蛇が知るは秋のぬくもり(旧版)

幽月 篠

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やはりこの蛇は優しいとしか思えない



 私を庇ったあの人から血が噴き出した。

「颯月殿!?」

 あの人は鮮やかな血を流しながら、情けなく涙を流す私の頬に触れる。

「次代様………泣かないでください……」
「何故貴方は私なんかを庇ったんですか!? 私の存在価値など『次代』であることにしか無いのに!」

 あの人は首を横に振ると微笑む。

「違います……蛍火様………貴方は……」

 その先の声が耳に入らない。嫌だ。私を置いていかないで。私を一人にしないで。貴方以上に私を我が子のように愛してくれた人などいないのに。貴方を一度でも「父上」と呼んでみたかったのに。貴方に頭領となった晴れ姿を見せかったのに。そして………

「死なないで……颯月殿」

 あの時に言えなかった言葉を呟く私がいた。


 目を開けると、生温かい液体で顔を濡らす私があった。目の前には不機嫌そうな青年がこちらを見下ろしている。

「颯月殿………」

 顔は似ても似つかない筈なのに、呼び間違える。すると不機嫌そうな顔が余計恐ろしくなった。

「ようやく目覚めたか小僧。あと私はそのような名前ではない。お前が『影縄』と名付けただろうが」

 声は怒っているものの、涙で濡れている私の顔を手拭いで拭く影縄の手つきは優しかった。

「秋也、まず何があった? 話してみな」

 幼き頃は母親代わりに私を躾けていた桔梗が、恐ろしい顔で見下ろしている。傍で正座をしてこちらをぎろりと睨む影縄の顔も怖い。私はなるべく目を合わせないように話し始めた。

「掟破りとして罰を受けた。拷問でもないので痛めつけるのが主な目的だったな。別に鞭やら何やらはどうでも良かったが、ただでさえ寒々しい石牢で眠りかける度に頭から何度も水をかけられてな。それで熱が出てしまった」

 誤魔化しても既に私の身体を診たであろう桔梗には通じぬ。正直に話すと、桔梗は書物でぽんと私の頭を叩いた。

「まったく……お前は自分のことを他人事のように話すんだから。辛くなかったかい?」
「いや、別に」

 桔梗の問いに私は首を傾げた。肉体的な痛みは生じれど、それを辛いと思えない。それが鬼祓いとして当たり前なのか、私がおかしいのかは分からないけれど。桔梗は私から視線を離すと、湯飲みを差し出した。

「まだお前の熱は完全には下がっていない。しばらく薬湯を飲んで反省しなさい」
「何をだ」

 桔梗まで私が影縄を式神にしたことを怒るのか。それが少し残念だと思いかけたが、桔梗の答えは意外なものだった。

「自分を大切にしないこと。それはお前の大きな欠点だ」

 意味が分からない。自分を大切にして何になる。死なない程度に生きられればそれで十分であろう。
 私が桔梗の指摘に気づいていないのを察してか、影縄が溜め息をついた。

「この女……いや桔梗はお前の為に3日も必死にお前の治療に費やした。それこそ仕事を休む程にな。それにお前の相棒である夜萩は今はいないが、お前が眠っている間、滋養に良いものを買いつけたり、薬草を取りに行った。お前が自分自身を大切にしないことなど私はどうでもいい。だがそのことでお前を大切に思う者達がどう思うかを考えてみろ」

 何と返せばいいのだろうか。言葉が思い浮かばすただ影縄の顔を見ると、影縄はふいと顔を逸らした。

「影縄いいこと言うねー。確かにその通りだけど、お前が寝ることも惜しんでずっと私の手伝いをしたり、秋也の傍に居て手を握っていたことは言わなくていいのかい?」

 影縄はばっと振り返ると、羞恥で頬を赤く染めて桔梗を睨んだ。

「桔梗……! そのことは言わなくていい!! 気紛れに小僧の面倒を看てやっただけだ!」

 まだ半月も経っていない私の傍に居てくれたのか?それも寝る間も惜しんで? 驚きを隠すことが出来ない。

「桔梗、影縄。ありがとう」

 影縄は私と目を合わせないように俯く。だが、それでも心がじんわりと温かくなった。


「でもさー私が言うのも何だけど、影縄の口調はちょっと直した方がいいと思うんだよね。本当は式神にしていないんじゃないか、もしくは自分の式神を制御できないのではと疑われるからね」
「確かに頭領はその隙を突きかねないな」

