私のピアノは君を呼ぶ

27：彼らの過去（３）

「日曜日にあいつの家に乗り込んで、広い庭園で着物を着たご婦人方と楽しそうに会話してたお父様に飛び蹴りしちゃいましたー☆」

　皆の目が点となった。
　日本屈指のグループ会社、そのトップに小学三年生の男児が蹴りを入れたの！？

「と、飛び蹴りしたんですか？　天下の古上グループの社長を？　しかも、客人の前で？」
　御厨先輩が顔を引き攣らせている。

「うん。全力で蹴飛ばしてやったら二メートルくらい飛んで池に落ちたよ。泳いでた鯉には悪かったな。驚かせちゃった」
　何故か照れたようにはにかんで、駆先輩は鼻の下を人差し指の関節で擦った。

「んで、茫然としてるお偉いお父様を池から引きずり出して、胸倉掴んでクソジジイって言っちゃった。慌てて止めようとしてきたお母様にもクソババアって言っちゃった。ここじゃとても言えないような暴言も浴びせちゃった。目についたお茶会の道具も手当たり次第にぶっ壊してやろうかと思ったけど、さすがに止めた。後で何百万とか請求されても困るし、誠一郎クンが必死で止めてきたからー」
　駆先輩はへらへら笑っている。

　冷や汗が頬を流れた。
　恐らく社長夫人や各界の要人を招いていたであろうお茶会。
　阿鼻叫喚の地獄絵図になった後はどうなったのかな。あまり想像したくない。

「帰ったら親に死ぬほど怒られてさー、参ったわー」
　事の重大さがまるでわかっていないらしく、駆先輩はあくまで呑気に手を振った。

「引きずられてお詫びに行ったら、俺、出禁って言われちゃったの。酷くない？」
「いえ、それだけやって出禁で済んだなら十分寛大だと思いますよ……」
　御厨先輩は頭を抱えている。

「それからどうなったんですか？」
　光畑くんが先を促した。結末が気になってしょうがないようだ。

「次の日学校に行ったら、顔を合わせるなり誠一郎に怒られたよ。でも、ありがとうって言われた。あの笑顔は本物だったと思う」
　駆先輩が笑う。
　つられて私も口角を上げた。
　聞いていてハラハラしたけれど、どうやらハッピーエンドみたいで良かった。
　隣で光畑くんもほっとしている。

「家の方針は相変わらずだけど、ちょっとだけ優しくなったってさ。ピアノを止めたことで自由時間もできたし、テストも９０点以上なら許してくれるようになったんだと」
「それでも９０点なんですね……」
　光畑くんが呟く。

「まあ、９０点以下でももう無視はしないんじゃないかな？　あれからあいつが９０点以下の点数を取ったことがないからわかんねーけど」
　嫌味な奴だよな、と笑って、駆先輩はテーブルの上で両腕を組んだ。

「そっから俺と誠一郎は一緒に遊ぶようになった。娯楽ってもんを知らないあいつに色々教えてやるのは楽しかったな。漫画もゲームも一切禁止だった反動か、誠一郎クンってばのめりこんじゃって。いまじゃすっかりゲーマーになっちゃったよ。監視の目を盗んで遊ぶのは大変みたいだけど、その分俺の家に来たときは没頭してる。あいつが来たら妹も親も喜ぶんだよなー、俺のほうがいい男なのに」
　駆先輩は唇を尖らせ、手元のカップを指で弾いた。