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03:ピアノに釣られた残念イケメン(3)
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「………………」
彼の後頭部を見つめて、私はあんぐりと口を開けた。
入学して既に二か月が経ち、いまは六月下旬。
その間、口を利いたこともない影山くんが私に話しかけてきたこと自体が信じがたいというのに、まさか頭まで下げるなんて……。
「ううん、ほんとに大丈夫! 心配しないで! ちょっと腰を打っただけだから」
我に返り、慌てて両手を振る。
根暗だとか陰気だとか、散々な言われようの彼だけど、意外と素直な人なのかもしれない。
「それより、どうしてここに?」
「廊下を歩いてたら、ゲームの曲が聞こえて。いま弾いてたの、『ライカのカーニバル』だよな?」
「うん、そう。知ってるんだ?」
「ああ。『ティトと永遠の姫』は、おれの好きなゲームの一つ」
淡々と影山くんは答える。
「……ひょっとして影山くん、重度のゲーマー? 教室でいつもスマホを構ってるのは、ゲームをしてるから?」
「そう。いまはオープンワールド・アクションロールプレイングゲーム『幻想ファンタジア』にハマってる」
「あ、それ私もやってる。実は一年ほど前からドはまりしてて、同じギルド内で結婚もしてたりして」
ゲーム内で私は性別を偽り、男性アバター『リツキ』を作って王子様キャラを演じている。仲間とボイスチャットをするときはボイスチェンジャーで声を男性声に変えているから、中身が女性だとは思われていないはずだ。
「俺もパートナーがいるよ」
「そうなんだ」
「それより、もう一回弾いてくれない?」
「いいよ」
椅子に座ると、影山くんは私の斜め後ろに立った。
視界に入ると演奏の邪魔になるとでも思ったようだ。
そんなことないのに。
――素直で、律義な人。
私は密かに笑って、再び鍵盤に指を置いた。
観客がいると思うと気合が入る。
精神統一のために、白黒の鍵盤を見つめて息を吐く。
ミスはしないように。でも、固くならないように。
緊張し、萎縮してしまっては良い演奏はできない。
演奏する私が誰よりも楽しい気持ちで、さあ――歌おう!
そして私の指は鍵盤の上を踊り出す。
村をあげての祭りに浮かれてはしゃぐ子どもたち。
広場では恋人たちが手と手を取り合って踊り、腰の曲がったおじいちゃんやおばあちゃんも音楽に合わせて手を叩くの。
天気はもちろん、お祭り日和の快晴で。
村の人々は誰もかれもが陽気に笑い、村全体に花吹雪が舞って、鳥が空を飛ぶ。
私の演奏を通してそんな光景を見せたい。
悲しいことととか苛々することとか、そんなの全部忘れて、ただひたすら楽しい、子どもの頃にひっくり返したおもちゃ箱のような光景を。
だって、この曲のタイトルはカーニバルなのだから!
自由に空を飛び回る妖精のように、生き生きと跳ねるように、軽やかに私の指は鍵盤を滑る。
やがて和音で曲が終わると、音楽室に拍手が鳴り響いた。
「凄い。茅島さん、ピアノ本当に上手なんだな。感動した」
影山くんが歩み寄ってきて、私の隣に立った。
「……ありがとう」
照れながら彼を見て、私はぎょっとした。
影山くんが……笑ってる!?
ほんのちょっと、本当に少しだけ、口の両端が持ち上がってる!
レアだ。超レアだ。
そもそも笑うことってあるんだ!?
衝撃だ!!
彼の後頭部を見つめて、私はあんぐりと口を開けた。
入学して既に二か月が経ち、いまは六月下旬。
その間、口を利いたこともない影山くんが私に話しかけてきたこと自体が信じがたいというのに、まさか頭まで下げるなんて……。
「ううん、ほんとに大丈夫! 心配しないで! ちょっと腰を打っただけだから」
我に返り、慌てて両手を振る。
根暗だとか陰気だとか、散々な言われようの彼だけど、意外と素直な人なのかもしれない。
「それより、どうしてここに?」
「廊下を歩いてたら、ゲームの曲が聞こえて。いま弾いてたの、『ライカのカーニバル』だよな?」
「うん、そう。知ってるんだ?」
「ああ。『ティトと永遠の姫』は、おれの好きなゲームの一つ」
淡々と影山くんは答える。
「……ひょっとして影山くん、重度のゲーマー? 教室でいつもスマホを構ってるのは、ゲームをしてるから?」
「そう。いまはオープンワールド・アクションロールプレイングゲーム『幻想ファンタジア』にハマってる」
「あ、それ私もやってる。実は一年ほど前からドはまりしてて、同じギルド内で結婚もしてたりして」
ゲーム内で私は性別を偽り、男性アバター『リツキ』を作って王子様キャラを演じている。仲間とボイスチャットをするときはボイスチェンジャーで声を男性声に変えているから、中身が女性だとは思われていないはずだ。
「俺もパートナーがいるよ」
「そうなんだ」
「それより、もう一回弾いてくれない?」
「いいよ」
椅子に座ると、影山くんは私の斜め後ろに立った。
視界に入ると演奏の邪魔になるとでも思ったようだ。
そんなことないのに。
――素直で、律義な人。
私は密かに笑って、再び鍵盤に指を置いた。
観客がいると思うと気合が入る。
精神統一のために、白黒の鍵盤を見つめて息を吐く。
ミスはしないように。でも、固くならないように。
緊張し、萎縮してしまっては良い演奏はできない。
演奏する私が誰よりも楽しい気持ちで、さあ――歌おう!
そして私の指は鍵盤の上を踊り出す。
村をあげての祭りに浮かれてはしゃぐ子どもたち。
広場では恋人たちが手と手を取り合って踊り、腰の曲がったおじいちゃんやおばあちゃんも音楽に合わせて手を叩くの。
天気はもちろん、お祭り日和の快晴で。
村の人々は誰もかれもが陽気に笑い、村全体に花吹雪が舞って、鳥が空を飛ぶ。
私の演奏を通してそんな光景を見せたい。
悲しいことととか苛々することとか、そんなの全部忘れて、ただひたすら楽しい、子どもの頃にひっくり返したおもちゃ箱のような光景を。
だって、この曲のタイトルはカーニバルなのだから!
自由に空を飛び回る妖精のように、生き生きと跳ねるように、軽やかに私の指は鍵盤を滑る。
やがて和音で曲が終わると、音楽室に拍手が鳴り響いた。
「凄い。茅島さん、ピアノ本当に上手なんだな。感動した」
影山くんが歩み寄ってきて、私の隣に立った。
「……ありがとう」
照れながら彼を見て、私はぎょっとした。
影山くんが……笑ってる!?
ほんのちょっと、本当に少しだけ、口の両端が持ち上がってる!
レアだ。超レアだ。
そもそも笑うことってあるんだ!?
衝撃だ!!
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