 重箱の隅をつつくように、私を貶す頭領だ。そのようなことはしかねない。

「という訳で、影縄。しばらく敬語を使ってみよう」

 桔梗の言葉に、影縄は目を見開いた。

「はあ!? 何故この小僧に………!」
「君、秋也が助けなかったら死んでただろ。君が秋也の式神じゃないと疑われかねない言動ばかりしていたら、君はいつ殺されてもおかしくないかもよ」

 影縄はわなわなと震えていたが、返す言葉も無いようで嫌々そうに頷いた。

「分かり………ました。ですが、あの頭領が死んだらすぐにでも契約を解消させて頂きましょう……!」

 敬語の方が怖い。そう思ったのは私だけであろうか。だが怖さよりも敬語を使わせる羽目になってしまったことに罪悪感が大きかった。

「秋也、冷めちゃうからさっさと薬湯飲んで粥でも食べな」

そ ういえば薬湯の存在を忘れていたと薬湯に目を移すと、禍々しい色の薬湯が湯飲みの中に入っている。

「うわ………」

 飲まなきゃ駄目なのか。桔梗をちらりと見遣ると桔梗は頷いた。苦痛などこの薬よりもましだというのに。秋也は意を決すると、一息で薬湯を飲み干した。

「うぐっ……」

 口の中に何とも形容し難い味が広がり、口元を押さえる。粥よりも薬湯が先なのは、粥を吐かないようにするためか。桔梗から水を貰って飲むと、口の中がすっきりし、吐き気も収まった。

「全部飲んだね。さあ粥食べるといい。お前の好きな玉子粥だ」

 桔梗の背後から盆を持った影縄が現れると、私の前に座る。そして盆の上の小さな鍋の蓋を取った。鍋の中には湯気が立った粥が入っており、柔らかな玉子の黄色と山菜の緑で彩りが良い。粥を見た途端に腹が鳴り、恥ずかしさで顔が熱くなった。

「嬉しいが、玉子は高いだろう? 私の為などに良いのか?」
「薬の材料に比べれば安いものさ。お前は私の心配より自分の身体を治すことに専念しなさい。それに最近は羽振りが良いのでね」

 こうも優しくされると気恥ずかしい。だが嬉しいのも事実だ

「桔梗、ありがとう。では、いただきます」

 膝に載せて匙で掬って食べようとする。しかし利き手ではないので、何度やっても上手く掬うことが出来ない。せっかく久方ぶりの温かい食事なのに……。秋也は残念そうに目を伏せた。

「見てられないですね。貸しなさい」

 影縄は私から匙を取り上げると、粥を掬った匙を此方に向けた。

「ほら、口を開けなさい。でないと食べられませんよ」
「なっ………!?」

 幼子が親にしてもらう仕草ではないか。秋也が唖然としていると、影縄は眉をつり上げた。

「さっさと口を開けなさい。冷めますよ」
「でも、私は元服迎えた大人だ。そんな子供がしてもらうようなこと……」

 影縄は今にも舌打ちをしかねない表情になる。

「私から見れば未熟な小僧です。十分子供でしょうが。それに私に敬語を使わせているのです。貴方も観念して口を大きく開けなさい。無理矢理突っ込まれて火傷したいのですか」

 このままでは本当に突っ込まれかねない。秋也は諦めると口を開けた。すると影縄はゆっくりと匙を口に入れる。口に入れられた粥はぬるくなっていたが美味かった。

「はい、もう一度。粥が無くなるまで続けますよ」

 影縄は匙で粥を掬うと、今度はふうと息で少し冷ましてから私に食べさせる。幼子の頃に桔梗や颯月殿にしてもらったことをまたされるとは思っていなかったので、完食するまで恥ずかしくて顔から火が出そうになった。その羞恥に拍車をかけたのはこちらを眺める桔梗のにやついた顔。食べ終わると、桔梗に背を向けて横になった。

「小僧……じゃなくてあるじ、そうやって眠って身体を休めなさい。人の体は脆弱なのだから」

 背中に影縄の細い指が触れたかと思うと、ぽんぽんと一定の早さで軽く叩かれる。私を子供扱いしないでほしい。恥ずかしさとむず痒さのような何かで胸がいっぱいになって変になりそうだ。そんな反論をする暇も無く、秋也の意識は睡魔に呑まれた。

 秋也の熱は三日もすれば大分下がった。だが、利き腕は骨折のために上手く動かすことが出来ず、食事は幼子のように口に運んでもらっている。

「やはり、無理にでも自分でした方が……」

 食前にそう提案したが、影縄は阿呆を見るような目つきになる。

「利き腕ではない方で食べる? 野生児のように手づかみでもするのですか? 病み上がりのくせに強がりは止めてください」

 影縄は魚を器用に箸で解すと、白身を口元に持ってくる。

「はい。口を開けて」
「分かったよ……」

 秋也は諦めて口を開けると、食事が行われた。こうして口に運ばれるのはやはり恥ずかしいが、その分気づけたこともある。それは、影縄はまだ私を嫌ってはいるものの、私の口内が傷つかないように慎重にしてくれるし、熱い汁物等は具を息で冷ましてから、汁物の椀を自分で飲めるようにしてくれる。元々蛇なので野生かと思いきや箸の使い方も上手く、上品な立ち振舞いである。
 もしや神の眷属であったのだろうか。ならば何故、あのような場所にいた? 影縄と契約を結ぶ前に夜萩から聞いた話によれば、影縄の目撃情報があったのは山の山賊や物の怪が出るような不吉な場所。もしや影縄には何か言えないような事情があるのかも……。

「考え事をする暇があるなら、しっかりと噛みなさい。喉に詰まりますよ」
「ああ……ごめん」

 秋也は一旦考え事を止めて食事に集中した。

「秋也、大分慣れたんじゃないか?」

 帰ってきたばかりの夜萩がにやついた顔をしていたので、睨みつける。

「私が子供のように食べさせられているのを見て楽しむんじゃない。それよりもお前、あの後桔梗の元にいたのか。てっきり遊郭に行ったかと」

 夜萩はむっとした顔になると私の傍に腰を下ろした。

「この阿呆。俺だって掟を破ったのに、お前に全部を押しつけたんだ。遊郭になぞ行けてたまるか」

 三角巾で吊った私の腕を見ると、夜萩は痛々しいとでも言うような顔をした。

「一応事情を桔梗殿に話しておかないとなって。それに頭領直々の罰が下るかもしれないなら、きっと怪我をするだろうと……。本当にすまん」

 別に夜萩に謝ってもらうことなど無いのだが、本人としては謝らないと気が済まないのだろうか

「別にいいよ。むしろ謝るべきは私だ。掟破りに同行してもらわない方が良かったのに、お前を巻き込んでしまった。すまない」

 互いに謝ってから、やがて夜萩はくくっと笑い出した。

「健吾のあの顔ときたら……あれは傑作ものだな」

 健吾のあの顔とは、影縄に健吾が一撃を食らわせたことだろうか。

「言われてみれば。健吾の天狗っ鼻をへし折ったのは影縄くらいだな」
「なあ、そうだろ?」

 涙を流す程に笑い転げる夜萩を見ていると、つられて笑ってしまいそうになる。だが上手く笑えないので、ただ笑う夜萩を眺めていた。
 笑い終えた夜萩は私の顔をまじまじと見始める。

「何だ。気持ち悪い。私の顔に米粒が付いているなどと言うなよ」
「いや。……何か秋也、変わったか?」

 何の事だろうか。思い当たることが見当たらない。

「何と言えば良いのだろうな。明るくなった……でもないし吹っ切れた?」
「吹っ切れる理由など無いが。変なことを言うな」

 夜萩が言っていることが理解できない。そもそも言葉に出来ないような曖昧な物なら、言わないでほしい。

「でも変わったんだよ。まあいいや。そんなことより、お前はいつ里に戻る?」
「骨折が治ってからがいいと思っているので一ヶ月後だな。まあ桔梗の懐の事情と相談せねばならぬだろう」

 そんな時、戸を叩く音がしてそちらを向いた。影縄の方は戦闘態勢に入っているので、鬼祓いの誰かのようだ。

「次代、夜萩。凪人です。今は私一人ですので開けていただけませんか?」

 凪人殿が何故此処に? 夜萩と顔を見合わせると小声で相談した。

「なあどうする?」
「凪人殿は比較的まともだが、頭領への忠義からは油断できない。だがこの場合、従うのが得策だろうな」

 嫌であるが仕方がない。夜萩に突支棒つっかいぼうを外してもらう。

「凪人殿、どうぞお入りください」

 戸が開くと、凪人殿がゆっくりと入ってきた。

「凪人殿、用件は何ですか。ただ私の見舞いに来たと言う訳ではないでしょう?」
「ええ、その通りです。頭領からの言伝えで此方に参りました」

 どうせろくでもないことだろう。あの人は私を憎んでいるし、弟である冬霞の方を次期頭領に据えようとしている。私を心配したことなどないし、むしろ何度も殺されかけたのだから。
 痛まない筈の胸がちくりと痛む錯覚を覚えるのは、桔梗の傍に居たためか。それとも冷たい態度を取りながらも私の身体を気遣ってくれている影縄の優しさに触れたためか。秋也は影縄を一瞥したが、影縄は凪人殿を睨んでいた。

「『四日後に戻ってこい。さもなくば里に貴様の居場所はない』とのこと。そして戻り次第、魑魅の討伐をせよとのこと。部隊は前回と同じく貴方が隊長ですが………部隊の人数を三人に減らすらしいです」

 死ねということか。まあいつものことだ仕方がない。そう私が諦めた時、夜萩は立ち上がった。

「たった十日ですか!? 秋也の折れた腕はまだ癒えていない! 片腕で印が結べますか!? それも潰されたのは利き腕ですよ!? 片腕でどう戦えというのですか!」

 夜萩は自分のことのように激昂している。私の為に友人がここまで怒ってくれるのは嬉しいが、申し訳ない気がする。何故なら私がこの結果を招いたと言ってもよいのだから。

「夜萩、落ち着け。凪人殿に言っても何の解決はしないだろう。凪人殿はただの言伝なのだから」

 夜萩の肩を叩くと、夜萩は悔しそうに歯噛みした。

「しかし………」
「だったら私が主の腕の代わりになれば良い話ですよね?」

 今まで無言で凪人殿を睨んでいた影縄が口を開く。驚いて影縄を見ると、当然のことだろうと問うような黒曜石の瞳と目が合った。

「貴方はそのために式神に下したのでしょう。力が欲しくて私を選んだのでしょう? ならば頼ればいい。貴方のことは気に食わないですが、死なれるのは寝覚めが悪いのですから」

 顔はつんとしたままであるが、自分を頼れと言ってくれる。そのことに反応出来ず、ぽかんと影縄を見ていると影縄がむっとした顔になった。

「何ですか、嫌なのですか? 嫌なら加勢などしませんが」
「いや、ありがとう。頼らせていただく」

 すると影縄はふいっと顔を逸らし、凪人殿へ視線を戻した。

「私がこの主の力になるとはいえ、貴様の主は何を考えている。使い物にならぬ我が主を戦場へ送るなど、我が子を殺す気か。貴様自身は貴様の主に対し、諫める気も不満も無いのか」

 凪人殿の瞳が微かに揺れる。そして凪人殿は一瞬だけ私の折れた腕に視線を投げた。

「私はただの鬼祓い。私には頭領を諫める権限も、それについてどうこう思う権利もない。………では私はこれで」

 凪人殿は立ち上がると、こちらに一礼して立ち去る。そんな凪人殿のいつも氷のように冷たい背中がどこか綻びて弱い人のように見えてしまった。



 凪人殿が去った途端、夜萩はごんと床を拳で叩いた。

「何だよあの冷血漢。何が『私はこれで…』だ! あいつ頭領の小姓だろ? 閨で散々甘やかされているくせに、頭領への進言は出来ないってか!? あーもーあいつ、足の小指をぶつけて悶絶すれば良いのに!」

 凪人殿に矛先を向けても仕方ないのではないだろうか。それに小姓ではなく側仕えだ。たとえあの頭領とそのような関係でも進言出来るかと言われれば出来ないとしか言い様がないだろう。あの頭領の機嫌を損ねれば面倒なことになるのだから。それよりも四日後の準備をする方が先だろう。

「四日後か………今から呪符の用意しなければな。夜萩、呪符に使う硯と紙と水を持ってきてくれないか」
「いいけどよ……お前なー。怒るべき時は怒れよ。お前が一番嫌だろ?」

 怒るべきだったのだろうか。怒るとしても頭領であるが、頭領に怒ったら折檻されるし、凪人殿に八つ当たりするのも無粋な気がする。感情的になれない私がおかしいのか。それでも

「お前が怒ってくれるから十分だよ。私はどうも自分の為に怒れないから」
「それじゃあ駄目だろ。お前は怒っていいんだよ。ったく………」

 夜萩は納得のいかないという顔をしていたが、少し嬉しそうだった。

「主、身体の布の交換してもよろしいですか。桔梗に言われておりますので」

 ああと頷くと、影縄は私の着物を上半身だけ脱がし、覆っている白布を剥がし始めた。それを眺めながら夜萩は顔をしかめる。

「お前…痛くないのかよ。まだ全然治ってないじゃん」
「これでもましな方だ。膿んでもいないし回復には向かっている……っ」

 突然影縄が薬を身体に塗り始めたので沁みて痛む。わざとだろうか。振り返ると、影縄はふいっとそっぽを向いた。

「ほら、強がってるじゃないか」

 夜萩は呆れた顔で私を見て苦笑した。

「桔梗が『秋也は強がっているせいで症状が分からないことがある』と不平を漏らしていましたよ。子供の強がりなど無駄なこと。お止めさない」

 影縄の言葉が痛い。言い返したいが、図星で言い返す言葉が思いつかない

「だって……痛いなどと素直に言ったら子供みたいじゃないか。ましてや私は男だぞ」
「男だろうが医者である桔梗や、手当てをする私の前で嘘はお止めください」

 薬を塗られると痛みで声を上げそうになる。唇を噛んで耐えていると、細い指が私の唇をなぞった。

「いつも思っていたのですが、声を殺すために、そう自ら傷をつけようとなさらないでください。貴方自身を傷つけて何になるのです。痛いなら声を上げても構いやしない。ましてや嘲りなどしませんよ」

 その時、数日前の出来事が脳裏に蘇る。罰を受けている時、痛みで呻いたり顔を歪めれば嘲笑された。それはいつものことだ。折檻で苦痛に反応する度に頭領に嗤われ、大人に嗤われた。だから唇を噛んで耐えてきた。それをいとも容易く唇を噛むなと式神が否定する。声を上げても良いと口にする。

「そうそう。俺は一旦里に戻るから、耐える必要はないよ」

 夜萩はにこりと笑うと長屋を出る。夜萩の気配が無くなると友の前で見せていた上辺が崩れ落ち、痛みのままに声を上げてしまう。
 そんな私を抱き寄せるように自分の肩に私の頭を凭れさせ、影縄は私の身体に傷薬を塗るのであった。

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