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01:ネトゲの嫁はイケメンでした
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中学三年の夏休み。
駅地下にある喫茶店はほとんど満席で、クーラーの利いた店内は賑やかだ。
パソコンを打つ音、ノートにペンを走らせる音、人の話し声。
しかし、窓際の二人掛けテーブルには沈黙が落ちていた。
(嘘でしょう……)
小湊楓は氷の浮かぶカフェオレを見つめ、茫然としていた。
とりあえずカフェオレを注文したものの、とても手を付ける余裕がない。
頭の中は『なんでこんなことになった』という思いで溢れ返っている。
視線を少し上げて、窺うように向かいの席に座る人物を見る。
眼鏡をかけたイケメンもまたこの状況に気まずさを感じているのか、俯き加減にカフェオレを啜るばかり。
(落ち着け。冷静になって状況を整理しよう)
何故楓がイケメンと喫茶店でお茶をしているのか。
そもそもの始まりはネットゲームだった。
中学一年のとき、楓は姉に誘われてオープンワールド・アクションロールプレイングゲーム『ラストムーン』を始めた。
楓が作ったのは男性アバターで、名前は『ツカサ』。
楓は同じギルド内の『六花』という女性アバターと仲良くなった。
一緒に遊んでいるうちに彼女が同学年だということを知り、お互いに学校生活や日常の些細な出来事を報告し合うようになるまでそう時間はかからなかった。
中学三年になってからは、エスカレーター式の学校に通っているという六花に受験の愚痴も聞いてもらった。
逆に六花が愚痴を吐いたときは、楓も親身に耳を傾け、様々な相談に乗った。
一緒に遊んだ一年半もの間、ときには危険なモンスターから身を挺して彼女を守り(楓のジョブは騎士で盾《タンク》役、六花は治癒師で回復《ヒーラー》役だったのである)、チャットでは『俺が守ってやるよ』なんて格好つけた発言をしたり、六花が『惚れるから止めて』と茶化したりして、二人は順調に絆を深め、教会で結婚式を挙げたりもした。
でも、さすがに中三の夏ともなれば遊んでばかりもいられない。
意を決して引退宣言すると、六花は『残念だけど仕方ないよね』と言い、しばらくして、さらに言葉を続けた。
『私、ツカサとリアルで会ってみたい。お別れする前に一度だけでも会えないかな』
個別チャットに表示された文章を見て、楓は大いに悩んだ。
ゲーム内で一番の美形を目指してキャラメイクし、言動も少女漫画に出てくるようなイケメンを目指してきたが、現実の楓は地味な容姿をしている。
成績だけは優秀なほうだ。
でも、それ以外は至って平凡な女でしかない。
男になりきっていたのに実は女だと知られたら幻滅されるのではないだろうか。
大いに悩んだ末、楓は腹を括ることにした。
実のところ、楓としても六花との縁が切れてしまうのは惜しかったのだ。
もし六花が性別を偽っていたことで気分を悪くしたら素直に謝ろう。
同じ女性同士なら、実際に会うことでより絆が深まることもあるかもしれない。
ゲーム友達からリアル友達へとクラスチェンジ――そうなれたら最高だ。
(……そううまくいくかなあ……リアルの六花ってどんな子なんだろう……)
コンソメ味のポテトチップスを持って待ち合わせ場所に向かう間中、楓の胸は期待と不安でいっぱいだった。
待ち合わせ場所である駅地下の噴水前には十人ほどの人間が集まっていた。
楓が好きなうすしお味のポテトチップスを持っている人は確かにいた。
しかし、それは眼鏡をかけた、とびきり格好良い男性だった。
困惑したものの、すぐに気づいた。
(わかった。六花の代理の人なんだ。お兄さんとか、友達とか)
急な体調不良、やっぱり会うのは恥ずかしいと気が変わった等々、代理人が来る理由などいくらでもある。
(そっか、そうだよね。まさかあのイケメンが六花なわけないもんね)
納得して近づくと、Tシャツに黒のパンツ姿のイケメンは、左手にポテトチップスを抱えた楓を見て、眼鏡の奥の目を大きくした。
「すみません。私、ツカサといいますが――」
「ツカサっ!?」
イケメンは楓の台詞を遮り、素っ頓狂な声を上げた。
「君が!? ツカサなのか!? 代理人とかじゃなくて!? 本当にツカサ!?」
「はい。私がツカサです……」
剣幕に呑まれながら肯定すると、イケメンは苦い薬でも飲んだような顔で沈黙した。
「…………? え……まさか?」
「……六花です」
「………………へ?」
目が点になる。
(彼が、六花? 『~だよね』とか、『~じゃないの?』とか、女言葉を使っていた六花が? 彼?)
理解が追い付かず、固まっていると、彼は持っていたポテトチップスを差し出してきた。
「これ、どうぞ」
「ああ、どうも……では私もこれを」
『お互いの好きなポテトチップスを待ち合わせの目印にして、後で交換し合おう』とゲーム内のチャットで約束した通り、茫然としたまま交換。
それから、立ち話もなんなのでと彼に誘われるまま近くの喫茶店に移動し……いまに至る。
(ゲーム内で性別を偽って結婚した相手が実は超絶イケメンでした、なんて……こんなことあるの?)
気まずいことこの上ない。いたたまれない。
それはきっと、向かいの彼も同じだ。
顔を合わせたときの反応からして、彼もツカサを男だと信じきっていたように見えた。
まさか互いに性別を偽っているネカマ、ネナベ同士だったなんて、この展開は予想外だろう。
駅地下にある喫茶店はほとんど満席で、クーラーの利いた店内は賑やかだ。
パソコンを打つ音、ノートにペンを走らせる音、人の話し声。
しかし、窓際の二人掛けテーブルには沈黙が落ちていた。
(嘘でしょう……)
小湊楓は氷の浮かぶカフェオレを見つめ、茫然としていた。
とりあえずカフェオレを注文したものの、とても手を付ける余裕がない。
頭の中は『なんでこんなことになった』という思いで溢れ返っている。
視線を少し上げて、窺うように向かいの席に座る人物を見る。
眼鏡をかけたイケメンもまたこの状況に気まずさを感じているのか、俯き加減にカフェオレを啜るばかり。
(落ち着け。冷静になって状況を整理しよう)
何故楓がイケメンと喫茶店でお茶をしているのか。
そもそもの始まりはネットゲームだった。
中学一年のとき、楓は姉に誘われてオープンワールド・アクションロールプレイングゲーム『ラストムーン』を始めた。
楓が作ったのは男性アバターで、名前は『ツカサ』。
楓は同じギルド内の『六花』という女性アバターと仲良くなった。
一緒に遊んでいるうちに彼女が同学年だということを知り、お互いに学校生活や日常の些細な出来事を報告し合うようになるまでそう時間はかからなかった。
中学三年になってからは、エスカレーター式の学校に通っているという六花に受験の愚痴も聞いてもらった。
逆に六花が愚痴を吐いたときは、楓も親身に耳を傾け、様々な相談に乗った。
一緒に遊んだ一年半もの間、ときには危険なモンスターから身を挺して彼女を守り(楓のジョブは騎士で盾《タンク》役、六花は治癒師で回復《ヒーラー》役だったのである)、チャットでは『俺が守ってやるよ』なんて格好つけた発言をしたり、六花が『惚れるから止めて』と茶化したりして、二人は順調に絆を深め、教会で結婚式を挙げたりもした。
でも、さすがに中三の夏ともなれば遊んでばかりもいられない。
意を決して引退宣言すると、六花は『残念だけど仕方ないよね』と言い、しばらくして、さらに言葉を続けた。
『私、ツカサとリアルで会ってみたい。お別れする前に一度だけでも会えないかな』
個別チャットに表示された文章を見て、楓は大いに悩んだ。
ゲーム内で一番の美形を目指してキャラメイクし、言動も少女漫画に出てくるようなイケメンを目指してきたが、現実の楓は地味な容姿をしている。
成績だけは優秀なほうだ。
でも、それ以外は至って平凡な女でしかない。
男になりきっていたのに実は女だと知られたら幻滅されるのではないだろうか。
大いに悩んだ末、楓は腹を括ることにした。
実のところ、楓としても六花との縁が切れてしまうのは惜しかったのだ。
もし六花が性別を偽っていたことで気分を悪くしたら素直に謝ろう。
同じ女性同士なら、実際に会うことでより絆が深まることもあるかもしれない。
ゲーム友達からリアル友達へとクラスチェンジ――そうなれたら最高だ。
(……そううまくいくかなあ……リアルの六花ってどんな子なんだろう……)
コンソメ味のポテトチップスを持って待ち合わせ場所に向かう間中、楓の胸は期待と不安でいっぱいだった。
待ち合わせ場所である駅地下の噴水前には十人ほどの人間が集まっていた。
楓が好きなうすしお味のポテトチップスを持っている人は確かにいた。
しかし、それは眼鏡をかけた、とびきり格好良い男性だった。
困惑したものの、すぐに気づいた。
(わかった。六花の代理の人なんだ。お兄さんとか、友達とか)
急な体調不良、やっぱり会うのは恥ずかしいと気が変わった等々、代理人が来る理由などいくらでもある。
(そっか、そうだよね。まさかあのイケメンが六花なわけないもんね)
納得して近づくと、Tシャツに黒のパンツ姿のイケメンは、左手にポテトチップスを抱えた楓を見て、眼鏡の奥の目を大きくした。
「すみません。私、ツカサといいますが――」
「ツカサっ!?」
イケメンは楓の台詞を遮り、素っ頓狂な声を上げた。
「君が!? ツカサなのか!? 代理人とかじゃなくて!? 本当にツカサ!?」
「はい。私がツカサです……」
剣幕に呑まれながら肯定すると、イケメンは苦い薬でも飲んだような顔で沈黙した。
「…………? え……まさか?」
「……六花です」
「………………へ?」
目が点になる。
(彼が、六花? 『~だよね』とか、『~じゃないの?』とか、女言葉を使っていた六花が? 彼?)
理解が追い付かず、固まっていると、彼は持っていたポテトチップスを差し出してきた。
「これ、どうぞ」
「ああ、どうも……では私もこれを」
『お互いの好きなポテトチップスを待ち合わせの目印にして、後で交換し合おう』とゲーム内のチャットで約束した通り、茫然としたまま交換。
それから、立ち話もなんなのでと彼に誘われるまま近くの喫茶店に移動し……いまに至る。
(ゲーム内で性別を偽って結婚した相手が実は超絶イケメンでした、なんて……こんなことあるの?)
気まずいことこの上ない。いたたまれない。
それはきっと、向かいの彼も同じだ。
顔を合わせたときの反応からして、彼もツカサを男だと信じきっていたように見えた。
まさか互いに性別を偽っているネカマ、ネナベ同士だったなんて、この展開は予想外だろう。
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