勇者の恋人を寝取る最低男の悪評を世間に流されてしまった。
地元以外の冒険者ギルドからの信頼を失い、怒りと失望、悲しみで頭の整理が追い付かず、抜け殻状態で帰郷した彼に更なる追い打ちとして、将来継ぐはずだった実家の道具屋が、爵位証明書と両親もろとも炎上。
失意のどん底に立たされたローランだったが、 両親の葬式の日に義妹と幼馴染が王都で呑気に勇者との結婚披露宴パレードなるものを開催していたと知って怒りが爆発。
「勇者パーティ―全員、俺に泣いて土下座するくらい成り上がってやる!!」
そんな決意を固めてから一年ちょっと。成人を迎えた日に希少な鉱物や植物が無限に湧き出る不思議な土地の権利書と、現在の魔道具製造技術を根底から覆す神秘の合成釜が父の遺産としてローランに継承されることとなる。
この二つを使って世界一の道具屋になってやると意気込むローラン。しかし、彼の自分自身も自覚していなかった能力と父の遺産は世界各地で目を付けられ、勇者に大国、魔王に女神と、ローランを引き込んだり排除したりする動きに巻き込まれる羽目に
これは世界一の道具屋を目指す青年が、爽快な生産チートで主に勇者とか聖女とかを嘲笑いながら邪魔する者を薙ぎ払い、栄光を掴む痛快な物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる